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二十三話 地下書庫


やはり限界がある、とサリアは傍らに積み上げた本に(もた)れかかった。

 閲覧出来る範囲の魔術関連の書籍は現代魔術への言及が主であり、ドレイクの呪いの解析には役立つものがほとんどなかった。


「魔術憲章発布以前の古い魔術の中には危険なものも多く、規定で指定魔術師以外には閲覧を許されはしない。呪いなんて最たるものだもの、わかっていたけれどこれでは……」


 サリアは八方塞がりとなり天を仰いだ。

 中二階となっている部分の真下を陣取り要塞を作っているので天井が近い。


「ヒューバート様にお願いして私の研究室から資料を転移していただく……ダメね、ヒューバート様にもヴリティア側にもバレてしまう。私を匿っていると知れたらリントワームへ迷惑をかけることになるもの、それは出来ない。だとしたら——」


 諦める気はないが、無理かもしれないとは思ってくる。

 この前のドレイクの発言もあって、トカゲのままでも良いのではとつい思ってしまった。


「……何考えてるの良いわけないわ。呪いの性質もハッキリわからないのだもの。もし姿の変容以外に何かしらの呪いにもかけられていたとしたら、命の危険があるかもしれないのよ」


 しかしサリアが呪ってキスするにしても同等の危険がある。


 次々道を塞がれていくが、止まっていてはダメだとサリアはもう一度魔術書に向かうべく身を起こした。


すると、頭上から声が降ってきた。


「すごいな、本で城でも建てるのか? まさか全て読んだとか」


 見上げると声の主はドレイクで、サリアの座り込むスペースを囲うように高く積み上げた本の上から、軽々と覗き込んできていた。

 今朝やって来たヒューバートの姿は壁に阻まれて見えなかったことを思い出すと、大きなトカゲだと思ってはいたがドレイクの背の高さが窺える。


「——ドレイク様」


「立て籠っていると聞いたが本当だった。進捗はどうだろうか」


「それが……すみません、あまり芳しくなくて……」


「いや、謝る必要はない。催促するように聞こえたならすまなかった。君に任せてばかりだ、何か出来ないかと思ったんだが……」


「いえ、特には。試薬があれば別でしたけれど、それもありませんのでございません」


「そうか……。我が国には呪いの知識に長けた者がいないために、手伝えずにすまないな。邪魔をした」


 しゅんとした顔を見せて戻ろうとしたドレイクに、なんだかちょっと胸が痛んだ。

 普段一人で研究に没頭しているので冷たい言い方になってしまったかもしれない。

 顔を合わすたびに何かあればと気遣ってくれるのに、結構だと強く断ったように映ってしまったなら申し訳ない。


 悪いことをした気持ちになったサリアは何かないかと探してハッとし、壁の向こうへ消えたドレイクへ呼びかけた。


「ドレイク様! よろしければお願いしたいことが!」

 


 ♢

 


 星型を幾重にも折り重ねた紋章を(かたど)った鍵を翳すと、ゴォンと閉ざされた奥の空間に低い音を響かせながら大きな扉が開きだした。


「あの……本当に良いんでしょうか」


「解呪に協力してもらっているんだ、問題はないだろう。生憎魔術には縁がない。私では君の探したい書物がわからないからな」


 サリアはゆっくり開く図書館の地下書庫の扉の前で、真面目なわりに意外と強引なところがあるドレイクをハラハラしながら見上げた。



 帰ろうとするドレイクを引き止めたあの時、サリアはダメ元で閲覧制限のかかる魔術書を確認してきてもらえないかと頼んだのだった。

 王太子であればもしや許可も容易にと思ったところ、ドレイクは快く引き受けてくれて、無事許可を得て書庫の鍵を手にした。

 だが、資料がわからないということで、サリアも結局一緒に行くことになったのだった。



「まずいと思うんです。王宮の皆様がどこまで私をご存知かわかりませんし、他国の呪術師で祖国では犯罪者で憲章違反しまくりですもの。そんな信用できない怪しい魔術師が許可も得ず勝手に入室しては、いくら王太子様といえど独断で職権の……」


「開いたぞ」


 サリアはドレイクの立場を危ぶんでいるというのに、当の本人は飄々として中に入って行ってしまった。


「暗いな。明かりが少ないから気をつけろ」


「ドレイク様、私やっぱり入らない方が……」


「そういう君だから大丈夫だ。許可を得た私が同行させるのだ、何か咎められることがあれば私が責任を取る。心配するな、何も問題はない」


 なくはないでしょう、と思いながら、サリアも促されるままそろそろと書庫へと入った。


 不正侵入を防ぐためか扉はすぐに閉まってしまい、書庫の中は手にしたランプと壁に所々ついたライトだけで薄暗い。

 上階の図書館は壁一面の書架に整然と本が並べられていて壮観だったが、地下の方も等間隔に置かれた書架にきちんと本は収まっているのにどこか雑然とした印象だ。

 乏しい明かりにうっすら照らされる簡素な作りの書架と、本に積もった埃がそう思わせるのかもしれない。


「サリア、魔術書はこちらのようだ」


 ドレイクに呼ばれて向かうと、小部屋があった。

 そこへ先程の鍵を再び翳すと、重なった星の一つが輝いて扉が開いた。部屋の中には大量の魔術書が収められた書架が並んでいた。


「こんなにあるのか……」


「大丈夫です、ある程度目星は付いているので」


 書架を眺めて嘆息したドレイクの隣で、サリアは呪いについて記述のありそうな古い物を中心に何冊か抜き出してすぐさま目を通す。


「……ああ……これです、変化の——」



 立ったまま本を開きメモを取りつつ呟くサリアに、ドレイクは思わず笑みを溢した。

 先ほどの本の要塞といい今といい、あまりの熱心さに少しばかり呆れてしまったのだ。


 ドレイクにはサリアの脇目も振らない没頭ぶりは、ヒューバートの言う放っておけない性格のほか、呪術への興味や探究心が勝ってのものに思えた。

 それを呪いに魅入られていると危うく思ったこともあったが、トカゲと遊ぶ可愛らしい面もある人と知った今では、一心不乱に呪いに向き合う姿は夢中で遊ぶ子どものように見えてなんだか微笑ましい。


 ただ、やはり何故、夢中になるそれが呪いなのだろうという疑問は残ったままだ。


「時にサリア、君は何故、呪いを専門にしているんだ」


 読んでも理解の及ばぬ魔術書を自身も手にしてみながらそう訊ねたが返事がない。

 聞こえぬほど没頭しているのかとドレイクが傍らのサリアに目をやると、そこにいるはずのサリアの姿がなかった。


「……サリア?」


 突然視界から消えたサリアを探そうと、ドレイクが足を踏み出した、その時。



「きゃっ⁈」


「——っ⁈」



 消えたわけではなく足下にしゃがみ込んでいたサリアに躓き、体勢を崩したドレイクはサリアの上に倒れ込んだ。


お読みいただきありがとうございます!

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