二十二話 解呪への道
「あのー、あれから二日ほど経ちますけど、呪いの方はどうなってます?」
堆く積み上げた本を壁とし、要塞を作って図書館の一角を占拠しているサリアに、本の壁の隙間からヒューバートが声をかけてくる。
あれから数日、サリアは図書館に通い詰め、ドレイクの呪いへ対抗する相殺魔術を作り出そうと苦心していた。
「あれ以来、早朝から図書館に籠って夜遅くまで居座ってますけど」
「……すみません、複雑な魔術なもので」
「既存の魅了の呪いでどうにかならないものですか? いつまでもあの御姿でいられては公務も捗らないんですよ。婚約だって解消しちゃいましたし、王太子として人前に出なきゃいけないこといっぱいあるんです」
ねぇねぇ、と外から煩いが、サリアは取り合わず魔術書を読み込む。
ヒューバートはドレイクを魅了する呪いを作っていると思っているようだが、サリアはそんなことをする気は毛頭ない。
なんとかそれが露見する前に相殺魔術を作りあげるつもりだった。
「だけど……不明な箇所が多すぎる。せめて研究室の設備と魔術書、試薬が全てあれば……」
「ねぇ、貴女もしかして相殺魔術構築しようとしてません?」
耳元で声がして驚いて振り向くと、ヒューバートが要塞の中に入り込み、真横からこちらを怪訝な目でみつめていた。
「ひっ、ヒューバート様、どうやって中に——」
「私の得意魔術は転移ですよ。ねぇ、魅了の呪いを作ってるんですよね? そういうお約束でしたよね?」
訝しむ目でヒューバートが広げられた魔術書へチラリと視線をやったので、サリアは隠すように慌てて腕を振った。
「も、もちろんです! 相殺魔術では解呪がいつになるかわかりませんもの!」
そう弁解してもヒューバートは疑いを向ける冷めた目をやめない。
「あ……あ! ヒューバート様、出来ればもう少し高度な魔術書の閲覧許可をいただきたいのです。うんと古いか、呪いについて記述のあるものがあれば……」
「是非どうぞ、と言いたいところですが、図書の管理を任されてはおりませんので私の方から許可は致しかねます。高度な魔術書は万が一悪用されると危険なので、どちらでもそうでしょうが一般閲覧は禁じられています。呪いの魔術についてなら尚のこと。許可をとなると魔術憲章の手前、身分と目的を確認し手続きする必要がありますが、殿下の呪いについて知っているのは王宮内でも一部の者のみです。サリア嬢の素性についても同様に殿下の客人ということで周囲には濁していますけど、元々隣国の魔術師なうえに今はそれを明示できない違反者ですよね。正式な許可となると……」
「そうですよね……」
ドレイクの呪いを解くという大義があるとはいえ、サリアは他国の魔術師だ。学術交流でもなければ平時でも閲覧は不可能だろう。
ましてや今は登録証たる徽章も持たない犯罪者なのだから、推して知るべしである。
「どうしても必要でしたら私が同行すればあるいは。殿下の解呪のためとお断りすれば、陛下の方から特別に許可するようご指示を頂ける可能性もありますので」
「えっ⁈ あ、だ、大丈夫です! そこまででは! あったらいいな、くらいでしたので」
「……そうです?」
もしヒューバートに同行を頼んで、真意がバレたらまずい。
「しかし、魅了の呪いってそんなに難しいんですか? キスするための一瞬魅了出来れば構わないんですよ?」
「……そういった呪いはあまり扱っておりませんでしたので不得手でして。研究していたのは、人を苦しめ、時には死に至らせるような凶悪な呪いが中心だったので」
「そうですか。確かに命に関わる呪いの方が研究の意義は高いですものね。けれどそちらの方がよっぽど高度でしょうから、魅了の呪いくらい貴女ならすぐ構築できるでしょう?」
「……最善を尽くします」
「この呪いをかけた犯人がみつからない今、解呪は貴女にかかっているんです。よろしくお願いします」
ヒューバートはそう言うとヒュッと風を切る音を残して消えた。
「まずいわ……勘付かれてるかも。早く解呪の糸口を見つけなくちゃ。だけどここで手に入る情報程度では……どうしよう」
壁際のライトによじ登って遊んでいた閣下に助けを求め、サリアは深い溜め息を吐いた。
遅々として解析が進まない。
こうなるとヒューバートの立案通り、ドレイクに呪いをかけてキスしてしまった方が早いと思えてくる。
しかしそれは、いくら合理的な緊急手段といえども受け入れ難い。
「人を呪いたくないから全てを諦めて研究を続けてきたのに、ここへ来て人を呪うことを求められるなんて皮肉だわ。そのうえ、会ったばかりの人とキス……」
想像してみるが羞恥心が限界を迎えて、サリアは手にしていた魔術書で顔を覆った。やはりキスなど出来ない。
それにもしもキスするならば、失念していたが仮面を外さなければならないのだ。
そうなればトカゲ化の呪いを解くと同時に、命を脅かす呪いをかけてしまうかもしれない。本末転倒だ。
ヒューバートの計画はやはり実行に移せない。
サリアはそう思って、ならば今出来ることをやらねばと、また魔術書に齧りついた。
♢
「ここ何日か彼女を見ていないが、どうしている?」
「あら、お珍しい。女性を気にかけるなどと」
昼食後のお茶を淹れていたヒューバートのなんだかニヤニヤとして含みのある言い方に、ドレイクは少しムッとした声を出した。
「この呪いのことで無関係のはずの彼女に頼りきりなんだ。気にかけるのは当然ではないのか?」
「なんですカリカリされて。そうですよ、当然です。アイリーン様との婚約も正式に解消となって、もはやこの呪いを解けるのはサリア嬢しかおりませんから」
ヒューバートにそう言われて、ドレイクは表情を曇らせた。
「……アイリーンには申し訳ないことをした」
「殿下のせいでは……私の見通しの甘さ故に招いてしまったことでございます。申し訳ありません。アイリーン様ならばもしやと思い、焦るあまり事を急ぎ過ぎました」
ヒューバートも沈んだ声になり、反省するように手元のカップをみつめた。
「しかし、仮にアイリーン様とご成婚されていても、どのみち呪いは解けなかったかもしれません」
「……呪いが解けない?」
「とても意地悪な呪いなんだそうです。真面目で誠実でお優しい貴方様にとっては特に」
意を汲みかねてドレイクが訝しむ目を向けると、気づいたヒューバートはパッと明るい顔を見せて笑いかけた。
「けれど大丈夫です。サリア嬢がいらっしゃいますから。今だって図書館に立て籠って一日中殿下の呪いと向き合ってくださってますからね。きっと明日にも解呪してくださいます!」
「……彼女はどうしてそこまで協力してくれる? 民を救ってくれた恩赦として、罪は咎めず見逃すと言っているのに」
「殿下の婚約解消の件でものすごぉく責任を感じているんだそうです」
脅したとは言わずにヒューバートはニッコリと微笑む。
「それこそ彼女のせいではないのに」
「きっと困っている人を見ると放って置けないんですよ。あの村の解呪にしても、罪人として逃亡している身で、人前で魔術を使えばすぐに捕まるとわかっていたはずです。それでも放っておけなかったくらい、優しい人なんでしょう。なんでそんな人が呪いなんて忌まわしい魔術を研究しているのか、不思議でしょうがないですけれど」
「……確かに。何故呪いなのだろう」
「いやぁ、でも本当そのおかげで助かりますよね」
ヒューバートが一人満足そうに頷く中、ドレイクはその答えを求めるように窓の外、庭園の奥の方へ目をやった。
お読みいただきありがとうございます!




