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十九話 隣国で朝食を


「——と、いうことでして、善良な魔術師であるサリア嬢には殿下の呪いを解くべく、引き続きご協力いただけることとなりました」


 朝から上機嫌に迎えに来たヒューバートに連れられて、サリアはドレイクの部屋へ報告に来ていた。とはいえ、昨日の計画を受け入れたわけでは当然ない。


「そうか。それはありがたい。しかし……解呪法は昨夜判明していると思うのだが、協力とは?」


 大きなギョロ目を不思議そうに動かして、こちらをまっすぐにみつめてきたドレイクに、サリアは仮面の下で顔を赤くする。

 私が呪いであなたの最愛の人となりキスで解呪しますとは、まさか言えない。


「殿下、サリア嬢は呪いのスペシャリストです。殿下の呪いの効果を打ち消す相殺魔術を構築してくださるそうなのです」


「そうなのか」


「ただ、非常に難解な呪いのようですので、お時間はかかるとのことで。まぁ、サリア嬢ほどの魔術師ならば数日で叶うと思うのですけれど。ね」


 と、急所に刃物を捻り込むような視線を向けられて、サリアはビクッと身震いした。


「じ……尽力、致します……」


「君にはなんら関係も責任もない話なのに、頼りきりですまない。だがその厚意をありがたく受け取らせてもらう。何か必要なものがあったら言ってほしい。もちろん自らのことだ、必要とあらば実験でもなんでも付き合おう」


 なんとも誠実さを感じる労いの言葉に、サリアは罪悪感が湧き上がるのを禁じ得ない。


 こんな実直な人の心を呪いで歪めて良いわけがない。


「……ヒューバート様、私やっぱり」


「じゃ、ご報告も終わりましたので朝食にしましょう。サリア嬢もご一緒されませんか? 殿下はこのお姿になって以降お一人で食事なさっておいでで、そろそろお寂しさも募る頃でしょうから」


「いえ、私は——」


「運び入れてくださーい」


 あからさまにサリアの言葉を無視して、ヒューバートは食事を運び込ませた。

 テーブルに次々と並べられていくスープや卵料理が、予め二人分用意されていたところに強い意図を感じる。


「食事にでもササッと呪いをかけて、殿下をメロメロにしてパパッとやってください」


 準備されていく食卓を苦々しく眺めていたサリアに、ススッと寄ってきたヒューバートがそう耳打ちした。

 出来るか! と思わず大きな声を出しそうなところをグッと堪えて、サリアも小声で返す。


「……そんなに簡単に出来ません!」


「ええー、そうなんです? 呪いって難しいんですねぇ。なるべく早くお願いしますね?」


 軽ぅい口調で人任せにするヒューバートに込み上げるものを感じながら、サリアは仕方なく長椅子に座った。朝食を挟み、昨夕と同じくドレイクと向かい合う。


「いやに用意がいいなヒューバート。サリア、無理やり付き合わせてしまったようですまない」


「……いいえ、ご一緒させていただけて光栄で、畏れ多いほどです」


 では、いただこう、とドレイクは長い鉤爪でフォークとナイフを握った。

 そして肉料理にあてがうと、実に器用にトカゲの大きな口には見合わない量を切り出して、優雅さを感じさせるほど上品に口に運んだ。


 なんと礼儀正しいトカゲだろう。


 サリアは感心し、そうだった人間の、それも一国の王子だったとすぐに思い直す。ついついトカゲとして見てしまう。

 けれどヒューバートの作戦をもしも実行に移すのなら、トカゲと思っていた方がやりやすいなと感じた。


 しかしその思考もすぐに打ち消す。


 トカゲだったら良いわけではない。

 誰も呪いたくなどないし、キスなど出来ない。



「どうした、食べないのか?」


「あ、いえ! いただきま……」


 そう言ってナイフを取ろうとして、サリアは手を止めた。


 人との接触を避け続けてきた自身こそ、閣下がいたとはいえ誰かと食事を取るのは年単位で久しぶりのことだ。

 二人分の食事が並んだ食卓にじんわりと感動を覚える。


 しかし、そこではたと気づいた。


 食事をするには仮面を外さなければならない。

 そして仮面を外しては——



「——っ!」



 ガチャンと、机の端にぶつかってフォークを落としながら、サリアは急に立ち上がった。


「……どうした?」


「私……」


 頭の中が忙しかったからかすっかり失念していたが、自分は無自覚に人を呪ってしまう体質なのだ。


 思い出したサリアは仮面の下で青ざめる。

 こんなに人の側にいてはいけない。


「サリア?」


「し……書庫は、書庫はございますか⁈ 出来れば魔術書が置いてある!」


「庭園の一角にある小さな離宮を一つ、図書館としているが」


「使用許可を、閲覧許可をいただけますか⁈ 王太子殿下の呪いに関して、す、すぐにも調べ物をしたくて!」


「月に一度一般開放もしていますから、そこまでの範囲でしたらご自由にしていただいて構いませんけど」


「ありがとうございます! では、失礼します!」


 サリアは言うが早いか身を翻し、部屋を飛び出て行った。




「……熱心過ぎないか。食事くらいしていけば良いのに」


 風のように去って行ったサリアにドレイクは呆気に取られた声を出した。


「自身に得もないと思うが……研究者の性というやつか?」


「まったく。頭が下がりますね」


 そう言ったヒューバートはうっすら笑っている。

 

 それを訝しみながらも、ドレイクは食事の続きをしようと皿に目を移した。


「……ん?」


 そこで、サリアの手付かずのはずの皿の異変に気づいた。


 スープ皿の縁には引き摺り出された野菜が引っ掛かり、そこからビチャビチャに濡れた何かがメインの乗った皿まで移動した跡が続く。

 メインの皿の周りには齧られた跡のあるサラダだった葉野菜が散らばり、半熟の卵料理の真ん中には、その中に飛び込んだかのような穴が開けられ黄身が撒き散らされている。


 そしてその隣では、今まさに薄切りの赤身肉に齧りつこうとしている者が一匹。


 親近感を覚えるフォルムの小さな闖入者に、ドレイクはポカンとして訊ねた。


「……君は、何だ?」


お読みいただきありがとうございます!

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