三十七話 悪党の末路②
「残念ですね、グレゴリー卿。そうはいかないみたいだ」
突然、目の前で怯えていた女の口から明朗な男の声が発されて、グレゴリーは目を剥いた。無論、女の声音が急に男のそれへ変わった事への驚きからである。
しかしその驚きの根底は、どこか人を小馬鹿にしたような響きを含む軽薄そうで不快なその声を、よく知っていたからだった。
「その声は……⁈」
「声で判別いただけるだなんて、嬉しい限りですよ」
見た目とは正反対に低すぎる声で女がそう言うと、ハラハラと鱗でも剥がれ落ちていくかのように姿が崩れ出し、やがてその場によく知っている男が現れた。
四十半ばも過ぎているはずなのに、ずっと若く見える細身の男。
「お久しぶりです、グレゴリー卿」
「……スチュアート!」
憎き同僚、次期筆頭宮廷魔術師の座を争う忌々しきライバル。
戦線から強制離脱させてやったはずの男が、その場に立っていた。
「お前……どういうことだ……今の女は——」
「変化の魔術です。どうでした、中々の演技力でしょう? あ、そこに驚嘆してくれたわけじゃありませんでしたか。何故私が彼女に変じていたのか、もしくは何故彼女を知っているのかに驚いていらっしゃるんでしたかな?」
まだ状況を飲み込みきれていない様子のグレゴリーに、スチュアートはヘラヘラッと軽薄に笑ってみせる。
「いやぁ、骨が折れましたよ。あの騒動の手掛かりを探そうにも私は宮廷を追われ、王女は怒りの拳を振り上げたままでしたからね。その上、貴方が証拠を消していたんだ。方々嗅ぎ回ってようやく彼女を見つけた時は王都を離れようとしてましたしギリギリでした」
ニタニタと馬鹿にしたような笑い方をするスチュアートにうっすら苛立ち、グレゴリーはようやく思考が動き出した。
「そ——騒動の手掛かり? 何を言っている。あれは貴様の娘の——」
「グレゴリー卿、いいんですよ、そんなにうちの娘の優秀さを誉めてくださらなくても。そりゃぁ、あの子は父の私が言うのも手前味噌ですが才女です。ですけどね、あんな高度な火炎魔術は流石に瞬時に、それも周囲に延焼することなく精緻に発動は出来ないでしょう。あれほどの魔術はとんでもなく優秀な火炎魔術の使い手でないと無理なんです。ね、光炎のグレゴリー卿」
二つ名でグレゴリーを呼ぶと、スチュアートはゆっくりと部屋の中を歩き出した。
「あれは貴方の魔術だ。そう気づいた私は娘の冤罪を晴らす為に証拠を探した。しかし物証はない——消されていましたから。次に当事者である被害者を探しましたが治療院に運ばれてから消息がわからない——当然ですね、貴方が逃がした。あんな危ない事は例えメリットがあっても良家の娘は請け負わないでしょう。だから考えました、彼女は貴族ではない、あの日の為だけに雇われた者だなと」
元より饒舌なスチュアートはその舌に拍車をかけて、グレゴリーに口を挟ませる余地なく得意げに推理を披露する。
「私は市民、失礼ながら実入りのあまり良くなさそうな方々に話を聞いて回りました。ほら、私、職を追われて謹慎させられてて暇あったんで。それで、あちこちで最近急に羽振りの良くなった知り合いはいないか、って聞いたんです。そうしたらいましたよ。王都を出て交易都市の一等地で店を持つって自慢してる急に大金を手にした女性が」
「あの女……黙ってすぐに王都を発てと——」
「急に幸運が巡ってくると自慢したくなるものなんですよ。特に鬱屈して生きてるとね。グレゴリー卿も憶えがありませんか? ほら、私達が同期となった登用試験の合否発表の時ですよ。私のこと落ちたと思って慰めてくれつつ自慢げに合格証を見せてくださったじゃ——」
「貴様! わしが九度目でようやく受かったことをまた愚弄するのか!」
「一度もしたことありませんって……その話はさておき、それからは簡単でした。幸運を手にした事情を尋ねると、彼女の方から次々話してくれましたよ。炎の仕掛けも貴方の指示も全て。貴方の部下は優秀だグレゴリー卿。自分が王家に何をするのか考えることもなく、金の為に動いてくれる綺麗なお嬢さんを用意出来るのだから」
あの馬鹿女め、と忌々しそうに呟いたグレゴリーに、スチュアートはにっこり微笑む。
「そうそう、貴方はもっと自分の魔術に自信を持つべきですよ。火花一つ肌に落ちておりませんで、彼女、綺麗な腕を覗かせてましたもの」
ウロウロしていたスチュアートはそこで足を止めると、真顔になってグレゴリーをみつめた。
「さて、観念していただこう。あの舞踏会の騒動を引き起こし私の娘に罪を着せた張本人は、貴方だ」
オロオロとたじろぐ部下達の視線とスチュアートの射抜くような視線を受けたグレゴリーは、悔しそうに顔を歪めた。
が、それも一瞬のことで、直後には余裕の笑みを浮かべていた。
「……何の話だ?」
「往生際が悪いですね」
「身に覚えのない、どこぞの女の妄想話で犯罪者にされては困るぞスチュアート。お前の与太話が正しいと言うのなら論拠となる証拠を見せてみろ、なかろう?」
「貴方の自白以外には今のところありませんね。紋章符の燃え滓をはじめ痕跡は貴方が消したから」
そうよな、とグレゴリーは笑った。
「己の娘の不始末をなかったことにしようと必死で乗り込んできたようだが残念だったな。私は自白などしていない。お前の願望からくる幻聴だ。あの騒動は紛れもなく呪いによるものだった。罪からは逃れられんぞ。罪と言えば、先刻、お前が使った変化の魔術は禁呪だな? そちらについても然るべき罰を——」
「それについては私の権限において許可を出した。真犯人に真実を語らせる為に必要なことだからな」
意気揚々とスチュアートへの責めに転じたグレゴリーを遮って、開いたままの扉の影から一人の青年が現れそう言い放った。
廊下に立ったまま、グレゴリーを見据える瞳を青く光らせている。
「ク……クリストファー殿下!」
王女と違いおっとりとした性格の王子達の、それも、より大人しい第二王子のクリストファーが現れグレゴリーは驚く。
オルコットの娘と婚約する間柄とはいえ、この王子が彼女の為に動くとは思っていなかったのだ。
「お前の自白は確と聞いたぞグレゴリー」
「じ、自白……何をおっしゃいます殿下。此奴の発言は全て妄想、私を陥れようという汚い罠でございます。私は発言を誘導され強要されたのです。その証左に、私が騒動を企図したという証拠の一つも示せませんぞ。件の女とてこの男の仕込んだ者に違いありません」
「……そうだな、物証はない」
あっさりそう言ったクリスに、グレゴリーはほくそ笑む。
慌てて弁解したが必要なかった、やはり鈍いお方だ、と。
「左様でございましょう? 妄言でございます殿下。誠に遺憾ながら、あの騒動の首謀者は殿下のご婚——」
「だが、証拠など必要ないそうだ。お前がその口で自ら事の顛末と思しきものを告白し、限りなく疑わしいという事実を
直に見聞きしたのだから。そうでしょう? 姉上」
クリスがそう言って横に一歩ずれると、扉の影からもう一人姿を現した。長い金髪を靡かせたその女性は——
「ひっ……シルヴィア王女殿下っ!」
部屋へ踏み込んできたシルヴィアは、血走った青い目をギラギラと光らせてグレゴリーを睨みつけた。
「ち、違います、殿下話を……私では——」
必死に弁解しようとするグレゴリーを睥睨しながら、シルヴィアは親指だけを立てた右手を赤い宝石の嵌まったチョーカーの前に持って行く。
そして自身を指し示すように親指をゆっくり傾けると、横に一線、素早く動かし大きな声を発した。
「処・刑!」
「——処刑⁈ で、殿下……ち、違います、お話しを……」
顔色を失くしたグレゴリーには取り合わず、シルヴィアは怒号を響かせる。
「私の舞踏会を邪魔する者は遍く死刑よ! 協力者も庇い立てする者も、私に逆らう者は全て処刑なさい!」
連れて行け! と王女が叫ぶと控えていた衛兵が雪崩れ込み、グレゴリー以下数名を押さえつけて引き摺り出して行った。
頭のてっぺんまで青くなったグレゴリーが、後ろ手にされ傍らを通り過ぎたとき縋るような視線を寄越したが、クリスはそれを冷たく睨みつけた。
「姉上はやり過ぎだ。だけど、今回は僕も処刑が相当だと思うよ」
「——殿下っ! ご慈悲を! 殿下!」
広い廊下に罪人の悲痛な叫びが響き渡る中、クリスはまだ部屋の中で関係者を全て捕らえろと怒り散らしている姉を眺める。
「……貴女もね姉上。無実のサリアを怒りに任せて処断したんだ。罪は償ってもらうよ」
そう軽蔑するように一瞥して、クリスは罪人達の連れて行かれた方とは反対側の廊下、曲がり角へ向かって声をかけた。
「おわかりいただけましたか。姉上は確かに優秀な方です。しかし事実の如何によらず、自身の偏見によって躊躇いなく私刑を下す危険な思想の方です。王位継承については今一度ご再考を、父上」
曲がり角の向こうから、一瞬横顔を覗かせた父であるヴリティア王は、小さく溜め息を吐くと静かに首肯して歩き去って行った。
それを見届け、クリスは呟く。
「……疑いは晴れた。あとは居場所を吐かせるだけだ。必ず迎えに行くから、無事でいてサリア」
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