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四十四話 いつかの朝の続きを②


「ドレイク様!」


 良かった事情をわかってくれる味方が現れたと、サリアはホッと息を吐く。


「サリアだったか。丁度良かった、呼びに行かせようと思っていたんだ。ついて来るといい」


 ところがドレイクはそう言って部屋を出ると、彼女との思い出話を悦に入って一人語るヒューバートをその場に置いて、サリアを連れ階下へ向かおうとした。


「ド、ドレイク様どちらへ? 私、ドレスの件でヒューバート様とお話——」


「ああ、どうだろう。センスに自信はなかったんだが、気に入ってもらえただろうか?」


「……え?」


 足が長いのか早くも吹き抜けの階段を下りながら、顔だけ振り向いてみせてドレイクが笑いかける。


「全身真っ黒ではかえって目立つそうだから、そういった装いの方が良いだろうと似合いそうなものを用意させたんだが……気に入らなかったか?」


「これ、ドレイク様が……いえ、そんな! とても素敵な服をご用意いただいて……ですけど、やっぱりフードがないと——」


「なくとも昨日は問題なかっただろう」


「そうですが、昨日はドレイク様以外の方とはほとんど行動を共にしておりませんでしたから……でも今日はいつ何処で誰と会ってしまうか——」


「サリア」


 不安を抑えきれず食い下がるサリアに、ドレイクは足を止めて振り返った。


「大丈夫だ。君に接触する人間は極めて限られているし、無意識にとはいえ全くの認識外の者を呪ってしまうことはまずないだろう?」


「……その、はずです」


「だったら大丈夫だ。その仮面で事足りる。宮廷内で今日までに呪われた者は誰もいないんだ、心配することはない」


 それに、とドレイクは微笑んだ。


「真っ黒なローブよりも、君には優しい色合いのドレスの方が似合う」


「似合……え?」


 予想外に褒められて、不安もどこへやらサリアが顔を赤くすると、ドレイクは着込んでいた外套のフードを深く被り直し、歩を早めて階段を下りていってしまった。


「あ、ドレイ——」


 呼び止めようにも間に合わず、サリアは困って纏っているドレスへと目を落とした。


 ずっと自身の呪いのために、目立たぬよう、誰も近づいてこないようにとそればかりを考えて過ごしてきた。

 なるべく下を向いて日陰を歩き、暗い色に身を包んで。


 同年代の令嬢方の華やかな装いに憧れる余裕すらもなく、似合う色など考えたこともなかった。


「似合うだなんて……」


 呪いをまだ自覚していなかった子どもの頃以来の明るい色味の服と、初めて言われた言葉が嬉しくもくすぐったい気持ちで、サリアはキュッとスカートを摘んだ。


 

 そうこうしているうちに先に一階へと下りたドレイクは、どこへ行こうというのかバルコニーから庭園へ出てしまっていた。


 来いと言われた手前行かぬわけにもいかず追っていくと、噴水を植え込みで囲った広場を横切って、小さな橋を渡り、ドレイクはガラス張りの建物へと向かっていく。


 そこは以前、サリアが図書館と誤認した温室だった。


 大きな温室の入り口で扉を開けて待っていたドレイクに追いつくと、中に入るよう促され、それに従い背の高い木で囲われた通路を抜けていくと開けた空間に出た。

 ガラスの天井は高く、降り注ぐ陽光と緑とのコントラストは浅い眠りの中で見る夢を思わせる。


 その空間の中央、鮮やかな花壇と低木の鉢に囲まれて、テーブルが一つ置かれている。

 その上には二人分の食事が用意してあった。


「いつぞやは断られてしまったが、今日はつきあってもらえるだろうか」


「え?」


 振り向くと、外套を脱いだドレイクが笑っていた。


「人払いはしてある。お互いここなら人目を気にする必要はない。朝食を共に、どうだろう?」


 以前、まだ自身の呪いについて伏せていた時に、せっかく頂いた誘いを断ってしまった。

 人前でこの仮面もフードも外せはせず、誰かと食事など出来なかったから。


 だけどそうか、とサリアはテーブルに目を向ける。


 呪いの効かないこの人となら、仮面もフードも必要とせず、一緒に食事が摂れるのだ。


「ドレイク様……」


「もちろん、君の分も用意しているよ准将殿」


 ドレイクがそう言うと、毛先を隠そうとシニヨンにした髪の下から顔を覗かせていた閣下が、ササッとサリアの頭を駆け登り、ピョンとドレイクの肩に飛び乗った。


「ハハッ! さあ、スープが冷める、席に」


 そう促し、席を示したドレイクをサリアはみつめる。


 この呪いを知った時から家族とすら食事を共にすることはなかった。誰とも顔を合わさず、ずっと一人で過ごしてきた。


 しかし今は、呪いを跳ね除け受け止めてくれる人がいる。


 苦しかったこれまでを理解してくれて、一つ一つ溶かしていってくれる人が、こうして側にいてくれる。


「サリア、いただこう」


 昨夜と同じく、いやそれ以上に胸の奥が温かくなるのを感じながら、サリアは、はいと頷き仮面を外して笑いかけた。


「ありがとうございます、ドレイク様」

 


 ♢



 その微笑みに、ドレイクも微笑み返して思う。


 自らの呪いによって苦しむ彼女を救いたいという正義感や同情、あるいは報恩。

 彼女に何かしてやりたいと思い、今もこうしているのは確かにそういった気持ちからだった。


 やむを得ず顔を隠し人目を避けねばならなかった彼女を気の毒に思い、それらから解放してやることが彼女から受ける恩に対してせめても報いることになるのではと考えたからだ。


 だが、とドレイクは、降り注ぐ光によって淡い桃色に染まった瞳で微笑んだサリアに、また胸の奥が狭まる感覚がして気づかされた。


 そんなややこしいものじゃない。


 ただ単純に、彼女に笑ってほしかっただけなのだな、と。


お読みいただきありがとうございます!

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