四十五話 メイド達はおしゃべり
——リントワーム王宮内、翼棟南二階廊下。掃除道具を手に窓際に集まる三人のおしゃべりなメイド達。
「ねぇ、ちょっと。どう思う?」
「どうって何が?」
「決まってるわ、クラクス殿下よ! あの不気味な怪人が来てから、なんだか以前と違うと思わない?」
「あー、確かに? 以前は魔獣退治にお忙しくて、王宮になんてほとんどいらっしゃらなかったのに、今はずっといらっしゃるわね。何故か離宮で寝起きされてるけど」
「え? でも、よく討伐部隊のマントを着ていらっしゃるのを見かけるよ?」
「でも遠征にはお出かけになってないのよ」
「そうなの? 私てっきり……じゃぁ、どうして外出なさらないのに、わざわざ外套着てるの?」
「それはね、私が思うに、人目を憚っているからよ」
「人目を憚る?」
「偽装ってことよ、偽装」
「何の?」
「もう! わからないの? だから、あの怪しい人との逢瀬を楽しむ為によ! 外套着込んで、いつもと同じく遠征に行くと見せかけて、あの人と温室に通ってるの私知ってるんだから!」
「えぇっ⁈ そうなの? ああまた魔獣退治かぁ、くらいにしか思ってなかった……。でもクラクス様に限ってアイリーン様以外とだなんてそんな」
「そういえば、最近アイリーン様をお見かけしないわね。週に一度はご機嫌伺いにいらしてたのに」
「クラクス様がご病気で寝込まれる前が最後だから……かれこれ三週間くらいは空いてるかな。こんなこと今までなかったのにね」
「それに関してなんだけど、守衛のティムが先週深夜にアイリーン様の絶叫を聞いたらしくて。それによるとどうも婚約解消なさるんじゃないかって」
「えぇっ⁈ まさかぁ!」
「さよなら私の運命だった人ぉぉおっ! って走ってったんだって」
「あんなにベタ惚れだったのに何があったって言うの?」
「それはわっかんないけど、でも……」
「待って、そこにあの怪人が関係してくるんじゃない?」
「鋭いわ。本当のところは謎だけど、私もそう思ってるのよ。だってあんな怪しい格好してたから、絶対シワシワの老獪な魔術師が詰まってると思ってたら、あの怪人ってば華奢な女性だったじゃない」
「あれ驚いたわ。なんであんな格好してたのかしら」
「それよ。思うにそれも偽装だったのよ。クラクス殿下の魔術指南にでも雇われたのかと思わせて、恋人を周りにそうと気づかれることなく側に置くためにあんな格好させてたのよきっと」
「それでアイリーン様との婚約解消が決定的になった今、真の姿を現したってわけ?」
「そうよ!」
「悪女ねー! アイリーン様ってばきっと二人の関係を知ってしまって——。でもあの実直なクラクス殿下が浮気なんて……」
「そりゃぁ、あの怪人が手練手管で真面目な殿下を絡め取ったんでしょうよ。未だ外さない仮面の下はどんないやらしい顔してるのかしら」
「いやだわぁ!」
「……ねぇ、でも、あの人そんないやらしい感じの人じゃなかったよ?」
「話したことあるの?」
「話したって言うか……この前ね、庭師のモーリスの剪定作業を手伝ってた時に」
「出た、モーリス!」
「あんたってホント、じじ専!」
「もー違うのー! 本当にただのお手伝い! その時にね、捨てちゃう枝を纏めてたら、花蕾をいただけませんかって話しかけられて。近くで見ると仮面がうっすら笑ってて怖っ! って思ったけど、喋り方と声がすごく柔らかくて優しそうな人だったよ?」
「ふぅん……あの怪しさで優しそうねぇ……なんだかよくわかんない人だね」
「一体何者なんだろう?」
「——あ、見て! ほらね、また二人で庭を歩いてるでしょ?」
「本当だ。例によって外套着てるけど騎士団の訓練棟に向かうわけでもないし」
「アイリーン様以外の女の人と歩いてるの初めて見たよ。あっちは温室……かな?」
「これは、そういうことじゃないの? やっぱりさ」
「えー? あのクラクス殿下だよ?」
「何か事情があるん——」
「ちょっとそこの三人! 喋ってばっかりいないで掃除終わらせちゃってちょうだい!」
「いけない……はーい! すみませーん!」
♢
「こんなものが残っていただなんて……」
木立の影と夜の境が曖昧になるほど暗い森の中、聳える古い塔を見上げクリスは呟いた。
「戦後、悪しき魔術師達を捕らえ処刑に使われたといわれる呪いの塔……それ自体が忌まわしく残虐な遺物だとして、全て破壊されたと聞いていたが」
「残存していたものか復元したものか……どちらにしても今日まで稼働していたのは確かです。グレゴリー卿に引き続き吐かせていますが、高度な結界魔術で巧妙に隠されていた点からも彼一人がこの塔の存在を知っていたわけではないでしょう。彼が何故この塔を運用出来たのか、どういった者達が関与しているのか——」
「そんなことはどうでもいい。咎の追及よりも今はサリアが優先だ」
クリスは同行した秘書官にそう言うと、禍々しく見下ろしてくる塔へと護衛に先んじて走り寄った。
サリアが行方不明になって既に一週間あまり。この塔に囚われ続けていたのなら限界に近いだろうしあるいは……。
「いいや、大丈夫だ。サリアは無事だ」
頭に過った嫌な想像を振り払って、側壁に刻まれた奇怪な紋様まで見て取れるほど近づいたクリスは、そこで塔の異変に気づいた。
「……戸が開いている」
唯一の入り口である鉄格子が外向きに小さく開かれている。
「開いている? この戸は魔力を込めねば開かない特殊な錠前が付いているそうです。グレゴリー卿はサリア様を閉じ込めて以降ここに人をやっていないと言っていましたし、仮にサリア様が鍵をお持ちでも魔力を封じられてしまう塔内にいては開けるのは不可能なはずです。一体……」
「第三者が外から開けたというのか? それなら——」
クリスは止めてしまっていた足を再び早め、鉄格子を開け放つと暗い塔内を覗き込んだ。
「サリア!」
己の放った呼びかけが、暗い壁に沈んでいく。
返事も、応えるような物音もない。
「サリア!」
「殿下、お下がりを。内部に踏み入っては呪いが発動します」
秘書官はクリスを下がらせると内部を照らすように灯りを掲げた。
所々割れている薄汚れた石の床、虫の死骸、奥にはボロボロの布切れと古びた棒切れの残骸が多数——。
照らされた塔内には生者の気配がまるでしない。
その中で、どろりとした血に似た色で床に描かれた紋章だけが、生きた蛇のように艶かしく浮かび上がって見えてクリスは一つ身震いした。
「……おりません。奥の骸は古い物のようですので、サリア様ではないと見受けます」
奥の枝のような物の正体にゾッとしつつ、サリアはその中にいないと聞いて安堵する。
しかしすぐにその気持ちも冷たい夜風に攫われる。
「……だったら、サリアはどこに行ったんだ」
何者かが解錠した鉄格子に手をかけて、クリスは暗い森の奥へと目をやった。
「君は今どこにいるんだ……」
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