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四十話 魔女はトカゲを呪わない①


 真っ直ぐに向かってくる強い眼差しに、鼓動が煩いくらいに大きな音で鳴っている。

 耳の奥に心臓が移動してきたかのようだ。


 心音の大きさもさることながら聴覚も鋭敏になっているからだろう。

 今なら洞窟深くの地底湖に水滴が落ちた音すら捉えられそうだ。


 そう思ったくらい、ドレイクから注がれる視線に緊張して、全身の神経が過敏になっている。


 その耳元に今、ドレイクの手が伸ばされる。



 思えば暗い洞窟に二人きり。

 あの地下書庫と同じようなシチュエーションだ。


 そう気づいてしまうと自然と思い出されてしまう。

 大きな紺青の瞳が目の前にあって、仮面越しに唇の触れたあの時のことを。


 あれは事故だったのだし、そんなことあるわけないのに、真剣な眼差しでじっとみつめられると意識せずにはいられない。

 あの事故が、今度は意思を持って再現されるのではないかと。



 まさかとすぐに否定した直後、ドレイクの指先が耳に触れてサリアは思わず目を瞑った。


 自身の心音がますます煩くなって、洞窟中に響き渡っているかのように感じられる。


 もう耳は心音以外拾わなくなって用をなさなくなってしまった。

 しかしその無意味な飾りとなった耳に、全神経が集中している。


 触れたドレイクの指先。

 ひんやりとして肌とは違う固い感触。

 微かに耳朶の外側を掠めたと思ったその指はすぐに離れ、そして——。




「リントオオムカデだ」




「……え?」


 そう言われて目を開けると、一瞬触れてパッと離れていったドレイクの手には、鋭い顎を持ちウゴウゴとたくさんの足を蠢かす細長く大きな虫が掴まれていた。


「ひっ……⁈」


「毒はないが咬まれると痛みが強くすごく腫れる。危なかったな、肩に乗っていたぞ」


「……え、あ、肩……?」


「やはり気づいていなかったか。無闇に襲ってくる種ではないが、驚かせると攻撃してくるんだ」


「あ、だから動くなと……」


 そういうことだったのかと合点して、サリアは壊れそうなくらい激しく鳴っていた心臓を押さえた。


 先ほどまでとは別の恥ずかしさが込み上げてくる。

 あんなに真剣にみつめられて、顔に触れようとするものだから、てっきり、てっきり……。


「どうした?」


「い、いえ! なんでも! なんでもありません」


 何を考えているのだろう。


 ドレイクはそのようなことを軽々しくするような人ではないのに、とサリアは仮面を押さえて顔を背けた。

 必死に平常心を取り戻そうとするが、まだまだ心音は喧しい。


 だがそれも致し方ないだろう。

 黙ったまま、あれほど真っ直ぐみつめられたら、そういったことに免疫のない身では身構えてしまうというものだ。


 トカゲ姿とはいえ男性と暗がりで二人きりなんて経験をしたことはないし、まともに目を合わせたことすら殆どない。

 唯一不気味な姿に臆することなく普通に接してくれていたクリスに対してさえ、サリアの方が呪いを恐れて気が気でなく、まともに顔も見られなかったのだから。



「もう……ヒューバート様がキスして解呪しろなんて仰るから変に——」


「サリア、本当に大丈夫か? 様子がおかしいが」


「いえ! すみません。虫に取り乱しました。もう大丈夫です」


 まだ平常とはいかない胸を押さえサリアが向き直ると、ドレイクが、ふむと何か考えるような表情をした。


「ときに、サリア。ここから先の道程において、是非聞き入れてもらいたいことがあるのだが」


「聞き入れる……? はい、何でしょうか」


「ここは暗く足場も悪い。その上ああいった虫や小動物もいる。君は現にムカデに気づかなかったのだし、准将殿も寝ているようだしな」


「……? はい」


 ドレイクの言うとおり閣下は上着の胸ポケットに収まって、心地良いのか王宮を出た時から眠っている。

 しかしそれが何なのだろうとサリアが見上げると、ドレイクは一瞬躊躇った様子を見せてから言った。


「そのままでは危険だと思うのだ。だから……この先は仮面を外してはもらえないだろうか?」



「か——仮面を⁈」



お読みいただきありがとうございます!

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