第一話 世界が終わり、そして世界が始まった日
数年前に書き溜めていたものです。
車窓から見える風景が物凄い速度で後方へと過ぎ去っていく。
しかし、その風景は緑豊かな風景なんかではなく、無味乾燥な灰色の壁だけ。
「――それで都内で一人暮らしですかい。若いってのに大変ですねぇ」
運転席でハンドルを握るタクシー会社の制服を着た初老のおじさんがバックミラー越しにそう言った。
現在、俺は引越し先である東京の新居へとタクシーを利用して高速道路を移動している最中であった。
「そうでもないですよ。引き取ってくれた祖父が強くなるよう育ててくれたんで」
そう言って、後部座席に座る俺は隣の座席に積まれているリュックから飛び出した使い込まれた木刀へ目をやった。
両親を幼い頃に亡くした俺は、田舎で道場を営む母方の祖父に引き取られた。
母の家系は古武術の相伝らしく、祖父に引き取られた俺は当然の如くその古武術を叩き込まれた。
厳しい修練の日々だったが、そのおかげで身も心も強くなる事が出来た。ここまで育ててくれた祖父には凄く感謝している。
「そうですかぁ」
おじさんはそう一言言うと、視線をバックミラーから前へと戻した。
俺はそれを機に再び窓の外へと視線をやると、ちょうど頭上を標識が通り過ぎていくところだった。
そして、そこに『東京20㎞』と書かれてあったのが見えた。
「後少しですね」
運転手のおじさんも同じ物を見ていたのだろう。そう言って再びバックミラー越しに視線を向けてきた。
「やっぱり、タクシーで高速道路を利用する人って少ないんですかね?」
「いやいや、意外といますよ? 一般的にタクシーで高速道路を利用すると高いって思ってる方が多いみたいですが、こちらの方が安く済む場合もあります。お客さんの乗られた場所からなら、こちらの方が断然お安いですよ」
新幹線や電車で向かう事も考えたが、どうやら調べた通りこの交通手段の方が効率が良いみたいだ。
この調子だと、日が暮れる頃には新居に着けそうだ。
「そうなんですか。それなら正解でしたね」
「そういえば、大学の方は新しいお家から近いんですか?」
俺の返答で会話が終わった為か運転手のおじさんが話題を変えてきた。
先程、祖父の死をきっかけに都内の大学へ進学を決めた事を話したのでその話だろう。
「近いですよ。電車に乗って五駅先ですね」
「それなら楽ですね」
「と言っても、通学はバイクでですけどね」
言った通り、今春から通う事になる大学へはバイクで通学するつもりであった。
新居へもバイクで向かおうかとも思ったが、バイクではあまり荷物も運べないし、引越しの準備などでの疲れもあると思った為、安全を取ってタクシーで向かう事にしたのだ。
因みにバイクは既に運送業者に頼んで先に新居に運んである。
俺の言葉を聞き、何か言おうとしたのだろう、口を開いた運転手のおじさんだったが、突然訝しげな声をあげた。
「ん? あー、渋滞に巻き込まれてしまったみたいですね」
運転手のおじさんの視線を追って、前方へ視線をやると、前を走っていた車がハザードランプを点滅させているのが見えた。
見てみれば、隣の車線を走ってる車や遥か前方から列をなす車が軒並みハザードランプを点滅させていた。
「……着くのは夜になりそうですね」
俺は溜め息をつきながら深く座席に背中を預けた。
憂鬱な気分を嘆いていると、再び運転手のおじさんが訝しげな声をあげた。
「ん? なんか様子が変ですね」
その言葉に従い、前方の様子を確認してみると、皆車の窓から顔を出して前方を確認していた。
「事故ですかね?」
渋滞の原因の大半であるそれを口にしていると。
――BUUUUUWWW!!!!
突如、ポケットの中のスマホがけたたましい、不安な気持ちになる様な音を上げた。
それは車の外からも聞こえており、複数のその不気味な音が反響していた。
「これ、Jアラートですよね?」
聞き覚えのあったその音の名前を口にした。
この音は災害や日本に危険が迫っている時に政府から発せられる警報だった筈だ。
「……はい。地震ですかね?」
運転手のおじさんは訝しげな声音のままそう返した。
皆、何があったのか気になるのだろう、中には車から降りる人まで出てきた。
「何でしょうね……」
俺も状況の把握をしようと周りの様子を窺っていると、次の瞬間――車と車の間をバイクが物凄い勢いで逆走していった。
次いで、前方から大勢の人がこちらへ向かって走ってくるのが見えた。
只ならぬ様子に運転手のおじさんが窓を開けて、車の横を通った人に声を掛けた。
「何かあったんですか?」
そう質問する運転手のおじさんに、声を掛けられた男性は焦った様子でこう叫んだ。
「逃げろっ! 化け物が来るぞ!!」
それだけ伝えると男性は他の人達と同様に高速道路を逆走して走っていった。
「…………」
「…………」
こちらを向く運転手のおじさんと目が合った。
「とりあえず降りてみましょう」
俺がそう提案すると、運転手のおじさんも頷き、扉を開けてくれた。
外に出るとその異変に直ぐに気付いた。
「――きゃあああああ!!」
「――逃げろ! 逃げろぉおお!」
飛び交う怒号と悲鳴。
そして、鳴り止まぬ不愉快な大音響。
明らかに何か異常な事が起きている。
一体何が……。
そう考えていると、頭上をヘリコプターが通過していった。迷彩柄のヘリコプター。自衛隊のヘリコプターだ。
それも一機だけじゃない。今まで見た事のない程の数のヘリコプターが俺達が向かう筈だった――皆が逃げてきた都心の方向へと飛んでいった。
「と、とりあえず私達も逃げましょう!」
運転手のおじさんが慌てた様子でそう声を掛けてきた。
俺はそれに頷きを返して、車の中からリュックを取り出して背負った。
「さあ、行きましょう!」
運転手のおじさんに頷き返し、走り出そうとした次の瞬間だった。
――グガァァァァアアアアアア!!
大気を揺るがす様な大音響が耳を打った。事実、道路が――地面が揺れている。
いや、これは声。何かの叫び声だ。
――逃げろっ! 化け物が来るぞ!!
走り去っていった男の言葉がフラッシュバックする。
「まさか……」
そんな筈はない。あり得ない。
そう思いながらも、その声が聴こえてきた方向へと視線をやった。
……ここからでは見えない。
俺は心の中で謝りながら、近くにあった車の上へ登った。
そして見た。
――人々を襲う化け物達を。