四十六話 舞い戻った乙女①
「火山で?」
生垣を彩る花々も秋めいてきた庭園を温室に向かって歩く最中、ドレイクがサリアを振り向き驚いた顔を見せた。
今日もまた温室で二人、ティータイムを過ごす予定なのだ。
「はい。赤輝鉱という、溶岩が冷え固まる過程で内包されていた魔素が一緒に結晶化した物質がありまして。一見すると赤い宝石のようなんですがとても脆い石で」
「ほう」
「それを集めるために溶岩礫を持ち帰り抽出作業をしていた時に、その中に閣下が。以来ずっと側にいてくれます」
と、親友との出会いを語るも、当の閣下はすっかりドレイクに懐いたようで、今日はサリアの下を離れドレイクの肩に乗っている。
「私も当初は懐くのに時間がかかったのですが、たった数日で……スゴいですねドレイク様」
「准将殿とは、どこか通ずるものがあるからな」
含みを持たせてニヤッと笑ったドレイクに、サリアもクスクスと笑い声をあげた。
ここ数日で、温室でのティータイムが日課になりつつある。サリアはもちろんのことドレイクにとっても、人目を憚ることなく一息吐ける時間は良い息抜きになっているようだった。
大袈裟かもしれないが、今まで生きてきた中で今が一番穏やかな時間を過ごせている、とサリアは小さな噴水の前で足を止め、庭を賑やかす花をみつめた。
着用している服と同じ淡い紫色が並び揺れる姿が可愛らしい。
自身は祖国では犯罪者で、呪いを振り撒く存在で、ヒューバートからは脅されている身で、そしてドレイクは未知の呪いに侵され予断を許さない状況だ。
一刻も早く解呪し、ここを離れなければあらゆる意味で危険だとわかっている。
わかってはいるのだが、とサリアは先を歩くドレイクの背中へ視線を移した。
初めて得た、呪いに怯えなくていい心安らぐ時間に深い安堵を覚える。
寝る間も惜しんで解呪に取り組むべきところを、つい、この信頼出来る人の側で安息を享受していたいと思ってしまう。
「どうした」
蔦の絡んだアーチの下で立ち止まり、ドレイクが遅れていたサリアを振り向いた。
その顔には鱗が張り付き、目はギョロッと剥き出しで、口は横に裂いたように大きくギザギザの歯が覗く。
その姿はまさしくトカゲであり、これ以上ないほどに呪われている証である。
「……いいえ、何も。この後の実験について考えていました」
「休憩中くらい思考も解放してやれば良いのに」
「一刻も早くドレイク様の呪いを解かなければなりませんから」
「負担をかけてすまないな」
ふるふると首を振って、サリアは仮面の下で緩んでいた表情を引き締めた。
自分の安らぎを優先していては、ドレイクの苦痛を長引かせることになってしまう。
早く呪いを解かなくてはならないし、何より早く元に戻してあげたい。
「早くドレイク様に、人目を憚ることなく今までどおり自由に行動出来るようになっていただきたいんです。だってきっと、ドレイク様に助けを求めている人達や動物がいるでしょうから」
「君の頑張りはありがたいが、尚更しっかり休憩してもらわないとな。働きすぎて倒れられては困る。君は私の唯一の希望なのだから」
信頼してくれている言葉が嬉しく、さあ行こう、と身を翻したドレイクについて行く足取りも自然と軽くなる。
この人の側にいると心が温かくなる。
蟠りがほぐされたような、穏やかな心持ちでサリアもドレイクに追いつこうと再び歩みを早めた、その時だった。
「クラクス様」
少し舌ったらず気味な可愛らしい少女の声がドレイクを呼んだ。
声の主を探すように立ち止まったドレイク越しに前方を見れば、アーチをくぐった先、水路にかかった石橋の側に見覚えのある少女が立っている。
くるくるとして艶々した茶色の髪に、遠くからでもわかる大きな瞳の——。
「アイリーン!」
サリアが少女を思い出すのと同じくして、ドレイクが彼女の名を呼んだ。
橋の側に待ち伏せるようにして立っていたのは、ドレイクの元婚約者アイリーンだった。
解呪を試みようとした夜以来の再会だ。
しかしあの夜の様子では、アイリーンはドレイクの前にはもう二度と姿を現さないと思われたものだが。
「久しぶりだな……どうしてここに」
「え、ええ、この時間は温室だと伺ったものですから。その……私、クラクス様にお話があるの……ですけど——」
チラッと顔を窺い、アイリーンは怯えた様子で目を伏せた。
それに気づいたドレイクは、外套のフードを深く引き下げる。
「ああ、すまない」
「ご、ごめんなさい、やっぱりちょっと……」
怖がる様子を見せながらも、もじもじした態度で髪のくるくるを指先で弄るアイリーンは、ドレイクと何やら話したそうにしている。
その様子に、疎いサリアの勘が珍しく働いた。
これはもしや、復縁を打診しに来たのでは?
素晴らしい、とサリアはグッと片手を握りしめた。
下手な伝え方をしたせいで壊れてしまったものが元の形に戻るチャンスだ。
そのうえ上手くいけば解呪も可能かもしれない。
アイリーンの様子からはまだトカゲ姿のドレイクを正視出来ないようだが、恐怖心を和らげる術はいくらでもある。
ドレイクにしても、情熱的な愛情とは呼べずともアイリーンだけを大切にしてきた態度は十分に解呪の条件を満たすだろう。
となれば、このまま二人が婚約し直し婚姻まで交わしてしまえば、サリアが対抗魔術を構築しなくともドレイクの呪いは解ける。
二人の関係もドレイクの姿も、すぐに元に戻る。
何もかもが全て上手くいく。
二人が、キスを交わしさえすれば。
「……え?」
ズキッ、と。
急に胸が痛んで思わずサリアが呟くと、驚いた様子でアイリーンがドレイク越しに覗き込んできた。
どうやら陰になっていて、サリアの存在に気づいていなかったようだ。
「あなた……その仮面、あの時の黒ずくめの方?」
大きな瞳がまじまじとサリアをみつめる。
自身でさえわからない胸の痛みの正体を暴こうとしているかのように。
そんなはずはないが、心の内まで覗かれる気がしてサリアは慌てて顔を伏せた。
「す、すみません、お話の邪魔をしてしまって。ドレイク様、私、研究室に戻りますので、どうぞお話の続きを。失礼致しました」
サリアはそう伝えると、くるりと向きを変えて来た道を戻ろうとした。
なんだか胸がざわついている。
このまま二人が元に戻れば自身もお役御免となるのに、何故だか一瞬拒絶するような気持ちになった。
「お待ちになって!」
とその時、自身の気持ちに戸惑うサリアの背にアイリーンが呼びかけた。
「話がありますのよ。お願いしたいことが。クラクス様と、あなたに」
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