二十六話 仮面の魔女の苦悩①
祖国で人を呪ったとされ罪人となっている彼女を信用したのは、至極優秀と聞く魔術師の彼女が大勢の前で安易に、そして大々的に呪いを用いて罪を犯すとは考えにくく、冤罪である可能性が非常に高いと思われたことが大きかった。
加えて自らの立場を危うくするとわかっていながら、奇病と思われていた呪いを無関係の身であるのに解呪してくれた人であったからだ。
しかし何よりこの女性は他者を呪うような人ではないと直感したのは、彼女がどこか怯えているような終始控えめな態度でいて、ふわりとした柔らかい口調で話す人だったからかもしれない。
この人は真っ黒なローブと不気味な仮面さえなければ、淑やかで奥ゆかしい女性でしかないと思わせる実に優しい話し方なのだ。
だからこそ疑問だった。
装いこそ怪しいが邪なものとは縁の無さそうな雰囲気を醸す彼女が、何故忌避される悪しき呪いを研究しているのか。
何故自身に関係のない呪いに対してまで一生懸命なのだろうかと。
だから、そう純粋に疑問に思っただけであったドレイクは、想定外にサリアが冷たく、ともすれば怒りを滲ませたような口調で答えたことに戸惑いを隠せなかった。
「……嫌い?」
「ええ。学問としても面白いと思ったことなど一度もありません。叶うなら関わりたくなどなかった」
不気味な仮面と真っ黒なローブの内側には可憐な女性が隠されていると思えた優しい語り口は消え、サリアはやはり憎むように冷たく吐き捨てる。
てっきり呪術の難解な奥深さや、自分のように何かに憧れてその道に進んだのではと思っていたドレイクはそれに困惑しきりだ。
「では何故……呪いを専門にしている? 興味があったからではないのか?」
「……興味」
仮面の奥で薄く笑ったような気配がした。嘲笑するとも、自嘲するともとれる声だった。
「興味のないものを研究しているのか……?」
「……せざるを得ないからです」
「どういうことだ?」
ドレイクがそう訊ねると、サリアは黙った。
薄ら笑っているような仮面の表情は当たり前だが変わらず、彼女が今何を考えているのかはこうなるとわからない。
それでも今までは声の調子や仕草から、にこやかにしているものと思うことが多かった。
しかし今のサリアには刺々しい鋭さを感じる。
まるで逆鱗に触れてしまったようだとドレイクがたじろいでいると、サリアがようやく口を開いた。
「……黙っていて申し訳ありません。すぐにここを去るつもりでしたので、問題無いと思っていました。けれど、こちらにしばらく身を置かせていただくこととなった以上、お伝えしなければならないことでした」
声音は優しいものに戻ったが、語り口はどこか硬い。
ここ数日で人物像を掴んだ気になっていた彼女が、急に遠く見知らぬ存在になった気がした。
「……何をだ?」
「私は……」
サリアはそこで躊躇う素振りを見せてから、手にしたメモを握りしめ意を決したように言った。
「私は、人を呪ってしまうんです」
そう告げたサリアの声が、地下書庫の石壁に冷たくこだました。
「人を呪う……?」
予想外すぎる告白に、ドレイクは一瞬サリアがなんと発したのか理解できないほどだった。
彼女は呪う側ではなく解呪する側の善良な人間だと思っていたために、その衝撃的な告白に頭が追いつかない。
「呪う……とは」
「……言葉のとおりです。それも無自覚に。幸いというか今日までに明確に呪ってしまったのは、恐らく非常に呪われやすい体質でいらっしゃるお一人だけですが、私は顔を合わせた人を呪ってしまうのです」
「顔を合わせた人を……?」
「そうです。だから常に仮面をつけています。こうしておけばその方を苦しめることがありませんでしたから。念の為ローブにも呪いを抑える効果を付与しています。万が一にも誰かを呪ってしまうことがないように」
「それで、その格好なのか」
うら若き女性が、ヒューバートと同じ軟派な理由如きで不気味な姿をし続けるわけがない。
それでもそういうこともあるかと納得していたのは、それ以外に考えつかないほど彼女に悪印象を持っていなかったからかもしれない。
しかし、彼女の口から呪うという言葉が発されては、ドレイクは早々に排除していた可能性を思い出さざるを得なくなった。
「では……祖国の舞踏会での事は……君の呪いなのか?」
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