◇97 紆余曲折の果ての結論
まえがき
「よよぼう_~あの世とこの世の冒険譚」は、原則的に毎週月曜日の朝10:00に更新予定の、連載形式の小説作品です。
2025/1/13より、現在の第八章を掲載中です。今のところ、この章で完結となる予定となっています。
「よよぼう」第七章までのあらすじ &登場人物
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◇97 紆余曲折の果ての結論
翌朝、この季節にしては珍しく、すっきりと爽やかに目覚めた西原詩音は、意気揚々と自宅の洗面台に立っていた。
年の瀬も近く、いよいよクリスマスも本番を迎えるというこの時期は、寒がりな詩音にとっては、本来なら大の苦手の状況であった。しかし、そんな憂鬱な心の内を吹き飛ばすように、昨日の夢見心地の光景が脳裏に蘇ってくる。
詩音が恋焦がれる憧れの担任教師、佐伯十三先生と、その初代教え子というべき道脇環とヴィスラーン、本名で呼ぶのなら大路円と満の双子姉妹、さらに環に恋する大学生の鷹取謙佑、そしてもちろん詩音自身も含めたその五人の、半ば修羅場じみたやり取りが、大団円とでも言うべき無難な落としどころに向かった今、詩音はまさにメダルなき勝者といった立ち位置になっていた。
鼻歌交じりに歯を磨き、洗顔を済ませ、踊るように鏡の前でポーズを取りつつ微笑む。詩音自身、我ながら恐怖すら感じる不気味な浮かれようだ。
「あらぁ、今日はどうしたの? なんか早朝練習でもあるの?」
廊下を通り過ぎざまに、詩音の母が目を丸くして、愛娘の奇行を心配そうに見つめる。
「別に何もないよ? 何か気分すっきりで目が覚めちゃっただけ…」
詩音は曖昧にそう答えるが、実の母親とはいえ、いや、実の母親だからこそ、憧れの担任教師と上手く行きそうかも…などと、簡単に口にするわけにはいかない。
「ははぁーん、成程ぉ! そっかぁ、サエキくんかぁ…。ふふふっ、クリスマスも近いもんねぇ…」
「は、はぁあああっ! ち、違うし、魔王佐伯は全然関係ないんだからっ!」
あまりにも鋭すぎる母親の直感に驚き、あからさまに動揺を見せるチキン勇者な詩音である。
「え、好きな男の子に向かって、魔王?…って、あー、絶対攻め落とすぞ!って感じかぁ…。なんだか知らないうちに随分逞しく、肉食系になったもんねぇ…」
「肉…」
そういう解釈は何か違うだろう、と詩音は複雑な思いに駆られたが、何か良い感じの反論が咄嗟に思い浮かぶことはなかった。
今からおよそ半年ほど前、夏休み前の話だが、詩音が偶然、後輩の一年生、山科美雅を踏切事故―まぁ、事故ということにしておこう―から助け出したことがあった。
その折、様子見で美雅と共に一泊入院した詩音の許を訪れた母は、ひょんなことから、同じく見舞いに訪れたRPG同好会の仲間、白岡彩乃と香坂夢莉、島本涼太たちの会話を断片的に漏れ聞くことになり、そこに某「サエキ」という詩音の想い人の名が登場したわけである。
それ以来、母の頭の中では、愛娘は最近、「サエキくんという男子生徒」に夢中になっている、というストーリーが勝手に出来上がってしまったのだ。よもやその正体が、愛娘のクラス担任の中学校教師だとは思いもしないことだろう。
「おぅ、どうしたんだ、詩音? 珍しいこともあるもんだな…。また補習か何か行くのか?」
いつもなら、まだ布団の中にいるであろう詩音よりも早く家を出るはずの父までもが、出勤前のトイレついでにこの場に顔を見せた。
「お父さんまで…。何もないですぅ! なんかうちの娘、朝っぱらから妙なこと始めたぞ!みたいに言うの、止めてよね…」
少し苛立ち気味に、詩音は父に向って反論する。しかし、その実、今日は朝からおかしな気分だというのは、詩音本人が一番良くわかっている事実でもあった。
「そっか、まぁ昔から早起きは三文の得、っていうからな。きっと詩音も良い事あるんじゃないか?」
「良い事…」
「そうねぇ…、詩音にもボーイフレンドが出来そうなのよねぇ…」
父が良い感じに話を締めようとしたところで、鎮火など許すまじとばかりに、母が危険過ぎる可燃物を追加投入する。
「ボーイフレンド…って、あー、つまり、詩音に彼氏が…って話…だよな…?」
「そりゃ、ボーイって言うぐらいだから、普通に考えて、そうじゃない?」
予想外に慌てる父にとっては、正直、心中穏やかではない。まるで大事件の予兆なのかもしれないが、それはこの際、詩音の知ったことではない。
「あの、島本さんとこの…涼ちゃん、だったか…?」
「違うわよ、サ・エ・キ・くん、って言うんだって…」
父の立場からすれば、幼馴染みで顔見知りの涼太が相手なら、まぁ致し方なしと諦めもつくというか、それなりの信頼をもって成り行きを見守ることもできるということだろうが、詩音の想い人は当然ながら涼太ではない。
「…まぁ何はともあれ、そうだ詩音。今度一回うちに連れて…」
話が脱線してあらぬ方向に転がり始める中、詩音はついに顔を真っ赤にして、抗議の大爆発を起こした。
「いい加減にしてよ、お父さんもお母さんも! もういいから、ほっといて!」
そう叫び声を上げながら、ぴょこぴょことトレードマークのツインテールを揺らして、地団駄を踏むように全身で不満をアピールする詩音は、半分涙目になりながらも、心の片隅が何故か不思議と幸せな気持ちになっていくのを感じていた。
「ほらっ! もう私、学校行くんだからね! お父さんもさっさと行かないと遅刻しちゃうよ?」
「え? 詩音、あんた、朝ご飯がまだでしょ?」
「いい、今日は要らない!」
踵を返して脱兎のように駆け出しながら、背中越しで母の言葉につれない返事を伝えた。
その場の何とも言えない気恥ずかしさから逃げるように、洗面台を後にした詩音は、制服に着替えるため、自室に向かって走り出した。
世の中はもちろんのこと、詩音の通う中等部の様子も、すっかりクリスマス一色の浮かれきった雰囲気に包まれていた。
しかし、そんな和やかな賑わいなどどこ吹く風、とばかりに、身体の奥からこみあげてくる悪寒に震えながら、マスク姿の佐伯先生は、必死の形相で教壇に立っていた。
無理もない話だろう。いくら冬の服装とはいえ、積雪までは予想していない軽装のまま、吹き曝しの駅前広場に長時間居座り続けていたのだから。
それでも職務放棄することなく、気合と根性で出勤してきたのは、佐伯先生なりの意地の現れなのだろう。
何処からどう見ても、あからさまに体調の悪そうな魔王佐伯の情けない姿に、半ば呆れつつも僅かな罪悪感を覚えた詩音は、複雑な表情のまま心の中で乾いた笑いを浮かべる。
そう、詩音自身もその場に一緒にいて、自分だけ暖かなダッフルコートで過ごしていたのだから。
詩音の席の周囲からは、怪訝な視線を佐伯先生に送り続ける彩乃と、机に突っ伏して背中で笑いを堪えている赤木風歌の様子が窺える。
恐らく少なくともあと二人、越谷漣と吉川響もまた、何かを察して内心でこっそり盛り上がっていることだろう。
もっとも、ここに至る一連の話を知ったなら、越谷にとっては決して笑い事では済まない一大事かもしれないが。
「えー、ここまでの話で…ゴホゴホ。あー、悪い、ちょっと待ってくれ…」
頑張って国語、いわゆる現代文の授業に臨んだ佐伯先生だったが、詩音たちが思っている以上に、相当体調が悪いようで、咳とくしゃみを時折漏らしながら悪戦苦闘で授業を進めようとしている。他人事であるとはいえ、詩音も些か気の毒に感じてしまう。
「センセー、そんなに調子が悪いなら、また詩音センセーに助手を頼めば良いと思いまぁーす!」
見かねた彩乃が、冷やかし半分の助言を投げかける。御指名を受けた当の詩音は目を丸くして彩乃を振り返る。彩乃は満面の笑みで、任せとけ!と言わんばかりにサムズアップを見せつけてくる。
少し前、秋の体育祭で転倒し怪我を負った佐伯先生の補助として、詩音はこのクラス限定の助っ人として、国語の授業に協力したことがある。クラスメイト達からの評判も上々で、特に感情のこもった詩音の朗読は、詩音に恋する越谷以外にも一目置かれるほどの好評ぶりだった。
「だ、だいじょ…、気にするな、って言っても、無理だな、こりゃ…。悪いんだが、お言葉に甘えて、そうさせて貰おうか…。頼めるか、う…、西原…」
「はぁ…」
惜しいところで、「詩音」と言いかけた佐伯先生の口が「西原」に修正されてしまって、僅かな落胆を感じた詩音は、少しだけ不満そうに生返事をする。
「その先から、ちょっと朗読…ゴホゴホ、頼めるか?」
「はい、っていうか、大丈夫なんですか、先生…?」
詩音は予想通りの展開に動揺を見せることなく、佐伯先生の体調を気遣う余裕を見せて、そう優しく問いかけた。
「大丈夫かどうかは、わからないが、少しの間、お前に任せた…」
「はい、喜んでっ!」
憧れの担任教師から直々の御指名を受けた詩音は、顔全体で喜びに満ちた表情を浮かべながら、まるで居酒屋の店員かのような気合の入った返事をする。
そして、軽やかに席を立ち、ゆっくりと大きく深呼吸する。一拍置いて、よく通る澄んだ美しい声で、教科書の朗読を始める。
クラスの生徒たちはもちろん、佐伯先生もそっと目を閉じてその声に聞き入っている。
当然の話ではあるが、詩音の声に特別何か凄い魔力が秘められているとか、そういうオカルトじみた話ではない。それでも、そっと心に滲みこんでくる優しく暖かな詩音の声は、例えるなら、癒しとか浄化とかいった不思議な効果をもたらすように感じられた。
それは、詩音にお熱の傷心男子である越谷にとっては、さらに一段と輪をかけて心が痺れる魅惑の声、まるでセイレーンの魔性の歌声そのものに感じられることだろう。
それでも、そんな越谷本人の全く知らぬところで、既に敗れた恋が復活する可能性は完全に閉ざされつつあるというのだから、この世の運命は残酷である。
「…と青年は寂しく微笑んで、寄り添う彼女をじっと見つめていた。いつまでも、いつまでも…」
やがて、物語の長文が一段落したところで、詩音は手元の教科書から視線を戻して、大きく息を吸い込みながら佐伯先生に無言でお伺いを立てる。この先まで読み進めるべきかどうかと問いかけているのだ。
「あー、うん、ありがとうな、う…西原。悪かったな、助かったよ…」
佐伯先生は辛そうな表情ながら、薄っすらと笑みを浮かべて詩音に感謝の視線を送った。それでも頑なに詩音の名を呼ぼうとはしないが。
「まったく、佐伯先生ってばぁ…。詩音がいないとぉ、授業も満足にできない身体になっちゃってさぁ…。たぶんきっと、先生のお嫁さんってぇ、詩音みたいな世話焼き押しかけ女房なタイプだよねぇ…」
授業中だというのに、そんな緊張感の欠片もない冷やかしの発言が、詩音の後ろの席の風歌から放たれる。
「ちょっ! 風歌ぁ…押しかけ女房って…」
「あー、先生、西原が嫌なら、俺で良ければ専業主夫になってやってもいいぜ? 尻のほうはちょっと怖いけど、まぁ先生となら、アリ…かな…?」
戸惑う詩音を尻目に、さらに輪をかけたトンデモ発言が最後列の吉川から飛んでくると、その瞬間、教室全体が授業を忘れて大爆笑に包まれる。
「ば、馬鹿なことを言ってないで、集中しろ、お前たち…。それから、せっかく熱烈なプロポーズをしてくれた吉川には申し訳ないが、先生にそっち方面の趣味はないから、悪く思わずに、諦めてくれ…」
「あれあれぇ? 詩音とのことは否定しないんだぁ、これは怪しいぞぉ…」
風歌はなおも佐伯先生を揶揄い続ける。
風歌からすれば、詩音に対する援護射撃のつもりだろうが、同じ教室には詩音に告白を保留されたままの越谷もいるのだ。彼にとっては、何ともいたたまれない状況だろうが、授業中の教室であるからには、容易に逃げ出すことはできない。
「こんな危なっかしいのを嫁に貰っても困る、ってものだろう? おちおち安心して職場に出勤するのも難しそうだしな…」
「うー、皆の前で酷いですよぅ、先生ぇ…」
詩音が涙目になって、佐伯先生へ恨みの混じった拗ねた視線を向けるが、当の佐伯先生はそれを冷たくあしらって、さらに言葉を続ける。
「まぁ、世の中というか、将来の話ってやつは、この先に何があるかわかったものじゃないからな…。西原もせいぜい気合入れて人間を磨け、花嫁修業しろ、ってことだな…。男子もちゃんと鍛錬しておくんだぞ?」
はぁーい、とクラスのあちこちから、やる気の欠片もない、それでいて妙に素直な返事の声が上がった。
◇98 執行猶予の過ごし方 に続く
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あとがき
初めまして&こんにちは、真鶴あさみです。
行き当たりばったりで始めたこの「よよぼう」の週刊連載も、ようやく最終章(予定)の第八章となりました。
定期的に読んでいただいている皆様、ありがとうございます。
TRPGという趣味は些かマニアックでニッチな趣味なので、取っ掛かりが難しいと敬遠している方も多いと思いますが、実は予想以上に簡単で、寧ろ問題は「己の羞恥心との闘い」だったりします。
役者や声優を目指している人ならともかく、一般の…いえ、多少その手のオタク初心者からすれば、カッコいいけど小恥ずかしい台詞を「さぁ言ってみろ」とばかりに促されても、躊躇してしまうのは良くわかります。
ですが、一度そこを乗り越えれてしまえば、後は爽快感溢れる夢の世界が待っているという寸法です。
皆様も是非、一度は挑戦してみてください。
いつも校正チェックでお世話になっている鳥ことトットさん、アイディアを頂くことも多い蛹ことハセベさん、諸々感謝しています。ありがとうございます。
それでは、最後のエピソードまでもう暫く、詩音の迷走物語にお付き合いをお願いします。
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