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05 新学期

 新学期初日にユーリがティアメルと共に登校すると案の定、ルカリオが絡んできた。

 夏季休暇前と違うのは、クラスが違うユーリのクラスに来てまで話しかけてくること。

 推しの前で粗雑な言葉遣いをするわけにもいかず、かと言ってルカリオの脅しを無視して伯爵家に監禁されても困る。


 なので喋らないことにした。


 学園内でルカリオに話しかけず、話しかけられても本に集中。ティアメルの前ならばニコニコ笑って、笑うだけ。

 言葉を発さなければ良いのだ。


 そう気づくのに時間はかからず、新学期も問題なく学園暮らしを過ごしていた。


 と思っていたのだが、ユーリは女装令息と二人きりで学園の空き教室に閉じ込められていた。






 昼休み。ユーリは教師に頼まれて授業で使った備品を直しに今はもう倉庫として使われている空き教室へ届けるように言われた。

 なのでいつも昼食の時間も一緒に居るティアメルに、先に向かって食べておいて欲しいと告げた後に件の空き教室へと足を運んだのだが、そこには先客が。

 扉は少し開いていたので、同じように備品を直しに来た生徒か、もしくは教師が居ると思い、教師ならば丸投げしてさっさと推しであるティアメルの昼食風景を眺めに行くことは出来ないかと、淡い期待を抱いて扉を大きく開いた。

 そして中に居たのがティアメルとは別のクラスであり、ランチボックスを開いていたユーリと同じクラスの女装令息だったという訳だ。




 性別を偽る為に女装をして学園に通っている公爵令息。ノア・ルルベル。

 中性的な見た目をしており、幼少期には男女ともに人気があったのだが、ある時を境に彼は姉のドレスを着るようになった。

 彼は学園では完璧に令嬢として振舞っている。ユーリは本来の性別は男だという事を知っているとはいえ、学園では令嬢として認識されている彼と空き教室で二人っきりになるのは変な噂が立ちかねない、と思ったのは後ろ手で扉を閉めた後だ。なので本来は出直すか扉を開けなおすべきなのだが、でもまぁ少々の間なら問題ないか、そもそも俺となんて噂されないだろうとユーマの楽観的な部分が出た。


 ルルベル家の爵位は侯爵。完全無視も失礼かと思い目が合っている隙に軽く礼をする。

 他には誰もいないので、持ってきた備品を軽く棚へと戻していく。数分たち、直すと同時に軽く整理も終わらせると、気にせず手を動かしていたからなのか、ノアはサンドイッチを上品に齧っていた。

 礼儀正しい紳士ならば、「良ければ一緒に食堂へ行きませんか」だとか「中庭に行きませんか」だとか「ご一緒しても?」だとか声をかけるのだろうが、ユーリは自身を紳士だとは認識していない。

 そのまま何事もなく退室しようと扉に手をかけ力を入れる。が、扉は開かない。


 ?


 何かのはずみで鍵でもかかってしまったのかと思うが、そもそも鍵が付けられていないタイプの扉のようだ。ならば気のせいかと再び手に力を入れるが相も変わらず開かない。

 これはどういうことかと立ちすくむ。閉じ込められたのは理解した。だが鍵もない扉に飛び込められているのが理解できない。疑問符を頭の中と上にまき散らしていると後ろから声がかかる。

「あの…どうされたのですか」

 女性にしてはやや低めの声に振り返ると、ランチボックスを閉じたノアがこちらを見ていた。いつまでも扉の前でガチャガチャやっているユーリを不審に思い、昼食をとり終わったタイミングで話しかけてきたのだろう。

「……扉が開かないみたいで…」

「えっ」

 驚いたノアはすぐに扉の前にやってきて、先程のユーリと同様に扉を開けようとするが開かない。


「……そういえば、姉から学園には一度扉を閉めたら、属性が同じ者にしか開けない魔法のかかった教室がある、という噂を聞いたことがあります」

「……まさか、この教室が…?」

「…………魔法の痕跡を感じます……」


 沈黙。


「ちなみに、ルルベル様の属性は……」

「水です」


 ここで「お揃いですね」なんて言う度胸はユーリにはなかった。


「俺もです」

「…………ぉ揃いですね……」


 ノアにはその度胸があったようだ。






 数秒だったのか数分だったのか。どちらともなく少しの間見つめあった後、先に視線を外したのはユーリのほうだった。

 そして先程、キリの良いところで終えた備品の整理を再開し始める。



「……あの、ミュラー子息…?何を」

 ノアからは困惑の声が上がる。当然だ。今まさに閉じ込められたというのに、平然と整理をし始めたのだ。困惑するなという方が無理だろう。


「?備品整理を」

「……何故今…?」

「手持無沙汰なので…」

「…………そう、ですか……」




「えっと、焦ったりとか、しないのですね……?」

 気まずかったのだろうか、ノアは当然の疑問をユーリにぶつける。

 ノアもまさかの事態に混乱しているのだろう。平時であればあまり重要ではない事も、今は疑問や思った事を全て口に出して平静を保とうと必死だ。

「まぁ……焦ってどうにかなるなら焦りますけど……、まぁ、何とかなるかなと。ずっと誰も気づかないってことはないでしょうし。……最悪今日中には出られるかなと…。……入る時は普通に開けられたんですよね?」

「え、えぇ…」

「なら中から開けられないだけですし…、俺は魔法解析学はあまり得意ではないので、下手な事をして本格的に閉じ込められたくないので。大人しくしていようかと」

「……なるほど」

 ユーリのゆったりとした話し方にノアも徐々に平静を取り戻してきたのだろう。ハッと一つ思い当たる。

「あ、あの。私から言うのもどうかと思いますが、不可抗力とはいえ二人きりになるのです。何か変な気は起こさない様にお願い致します」

「あぁ、俺は男に興味ないので心配は不要です」


 沈黙。


「……………………は……?」

「……?俺は男には欲情しないので変な気は起こしません」

 ノアの口から音がこぼれ、ユーリは自分の言葉が聞こえなかったのかと更に言葉を重ねる。


「え?……あの……は?え?…………なんで……」

「……性対象が女性なので…?」

「いえ…………、あの、ではな、く。…………何故男だと…」

「?……骨格とか…」



 沈黙。



 ノアは混乱した。まさか学園の生徒に本来の性別がバレているとは思いもしなかったからだ。

 誤魔化そうとも一瞬思ったが、ユーリは確信しているようで戸惑いなどは一切ない。

 まぁユーリはゲーム知識で本当に男なのかとよく観察した結果なのだが、それを知るすべはノアにはない。


 ユーリが動かす備品の音以外しない教室の中で、二人の間で一番長い沈黙が流れた後、ノアから深いため息が落とされた。


「女の口調で喋ってたのが馬鹿みてーじゃん。てか、アンタってマリノスのお嬢さん以外に興味ないと思ってたンだけど、意外と人の事よく見てンだな」

 バレているのならと女性として取り繕うのを止めたのだろう。自身が先ほどまで昼食をとっていた椅子に粗雑に座り直し口を開いた。

 一見"まるで百合"と言われていたノアのルートだが、彼は本来男らしい性格をしている。そんな彼が素を出したという事は観念したのだろう。

 学園では理想の令嬢と言われるノアが、ヒロインであるティアメルを口説く時のみ男らしい口調で喋っていたのが印象的だった。


 と、そこまで思い出したユーリは思わず手を止めて、ん?と思う。

 彼、ノア・ルルベルが本来の口調で喋るのは家族かティアメルの前でのみ。それも誰が何処で聞いているか分からない学園でとなるとティアメルが相手と言えど極稀だ。

 学園では令嬢を貫いているノアだから、誤魔化すか取り繕うか、何もなかったかのように振舞うだろうと勝手に思っていた。しかしモブである自分に見抜かれ、簡単に被っていた仮面を外してしまった。

 何故…。と思ったがゲームで語られなかっただけで、学園内に心許せるモブが居たのかもしれない。それがこの世界では偶々自分になってしまっただけだろう。同じクラスだし。とユーリは結論付けた。


「……な。なんで俺が女のカッコしてンのかとか、聞かねーの?」

 備品整理を再開させようと、ユーリが腕に力を入れた時にノアから再び声がかかる。普段の教室の様子ではあまり余計な話はしなさそうだが、ゲームでは結構喋るし、結構色々と考える質だ。


「別に。個人の自由かと」

「俺がこーゆー趣味だって?ンま、そーだけど」

「いや、趣味なら男ってコト隠す必要ないですし、趣味じゃないなら何か理由があるんじゃないかと。言いたくない事無理して話す必要ないですし」

 理由は大体知ってますし。

「そういうの、根掘り葉掘り聞くのが趣味ってわけじゃないんで」




「…………ヘェ……」

 微かに開いた間の後にノアは細く声を出す。

「……あそ」



 ノアはユーリから視線をそらし、窓の外から見える風景を眺めはじめた。

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