表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/63

一話 呪いの仮面令嬢

※全編に渡ってトカゲが登場します。爬虫類ちょっとも無理な方はごめんなさい。


『うわぁっ! 来ないで! 近づかれると息が上手く出来なくなる。苦しい、これは……呪い……? こっちを見るな! 僕を呪うな!』



 そう叫ばれて、サリアはハッと目を覚ました。


 首筋を冷や汗が伝い、指先が震えている。

身体は強張り視線すらも動かせず、ただ一点を見つめて荒い呼吸を繰り返す。


 そのうちに、目に映っているものが見慣れた自室の天井だと気づき、ようやく今のは夢だったのだと理解が追いついた。

 けれど夢だとわかっても、まるで今耳元で叫ばれたかのように感じたままで、未だ心臓はドクドクと大きな音を立てている。


 あの日言われた言葉は、決して消えぬ残響となって今なお頭の中にこだまし続けているのだ。


 自分が世にも恐ろしい存在で、いかに不吉なのかを思い知らされたあの日の言葉は——。


 

 ベチベチベチッ!

 


「いたたっ!」


 天井を見つめたまま起き上がりもせずにいたサリアはそこで我に返った。

 片頬が何かに往復ビンタされたのだ。


 頬を摩りつつ頭だけを起こして見れば、仰向けになったサリアの胸の上に乗って、手のひらサイズのトカゲが不機嫌そうに真っ赤な尻尾を振っていた。


「あぁ……おはようございますレプティ閣下。すみません、ボーッとしていて。朝ご飯ですね、すぐに」


 そう言って、閣下と呼んでいる親友のトカゲを手のひらに乗せ、サリアは朝食の葉野菜を用意すべく起き上がった。


「あっ!」


 しかしすぐに身を捻ってベッドサイドに手を伸ばす。

 手に取ったのは、うっすらと不気味に笑っているように見える、顔全体をすっぽり覆える無地の仮面だった。


「いけない、いけない。これがないと。これがないと私は、人を無自覚に呪ってしまう忌まわしい体質なんですから」

 


 ♢

 


 仮面の目の部分に空いた細い覗き穴から見上げる空は、今日も青く眩しい。

 清々しいと思いつつも、王宮敷地内にある官舎を出たサリアは、黒いローブのフードを目深に被り今日も俯いて職場に向かった。


 サリアは代々ブリティア王国に宮廷貴族として仕える魔術師の家系で、父などは次期筆頭宮廷魔術師の座を日々静かに争っている程の有力者である。

 サリアも十九歳ながら世界屈指の学術機関である国際魔術修学院を一年早く修了し、生国にて宮廷魔術師見習いとして出仕しながら日夜魔術を研究している優秀な娘だった。

 家柄もさることながら才女でもある、そんなサリアなのだが、一部の評価者を除いて評判はすこぶる良くなかった。


「あら、見て」


「やだ、あの不吉な仮面女だわ」


 主な職場である宮廷敷地内の研究棟に向かうには宮殿内を通らねばならず、身を小さくして壁にぴったりくっついて歩いても出入りする子女達の目には入ってしまう。

 その度にこうしてギリギリ聞こえる音量で陰口を叩かれる。


「こんなに良いお天気ですのに、いつ見ても真っ黒で陰気な格好ね」


「おまけに不気味な仮面で顔を隠して。優秀って聞きますけど、あんな人が魔術を扱ったら良くないことに使うのじゃなくって?」


「実際研究なさってるのも如何わしい呪いの魔術なのでしょう? 見た目どおり恐ろしいわ」


「本当忌まわしい。人を呪ったって噂も事実なのじゃ……やだ! トカゲが睨んできたわ! 気持ち悪い、行きましょう。お茶に遅れるわ」


 令嬢達は、フードに隠れていた閣下が顔を出して威嚇したのを認めると、連れ立って去って行った。


「……いいんですよ閣下。実際忌まわしくて不吉なんですから。呪いの研究もこの仮面も」


 黒ずくめに不気味な仮面という出立ちもさることながら、サリアが避けられる理由は他にもある。

 それは研究しているのが古今東西の呪いの魔術だからであった。


 しかしながら呪法はもちろんのことその解呪法もセットで研究しているサリアは、いわば解呪のスペシャリストへの道を歩む良き研究者だ。

 だが、怪しさ満点の見た目と呪いという不吉さを孕んだ魔術の研究者ということで、サリアはしばしば敬遠されているのだった。


 せめて怪しい見た目をやめれば評判も多少なり上向くかもしれないが、しかしサリアにはそう出来ない事情があった。


 巷間でまことしやかに囁かれる、サリアが人を呪ったという噂。

 それが噂などではなく、紛れもない事実であるからだ。


「サリア」


 朝から暗澹たる心持ちとなりサリアがますます小さくなって歩いていると、突然正面から名前を呼ばれた。

 顔を上げると、目の前にはにこやかに微笑む金髪の青年。蒼天を思わせる瞳が輝いている。


 この人はこの国の第二王子クリストファーであり、幼い頃から宮廷に出入りしていたサリアにとっては幼なじみと同義のような存在。

 そして噂の渦中の人物、サリアが無自覚にも呪ってしまった被害者その人だった。

お読みいただきありがとうございます!


一話2000〜3000字くらいを目安に、登場人物が揃ってくるまでは複数話、以降は一日一話更新していこうと思っています。

最後までお付き合いいただけると嬉しいです。よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ