三十三話 魔女の素顔②
『あの人よ! あの人が私を呪ったの! あの女の呪いよぉっ!』
片腕を猛炎に包まれながら、敵意を剥き出しに女がこちらを指差し叫ぶ。
違うといくら叫んでも、周囲からは、恐れを滲ませた忌まわしい物を軽蔑し憎悪する視線だけが向けられる。
『呪ったのか』
『噂どおり本当に』
『いやだ、恐ろしい』
口々に囁かれる畏怖と怨嗟の声が、それこそ呪詛のように巻きついて悪しき魔女めと責め立てる。
『あいつは危険な呪いの魔女だ!』
違う、違うはずだ。
呪ってなどいない。
いないはずなのだ。
『大丈夫だ、落ち着いて。君が誰かを呪うなんてない』
そう、誰かを呪うなんてしたくない。
呪おうと思ったこともない。
呪ってなんて——
『苦しい、これは……呪い……?』
いない、はずなのに。
顔を合わせたあの人は胸を押さえて苦しみ出す。
首を絞められたように息も言葉も詰まらせて、苦しそうに顔を赤くして叫ぶのだ。
『こっちを見るな! 僕を呪うな!』
違う、呪ってなんていない。
呪うつもりなんてない。
呪いたくなんてない。
呪った覚えなんて——なくても、目の前で苦しむ姿に証明されてしまう。
自分がただ生きているだけで危険な存在なのだと。
呪いをかける悪しき魔女なのだと。
ゴォッと音を立てて火柱が立った。
燃えているのはこちらを睨めつけていた人々だ。
一人、二人、気づけば周りを囲っていた人達全てが燃えていて、真っ赤な炎の中から一様にこちらへ忌諱する視線を向けていた。
魔女メ、悪シキ呪イノ魔女メ。オ前ナドコノ世界カラ消エルノガ——
『君は悪しき魔女ではない』
その時、誰かの声がした。
『私は君をそう信じる』
その言葉が耳に響くと、燃えていた人々が吹き消されたように姿を消して、替わりに一匹のトカゲが立っていた。
荒々しく赤々と燃え盛っていた炎とは対照的な、穏やかに全てを包む夜のような、深い紺青の瞳の持ち主だった。
『君が必要だ』
そこでサリアは目を覚ました。
毎夜と言っても語弊がないほど見てきた悪夢だったが、今日はほんの少し違っていた気がする。
その証拠に心臓も運動した直後のような動きをしていないし、指先が震えてもいない。
どちらかといえば穏やかな目覚めをもたらす夢だった。
もうどんな内容だったかは思い出せなくなっているけれど。
「考えることがいっぱいでここに来てから夢自体見ていなかったけれど、夢を見て穏やかに目覚められるなんて初め……」
そう口にしかけたところで、寝起きのぼんやりとした頭が急速にハッキリした。
確か自分は素材採集の為に洞窟に向かっていたはずだ。
それが何故かあてがわれた部屋のベッドに横たわり天蓋を見上げている。
「あれ……私ドレイク様と洞窟に向かっていたはず。それで怪我をさせてしまって、治療をして……」
窓の外に目を向けると空はうっすらとオレンジ色に変わり始めている。
身を起こし経緯を思い出そうとしたところで、スルスルっと背中を何かが這い上ってきて肩にちょこんと乗った。
「閣下……」
サリアが気づくと、閣下は甘えるように頬擦りをしながら鳴いた。
普段と違う鳴き方にどうしたのだろうと思うが、ふと見れば自身の着ている物も違う。
シンプルな黒のワンピースを着ていたはずが、白のネグリジェに変わっている。
「私、いつ着替えて……?」
着替えた記憶もなく不審に思っていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「サリア、具合はどうだろうか」
返事をすると、ドレイクが顔を覗かせた。
サリアがベッドから降りようとすると、そのままというように手で制しながら側にやって来る。
「無理をするな、まだ安静にしておいた方がいい」
「安静……? あの私、一体……」
「憶えていないのか?」
ドレイクは、治療の後サリアが倒れたことを話してくれた。
どうやら暑さで体力を削られていたところ、さらに魔術を使った事で限界が来たようだ。
「重ね重ねご迷惑をおかけして……」
「私が無配慮だったせいだ、すまなかった。だが、大事にならず良かった。顔色も随分と良くなった」
暑さ対策に魔術を施しておけばこんなことには、と反省していたサリアは、そこで違和感を持った。
顔色とは?
どんな表情をしていたって仮面の表情はもちろん顔色だって変わらないはずなのに、顔色とは?
サリアは恐るおそる自分の頬に触れてみた。
ふにっと柔らかいものが指先に当たる。
仮面の冷たく硬い感触ではなかった。
「——っ! だ、だめっ! 見ないでっ!」
一瞬で血の気が引く。
サリアは急いで両腕で隠すようにしながらドレイクから顔を背けた。
枕に顔を伏せる直前、ベッド脇の椅子の上に仮面が置いてあるのを視界の端に捉えて、転がり落ちる勢いで飛びつきあてがった。
悪夢で目覚めた時の比でないほど仮面を押さえた指先が震えだす。
目も、唇も、肌も。
まともに顔を見せてしまった。
呪うなと叫ぶ少年の、胸を押さえて呼吸困難になるあの人の、燃え上がる女性の両目が仮面の内側に貼り付いて一斉にこちらを睨んだ気がして、サリアはひきつけを起こしたように呼吸が出来なくなった。
ああ、きっと、きっと同じように。
いやそれ以上に。
呪ってしまったことだろう。
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