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第六話 予想される残酷な展開

 朝焼けに染まる静謐な空間の中に、一定した小さな風切り音が響く。

 俺は振っていた木刀を下ろすと、いつもの朝稽古を終えた。


 モンスターがこの世界に現れてから、一晩が明けた。

 俺は昨晩、通路を寝床にし早々に眠りに就き、朝日が昇る前に起きると、非常階段から屋上へと移動して稽古をしていた。

 それと同時に、スキル【闘気】の具合を確かめる為の動作確認も行った。【闘気】のおかげで、かなり身体能力が上がり、技のキレも良くなっているみたいであった。


 そして、その間ずっと考えていた。


 ――今後の展開を。この世界の行く末を。


 先ず、自衛隊はモンスターを駆逐出来ないだろう。

 現に今尚モンスターによる蹂躙を阻止出来ていないのだから。自衛隊がモンスターに対抗する力を持っていないのだ。

 もちろん、銃火器などは一定のモンスター達には効果があるかもしれないが、大型のモンスターに限っては効果は見込めないと思われる。それは実際にモンスターと戦ったから分かった。更に言えば、モンスターの数が多過ぎる。

 百歩譲ってモンスターに対抗出来たとして、早期に解決出来るような事態じゃない。間違いなく、年単位で時間が掛かるだろう。


 それにここは日本だ。専守防衛を主とする自衛隊に、武力的な期待を寄せるのは酷というものだ。何より、自衛隊はそれ程銃火器を所持していないだろう。

 銃弾は高く、毎年国家予算の削減を食らってると聞くし、国の防衛をアメリカという他国に頼っているという状況だ。


 であるからして、行政――政府は機能していないだろう。

 つまり、救助及び保護は期待出来ない。

 いずれは現状を盛り返して、政府も再稼動するかもしれないが、それは希望的観測が過ぎるだろう。


 そして、そうなればライフラインは絶たれる事になる。

 実際、既に電力の供給が絶たれた。エレベーターが稼働しないのだ。

 次は電波、その次は水、とそれらが絶たれるのも時間の問題だろう。


 もちろん、こんな世界になってしまったのだから、物流も止まっている。

 つまり、食料不足に陥る。

 ただでさえ、食料自給率が低く、土地に対して人口の飽和傾向にある日本だ。

 食料不足は今後の最大の障害となるだろう。


 更に悪循環は続き、食料不足に陥ると、今度は人々による食料の奪い合いが起きる。

 食事は生死を別ける重要なファクターだ。それに掛ける人々の思いは尋常ではない。

 先ず間違いなく食料を求めての殺し合いが起きるだろう。人殺しという禁忌を犯す事には抵抗はあるだろうが、モンスターを殺した事によって生物を殺すという事に対する意識が緩んでいる事だろう。恐らく、殺人を犯す者は少なくないと思う。

 もちろん、僅かな食料を分け合おうとする善良な市民もいるだろうが、果たしてそんな善人がこの世の中に何人いるか。


 そして、モンスターとも、最悪人間とも戦う事になるという事は殺されない様、生き残る為に強くならなくてはならない。

 幸いな事に強くなる為に出来る事は、明確に示されている。

 つまりは、モンスターを倒してレベルを上げていくしかない訳だ。

 だが、モンスター達は凶暴で強力だ。

 だから、比較的弱いモンスターを倒して、徐々にレベルを上げてステップアップしていく必要がある。


 人々は強さを求めて、安全を求めて弱いモンスターを狩りまくる。

 するとどうなるか?

 答えは、弱いモンスターは狩り尽くされて居なくなる、だ。

 そうなってしまえば、レベルを上げるのは難しくなってしまう。


 これが俺が予測立てた今後起こりうる展開だ。

 つまり、今しなければいけない事は早々に低レベル帯から脱し、周囲の人々のレベルから一歩抜きん出る事だ。

 そうすれば、他者よりも強くなった事で他者から身を守る事もでき、弱いモンスターが少なくなる前に強いモンスターに対抗する力を付けることが出来る。

 そして、ある程度強くなった後はひたすら移動を繰り返して、食料を確保し続ける。

 そうすれば一先ずは生きていけるだろう。


 差し当たっては、先ずは腹ごしらえをしなければ。

 俺は脱いでいたTシャツを拾うと、上半身裸のままに下の階へ――42階へと向かった。



 ◇



 42階に戻って荷物を取ると、俺は42階にある部屋へ向かった。

 もし誰か居るならば食料を少し分けて貰おうと思ったからだ。


 一番近くにあった『4203号室』のインターホンを押す――が、インターホンが鳴らない。

 ……そういえば電気が止まっているんだった。


 仕方なく扉をノックする。


「すみませーん。誰か居ませんかー?」


 部屋の中まで声が届くように大きな声で呼び掛ける。


「…………」


 十秒……二十秒…………一分待っても誰かが出て来る事はなかった。

 どうやら留守のようだ。

 仕方ない。片っ端から訪ねてみるか。


 俺はその後、42階にある全ての部屋をノックして回った。

 しかし、どの部屋からも誰かが出て来る事はなかった。

 『4201号室』から『4207号室』の全7部屋を訪ねたが、そのどれもが不在だった。

 恐らく、皆、モンスターが現れた事によって帰宅出来なくなったのだろう。

 モンスターが現れたのは昼から夕方に差し掛かる辺りの時間帯だった。高層マンションの最上階に住んでいるのだから、家主達は高所得者なのだろう。モンスターが現れた時間帯はまだ会社へ出勤中だった可能性が高い。


「……これも仕方ないか」


 俺はそう呟いて半ば自分を納得させる。


 誰も居ないなら無理矢理入るしかない。

 このままではどの道どこかで食料を手に入れないといけないのだ。今か後かの違いでしかない。

 政府が機能していない今、法を守る意味も益もない。


 ――火事場泥棒。


 という言葉が浮かぶが、頭を振って搔き消す。

 こんな世界で、律儀に法を守った所為で餓死しました、なんて全く笑えない。

 国民を守る為の法が国民を殺すなど、本末転倒もいいところだ。


 そう言い聞かせて自分を納得させた。


「ここの住人には悪いが、悪く思うなよ」


 部屋に侵入する為の場所を探す。

 だが、ここからでは入れそうにない。

 高層マンションとだけあって、扉は重厚で小窓も防犯の鉄柵が取り付けられている。

 ベランダからなら入れるか?


 非常階段から屋上へと向かう。

 屋上に出ると、まだ寒さの残る風が吹き荒んだ。


 荷物を置いて身軽になる。

 そして、屋上に張り巡らされている175㎝ある俺よりも少し高い鉄柵をよじ登って越える。

 鉄柵を背に下を覗き込むと、思わず足がすくんだ。


「ふぅ……」


 一度深呼吸をしてから、ゆっくりと下に降り出す。

 縁に腰掛けてから反転して両手だけでぶら下がる形になる。

 そして、足で下の階のベランダの手摺りを探す――が、それだけでは手摺りに届かない。

 それならば、と体の揺れを抑えて足を手すりの真上に来るように調整する。


 そして――


「あっぶねぇ……!」


 手を離して手摺りの上に何とか着地を果たし、ベランダの中へ転がり込む。


 ひやっとしたが、何とかなった。

 だが、まだ侵入には至っていない。

 この後には窓ガラスを割るという作業が残されているのだ。しかも、高層マンションの窓ガラスというだけあって頑丈そうなガラスだ。


 俺はガラスを割る為にズボンの腰に挟んで持ってきた木刀を抜く。

 そして木刀の柄頭部分でガラスを思いっきりぶっ叩く。

 だが、木刀はカンッという甲高い音と共に簡単に弾かれ、ガラスが割れる事はなく、表面に引っ掻き傷を残すだけに終わった。


「……硬いな」


 思った以上に硬い。

 もっと簡単に割れると思ってたんだが。


 木刀で殴って駄目ならどうしようか、というところで閃いた。


 そうだ。【闘気】を使えば良いんじゃないか?

 朝稽古の時に確かめた感じ、【闘気】を使えばかなりの身体能力向上が見込める。

 それは最早、超人の域だった。


 【闘気】を、全身に行き渡らせる。

 身体中を流れる血液に乗せるようにして。


 ――そして、【闘気】を纏ったその腕で木刀を振り下ろした。


 ガラスはパリン、というよりかは濁点の付くような破砕音を響かせて盛大に割れた。


「……何だ。簡単だな」


 拍子抜けしてしまった。

 スキルを使えば、こうも簡単にいくのかと。


 俺はスキルの効果を実感しながらも、部屋の中へと侵入を果たしたのだった。

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