二十話 竜と閣下とトカゲと騎士と①
なんてことだ、とサリアは美しく整えられた庭園を走りながら己を詰った。自分が危険な存在なのだということを忘れていただなんて。
「なにより失念してはいけないことを! 仮面とローブのおかげでなんとか呪わずにいられたようですけど、もしもうっかり顔を見られてしまったら……!」
胸を押さえ、苦しそうな呼吸をするクリスの姿が脳裏に浮かんだ。あんな風に呼吸困難に陥らせてしまうかもしれない。
それに舞踏会でのこともある。
あれが本当に自分が引き起こしたことであれば、呪いが強まっているということだ。
ならば次は、命を奪ってしまうかもしれない。
そう思ったサリアはゾッとして足を止め、その場に蹲った。
「一刻も早くここを出なくちゃ。誰もいない所へ、誰も呪ってしまわないように」
しかし、ドレイクの呪いを放置しておくことも出来ない。
ヒューバートの脅しもあるが、アイリーンとの婚約を破談に追い込んでしまったのは自分である。
他国の国益に関わる問題を引き起こしておいて、後は知らぬと姿を眩ますわけにはいかないだろう。
「……こうなっては、とにかく急いで解呪する以外にないけれど……でも」
ヒューバートの要求どおりに呪うことはしたくないし、ましてやキスすることなんて無理だ。
残る手段はやはり地道に相殺魔術を構築する以外にない。
「だけど、それにどれだけかかるか……閣下、私どうしたら——」
そうフードの中の友人に助けを求めたサリアだったが、すぐに違和感を覚えた。
首の後ろあたりにいつも感じる、ほんのりした温かさがない。
サリアは慌てて周囲を見回し、ここが丁度小さな噴水を囲うように生垣で目隠しされている場所だとわかるとフードを脱いだ。
緩く束ねていた長い髪が溢れて肩にかかったが、そこに閣下はぶら下がっていなかった。
「閣下? どちらです?」
フードの中を手探りしてみても何も入っていない。
ローブの中にも入り込んでいる感触はない。
何処かではぐれてしまった。
そう気づいたサリアは焦り、生垣に頭を突っ込む勢いで辺りを探しだした。
「そうでした、今日は食事をまだ……私は閣下のお世話をさせていただく為に生きているというのに。閣下、お許しください、どちらです? 食べてはいけない葉っぱが世の中にはあります。お一人では危険ですので、出てきてください」
ガサガサと枝を揺らし葉を掻き分け必死に探していると、しばらくして背後から声をかけられた。
「みつけた」
「え、みつかりました⁈」
良かったと後ろを振り向くと、そこには立派に成長した閣下が立っていた。
と一瞬錯覚してしまったが、立っていたのはフード付きの外套を着込み、小さなバスケットを片手に提げたトカゲ姿のドレイク王子だった。
「……お、王太子殿下!」
「図書館にはいなかったと聞いて探したぞ。何をしていたんだ?」
ドレイクがいるとは思わず驚いたうえに、不審な行動を怪しまれていそうな雰囲気にサリアは狼狽える。
「いえ、何も、怪しかったかもですが、怪しいことは……さ、探しものを少々」
「探しもの……」
挙動不審に答えてしまって余計怪しさが増しマズイと思っていると、ドレイクがスッと手を出し掌を上向けて開いた。
「これか?」
掌の上には満足そうにお腹を摩りつつ横たわる閣下が乗っていた。
「閣下!」
サリアが駆け寄り両手を差し出すと、閣下はお腹が重いのか転がるようにして身を起こし、のたのたと鉤爪の間を通ってサリアの手の中へと渡ってきた。
「どちらにいらっしゃったのです、心配しましたよ」
「君に代わって朝食を共にしてもらったんだ」
「朝食……閣下ったら」
サリアは軽く閣下を睨めつけて、口端に残っていた卵の食べカスを拭ってやった。
「王太子殿下、私の友人をお連れいただきありがとうございます。お手を煩わせてしまって申し訳ありません。ご朝食の邪魔をしてしまったことも併せてお詫び申し上げます」
サリアがそう謝罪すると、ドレイクはよせと言うように手を広げた。
「いや、君の友人のおかげで久しぶりに誰かと食事が出来た。全身を使った豪快な食べっぷりで楽しませてもらったよ」
「……すみません、マナーが」
「トカゲにマナーを求めるとは無理難題だ」
マナーの身についたトカゲがそう笑ったので、サリアは吹き出しかけたのを堪えた。
「ところで図書館に向かったのではなかったか? 何故反対側に」
「え? 反対?」
「そうか、ちゃんと場所を教えていなかったな。来るといい、こっちだ」
ドレイクがついてこいと手で示した。
「君が目指していたのは温室だ。図書館は正門の近くにある。我々のいた離宮からだと少し距離がある」
「そうでしたか……」
わざわざ案内してくれるというのを断るわけにもいかないので、サリアはなるべく俯いてついて行く。
足元には前を行くドレイクの尖った大きい尻尾が、変装する為に着ているのだろう外套からはみ出て揺れていた。
同じトカゲでもゴツゴツとしていて閣下の細くスマートな尾とは随分違う。
そう思っていると、思考を読みでもしたのか肩に乗っていた閣下が急にその尾にピョンと飛び移った。
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