03 夏季休暇
学園は長期の夏季休暇、前世で言う"ナツヤスミ"に突入し、随分と時が経った。
王家主催の夜会で生意気な年下王子とティアメルが初めて出会ったり、幼馴染の公爵令息と家族ぐるみで別荘へ行ったり、街中で女装令息と出くわしたり、慰問活動で訪れた孤児院で同級生と出くわしたり、その先々で隠しキャラの陰があったり。
ゲームでは一人の目線でヒロインと接していたからそこまで思わなかったが、ヒロインのティアメルの傍で次々とヒーローたちとのイベントを見守っていると、ヒロインは忙しいなぁ、と思わずにはいられない。
学園の課題に、公爵令嬢としての素養や務め、魔法の自主練に加え、ヒーローたちとのイベント。心身ともに疲れるだろうに毎日生きている。偉すぎる。
そんな世界一偉くて可愛い推し、ティアメルは母である公爵夫人に連れられ茶会に参加している。そしてユーリは休みを貰い街へと出ていた。
そこで同級生に捕まっていた。
ヒーローの1人であり、人懐っこい同級生。ルカリオ・ヴァン。
彼は孤児院育ちでヴァン伯爵家に引き取られた、明るい性格の持ち主だ。そして困っている人を放っておけない、面倒見が良いという正にヒーローに相応しい内面を持っている。
しかし考えなしに突っ込んでしまうところもあり、周りを巻き込んでしまい事が終わると怒られた犬の様に落ち込んでしまう。
そんなところが庇護欲をそそられて人気があったのかもしれない。
ユーリはそんな現実逃避をしていた。
路地裏でルカリオに首根っこを掴まれ、建物の陰からとある令嬢とその傍に立つ男の様子の覗きに無理矢理巻き込まれていたからだ。
どうしてこんなことに…。
ユーリはしゃがみ込んで頬杖を突き数分前を思い出す。
街を歩いている俺。突然腕を掴まれたと思ったらルカリオ。そのまま路地裏へ駆けていく俺たち。そして現在。
どうしてこんなことに……。
「あの…ヴァン様…」
「ルカリオで良いって言ってるだろ?同級生なんだし。なんならルカでも良いぜ」
「いえ…それは後にしてもらって……。どうして路地裏で、俺たち二人で、あの方々を見守っているのでしょう…」
「だってさぁあの娘、連れ込まれるように路地裏入ったんだぜ?怪しいだろ」
俺はアンタに連れ込まれたんですけど。
「あの男と顔見知りぽいけど、ほら腕。見えるか?ずっと令嬢の腕掴んでる」
アンタは俺の首根っこずっと掴んでるんですけど。
「ただの杞憂なら良いけどなんかあったら遅いからさ」
「…………で、…どうして俺も連れ込ん……。巻き込まれ……。……一緒に連れてこられたんでしょう」
「だってお前良い奴だろ?」
「は?」
「学校とかでもだけどさ、今もこうして一緒に居てくれてんじゃん」
「……それ」
「あっ!」
ルカリオが声を上げた事でユーマも怪しげで不思議な二人組に目線を戻すと、男が魔力を展開し令嬢に魔法をぶつけようとしていた。
なのでユーリは水球を作り、男の展開する魔法にぶつけ、更に男の体にも次々と水球を当てる。すると当たり所が悪かったのか、男は倒れ、気絶した様だった。
呆然とする令嬢とルカリオを全く気にせず、何事もなかったかのように会話を続ける。
「それは、貴方にとって都合が良い奴、ってだけでは?」
続けて「良かったですね。俺が良い奴で」とルカリオに告げたユーリは、未だ何が起きたか分からない令嬢に近づき声をかける。
令嬢からはお礼を言われ、後日ちゃんとしたお礼をしたいからと名前を聞かれたが、前世で口癖だったのか何なのか覚えていないが「名乗るほどのものではありません」とぬるりと出た言葉を告げて、その後はルカリオが呼んだ見回りをしていた騎士に任せる。
そうしてやっと路地裏から出たユーリは、家に帰ろうと足を踏み出したところ、再びルカリオに腕を取られた。
「あの、なんでしょう」
「今から俺んち来ない?」
「行きません」
「まぁまぁ」
そのまま「まぁまぁ」と言い続けるルカリオに、ほぼ引きずられる形でヴァン伯爵家に力づくで招待された。
完全に拉致……。
ヴァン伯爵家に連れてこられたユーマは帰りたくて仕方がない。拉致されそうな令嬢を助けてたら自分が拉致されるとは思いもよらなかった。
ヴァン伯爵は領地へ行き不在。夫人は茶会へ招待されていて不在。だからと言って使用人はいるのだ。後でミュラー子爵家の子息は礼儀のなっていなかった、などと言われては家にも家族にも、そして自身が仕えているティアメルにも悪評がついてしまうかもしれない。
多少の無礼は許される学園に比べ死ぬほど気を使わなくてはならない。しんどい。
しかし推しの従僕という大変名誉ある使命を背負っているのだ。推しが居ないからこそやらねばならないこともある。推しが存在しているからこそお勤めに精を出さねばならない時もある。今がその時だ。
人払いされ、2人きりの部屋で用意された紅茶を一口飲む。
「ユーリが何かを飲食してるの初めて見たかも」
「…はぁ」
小さい頃は何も気にせず飲み食いしていたユーリだったが、ティアメルの従僕として仕えるようになってからは少しでも早く慣れる為、気を引き締める為に身近な人の前では食事をしないようになった。
しかし今回は飲んだ。正直紅茶はあまり好きではないのだが、爵位が上の人が出されたものを一口すら口にしないのもどうだろうかと考えた末の行動だった。
「俺さぁ、お前の事犬みたいなやつだなぁ、と思ってたんだけど」
「犬…」
ルカリオがやっと話し始めたかと思えば何故か畜生と見ていた発言。爵位が逆なら失礼な発言なのに世も末だ。
「でも今日違うなって思ってさ……。う~~~~ん、…………忠犬?みたいな」
犬じゃん。
何も変わってねぇよ。
従僕としての振る舞いが染みついていて助かった。染みついていなかったら絶対声に出していた。
「学校ではいつもニコニコしてるじゃん?良い奴なんだろぉな~って思うと同時に女の子ばっかに良い顔してるから女好きなのかな~って思っててさ。特にティアメル嬢の前だとニッコニコじゃん」
「そうですか」
「ティアメル嬢が傍に居ない時でも、ティアメル嬢以外に優しく声かけたり手伝ったりしてあげてんじゃん?なんで」
「俺が冷たい態度をとってお嬢様に悪評がついてしまうのを危惧した結果ですし、女性には優しくしろと言われてます」
「じゃあ今みたいに無表情で不機嫌そうなのが素ってコト?」
「お嬢様の前ではいつも素ですが」
するとルカリオは突然笑い出した。
ユーリは恐怖した。
なんで突然笑ってんだ。笑いのタイミング分かんね~。ゲームでこんな奴だったっけなぁ。
ひとしきり笑い終わったルカリオは、引いているユーリに気づいていないのか、気づいていないのだろう。まだ若干笑いを引きずっているルカリオは満点の笑顔をユーリに向ける。
「そんで?ティアメル嬢の為だけに動いて、言われたこと守ってるだけだから良い奴じゃないって?おもしれー、やっぱ友達になりてぇわ!」
「は」
「俺の事ルカって呼べよ!そんでその堅苦しい敬語は無しな!どうせそれもオジョウサマの為って色々考えて、そんで空回って外さない様にしてるだけなんだろ。俺と話す時ぐらい外せよ」
「は?」
「んで、オジョウサマのどこが好きな訳?」
「お嬢様はこの世に存在してるだけで尊いだろうが」
「アッハハハハハハッッ!!」
その後、"ルカ"呼びと敬語外しを約束、実行しない限り伯爵家から一歩も外へは出さないというルカリオの脅しに屈したユーリが帰路に着いたのは既に日が落ちかけた頃。
ヒロインが何も危険のないイベント、お茶会に行くから何も心配する事はないと思っていたのに。まさかヒロインであるティアメルが居ないところで、モブである自分がこんな大変な事に巻き込まれるとは思っていなかった。
ルカリオはイベントを起こす相手を間違えていないかと、無駄に疲労した頭でもうすぐ始まる新学期に思いを馳せ、ふらふらと重い足取りを進めることしか出来なかった。