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二十五話 誠実なジレンマ②

 

 憧れていたのだ、と魔術書の詰まった書架に寄りかかりドレイクは語り始めた。


「例によってあの絵本の騎士のことだ。単身龍に挑む勇敢さにも、たった一人の為に自分の全てを投げ出せる強さと愛の深さにも。だから幼いながらに思った。自分にもいずれ大切な人が出来た時には、同じように己の全てを捧げようと。それが愛するということなのだからと」


 ドレイクは記憶を辿るように視線を天井付近に漂わせる。


「けれど私は王太子だ。婚姻相手を選ぶのに自由はないに等しく、私の個人的感情によらず相手が決められるのだと間もなく知った。だが悲嘆することはなかった。幼さゆえかもしれないがな。いずれ決められる愛すべき婚約者を、あの騎士のように愛せばいいだけのことだと思っていたから」


 ドレイクの頑ななまでの真面目さは幼少の頃からのようだ。


「それから幾らか過ぎて、私が十二の時だ。三つ下のアイリーンと婚約が決まった。髪をくるくるに巻いた目の大きな可愛い子だった」


 サリアはあの夜顔を合わせたアイリーンを思い出す。確かに、たっぷりのまつ毛をバサバサと瞬かせる大きな目が印象的な可愛い女性だった。


「夢見がちなところがあるが明るくていい子だった。中々早熟だと思ったものだが当時からロマンス小説が好きで、私がその登場人物に似ていたらしく、顔を合わせた時から運命だと言って慕ってくれた。よくその人物のセリフを言わされたものだ。だがな……」


 ドレイクはそこで一旦言葉を探すように視線を彷徨わせ、倒れた拍子に転がしてしまったランプに気づくと手を伸ばした。


「私は彼女に対して可愛い子だという表面的なこと以外何も思わなかった。あの騎士のように、悪い龍になってでも守ろうと思うほどの感情を抱かなかった」


 カタンと、ランプが立てた固く冷たい音が地下書庫に響いた。


「もちろん、自身も彼女もその時は子どもだ。だから、これから共に成長し顔を合わせる機会を重ねる毎に、そういう感情を持つものなのだろうと思っていた。逆も然りだったかもしれないがな」


 そう言って笑ってみせたドレイクだが、下から照らすランプの明かりのせいか、サリアにはどこか寂しげに見えた。


「だが、変わらなかった。彼女も変わらず慕ってくれたが、それでも。浅からぬ縁だ、親愛の情はもちろんある。しかし彼女に対して愛すべき婚約者以上の感情は持ち得なかった。彼女の為に悪い龍になれるかと聞かれたら私は答えに困る。至極失礼な話だが、憧れの騎士にとっての姫が、私にとってはアイリーンでなかったんだと気づいてしまった」


 ドレイクはそう言うと、ふう、と一つ嘆息した。


「あの騎士の深愛と高潔さへの憧れは、私の中で騎士としての信念のようなものになっている。だが私は愛すべき人へ心を向けられなかった。相手がアイリーンでなくとも同じだっただろうと思う。私は存外とロマンチストだったようだ。愛さねばならぬと決められた人を、運命の相手と受け入れて愛せる柔軟さも器用さも持ち合わせていなかった。だからといってもしも他に愛する人をみつけることがあっても、私は王太子だ、責務を投げ出せはしない。何よりアイリーンを無用に傷つけたくはないのだ、婚約をどうこうすることを望みはしない。いずれにしても、私はあの騎士のように全てを捧げられるほど人を愛すことはない。信念を貫けない」


「……だから、折り合いですか?」


 そう訊ねると、ドレイクはそうだと笑った。


「貫きたい信念、負うべき責務、そして愛すべき婚約者への贖罪とせめてもの配慮の折り合いだ。アイリーンを女性として愛せずとも、彼女との婚姻は王太子として履行する必要がある。しかしもしも他の誰かを愛することがあっては、アイリーンを傷つけることになる。だから彼女以外の女性に近づくことはしない。そして彼女にも気安く触れることはない。夫婦となれば家族としての親愛を深め果たすべきこともあろうが、そうなる前に気持ちを向けられない自分が彼女へ気安いことをしては失礼だ。だから婚姻するまでは清くあり、せめても愛する代わりに彼女ただ一人を大切にすることで折り合いをつけたのだ」


「ドレイク様……それは」


 それは既に愛だったのではないかと、話を聞き終えたサリアはドレイクに思った。


 アイリーンただ一人をみつめ心を砕く。

 全てを捨て去れるほどの恋情を抱かずとも、他者に見向くことなく大切にしてきたその姿勢は、例え贖罪であろうと真摯で誠実な愛だったように思う。


 ヒューバートは美学と称したが、この人は真面目でまっすぐで、そしてとても優しい考え方をする人なのだろう。


 そんな誠実な人の心を、解呪のためとはいえ呪って奪おうとするのは間違っている。

 キスなんてしていいはずがない。


 解呪にはやはり相殺魔術を作り上げる以外にないのだ、とサリアは改めて決意してドレイクをみつめた。


「……立ち入ったことをお伺いして申し訳ありませんでした」


「つまらない話をしてしまったな」


「いいえ、私などがお聞かせいただいていいお話ではありませんでしたのに……アイリーン様とのこともなんとお詫び申し上げていいか……」


「いや、一方的に話しただけだ。もしかしたら誰かに聞いてほしかったのかもしれないな。付き合わせて悪かった。アイリーンとの婚約解消も君のせいではないのだから、謝る必要はない。魔術書の確認はもういいのだろうか。地下は冷える、よければそろそろ出た方がいいだろう」


 ドレイクはそう言って立ち上がると、サリアに向けて手を差し出した。


 しかしその手はグーの形に握られている。

 鋭い爪を向けないためか、女性に不用意に触れないためか。

 それでも紳士としての気遣いで手を差し出すドレイクに、優しさと真面目さを感じながらサリアはその手を借りて立ち上がった。


「ありがとうございます。ドレイク様、私、必ずあなたの呪いを解いてみせます」


 一刻も早く、とサリアが走り書きしたメモを握りしめると、ドレイクが苦笑するように笑った。


「ありがたいことだが、相も変わらずだな。君はどうしてそんなに呪いに対して熱心なんだ?」



「……え?」



 熱心と、自身からすれば意外な評価を受けたことにサリアは虚を衝かれて返答に詰まった。

 するとその反応が彼からすれば意外だったのか、ドレイクが取り成すように続けた。


「責めているわけではない。数多ある魔術の中から君が呪いを研究しようと思ったのは何故だろうと疑問だっただけだ。解呪に奔走してくれている君は非常に熱心で、どこか探究心が抑えられないといった風に見えるものだから」


 呪いと向き合う自身の姿は、他者からすると楽しんでいるように見えているのだろうか。

 予想外のことを言われてサリアの思考が一瞬止まった。


「……そう、見えますか」


「ああ、夢中なように。正直なところその熱心さに危うさを感じたこともあったのだが、呪いは魔術の粋を集めた最高度な学問と言われることもある。優秀な魔術師の君からしたら、呪術はとても魅力的な——」



「嫌いです」



 ピリッと、空気がひりついた気がしたほど、サリアはドレイクの言葉を遮り強く吐き捨てるように言った。



「大嫌いです、呪いなんて」




お読みいただきありがとうございます!

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