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01 幕開

 子爵令息であるユーリは公爵令嬢であるティアメルに仕えていた。


 下位貴族が上位貴族に使えるのは珍しくない。だが女子には女子のお付きをと望むのが一般的だ。公爵家ともなれば何か間違いがあってはいけないと殊更そう思うはずだろう。

 しかしユーリとティアメルの親は同い年で、学園に通っていたころから懇意にしており、公爵家は子爵家が言い出す前にユーリを同い年である自分たちの子供の従僕にしては、むしろ婚約を是非にと持ち掛けた。

 親友の子供は自分の子供も同等。可愛がりたいと思っている公爵家は極々一般的なお貴族様方と比べて、少々、多少、大分ズレている感覚を持っており、子爵家も結構のんびりとした性格をした二人が治めていた。

 なのでユーリとティアメルの婚約を止めたのは、当時9歳だったユーリの兄。

 兄による必死の説得も、本当の親の子爵家も本当の子供のように可愛がる公爵家も、自分の意見を臆せず言えるようになったのねぇ、とデロデロ甘々に聞き入れた結果、従僕として落ち着いたことに両家の使用人はほっとしたものである。


 そんな親を持ったユーリには、物心ついた時から不思議な記憶があった。

 夜でも輝く街。空を飛ぶ鉄の鳥。凄まじい速さで走る鉄の箱。娯楽も溢れる世界の記憶。

 いわゆる前世と呼ばれるモノの記憶。


 前世では普通の暮らしをしていた。普通に友人とバカ騒ぎをして、普通に親に反抗したり孝行したり、普通にゲームや漫画を読んだり、普通に趣味に没頭したり、普通に何も考えずに過ごしていた。

 そんな記憶を持ったユーリはどんな理屈かは分からないが、革新的技術も娯楽も劣る世界に生まれ変わり、しかしまぁどうにかなるかと楽観的な性格をしていた。今の親に似たのである。




 ユーリが生まれ変わって心奪われたのは2つ。その1つは魔法だった。

 前世ではどれだけ技術革新が起ころうとも、空想妄想想像上でしかなかったモノが此処では当たり前のように使われているのだ。心躍らないわけがない。


 そしてもう1つがティアメル。

 その名と魔法と聞いた時、ユーリはとあるゲームを思い浮かべていた。

 一見乙女ゲームなのだが、ヒロインではなく男性目線で進める恋愛ゲームだ。複数人いる男性キャラを落とす為に選ぶのではなく、どの男性キャラで口説くのかを選ぶというモノ。

 珍しくて手に取ったが、実際にやるとヒロインが好みで普通にハマった。

 そのヒロインの名がティアメルであり、舞台が魔法を学べる学園だったのだ。


 そう。どういう原理なのかは全く分からないが、ユーリはゲームの世界の人物に生まれ変わった。

 全ルートを網羅して推しカプと巡り合い、数少ない女友達とキャッキャしてたのが夢なのか。それとも目の前に推しが生きている今が夢なのか。夢なら夢で覚めるな。と思いつつ自分の頬をひねるとちゃんと痛かったので現実と認識する。



 そんなユーリとティアメルは、春からゲームの舞台となる学園に通っている。

 クラスは別となってしまったが、同級生兼護衛として寮から学園への短い距離だが通学を共にしている。

 傍で推しを感じ、毎日幸せを噛みしめているユーリだが、違和感を感じるのだ。


 ゲームの舞台で、ヒロインがいるということはもちろんヒーローもいる。

 残念ながら年下の生意気王子はいないが、同じクラスの王子であったり、幼馴染である一つ上の公爵令息であったり、性別を偽っている女装令息であったり、人懐っこい同級生であったり、隠しキャラまで揃っている。


 しかし、しかしだ。

 何かがおかしい。と思い始めている。

 ヒーローたちに何か問題があるわけではない。概ねゲーム通りの性格であるように思う。

 だがゲームでいえばまだまだ序盤と言える頃。イベントを間近で見守っているとティアメルがそっけなく返してるような気がした。その時はおや?ともそんな返しあったっけ?と思いながらもまぁ誤差か…、よく知りもしない人を警戒出来て、推しの危機管理は流石だなぁ。と深くは考えなかったし、気にならなかった。


 そして夏季休業前に起こる全学生が一堂に集まり、順番に魔法力をテストする好感度爆上げイベント。

 ゲームならば魔力量が多すぎるあまり、魔法が暴走してしまったティアメルを助けるビックイベントだ。

 この世界でもゲーム同様、ティアメルの魔法が暴走しティアメルはコントロール出来ない状況に陥った。一部のヒーローたちは魔法が暴走したと判断するや否や、教師よりも早く飛び出し、ユーリは魔法防壁をいつでも展開できるように魔力を準備していた。

 間一髪、ヒーローが間に合ったと思い、ユーリが防壁を張ろうと魔力を放出しようとした正に一瞬。


 ティアメルは自分の暴走した魔力を力づくで放出し、素早くその魔力を防壁で包み込み収縮させて消失させた。


 つまりヒーローの出番はなく、ティアメルは無傷で生還したのだ。


 呆然とするヒーローより早くに正気に戻り、パフォーマンスだと思い込み歓声を上げる他生徒や少々ざわついている教師陣を押しのけて、ユーリはすぐに怪我はないかと駆け寄る。

「大丈夫!制御出来なくなって焦ってしまったけど…でもユーリが防壁張ろうとしてくれてるの遠目で見えたから……、だからそうすれば良いのか!って冷静に考えることが出来たの!」

 へへへ、と笑う推しの可愛さにユーリは心のシャッターを押す。

 推しの尊さに悶える心を押さえつけているところに正気を取り戻したヒーローたちも大丈夫かと駆け寄ってくる。ティアメルはそれに「はい…まぁ……」と返すだけ。

 舞ってマリノアに不時着した砂ぼこりを一言断って綺麗にしていきながら、あれ~?と心の中で思う。


 ゲームではティアメル一人で解決するルートなんてなかったはずだ。何故一人で解決出来たのだろう。いや、大事にならず済んだわけだが。

 しかしこれでは誰の好感度も上がっていない。出来れば前世の推しカプ成就を願っているが、ティアメルが望むなら誰と恋人になろうが応援するつもりでいる。



 会場は落ち着きを取り戻し、全ての生徒の魔力テストが終了する。各々が教室に帰ろうとする時に、自ら話しかけるか話しかけられるかの些細な違いはあれどティアメルからテストに関してのコメントが貰える。そしてそのコメントは好感度で変わる。

 その返答を聞けば大体の好感度は分かるはずと思い、丁度ティアメルと同じクラスの王子と人懐っこい同級生がティアメルを挟んで意見を聞いているのを少し離れた後ろから見守った。

「マリノス嬢、僕の魔法どうでしたか。温度を調整してカラフルな花を咲かせたつもりなんですけど」

「昼間なので炎系は見づらかったです」

「俺のは?どうだった?凄い練習したんだぜ」

「髪型が崩れるし、砂ぼこりが舞って不快でした」


 心なしかしょんぼりする王子と明らかに落ち込む同級生。

 今の答えはどう聞いても好感度が低いと思うが、そんなセリフだったかなぁと首を傾げつつ進んでいると、肩に手を置かれた。誰かと振り向くと幼馴染の公爵令息。

「ユーリ、凄かったねぇ。君の魔法。性質を変化させるなんて二年でも出来る奴多くないのに」

「ありがとうございます。でも先輩みたいに自由自在に形を変えたり、動かしたりは出来ないので……。練習します」

「俺で良ければ見てあげようか?」

「!ホント?!……で、すか。助かります」

「俺とユーリの仲なんだから別に敬語じゃなくても良いのに~」

 アハハと笑いながら頭をわしゃわしゃ撫でられる。

 ティアメルの幼馴染ということは幼いころから公爵家に出入りし、更に従僕として仕え始めたユーリも幼いころから顔なじみだ。歳が近いことも手伝って仲良くなり、今でも偶に兄も含めて遊んでいるので、その時の抜けきらない癖が稀に出てしまう。

 生徒一人ひとりを尊重する学園だったから生徒たちも何も気にしないだけであって、これが夜会などのちゃんとした場であるなら、公爵家に気さくに話す子爵令息など白い目で見られ、更に仕えている主人まで変な噂を立てられる。気を付けなければならない。


「よ~しよしよし」と犬か何かと勘違いしてそうな公爵令息にそろそろやめてもらおうと口を開いた時、前から名を呼ばれる。

 推しだ。

 間違えた。

 いや間違えてはいないが、ティアメルだ。

「ユーリ!今までで一番上手に出来てたよ!たくさん練習してたもんね」

「練習に付き合ってくださったお嬢様のおかげです」

「ううん。ユーリが頑張ったからだよ。私は失敗しちゃったから、もっと頑張らないと」

「お嬢様は十分頑張られてますよ。張り切りすぎて少し力が入りすぎてしまったのかもしれません。今度から制御できる魔力量を拡張する訓練でもしてみますか?」

「……訓練、付き合ってくれる?」

「もちろん」

「やった」と笑う推し。この笑顔は未だ世界に知られていないだけで万病に効く。俺の脳内で開かれる学会でも証明されている。

 ユーリが推しを万能薬扱いしている時、公爵令息はティアメルに話しかける。

「練習してたのは惜しかったけど、そのあとの防衛は凄かったじゃない。速さも大きさも威力も申し分なかったよ」

「咄嗟だったから感覚とか覚えてないんだよね……。ね、ユーリは?私の魔法どうだった?防壁魔法ちゃんと出来てた?」

「はい。俺も張ろうとはしてましたが、お嬢様を包もうとしていたので魔法の方を包み込むという発想は素晴らしかったですし、暴走した魔力を一気に収縮させるのもお見事でした。何事もなく消失も綺麗に出来ていましたし、魔力を使いこなせていたと思いますよ」

「じゃあ!じゃあね!魔力を制御できるようになったら、防壁魔法沢山練習して助けてあげるから。だからね。その代わりユーリが魔法の形を自由に変えられたり、動かすように出来るようになったらそれも教えて!」

「俺も教えるのに」

「ユーリから教えてもらうから良い。ね!ユーリ!」

「お嬢様が望むなら。ですが、俺がお嬢様をお守りするのです。お嬢様は自身を守るために防壁魔法を練習してください」

「でもそれじゃあ不公平というか、もっとこう、対等が良いんだけど……」

「学園から一歩出れば俺は使用人です。対等ではありません。使用人の俺の仕事はお嬢様をお守りすることなんですから、そのお嬢様に守られては笑われてしまいます」

「でも…」と納得のいかないティアメルの様子に、ユーリは一つの答えに思い当たる。

「……確かに俺はお嬢様より魔力量が少ないので不安になる気持ちも分かりますが…」

「あ、ちっ、ちが」

「それでも、俺はお嬢様を守るために生まれてきたので。その内お嬢様が不安に思わないぐらい、自分もお嬢様も守れるよう強くなります。機転も利くよう努力します。賢くなります。なので、お嬢様は悩まずに前進して、俺に守られてください」


 ユーリの魔力量は良くて中の上。爵位が上がるにつれ、魔力量も比例するので子爵家となれば多い方だ。だがそれでも王族や公爵家には適わない。

 それで心配にさせて不安になってしまったのだろうと、そんな推しの悩みを一ミリでも取り除けないかと言葉を紡ぐ。

 そんなユーリの祈りにも似た言葉にティアメルは俯いてそっぽを向いてしまう。伝わらなかったかな…不快にさせてしまったか…推しに激重厄介害悪オタクと思われでもしたら死ねるとユーリは思い、そんな二人に公爵令息が「相変わらずだね」と、話しているうちに立ち止まってしまった二人の肩を抱いて歩き出す。


 ティアメルが俯いていたまま歩いていることにあわあわするが、「いつもこんな感じでしょ」と公爵令息が「いいから前向いて歩きなね」とユーリの頭を持って前に固定する。

 確かに話している時にティアメルが俯いてしまう事はこれまでも多々あったのは事実だ。それにヒーローが肩を抱いてエスコート(?)しているのだし、これも好感度上昇の……、そうそう。確か選択した令息のことが好きな令嬢に絡まれているティアメルを助けるイベントがあった。それでティアメルと共に立ち去る選択をした時に……、あれ?肩を抱いたんだっけ?腕を掴んだんじゃなかったっけ?違うイベントか?


 好感度といえば、公爵令息に対するティアメルの受け答え。「教えてあげようか」と提案するのに断るのは好感度が低い場合だけだった気がする。通常なら「迷惑なのでは」と幼馴染とはいえ先輩である彼を心配する返答。高い場合はティアメルの方から「教えてほしい」と言ってくれる。

 断る理由も「もう少し一人で頑張ってみたいので」みたいな断り方だったと思う。


 女装令息も隠しキャラも話しかけてくる様子はないし、未だ俯いているティアメルが自ら話しかけに行く様子もない。


 おやおやおや?





 こんなルートありましたっけ?


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