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十一話 解呪の魔女


「あったよ! お姉ちゃん!」


 フィルと名乗った少年が、村の青年らと共に井戸から繰り返し水を汲み出し、何十回目かにようやくそれらしき物を見つけサリアを呼んだ。


「これかな?」


「触らずに、見せて」


 サリアが釣瓶の中を覗き込むとガラス瓶が浮いていた。

 細い持ち手が付いていて、それがネズミの尻尾のように見えた。


「恐らく呪薬を入れていたものね。処理を怠ってここに捨てたのでしょう。全て井戸に溶けた後だから、これ自体に危険はないと思う。でも井戸を浄化しないと。専用の石がないけど……薄くて大きな布と大量の塩があれば代用できるはず」


「探してくるよ!」


「魔女さん、冷ましたこれはどうするんだい」


「今行きます」


 空がすっかり明るくなってきた中で、サリアはフィルの村で住人達に忙しなく指示を出していた。

 その表情はどこか生き生きとしている。

 もっとも、仮面に覆われたその顔は誰も知ることは出来ないが。


 空が白み出す少し前、フィルと共に村へ向かいこっそり解呪薬を作ろうと思っていたサリアだったが、その目論見は早々に崩れた。

 明け方まで戻らないフィルを心配して住人が捜索を始めていたのだ。


 怪しい身なりをしているとあって最初は警戒されたが、フィルの必死の取り成しでなんとか一応の理解を得られた。

 必要な道具も貸してもらい準備を始めると、徐々に手伝う者が現れ今や村総出で解呪に向けて動いている。


 信じてもらえたことに感動するが、怪しい魔術師の真偽不明の助言に縋るほど、追い詰められていたのだろうと呪いの深刻さを感じた。


「あとはこれを水で等分に薄めて飲ませて。井戸水は使ってはいけません。井戸の方は、塩が黒くなったら取り替えて。繰り返して色付かなくなったら浄化完了です。黒くなった塩は井戸を覆った布に包んで——」


 井戸の浄化も終わりかけ、なんとかなったと一息吐いたところで、フィルがやってきた。


「お姉ちゃん」


「フィル、具合はどう? 皆は?」


「俺は元々軽症だったから、すっかり元気さ。お姉ちゃんの薬で皆も咳がおさまりだしてる。青臭過ぎて不評だけどね」


 ハハと笑い合うと、フィルはふいに俯いた。


「兄ちゃんもようやく物を口に出来て眠ったとこ。今日まで衰弱が酷くて……」


「一人で魔女を探しに行ったのはお兄さんの為だったのね」


「お姉ちゃん、ありがとう。お姉ちゃんがいなかったら……」


 フィルはそう言って肩を小刻みに震わせだした。

 サリアはその肩にそっと手を置く。


「あなたが諦めなかったからよ。よく頑張ったわ」


 うんうん、と何度も頷きながらフィルは涙した。

 しばらく肩を撫でて慰めていたサリアは、フィルが落ち着いた頃を見計らいフードを深く被り直した。


「それじゃ、私行くね」


「待ってよ! お礼をするよ、村の皆だって」


「いいのよ、皆が快癒して良かったわ。それじゃぁね」


 長居してはいけない。

 自分は呪われた存在なのだからとサリアはフィルに背を向け、まだ慌ただしく事後処理をしている村を後にしようとした。


「待ってお姉ちゃん! そんな靴じゃいくらも歩けないよ」


 そう引き留められてサリアは足下を見る。

 舞踏会用のヒールは道なき道を歩いたせいで汚れに汚れ、折れかかっていた。


「きっとまだ散歩の途中なんでしょ? 俺の爺ちゃん、靴屋なんだ。せめてお礼に新しい靴を」

 


 ♢

 


「ありがとう、とても歩きやすそう」


「すぐ渡せるぴったりの物があって良かった」


 展示されていた黒いブーツを貰い受け、早速履き替えたサリアは靴屋を少し歩いてみる。


 ローヒールになったことで格段に歩きやすい。

 と同時に、脚が酷く疲れていたのだと急激に実感した。

 するとこれまでの疲労もドッと襲って来て、サリアはふらつき近くの椅子に腰を下ろした。


「急に色々あり過ぎて体が……」


 疲労感に呻いたが、何処か心地良くもあった。

 舞踏会からあの塔までを思うと絶望しかなかったのに、今胸を満たしている充足感は人を助けることが出来たからかもしない。


 培ってきた呪いの知識で人から初めて感謝されたのだ。

 これほど嬉しいことはない。


 サリアは一時ぼんやりと充実した心地よさに身を委ねた。

 しかし、すぐにその気持ちを戒めるように立ち上がる。


 気を緩めて忘れてはいけない。

 自覚はなくとも昨夜の舞踏会で女性の腕を燃やしたのは自分かもしれないのだ。


 油断するなとローブを掻き合わせ、そろそろ行こうとしたところでサリアは何かが足りないことに気づいた。


「あれ……閣下——」


 サリアがキョロキョロと周囲を探すと、ひょこんと、側で引っ張り出した靴を片付けていたフィルの肩口から閣下が顔を覗かせた。


「そこにいたの。いつの間に仲良く?」


 サリアがそう訊くと、フィルは閣下を受け渡しながら笑った。


「賢そうで可愛いトカゲだね。俺、動物大好きだから、それが伝わったのかも。それにしてもあまり見たことない色のトカゲだなぁ。全体は黒……っていうか赤黒くて、それで尻尾と背中の一筋だけが真っ赤なんて。この辺では見たことない」


「詳しいのね」


「爬虫類は特に好きだからね。俺、将来は動物や魔獣の研究をしたいんだ。これは何てトカゲ?」


「私もわからないの。魔術に使う素材を集めていた時に、たまたま冬眠中だったこの子を連れ帰ってしまったものだから」


「そうなんだ。じゃあ調べてみようかな。わかったら教えるよ」


「……ええ、いつか。楽しみにしてる」


 フィルとはもちろん、この村の誰とももう会えはしないけれど、とサリアは目を伏せる。

 果たされないとわかりきっている口約束ほど悲しいものはない。


「靴をありがとう。じゃぁ、私そろそろ——」


 その時だった。

 

 ドンドンと、和やかな雰囲気を壊すように靴屋の入り口の木戸が攻撃的に叩かれた。


「……何だ?」


 警戒して開けずにいると、外から戸が乱暴に押し開けられた。


「魔術を使った者がいると報告があって来た」


 現れたのは鎧を着た数人の兵士だった。

 しかし装備に入った翼の生えた蛇のような紋章はサリアの祖国ヴリティアのものではない。


 やはりあの塔は国境の森に建っていたようで、目の前にいるのは隣国リントワームの兵士だった。


「なんで城の兵士が——」


「お前が奇病を治療したと言う魔女だな」


 兵士はフィルを押し退け、サリアを認めると厳しい口調で言った。


「徽章を」


「……示せません」


「魔術憲章違反者だな。連行する」


 魔術憲章とは七大国連合会議において魔術の正しき取り扱いについて定められたルールだ。

 当憲章に批准する国はそれに従い、憲章に則る旨を宣誓した者のみを正規の魔術師と認め、登録および管理している。

 

 よって宣誓の証として交付される徽章を身に付けず魔術を使う者は国の認定、ひいては世界のルールから外れた悪しき魔術師なのだ。


 魔術師としては油断があったと言わざるを得ないが、あの舞踏会から着の身着のまま放逐されたサリアは徽章を携帯していない。

 そのため解呪に協力すると決めた時から、いずれはこうなるとわかっていたので大人しく従った。


 しかし些か事の露見までが早いと感じる。

 やはり密告があったのだろう。


 清廉な国の証明で素晴らしいと思う反面、それが少し寂しくもあった。

 人を救えはしたけれど、やはり忌まわしい魔術師であることに変わりはないのだ。


「連行ってなんだよ! お姉ちゃんは村を救ってくれた良い魔女だ! 悪い奴じゃ——」


 フィルが兵士に食ってかかるのをサリアは制止する。


「フィル、これは当然なの。魔術は人のためになるものだけど、使い方を誤れば脅威になる。許可なく使ってはいけないの。わかっていたことだから」


「そんな……でも、それは俺が頼んで……お姉ちゃんは俺達のために……」


 フィルが悔しそうに顔を歪めて、泣き出しそうな声を出した。

 サリアは魔術師として覚悟していたことだったが、何も知らぬフィルには余計な責任を感じさせてしまって申し訳ない。


 サリアはフィルの正面に立つと腰を落として目線を合わせ、仮面越しに微笑みかけた。


「フィル、いいのよ。全てわかっていた上で私がしたくてしたことだもの。それにね、呪いの知識が役に立てられて私とても嬉しかった。信じてくれてありがとう。靴、大事にするわ。良い研究者になってね」


 目元の隙間から見せた微笑みは届いただろうか。

 フィルがじっとこちらを見返し小さく頷いたのを確認したサリアは、元気で、ともう一度微笑んでから閣下を肩に兵士に連行されていった。


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