08 植物園
新学期が始まりひと月経った。
そしてひと月後には魔法や武術、魔法生物などの様々な研究の成果などを発表をする"秋の祭典"が開かれる。
秋に様々な実りを見せる作物や果物と、今後国にとって優秀な力を身につけ始めた学生をかけてそう呼ばれている祭典に、生徒の家族や各関係者にも出入、観覧許可が下りている。生徒の実力を知り、どんな人材がいるのかを錚々たる面々が観に来るのだ。
実技発表は各学年ごと。クラスで成績の良い上位5名が男女別でトーナメントを組まれて、剣術や武術や魔法など、己の力を存分に発揮し学年につき男女1人ずつ優勝を決める。
研究発表は事前に学園側にどんなことを研究しているのか提出し、その中から分野ごとに教師の方で、真新しいものを事前に精査し選ばれた者が発表する。
祭典で成績を残せれば卒業後でも評価され、役職に就くのに有利に働く。だから選出された者は皆張り切って取り掛かるのだ。
祭典の実技と研究、どちらにもユーリは選ばれた。研究発表は残りひと月しかない中で研究内容をまとめて形にしたり、発表の文面を考えたりされそうな質問の答えを事前に考えたりと大忙しであり、実技に選出された者も当日まで鍛錬に勤しむものが多い。この時間自習となったユーリのクラスメイトは例に漏れず鍛錬したり、研究を詰めたりしている。
しかしユーリは植物園に居た。
楽観的思考を持つユーリはまぁ当日何とかなるかと、今の内から全生徒提出必須の来年の研究テーマを探しているのだ。
が、しかし、テーマを探すには様々な物へ目を向けないといけないユーリの目線はとある一点に集中していた。
推しが……寝てる…!!
ユーリの推し、それはティアメルだ。前世のゲームで推していたヒロイン。そしてそんなヒロインを幸せにすると、信じて違わない存在も同時に推していた。
推しカプである。
その推しカプのヒーロー側、ゲームでは隠しキャラだったオズワルド・アストレア。
彼が今目の前、植物園の陽気の良いエリアの何でもない木陰で寝ていた。
彼はゲームや学校の重大なイベントや進級に必要な単位数以外の授業はサボっている。サボり場所はランダムの様で、そのほとんどがティアメルの様子がすぐ見える場所で会ったのが印象的だった。
この世界でティアメルに会いに行った時に、運が良ければちらりと見えたが、2メートルほどの距離でじっと観察できるのは初めての事だ。ユーリは「ひぃゎ……」と意味のない音を出すしか出来ない。
ユーリはオズワルドとの距離、2メートルを保ったまま右へ左へと意味なく足を動かしていた。かと思えば立ち止まり屈伸運動の様にしゃがんだり立ち上がったりを繰り返す。他者から見れば即通報の不審な行動を繰り返していたユーリだが、寝ているオズワルドが身じろぎして体を丸めたのを見てハッとする。そのままいそいそと上着を脱いで、意味もなく一礼し相手には聞こえないと分かっていながら小声で断りを入れてちまりちまりとオズワルドに近づく。
そっと上着をかけ、近づいた時同様ちまりちまりと距離を取る。
3メートルほどの距離を取ったところで、両手で口元を覆う。
やばい。
やばいやばいやばい。
やばい!!
まじか!
推しに!
推しの!
推しが睡眠を穏やかにとれるように上着をかけてしまった!
しかも俺の!
俺の?!
嘘!!!
夢!???
うわぁ~~~ガチやば奇跡。
脳を溶かして語彙を捨てたユーリは珍しくない。ティアメルの食事や歩行などを見るだけでも、脳を溶かして今日も生きてる偉い!しか考えられなくなる。今は周りに誰もおらず、普段は隠している動作がついつい出てしまっているだけだ。
わ~~!推しが俺の上着にくるまってる!
寝息!
生の実感!
えへえへとオズワルドを見守っていたユーリは、寝顔を眺めながらこの世界のティアメルはオズワルドの事をどう思っているのだろうと考える。
最優先は当事者2人の意思だが、オズワルド×ティアメルは前世の推しカプだ。出来れば応援したい。しかしどちらか片方が望んでも、もう片方は望んでいないという場合もある。その場合は……どうすれば……。いや、今仕えているのはティアメルなのだから、彼女の意思を尊重するのだが。
しかし推しカプを拝みたい気持ちは十二分にある。もどかしさに思わずしゃがみ込み口元のみを通り越し、顔全体を両手で覆う。
暫く唸っていたが視線を感じ、顔から手を放す。
目が合った。
誰と。
決まっている。
推しとだ。
「…………何」
「ひょゎ……」
推しと会話してしまった。
正しくは会話などしていないのだが、ユーリは推しに関してのみ常時異常幻想を患っている。
「……聞いてる?」
「はい!」
返事だけは良い。
「えっと、来年の研究テーマ探しに来たらア、アストレア様がいらっしゃって」
「……人の寝顔見てたの?」
「すいません!」
素直に謝罪が出来るのは美徳だろう。
「お、お邪魔して、すみません。失礼します…」
ユーリがにへにへと笑いながら、立ち上がってその場を去ろうとする。その背中に声がかかった。
「……ねぇ」
もちろんオズワルドだ。
「はい!」
再び元気よく返事をするユーリ。声が大きかったのだろう、眉間に皺を寄せるオズワルド。その表情を見て、推しを不快にさせない為に気を付けなければと真剣な眼差しを返すユーリ。
2人の間には妙な緊張感が走る。
「…………君、ティ、…マリノス嬢の護衛だっけ?」
「えぇ」
「強いの?あんた」
「精進中の身です」
「質問を変えるよ。守れんの?マリノス嬢を」
「俺の命に替えても」
沈黙。
オズワルドは恐らくゲームの重要設定の事を言っているのだ。
ティアメルは学園に在学している間、何度も死の危険にさらされる。その危険から卒業まで守り抜くことが出来ればノーマルエンドか、もしくはハッピーエンドを迎えられる。
好感度やヒーローのパロメーターが必要値まで達していないと、ティアメルを助ける事は出来ない。つまりティアメルは死んでしまいバッドエンドである。
オズワルドはそれを知っている。
ティアメルの命が在学中に何度も危険にさらされるこをと知っている。
何故なら彼は隠しキャラ。
どんな周回プレイヤーよりも繰り返してきたからだ。