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三十四話 朧げで儚い①


「サリア落ち着くんだ。大丈夫、私は何ともない」


 サリアは半ばベッドから落ちかけた状態で身を捩り、枕に顔を突っ伏しドレイクに背を向けている。

 隠すというよりは殻を奪われたヤドカリが必死に身を守ろうと身体を縮めるようなその背に、ドレイクは努めて静かに声をかけた。


「君の言っていたような症状は現れていない。他の不調もない。私だけでなく、君を診た治療術師も着替えを手伝ったメイドもだ。安心していい」


 そう伝えると、見てわかるほど揺れていたサリアの肩の震えが次第に治まっていった。


「……本当ですか?」


 埃の積もる音にすら負けそうなか細い声を出し、サリアはそろそろと振り向いた。

 目の部分の細い隙間から注がれる視線が、不安で堪らないと訴えている。


「ああ、至って良好だ。焦げた所もないぞ」


 ドレイクが両手を広げて微笑んでみせると、サリアは、まじまじと見てから急に力が抜けたのか深く息を吐いた。


「良かった……呪ってしまわなくて……」


 強張らせていた細い肩を緩やかに下げて、サリアはようやく安堵した様子を見せた。

 自分の体調よりも周囲を気にして怯えるその姿は、ドレイクには痛々しく思える。


「……すまない。君が必死に呪うまいとしてきたとわかっていたが、一刻を争うと思った。実際、緊急転移していなければ脱水で危なかったと言われた。君の了解なく素顔を見たことを申し訳なく思う」


「ドレイク様がお謝りになることでは……全て私の問題ですもの。大変なご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。誰も呪うことがなくて本当に良かった……」


 サリアは深々と礼をしてそのまま俯き、まだ震えている指先を隠すように握りしめた。


 さらりと落ちてきた目を引く髪が仮面にかかる。

 あの仮面の向こうでは、先程までの柔和さが消えて悲壮な顔をしていることだろう。


 また気に病ませてしまったと思うと居た堪れなくて、ドレイクは再び口を開いた。


「——もう一つ謝ることがある。君が倒れた際に衣服を……ローブを勝手に脱がせた」


「あ……そうですか、でもそれは」


「意識の無い女性の服を同意なく脱がすなど許されることではない」


「そんな、助けてくださろうとしてのことですし、第一、上着——」


「いや、応急処置のつもりであったとはいえ結局のところどうにもならず、緊急転移までの時間を遅らせる事にもなったのだ、不要な行為だった。元はといえば私が炎天下の中あのような悪路を延々強行させた事が原因だ。いくら詫びようとも言葉では到底足りない。出来ることと言えば——」


 言いながら佩剣に手をかけると、サリアが慌てて身を乗り出してきた。


「ド、ドレイク様! いいんです、だってローブですもの、上着ですもの! 何の問題もありません! むしろあのままローブの中で蒸し焼きにされていたら死んでおりました! 助けていただいて感謝しております!」


 だから、ね、と、いつぞやと同じ調子で取り成そうとする様子を見てドレイクが剣を収めると、サリアはホッとしたように胸を押さえた。

 それにドレイクはほんの少し頬を緩める。


「そうか……?」


「ええ! そうです! 応急処置ですもの、他意がないのはわかっております。お気になさらず! 助けてくださってありがとうございました」


「そうか。なら君も気にしないことだ。素顔を晒したのは君の意志ではなく緊急事態下においてやむを得なかったからであり、尚且つ誰も害してはいないのだからな」


 そう微笑みかけると、サリアはこちらをじっと見てから躊躇いがちに頷いた。


「……はい」


 見え見えのフォローには気づかれてしまったのかもしれない。


 それでも彼女の握り込んでいた手の強張りは緩み、指先の震えも止まったようだったので、ドレイクはひとまず自身に及第点を与えることにする。


「もう少し休んでおくといい。後で治療術師を寄越す。必要な物があったら廊下に人を置いてあるから、その者に」


「ありがとうございます」


 幾分か声に柔らかみが戻って良かったと思いつつ、ドレイクはサリアの部屋を後にした。


お読みいただきありがとうございます!

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