第五話 神は古人に火を与え、現人にスキルを与えた
地面に座り込み、通路の壁に背中を預ける。
確かリュックの中に飲み物があったはず。
横に置いたリュックからペットボトルのお茶を取り出して、一気に呷る。
ああ、生き返る。
そういえば、タクシーのおじさんはちゃんと逃げれただろうか。
後から追い掛けるとか言っておきながら、別々になっちゃったな……。
そんな事を呆然と考えながら、ポケットからスマホを取り出す。
何気無くSNSアプリを起動すると、そこでは現在この世界で巻き起こっている事について、皆が書き込みをしていた。
『ゲームみたいなモンスターが現れた!』
『なんかデケェ怪物が車吹き飛ばしてるんだけど』
『やっぱUMAはいたんだな!』
些か現状を楽観視している書き込みも多数見受けられるが、その殆どが現状の異常についての訴えであった。
「ん?」
画面をスクロールしてそれらを見ていると、一つの気になる書き込みを見つけた。
『モンスター倒したら変な声が聞こえてきて、超能力ゲットしたった』
そういえば、ゴブリンを倒した時に変な声が聞こえた気がする。
確かレベルがどうとか……あれは何だったのだろうか?
そう考えた瞬間だった。
《現在、クラス【戦士:レベル1】。スキル【闘気】》
無機質な男性とも女性とも取れるような、そんな声が頭の中に響いてきた。
「何だこれ……? 幻聴? いや、それにしては――」
はっきり聞こえ過ぎている。
確かにその声は聞こえている。
まるで天からのお告げの様に、頭の中にその声が響いているのだ。
これは世界がこんな風になった事と――モンスターが現れた事と何か関係があるのだろうか?
もう一度、『声』を聞きたいと念じてみる。
すると――
《現在、クラス【戦士:レベル1】。スキル【闘気】》
またしても、あの『声』が聞こえてくる。
間違いなく、聞こえてくる。
これは幻聴なんかではなさそうだ。
では、だったら一体何なのか?
そういえば、書き込みで超能力がどうたらとかあったな。
もしかして、この『声』の内容と何か関係があるのかもしれない。
確か『声』の内容では、戦士のレベルが1で、【闘気】のスキルがどうとか。
「ふっ、まるでゲームみたいだな」
突如現れたモンスター達に、レベルやスキルを告げる声。
まるでゲームの様な状況に思わず失笑が零れる。
だが、そこでハッとする。
「もしかして、ゲームと一緒なのか?」
ゴブリンを倒した時に聞こえた『声』は、レベルとスキルの獲得を告げていた。
もしかしてこの『声』はゲームで言う、『システムメッセージ』なのではないか?
つまり、ゲームで当て嵌めると現在の俺は、戦士という――所謂、戦闘職のレベル1であり、戦士の職業スキルである【闘気】を持っているということ。
まさか、とは思いつつも【闘気】について何か分からないか、『声』に投げ掛けてみる。
すると、思った通りに――
《スキル【闘気】。体内を循環する万能エネルギー。任意発動型》
相変わらずの無機質な声音でそう説明がされる。
これで分かった。
今この世界では、モンスターが現れ、そしてゲームのような事が起こっている。
その最たるものがこの『声』――もといシステムメッセージ。
恐らく、この世界の人々がモンスターに対抗する為に『クラス』というものを得て、『スキル』という力を与えられたのだ。
推測だが、クラスの獲得条件はモンスターを倒す事にあると思われる。何故なら、俺がそうだったからだ。ゴブリンを倒した瞬間に声が、システムメッセージが聞こえた。
一体誰が――という疑問は一旦置いておこう。
それは今考えてもしょうがないからだ。むしろ、こんな大それた事、神様の仕業と言われたら直ぐに納得してしまう。
それこそ、この世界に物理法則というものがあるように、新たにこの世界の法則が生み出されたと考えたら、理解出来てしまう。
ということは、だ。
俺は【闘気】というスキルが使える筈だ。
確かシステムメッセージの説明では、体内を循環する万能エネルギーとあった。
自分の身体を見下ろしてみるが、これといって今までと変わった様子はない。黒のジョガーパンツに白のTシャツ、その上からリュックと同じメーカーの黒のパーカーというラフな格好だが、その服が所々破けている事以外は変わった所がない自身の服装が眼に映る。
手の平を握ったり開いたりしても、スキルの効果が現れている事は感じられなかった。
――だが、それに意識を向けてみれば、自然とどうすれば良いのか理解出来た。
血液のように身体中を巡る、今までには無かった違和感。
それが【闘気】の正体である事を本能的に理解していた。
そして、それをどう扱えばいいのかも。それはまるで、人が産まれながらにして手の動かし方を知っているように。【闘気】の動かし方を知っていた。
その身体に巡る【闘気】の流れを加速させる。
すると、全身から力が湧き上がってきた。
手に持っていたスマホをポケットに仕舞い、木刀を手に立ち上がる。
そして、木刀を一振りしてみれば、その違いは明らかだった。
速度が違った。
技のキレが違った。
それらは以前と比べ、格段に良くなっていた。
身体能力が向上していた。
「これなら、あの馬鹿げた力のゴブリンも簡単に倒せるかもしれないな」
昼間、ゴブリンと戦った時――奴の棍棒を受けた時、受け流すのに苦労した。
こんな事は初めてだった。
祖父からウチの流派――廻門神明流の免許皆伝を貰ってから、そんな事はあり得なかった。
――奴らは異常な膂力を持っていた。
だが、これで奴らとの筋力的な差はある程度埋まっただろう。
個体的な差はあるとしても、そこまで変わらない筈だし、なんと言っても奴らは技術を持たない。ただ棍棒を振り回しているだけ。
そんな奴らに廻門神明流を受け継ぐ俺が負ける訳にはいかない。