06 女装令息
ノア・ルルベル。
3人の姉と1人の妹がいるルルベル侯爵令息だが、学園では意図して女装して通っている。
ティアメル・マリノスとは別のクラスに在学しており、水魔法が得意。
桃色の髪で黄緑の目。学園での姿はまさに貴族令嬢の手本といっても過言ではない出で立ちだ。
魔法量は上の下と言ったところ。侯爵家、という爵位から見れば平均的な魔力量だ。勉学も武術も平均だが、魔法は得意で同学年の中でも1.2を争う程魔法の扱いが上手い。
ゲームでは女性にも男性にも見える中性的な見た目であるノア・ルルベルは、幼い頃から男女問わず誘惑され襲われた過去を持つ。
その影響で男も女も同様に気持ち悪くてしょうがなく、同年代でも自分より背が高い男子、大人っぽい女子を前にするとつい眉間に皺を寄せ嫌悪感を顕わにしてしまう。
ならば何故わざわざ女装をしているのか。
それは無理矢理襲われた女に子を身ごもったから責任をとれと言われたからだ。
もちろんそんな事実はなかった。だがその女の狡猾さや理解不可能の行動や言動などが原因で、女は皆そういう生き物だと思ってしまった。
それからは女を強調する体も声も、服も香りも苦手になり女性に囲まれない様に、女性の恰好をするようになった。
女装をしていれば言い寄られない。間違いが起きるはずもない。
それに男の方も女の恰好という事を利用してあしらえた。もしバレてしまっても、女装趣味の男を抱く奴はまず女に声をかけない。そういう性癖を持った変態を寄せ付けないことが出来る。
だから家では信用のおける者に時期侯爵としての教育を受けてはいるが、それ以外の者がいる前では決して女の振りはやめなかった。
もちろん侯爵家の令息が煙の様に消えるわけではない。そして人の口に戸は出来ない。一部の上位貴族はちゃんと把握をしている。それ以外はあらぬ噂を多量にふれ回っているが、ノアの意思を尊重され特に訂正されることはなく、今は噂が独り歩きをしている。
自分を偽り学園に入学したノアだったが、入学式に迷っていたヒロインであるティアメルを案内してからは懐かれて、裏表のない彼女に惹かれていく。
◆
昼食を兼ねた休み時間に、同級生と空き教室に閉じ込められたノア・ルルベルは変な奴だなと、備品整理をしている音を聞きながら窓の外を眺めていた。
ぬぼーっと見ていたが大して面白いものはなく、同級生の背中に目を向ける。
閉じ込められたら普通もっと慌てンだろ。
なんでこの状況で備品整理とかすンだ。
そもそもめんどいし、頼まれてもイヤだろ。
そう思っている間に大体終わったのか、腕を動かさず突っ立っていたと思えば、窓際へと移動して窓に寄りかかり景色を眺めはじめた。
「…………座ンねぇの?」
「普段ずっと立っているので、こちらの方が慣れています」
あー、こいつイカれてんだ?
「護衛なんだっけ?こんな時まで気ィ張らなくてもいーンじゃねぇの?あ、こんな時だから?マ、休める時に休んどくモンじゃね」
「……」
「こっちが気になるから座れって」
ノアが「ほら」と顎で目の前にある椅子をさしたことで、彼はおずおずとだがやっと座る。
目の前に座る同級生を見ながら、変な奴だなーと改めてノアは思う。
「な。髪触って良い?」
「……どうぞ…」
暇だった為、そういえばまともに顔を見たことなかったなと、目元を隠している前髪を除ける為に聞いてみると座る時と同様おずおずとだが、案外簡単に許可が下りる。
その様子に人馴れ最中の犬や猫みたいだなと思いながら、ノアは茶色い髪に手を伸ばす。
茶色い髪は珍しくない。焦香色のそれを端に除けると飴色をしたジトリとした目が現れる。それにやっぱ嫌で機嫌悪くしたのか?と思ったがすぐにこういう目なのかと気づく。キツイ印象は受けないし、かと言って気の弱そうな風にも見えない。
「髪切らねェの?邪魔じゃね?」
「あー…まぁ、……慣れたので」
「伸ばしてるわけじゃねぇンだ?」
「……特には」
切らないのかと聞いたと思えば、すぐに伸ばしていないのかと聞いたことに意図が読めなかったのだろう。彼は戸惑いがちに視線を合わせた。
何も考えずに発した言葉だったのだが、目があった事にノアは、お、と思った。
今まで欲に塗れた目で見られることが多かったノアは、人の視線が嫌いになっていた。しかし今目の前にある飴色は、そんなモノは全くない、綺麗な目をしていた。
世の中全員、こんな目だったら良いのに。
「上げるのもいーンじゃね」
そう言って、ノアは彼の前髪を無造作にかき上げる。
「ン。いーデコ」
「……」
同級生はなんとも言えない顔をした後に、好きにしろと言わんばかりに目を閉じた。
そういえば、こんな風に誰かを触るなんて久々……初めて?かも
ノアはわしわしと髪を触っているのか頭を撫でているのか、最早判別できない触り方をしながらそう思った。
今まで人ととの関わりを避けてきた。それに一応次期侯爵家当主なのだ。ここまで無遠慮に人に触る事なんてなかったし、そもそも触ろうとも、ここまで近づこうともしなかった。
目の前の彼は目を閉じたまま微動だにしない。
先程までの警戒するような心は何処に行ったのだろう。
これ幸いとまじまじと観察する。パッと目を引くような華やかさはないが、鼻筋は通っているし、女と違う薄い唇。肌も整っていれば、全体のバランスも悪くはない。隣のクラスのマリノス嬢にしてるように、いつもヘラヘラすりゃぁ良いのに。
クラスではほぼ無表情で本を読んだり勉強したりしているのは知っている。人から話しかけられれば丁寧に対応するのも、女子にはにこにこイー顔するのも知ってる。
だが、自ら話しかけに行くのはマリノス以外見たことが無かったので、人と接するのは苦手だと思っていたので、こんな風に簡単に顔に近い場所を触らせてくれるとは思っていなかった。
時折しれっと額、米神、頬まで触りながら意外だなぁと感じる。
俺のセータイショーは女じゃないとか考えねェのかな。
考えねぇンだろな。
というか思いつかない?
「髪伸ばすなら俺が結ってやるよ」
「は?……結構です」
マ、そだろな。
「俺が切ってやろうか」
「結構です」
そだろなァ。
「アンタはなんでマリノス嬢以外には……、ンー…………。……表情が乏しい?ン?人付き合い苦手とか?」
「…………そうでしょうか」
「マァ少なくとも、俺にはにこにこ笑ってるだけは友好的には見えねェなァ。マリノス嬢以外には皆おンなじ顔して、興味ねェように見えンわ」
「……友好関係を築くことを無駄とは思いませんし大事だとは理解してますが、…んー……。力や知識などを付けるのを最優先しているので…、そちらに意識が、向かない、のだと」
「ふぅン。友達いねぇンだ」
「……ルルベル様には言われたくないのですが…」
ムッと僅かに眉間に皺を寄せた彼は目を開けてノアを見る。
「ンははっ、ノアでイーよ。後さ、敬語じゃなくてイーから」
「……そ」
「そういう訳には、って顔してる。さっきは表情が乏しいとか言ったけど、ケッコー分かりやすいわ。な、友達いねェ同士仲良くやろーゼ」
自業自得とはいえ、こんなカッコしてるとオトモダチ出来なくてさー。と続けるノアの何が響いたのか。彼はクスリと笑って口を開いた。
「…別に良いけど」
そのままクスクス笑っている彼を見て、やっぱ分かンねぇわ。とノアは意見を二転三転させるのだった。
二人はその日の最終授業の終わり際に、見回りの教師に救出されるまで他愛無い話に花を咲かせていた。