02 幼馴染
子供がかわいそうな目にあっている描写があります。
気を付けてください。
ギルバート・ノクター。
ティアメル・マリノスと同じ公爵家の人間で、彼女より一つ上の学年。地魔法を得意としている。
光の加減で蒼にも翠にも見える髪色で瞳は赤味の強い桃色。柔らかな印象を持つ見た目をしている。
魔法量は多く、勉学の成績も上位なのだが体を動かすことはあまり好きではない。話をしていると風貌も相まり和ませてくれるのだが、どこかとらえようのない飄々とした考え方を持っているので、一部の人からは変人と言われている。
ゲームでは母を早くに亡くし、悲しみに囚われた公爵に厳しく躾けられた。見る人から見れば、というものではなく、誰が見ても虐待と言えるものだった。
言いつけを守れなければ頬を叩き、勉強を間違えれば鞭で打ち、剣を上手く扱えられなければ蹴られ。その他諸々。ギルバートを庇った掃除婦がその場で解雇されてからは、表立って助けるものは誰一人現れなかった。
外に裸足で放り出されたギルバートをいつも屋敷内に入れてくれる執事長はいつも謝罪して、公爵の目につかない所で公爵家としての勉強を教えていた。当時4歳だったギルバートには、半分も理解できない内容ばかりだったがどうにか詰め込み、こっそりと公爵家の仕事を覚えていく2年で執事長はギルバートを当主にしたいという事に気が付いた。
その頃には父である公爵を不快にさせない様にと、いつでも笑みをたたえるようになっている。自分が公爵になればもう痛い思いをせずに済むのかと思い至れば、今まで理解不能だった文字列がするすると頭の中に入っていくようになった。
同じ頃、子供好きのマリノス公爵夫妻に招待され、父に連れられてマリノス家に初めて足を踏み入れる。
マリノス家の用は子供同士が友達になれないか。というものだった。
父である公爵は渋っていたが、結果的に折れてギルバートと執事長を置いて早々に帰っていき、度々呼ばれるようになったその後は共に馬車に乗る事すらない。
案内された庭にはマリノス公爵家の一人娘である、ティアメル・マリノス。そしてミュラー子爵家の兄弟が3人で遊んでいた。
ギルバートが6歳。ティアメルとミュラー子息の弟が5歳、ミュラー子息の兄が9歳の事だ。
それからマリノス公爵家の庭は、ギルバートにとって楽園となった。
痛い思いをしない。友達がいる。好きに発言が出来る。行動が許されている。腹が満たされる。何より父が居ない。
ギルバートは自分の家庭が異常だったことにここで気づく。
そして静かに涙を流すギルバートを見つけたのはティアメルだった。
ティアメルは何も聞かず傍に居るだけだったが、それになんだが堪らなくなり涙はさらに溢れて暫く止まらなかった。
それからだ。
ギルバートがこのまま4人で仲良く友達でいたいと思い始めたのは。
マリノス家とミュラー家の両夫婦の様に身分差もなく、歳をとっても4人仲良く時を刻んでいきたいと思った。
ギルバートが7歳になった頃からミュラー子息の弟がティアメルの従僕となり、それからは愛称で呼ばれていたのがきちんと名前で呼ばれるようになったり、他人が居れば様付で呼ばれるようになったり、ミュラー子息の兄が学園に通うようになったり、少しずつ変わっていった。
だけどそんなのは些細な事だった。
マリノス家で他の家の者がいない時は気安く話しかけてくれるし、ミュラー子息の兄だってまとまった休みには必ず共に過ごす時間を作ってくれた。
ノクター公爵家でぶたれていたのが、4人で遊ぶようになった。そんな劇的な変化は今後の人生で訪れないと思っていた。
そしてギルバートが学園に通うようになった。
それはギルバートにとって十分劇的な変化だった。
自分と同じ年代の子が大勢いるのに、ティアメルもミュラー子息たちもいない。
ギルバートは一人取り残されたような心地になり、かと言って学園を休んで父がいる公爵家に戻されるわけにもいかず、密かに息を潜めて過ごしていた。
そうして話しかけられたら、子供の頃からやり慣れた外行の笑顔を張り付けて対応している内に、またこれが日常になるのかと思うとゾッとした。
学園は4年制。長すぎる。
しかし今年は最終学年にミュラー子息の兄がいるし、来年にはティアメルもミュラー子息の弟も入学してくる。
一人にならずに済んで心底安心した。
それからギルバートは未来を具体的に考えるようになった。
4人で仲良く、昔みたいに気さくに愛称で呼び合うような仲に戻るにはどうすればよいか。
4人とマリノス家とミュラー家の人間以外を入れない様にするにはどうすればよいか。
自分にとって一番邪魔である、未だ当主の椅子に座っている公爵から椅子を奪い取るには、最速は。
泣いている時に寄り添ってくれた時から、ティアメルへ無自覚に恋心を寄せていた。だからティアメルと結婚し、ミュラー子息兄弟をそれぞれの執事として迎え入れようと画策する。
◆
ゲームと同じ様な思考に陥ったギルバートも考える。
ティアメルとミュラー子息の弟は主従の関係だ。更にティアメルが彼に恋心を抱いている事は傍で見ていてすぐに分かった。彼女が彼を手放すことはありえないだろう。
それはつまり彼の兄も必然的に離れる事はないという事だ。
では自分は。
4人の中で関係が一番希薄なのは自分だという事にギルバートは気づく。
その瞬間冷や汗は止まらず、嘔吐感がこみ上げて学園の階段に座り込んだ。
大きく世界が揺らいで、現実味が途端になくなった。
左手で手すりを、右手で口を覆い目を閉じる。
その時間は数秒にも数分にも思えたし、数十分、数時間にも思えた。
長く長く息を吐く。
瞼にギュッと力を込めて強くしめ、そしてゆっくりと。ゆっくりと開いていく。
2人の養子になるか。
この世界のギルバートが行きついた答えはこれだった。
2学年へと無事進級したギルバートは、公爵を椅子から引きずり下ろす為に様々な知識を身につけつつ、新たに入学してきた幼馴染2人に変な虫がつかない様、足しげく1学年の教室へと足を運び、心の安寧を保っている。