十五話 だが断る
「あ……愛する女性の口づけぇ?」
解呪法を聞いたヒューバートは呆れた声を出した。
「そんな童話みたいな方法なんですか? 本当にぃ?」
呆れるのも無理はない。サリアも驚いているのだから。
「この紋章から読み取れる限りでは……ご覧いただければ」
「見たところで……」
呟きながらヒューバートが覗き込んできたので、サリアは紋章を示しつつ説明する。
「この直線が男性への指向を……その中でここが王太子殿下を示していて……このグルグルしているのが容貌の」
「ほ……ほぉぉぉーん……?」
「そしてここですね。魔術の暴走を防ぎ呪いを完成させるためには解呪法を組み込み完全に術者のコントロール下に置く必要があるのですが、これがとても古くて……ここが女性、次が愛とあり、不明な部分が続いてここに唇ですね。これにカッシェロ理論を用いてこの部分から」
「ふ……ふぅぅぅーん……?」
「以上のことから、愛する女性の口づけ、となります。実際に使用された記録のある古い解呪法ではありますけれど、正直子どものおまじないのようなレベルの物で……これだけ難解な呪いの解呪法でこれは俄には……」
信じ難いけれど、いま解析出来る範囲ではこれが導き出せる解である。
「……なるほどそうですか、わかりました。信じ難いですけどそういうことなら早いです。殿下!」
ヒューバートは、二人の魔術師のやりとりを後ろで静かに眺めていたドレイクを振り返った。
「してきましょう! 愛する人に、チュッと唇にワンショット!」
それで速攻解決、と沸き立ったヒューバートだったが、ドレイクは喜色を浮かべる補佐官に向かって冷たく言った。
「断る」
「はっ⁈」
浮かれて跳ね飛んだところへ足払いをかけられたかのように、裏切られたといった顔をしてヒューバートはしばし動かなくなった。
「……キスすれば戻れるそうですよ?」
「ああ、そのようだな。聞いた」
「ご婚約者のアイリーン様がいらっしゃいますよね?」
「ああ、いるな」
「ご幼少の頃からアイリーン様は熱烈に殿下のことをお慕いになっていらっしゃいますよね?」
「熱烈……そうかもな」
「殿下もご幼少の時分にご婚約なさってから、他の女性に目移りすることなくアイリーン様だけを大切にしていらっしゃいますよね?」
「愛すべき婚約者だからな」
「ですよね、でしたら条件は満たしていると思うんです。ですからキスを」
「断る」
再び冷たく言い放たれてヒューバートは先程と同じ顔をして固まる。
「キス」
「しない」
室内の音の一切が一瞬消えた。
ヒューバートはしばし切れ味鋭く即答したドレイクを見つめ返す。
そしてガクガク震えだしたかと思うと頭を抱えて絶叫した。
「あああっ! そうだったぁっ! うちの若君クソ真面目なんだったぁっ!」
「主君に向かってクソとはなんだ。婚姻前の女性に口づけるなどと不埒なことは言語道断。真面目も何もなく当たり前のことだ」
「解呪がかかってるんですよ⁈ トカゲ姿で婚姻式まで過ごすおつもりですか⁈」
「竜だと言っている。解呪がかかっていようと婚姻前にふしだらなことはしない。それが信条だ」
「お曲げなさいよ! こんな一大事にくらい!」
「そのような軟弱な考えだからお前は同じ女性に何度もふられるんだ」
「ああエミリア! もうしないから! もう絶対よそ見しないから! お願い戻ってきて!」
わあわあと喧しく言い合う——一方が言い負かされている——のを横目に見ながら、呆気に取られていたサリアは小さな声でフードの中の友人に話しかけた。
「トカゲ界の男性は硬派な方が多いようですね。閣下も一人の女性をずっと探し続けておいでですものね」
ふふっと小さく笑うと、閣下も、まぁなと笑った風にギッと鳴いた。
「じゃぁ、こうしましょう! もうアイリーン様と婚姻してしまいましょう! それでどうです?」
ヒューバートはまだまだ食い下がる。
「あと数年は陛下の節目の生誕祭や建国祭と行事が立て込むので、三、四年後を目処に調整していましたがこの大事です。来週にでも婚姻してしまいましょう。それなら文句ないでしょう?」
「む……」
「アイリーン様の方は殿下と婚姻なさる日を待ち遠しく思われていますので、何の問題もないでしょうし。式はお姿がお戻りになってから行えば良いのですから。先に書面と誓いを交わして婚姻して、そこでキスして呪いは終わり! それでいいですね!」
「まぁ……それなら」
はい、決まり! とヒューバートは手を叩き早速方々へ連絡すべく出て行こうとして、サリアに気づくと握手を求めた。
「ありがとうサリア嬢、感謝申し上げます。貴女のお陰であのトカゲ姿の呪いが解ける」
「お役に立てたなら何よりです。ただ、未解明の部分もあるのでまだ確実に解けるとは……」
「大丈夫でしょう、貴女の優秀さを目の当たりにしましたのでね、何の心配もしておりませんよ。今日はお疲れでしょう、外もすっかり日が落ちてますし部屋を用意しますので、どうぞこちらへ」
やはりせっかちなヒューバートは、言うなりサリアの腕を引いて部屋を出て行こうとした。
「あ、いえ、結構で——」
サリアとしては自身の呪いが発動する前に宮廷を辞去したいところだ。
だが、ドレイクにも引き留めるように訊ねられてしまった。
「何か急ぐ理由でもあるのか」
「……いえ、急ぐわけでは。ご迷惑になる前にお暇させていただきたいと」
「祖国のことか? それならば我々は知らぬで通す。君は恩人だ。悪人でもない」
「……不法入国をした憲章違反者で、怪しい見た目の忌むべき呪術師が、ですか?」
「違反に関してはこちらがさせたようなもので不問だ。あの村の件はむしろ礼を言うべきものだからな。呪いに関しても、呪う行為は忌むべきものであるが君のその蓄えた呪いの知識は違う。人の世に有用なものだ。姿がどのようであっても君は自身の知識を生かし人を助けた、善人に変わりない」
そう言ってドレイクは大きな口を横に引っ張るようにして笑った。
「サリア、改めて礼を。協力をありがとう」
今日だけで何度その言葉を聞いただろうか。
呪いに塗れた自分が人の為になれて感謝される日が来るとは。
遠い昔に諦めたものに一時でもなれた気がして、サリアは胸が満たされるのを感じながらローブを摘むと、深く深く礼をした。
お読みいただきありがとうございます!




