二十一話 竜と閣下とトカゲと騎士と②
「閣下! いけません!」
「どうした?」
尾に飛び乗った閣下をサリアが思わず嗜めると、ドレイクが振り向いた。
「あ……ト、トカゲが」
「ん? ああ」
自身の尾に閣下が張りついているのに気づくと、ドレイクは尾を持ち上げ、閣下を鉤爪で丁寧に摘み上げた。
「気に入られたかな。私も君には親近感を抱いているよ」
竜だと事あるごとに訂正するドレイクも、自身がトカゲっぽいという認識はあるのかと可笑しく思い、サリアは仮面に隠れて笑った。
「カッカとは名前か?」
すると閣下を受け渡しながらドレイクが訊ねてきた。
何気なく話題にしたのだろうが、そんなことを訊かれると思っていなかったサリアは虚をつかれた思いだった。
「え……いえ、名前ではなくて、敬称でして、階級というか……」
「階級?」
かぁっ、とサリアは仮面の下で顔を赤くする。
人間の友達がいない寂しさを、唯一の友達であるトカゲと架空の設定を盛りに盛ったごっこ遊びをして紛らわせているのだ。
そんなこと、恥ずかし過ぎて言えるはずがない。
しかしドレイクは、サリアが黙っているのを言葉を選んでいるものと思っているのか、じっとこちらをみつめて待っている。
適当な理由を告げて誤魔化したいところだが、紺青色の瞳から注がれる真っ直ぐな視線に動揺してしまって何も思いつかなくなっていく。
ああ、待っている……何か答えなくちゃ……何か適当に、なんでもいいから何か、何か——。
「……こ、こちらのトカゲは、サウリア・スクヮ=メート・レプティリア閣下と仰いまして、さる軍事国家で陸軍准将を務めておられたお方なのです。退役なさってからはお一人、とある女性を探すため放浪の旅の途中だったのですが、冬の寒気と空腹で行き倒れかけたところを私がお助けしまして、それをきっかけにヴリティア国を気に入られしばらく逗留するとのことでしたので、お世話の方を私が引き続きさせていただいております」
焦りに焦って適当な理由もみつけられなくなり、ストレートに痛い設定を告げ終えると、しんとした空気が流れた気がした。
「……と、いう設定で……子供じみたごっこ遊びをしておりまして……閣下と、呼んでいます……」
サリアは涙目になり顔を真っ赤にする。
普段、誰かと他愛もない会話を交わすこともないから誤魔化したり受け流したり出来ず、馬鹿正直に痛い遊びをしていると告白してしまって気まずさしかない。
いい年をしてこんな遊びをしていると知られて恥ずかしくて堪らず、未だ突き刺さってくるまっすぐな視線に俯いていると、ドレイクが笑い声をあげた。
「そうか、元准将であられたか。ではさぞかし腕に自信もあることだろう。いつかその武勇の数々をお聞かせ願いたい。その時にはもちろん良い赤身肉を用意するとしよう」
てっきり軽蔑されたかと思ったのだが、朗らかに笑うドレイクからは呆れたような様子は微塵も感じなかった。
「……赤身肉がお好みって、どうしてご存知で」
「食いつき方が他の料理と違った。きっと好物なんだろうと」
「そ、そうなんです。普段は菜食なのですけど、上質な赤身肉だけは別で、大好物なんです」
「上質なものだけとは随分グルメだな。我が王宮のコックの腕がお眼鏡に適って良かった」
ドレイクはそう笑いながら、行こう、と身を翻した。その変わらぬ態度にサリアの方が呆気に取られてしまう。
「あの……呆れられてませんか? いい年をして、こんな子供じみたことをしているなんて」
「いや、全く。何を隠そう私も今、この姿に似たようなことを思っているからな」
先を行きながらドレイクは続けた。
「我が国には時の王が火竜を倒したと言われるように、竜にまつわる伝説が多い」
「確か、火竜の牙から作られた剣があると耳にしたことが」
宝剣となっている、とドレイクは頷いた。
「だから竜には多少、縁を感じていて私も思い入れがある」
「思い入れ……」
「加えて、昔好きだった絵本があってな。悪い竜に攫われた恋人を救うために戦う騎士が出てくる。だがその竜を倒すと呪いがかかって、今度はその騎士が悪い竜になってしまうんだ。竜となり、次第に人だった意識が薄れる中、それでも忘れなかった愛する恋人を守るため、最後は僅かに残った理性で自身を地中深くに封じる、そんな話だ」
「悲しいお話ですね……でもなんと高潔な騎士でしょう」
「そう、純然たる愛を貫くとても高潔な騎士だ。それにとても憧れていた。そして今、状況は違うが同じように呪いで竜になった。だからこの姿も気に入っている。憧れの騎士になれたようだろう?」
竜と言い張る理由はそこかと謎が解けて納得すると、ドレイクが振り向いた。
「ヒューバートには秘密だ。この姿を気に入っているなどと言ったら発狂してしまう」
「はい、もちろんです。秘密に致します」
サリアが微笑むと、見えぬはずだがドレイクも合わせたように微笑んだ。
「ほら、あれだ。あの時計が付いている建物だ」
ドレイクが指差す先には大きな時計が埋め込まれている建物が見えた。
「連れてきていただいてありがとうございます」
「いや、朝食も摂らず解呪のために尽力してくれているんだ、礼を言うのはこちらだ」
食事の席を飛び出したのは、実のところ一刻も早く誰もいない所に立て籠もらなければと思いついたのが書庫だっただけなのだ。
礼を受けるのは居た堪れないとサリアが返答に窮していると、ドレイクが提げていたバスケットをサリアに差し出した。
「だが、食事はきちんと摂るべきだ」
「え……?」
受け取ったバスケットを見ると、軽食が入っていた。
「これ……」
「自身に関わりもないのにあまりに尽くしてくれるものだから、君は呪いに傾倒しすぎているのではと些か懸念していたが、元准将殿との仲を聞いて安心した。ヒューバートに何か言われているのかもしれないが、知識を貸してもらえるだけでこちらはありがたい。根を詰める必要はない、食事はきちんと摂りなさい」
「王太子殿下……」
「ドレイクで構わない。絵本の騎士の話をしただろう? あの騎士の名前がドレイクなんだ。こうして竜になったのだ、そう呼んでもらえた方が、っぽさが増す」
そう言って初めて会った時のように尖った歯を覗かせてドレイクは笑った。それがなんだか少年のように見えて、サリアも思わず笑みを返した。
「……はい、ドレイク様」
名を呼ぶと、ドレイクは満足そうな顔をして外套のフードを被り直した。
「では、私は戻る」
「はい。ありがとうございました。食事も、いただきます」
「ああ。次は共に」
「それは……」
その誘いには頷けない。
「せっかくお誘いいただいたものを申し訳ありませんが、私は人前でこの仮面とフードを外すわけには——」
「真っ黒なローブと仮面には何か理由や拘りがあるのか?」
「拘り……そう、ですね」
呪ってしまうとは言いだせず俯くとドレイクが言った。
「……もしも君も印象を意識してのことなら、君が優秀な魔術師だということは既にわかっている。その姿をやめたからと言ってそれが変わることはない。目を引く色合いで綺麗な髪だ、隠すのは勿体ないと思うが」
「印象——髪?」
そこでサリアはフードを被っていないことにようやく気づいて、慌てて髪を押さえた。
「まぁ、無理にとは言わない。君は我が国の民を救ってくれた恩人だ、ここでは好きにしてくれて構わない。もちろん服装も。では」
ドレイクはそう言うと来た道を戻って行った。
うっかりフードを脱いでしまっていたが、呪わずに済んだようでサリアはホッとする。
どうもドレイクがトカゲ姿ということで、気が緩んでしまうのかもしれない。
「気をつけなきゃ、油断しちゃ……」
そう呟きながらサリアは自身の長い髪をみつめた。
生まれつきクリーミーな色合いの金髪は、ある程度伸びると毛先の方から淡い桃色に変色していってしまう。
大気中に存在するとされる、魔術の根源たる魔素の影響を受けやすい体質だからだそうなのだが、グラデーションのせいで悪目立ちするので自身ではこの髪をあまり気に入っていない。
その髪を指先で梳いて、サリアはポツリと漏らした。
「……綺麗なんて、初めて言われた」
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