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十七話 忠臣の無茶ぶり


 アイリーンが去って行った後の客間は、葬儀のような重い空気に包まれた。


「そんな……殿下にベタ惚れだったアイリーン様が拒否されるだなんて……あの方で無理なら他にどうしたら……」


 ヒューバートは顔面蒼白となり床にへたり込んでいる。

 

 サリアもまた、解呪の成否云々でなく、自身の進言で一国の王太子の婚約が破談となった事態に同じように蒼白になっている。

 例の如く仮面に隠されて窺えはしないのだが。


「も……申し訳ありま……私があのような解呪法をお伝えしたから……するにしても、もっと、アイリーン様のお気持ちを考えていれば……」


 なにせ自身は親友がトカゲなので、ドレイクの姿に驚きはしたものの嫌悪感はなかった為に、愛ある仲ならばキスなど何の事は無いだろうと思っていたのだ。


 しかし思い返せば、祖国でもチクチクと陰口を囁く令嬢方は閣下を気持ち悪いと言っていた。

 一般的な淑女達はトカゲを嫌悪するものなのだ、と今さら気づいてサリアは仮面ごと顔を覆った。


「すみません、私のせいです……こんな、婚約破棄だなんて」


「そんなサリア嬢、貴女の……婚約……そうですよ、破棄って言ってました? まずいまずい、ちょっと、アイリーン様⁈」


 呆然としていたヒューバートは婚約破棄の文言に我を取り戻し、慌ててアイリーンを追いかけて行った。


 残されたサリアは廊下に佇んだままのドレイクに謝り続けるしかない。


「すみませ……すみません」


「君が謝ることはない。君は君の仕事を正しくやり遂げた」


「ですが、その結果こんなことに」


「彼女がこうなるのはわかっていた。何せ私の母ですらこの姿を見て倒れて以降、ショックで療養中な程なんだ。アイリーンは少し夢見がちなところがある女性だから、この姿は受け入れ難いだろう、とな」


 ハハハとドレイクはそう言って笑ったが、サリアは申し訳ない気持ちでいっぱいだ。


「すみません、それでももっと私が配慮していれば……愛しあっていらしたお二人を割くことにならずに——」


「愛しあう……か。愛すべき人ではあったが、愛する人だったかと問われれば、どうだろうな」


「え?」


 一瞬遠くを見るような目をしてポツリと呟いたドレイクは、すぐにサリアに笑いかけた。


「気にするな、君のせいではないということだ」


「……けれど、呪いが」


「そのことも、気にするな。ヒューバートは怒るだろうがな——」


 そう言ってドレイクは周囲を見渡すそぶりをしてから側にやって来ると身を屈め、サリアの耳元に突き出た鼻先を寄せて囁いた。


「この姿も結構気に入っているんだ」


 内緒だぞと言って笑うと、ドレイクは自室へと戻って行った。


 トカゲ姿とあって閣下と話している時と同じ感覚がしてしまっていたサリアは、耳元で囁かれたよく通る低い男声に、ドレイクが人間の男性なのだと改めて思い出して耳を押さえた。


 人を避けて生きてきたサリアにとって、男性にこんな至近距離で囁かれたことは初めてで、それに気づいてしまうと急に耳が熱くなる。


「……ダメだ。ああ、あっちもこっちもマズイことに……あれ、殿下はどちらに?」


 そこへ入れ替わるようにしてヒューバートが帰ってきた。


「お、お部屋に、お戻りに」


「そうですか。ところで耳がどうかしました?」


「——! いえ、別に」


 パッとサリアは耳から手を離す。今ばかりは仮面があって良かった。


「あの、アイリーン様は」


「お帰りになった後で……解呪はもう。呪いの件も先方のキャンディール家に伝わるでしょうし、婚約の方も」


 はぁ、とため息を吐いたヒューバートに、サリアも罪悪感が蘇ってくる。


「ヒューバート様、お時間を頂ければ他の解呪法をみつけることも出来ると……思う、のですが」


「あるんですか? 他の方法が!」


「……一度呪いを再現するといった形を取り、使用した道具や薬品、呪文等全てを洗い出し、それらに対して打ち消す効果のあるものを使って相殺する魔術を作るというものなんですが——」


「……どのくらいかかります?」


「今時点で不明な部分が多く、とても古い魔術なので代替するにしてもアイテムを揃えられるかといった懸念もあるので……それは」


 そうですよね、とヒューバートは深い溜め息を吐いて俯いた。


「……すみません、お役に立てず。返って余計なことをしてしまって」


「いいえ、貴女のせいでは。貴女がいなければ、これが解呪出来るものだとも知れませんでしたから。それに、良い方向に考えれば、トカゲ姿の殿下にキス出来るくらい愛してくださる方が現れれば解決する話ですか——」


 ヒューバートはそこでふと顔をあげた。


「愛するというのは、呪われた対象者が愛するのか解呪する相手が愛するのか、どちらなのでしょう。それとも呪いに意志があって、二人の間の愛の有無を判定するのでしょうか」


「言われてみれば、そうですね。確かこういった解釈が曖昧になる条件については議論されていた記録があったような……うろ覚えですがその話の結びでは、呪いは対象者への有意な同調性が見られる、とまとめられていたように思います」


「同調性」


「つまり、呪いを受けた対象者の主観に基づき呪いは発揮されると。ですから王太子殿下の場合ですと、ご本人が愛する方、となるのではと思います」


「……そうでしたか。ではどのみち——」


 そう呟きかけたヒューバートはハッとした顔をすると、じっとサリアを見た。


「ヒューバート様?」


「サリア嬢、貴女そういえばトカゲ姿の殿下のことを怖がりませんでしたね」


「え? あ、ええ。私は」


 サリアはフードの横をちょいっと引っ張って、隙間から中に隠れていた閣下が見えるようにした。


「友人がトカゲですので」


 フードから顔を覗かせた閣下が敵ではないと手を振る仕草をして見せると、ヒューバートは、にたぁっと笑った。

 それが今日様々見てきた中で一番恐ろしい顔だったので、サリアはゾッとして思わず息を呑んだ。


「ああ、なるほど。トカゲが怖くないんですね。むしろ好き。そうですか、そうですか」


 じゃあ話が早い、とヒューバートはゆっくり近づいてくると、ニタニタした恐ろしい顔のままで言った。


「サリア嬢、やっぱり貴女にはこの事態を引き起こした責任があると思うんです」


「は、はい……?」


「大人ですからねぇ、責任はきちんと取りませんとねぇ」


「そうですね……?」


「ですよね。では、よろしくお願いします」


「な、何をです?」


「決まっています、解呪です。貴女の力で殿下を虜にし、殿下の愛する人となってキスして差し上げてください」


「虜⁈ そ、そんなこと無理です! 私——」


 あまりに無茶な話にサリアが驚愕の声を上げると、ヒューバートは出来ますよと強く言った。


「貴女なら出来ます! 殿下を是非とも誘惑していただきたいのです。貴女のその呪いの力によって!」


お読みいただきありがとうございます!

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