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二十七話 仮面の魔女の苦悩②


 サリアが断罪されることとなった舞踏会での騒動は、果たして冤罪だったのだろうか。


 芳しくない噂も聞こえるあの王女が絡んでいることと奇病を癒した事実、そしてサリアに抱いた好意的な印象からその人物像を見誤ったのかもしれない。


 彼女も多くの呪術師がそうであったように、道を踏み外したのだとしたら。



「君が呪ったのか……?」



 ドレイクが脳裏に改めて湧いた疑念を口にすると、サリアはそれまでとは違う、か細い声で答えた。


「……わかりません、としか答えようがありません。私の呪いはどういった原理で発動するものなのかいくら研究を続けてもわからないのです。ただ素顔を晒してしまうと、決まってあの方は胸を押さえて苦しみだして、顔が赤くなるほど呼吸困難に……ですが決して、決して人を呪おうとしたことも、思ったこともありません。だけどあの日はこの仮面を舞踏会用の物に替えていました。だから……」


「無自覚に呪ってしまったかもしれないと」


 そう言葉を引き継ぐと、サリアは小さく頷いた。


「私とぶつかった女性の腕が燃え上がりました。火柱が天井付近まで……あれほどの火力と腕だけを燃やした精緻なコントロールは、高位の火炎魔術を修めた者のなせる技です。けれど私はそこまでの高度な火炎魔術を、詠唱も紋章符もなくあの僅かな接触の内に発動させることは出来ません。出来ない……はずなんです。だけど無自覚に呪ってしまう私の力がもしも強まっていたのなら——わからない」


 サリアは泣き声に似た呟きを零すと、自身の両腕を掻き抱くようにしてローブの袖をぎゅっと掴んだ。


「一切そんなことをした覚えはありません。しようと思いもしません。だけど自分がわからない。自分のことを信じられない。どんなに呪いを研究しても、文献を調べても調べても、私の呪いが何なのかわからない。あの舞踏会のことも本当は私が呪ったのかもしれない。確かに腕はぶつかったんです。もしかしたらそのことでほんの少し悪心が湧いて呪ってしまったのだとしたら……私はやはり断罪されてしかるべき悪しき——」


 ローブを掴んだ指先は色が変わるほど力が込められ小刻みに震えている。

 表情を変えぬ仮面の向こう側で、絞り出すような掠れ声で語る彼女は今どんな顔をしているものか。


 そう思った時には、ドレイクの身体は意思とは別に動いていた。


「サリア、事情はわかった。もういい」


 そう声をかけ、俯いたサリアの肩に慰めるように手を置いた自分にドレイクは自分で驚く。


 気安く、それも婚約者でもない女性に儀礼以外で自ら触れるなどとは。


 自身の行動に驚きすぎて手をどけるでもなくそのままにしているが、同時にこうしていないと、見えない何かに押し潰されて彼女が消えてしまうのではないかと思った。


「君が呪いを研究しているのは、自身の呪いを解明する為だったのだな」


「……そうです。自分の為です。魔術憲章にも掲げられている人の為にあるべき魔術を、人並みに生きたいと望む浅ましい自分の為だけに研究しています。あの村のこともドレイク様のことも、結局は自分の為の延長です」


 幾分か落ち着きを取り戻したであろうサリアは、顔を上げるとドレイクの手をそっと避けるように数歩後退った。


「……このような恐ろしい存在であることを隠していて申し訳ありません。近づかれると危険ですのでどうかお離れに。解呪が済み次第ここを去りますので、どうぞその間は私を牢にでもお戻しください」


 そう言って再び俯いたサリアに、ドレイクは抱いた疑念が散っていくのを感じた。

 

 仮面もローブも研究も。

 今も、聞く限り今までも、サリアの行動の全ては呪いで人を傷つけないようにする為だ。

 不気味と思われようと悪しき魔術師と疑われようと、一貫して呪いから周りを守ろうとしてきたのだ。

 自身に由来しない呪いにまで、夢中に見えたくらい必死で。



 やはりこの人は道を外れてなどいない。人を呪いなどしない。



 確信したドレイクは安堵に似た息を漏らしつつ笑みを溢した。


「牢になど入れないさ。恩人にそのようなことは出来ない」

 

「恩人なんて……私はただ、未知の呪いを解ければいずれ私の呪いもと思っているだけで……」


「君が自身の為に研究してきたことであっても、それが我々を助けてくれている。これは事実だ」


「……けれど私が人を呪ってしまうことも事実です」


「それは私からはなんとも言えない。しかし舞踏会の件は聞く限り君が呪ったとは断定出来ない。我が国では疑わしきは罰せずだ」


 それに、とドレイクは続けた。


「仮に君の呪いだったとしても、君の意志ではない。君がそのような邪な考えを持つ人でないことはこの数日で知っている。呪いの真偽はどうあれ、君は悪しき魔女ではない。サリア、私は君をそう信じる」


 そう伝えると、サリアがようやく顔を上げ、じっとこちらを見つめるように仮面を向けた。

 相変わらず、黙っていると何を思っているかは読み取れない。

 しかし少なくともこちらが信用していることは伝わっただろう。


「仮面があれば問題ないのだろう? 負担をかけて申し訳ないが、引き続き解呪に協力してもらいたい。我々には君が必要だ」


 安心させるように微笑みかけると、しばらくサリアはじっとこちらへ顔を向けたままでいた。そして微かに肩を震わせたかと思うと、やがてコクンと一つ頷いた。


「……はいっ!」


 震える声で、しかし力強く答えた彼女は今、一体どんな表情(かお)をしていただろうか。

 

 一瞬仮面に手を伸ばしてしまいそうになった自分に気づいて、ドレイクはギュッと鉤爪を握り込んだ。



お読みいただきありがとうございます!

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