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07 薄明光線

 中央魔法学園。

 王都にあり国で最大規模、4年制で貴族を中心とした15歳から18歳の魔力を持つ子供が通う学園だ。基本的な知識や正しい魔法の使い方、紳士淑女の作法、選択授業となる幅広い分野の教育を受けることが出来る。

 そんな学園の図書館も膨大であった。あらゆる分野の書籍が所狭しと棚に収納されており、壁一面にきっちり整理された本は圧巻の一言。


 放課後にそんな図書館を足早に去る一人の令嬢がいた。

 リリー・アストラ。アストラ伯爵令嬢で現在は3学年。

 先程まで快晴だった空は今は厚い雲に覆われ、ゴロゴロと音を立てていた。そんな空の下、人通りが多いとは言えない外廊下を早足に歩いている。




 どこか。

 もっと人の少ない。

 はやく。



 早鐘を打つ鼓動の音に合わせるように、足運びも忙しなかったのだが、空が光ったと思えば瞬間に大きな音が響く。

「キャァッ」

 リリーは耳をふさいで目を閉じる。耳をふさぐ手も、立っている膝も震えてしまい、よろよろと覚束ない足取りを進め肩が壁に当たると、彼女は耐えきれない様にその場に座り込んでしまった。


 彼女が恐怖で震えて、うずくまったまま動けないでいると後ろから声がかかる。

「大丈夫ですか?」

 その声に、リリーが恐る恐る振り向くと一人の男子生徒が小走りで近づいてきていた。

「体調が優れませんか?それとも怪我でもされましたか?保健室に」

「ぃ、いえ。少し休んだらだいじょ、ぶなので。……だぃじょうぶ、です」

 青い顔で無理矢理笑顔を作ったリリーは話しかけてきた男子生徒に言葉を返す。


「休んだら、という事はやはり体調が?手をお貸しするので、保健室へ」

 行きましょう。という彼の言葉は近くに落ちた雷の音にかき消された。その音に二人はびくりと肩を震わせ、リリーは先程同様に短い悲鳴を上げる。

「あ…。雷、……ですか?」

「そっ、なの。こ、子供、みたいでしょ。だから、ほんとに、このまま、で、大丈夫です」

 男子生徒の戸惑いがちな問いに、口角を何とか上げてはいるが震えながら俯いてリリーはやっと声を出す。その声は体同様に震えていた。


 男子生徒は暗に放っておいてくれと言われたことに気づきながらも、恐怖で震えて外廊下でうずくまる女子生徒をそのままにして置くことは出来ない。

 彼が逡巡していると、後ろの方から話声が聞こえてくる。

 男子生徒は少しだけ迷いを見せた後、「失礼します」と彼女に声をかけて腕を掴んで無理矢理立たせると、引きずる様に近くの扉の中に一緒に入る。




 扉の先は魔法薬に使う材料を貯蓄している部屋だった。部屋自体は広いが壁は棚で埋め尽くされ、部屋の中に等間隔で並べられた机の上にも下にも棚が設置してあり、もちろん、棚は材料で埋め尽くされている。

 彼の突然の行動が理解できず、リリーはされるがままに部屋に入った。だがすぐに肩から棚に寄りかかりへたり込んでしまう。

 未だ震えの止まらない彼女に、彼は自身の上着をかぶせる。


「…ぇ……?」

「……光と音が少しでも和らげば良いかと……。その、あまり意味はないかもしれないですが……」

 彼はリリーと2人分開けて座り込む。その時初めて、サンダルウッドの香るかぶせられた上着と髪の隙間から彼の顔を見た。

 目の下まで伸びた前髪により瞳は見えない。その髪は焦香色で襟足がうなじ付近を隠すように伸びている。

 リリーがどこかで見た事あったかと記憶を手繰り寄せている時、再び近くに落ちた雷の音で喉を引きつらせる。

 頭からかぶっている上着を掴み、目を閉じて震えながら俯くしかできないリリーの耳に、雷のゴロゴロという音の他に、扉の向こうにある外廊下から「驚いた~」「今の近かったな」と前を通る生徒の声が聞こえる。

 その声を聞いて、自身が雷に怖がっている様を見られたくないだろうと考えた彼の配慮に彼女は初めて気づく。


 ありがたいと思うと同時に、申し訳ない気持ちが感謝の気持ち以上にこみ上げる。自分がまともに立つことすら出来ない程怖がっているから、だからそんな令嬢を一人残して立ち去ることなど出来ない、そんな紳士などこかの令息を巻き込んでしまったのだ。

 再度自分は大丈夫だと伝えようと口を開くが、正直助かっている上着も手放すことになる。それに躊躇した僅かな間で、彼の方が先に言葉を発した。

「俺は……、大きい音が苦手で、……だから雷も苦手なんです。…………なので、俺もご一緒していても……?」

「…………はぃ」


 リリーには彼の言葉が本当か嘘かは分からなかった。

 もし気を使わせて言わせていたら。

 それが頭によぎらない訳ではなかった。しかし、彼がこちらを向いた時に前髪が流れてじとりとした目が見えた。飴色のそれが綺麗で、気づけば二つ返事を返していた。


 髪の色も目の色もそれほど珍しい色ではない。目の前の男子生徒には失礼だと思ったが、決して目を引くような見た目はしていなかった。普段は知らないが、そもそも前髪で顔半分が見えていないのだ。少なくともリリーは口元と微かに覗いた瞳だけでは、きちんと見目を測る事は出来なかった。



 だが、確かにその瞬間輝いて見えた。


 外は曇天。室内も灯りを付けていないので暗い。

 しかし、リリーの目は確かに、色鮮やかに、彼を映した。





 どれだけの時間経っただろう。

 外からはもう雷の音は聞こえなくなり、雷雲が遠ざかって随分経つように感じた。


 リリーは上着や感謝をどう切り出そうかと悩んでいてやっとのこと口を開く。

「…ぁの、ありがとう、ございました。……もう落ち着いたので…。上着も、助かりました……。なので、えっと……、戻って頂いて、大丈夫です」

 そう告げたが、彼は動こうとしない。更に言葉を重ねるべきかと彼女が口を開こうとした時、彼から言葉が紡がれた。

「ですが、……まぁ、まだ雨が降っているので。…………俺は雨宿りをしてるだけですよ」

 その言葉に、リリーは再度彼へと視線を向ける。

 横顔だったが、先程と同じ様に前髪の間から飴色が見えており、綺麗な人だと思った。


 容姿が、ではなく雰囲気が。心が。とても綺麗だと感じた事に、リリーは未知の感情を持て余した。



 彼の視線の先に目を向けると、そこには窓があった。パラパラと大分勢いの弱まった雨の中、雲の切れ間から光の線が地上へと降りているのが見える。


 彼女は生まれて初めて、雨が止まなければ良いのに。

 そう思い、祈り、願った。











 リリー・アストラの恋は、雨上がりの匂いがした。



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