◇94 籠城世界の終わり
「よよぼう」第六章までのあらすじ
RPG同好会を設立した中等部二年の西原詩音は、個性的な仲間たちと親交を深めていく。そして、もうひとつの詩音の願いは、担任教師の佐伯十三との恋の成就だった。
季節は巡り、晩秋の体育祭で先輩の神楽楠葉との勝負に負けた詩音は、それでも気丈に自身の努力を続けるが、その裏で樟葉の計画が着々と佐伯先生を追い詰めつつあった。
一方、詩音に想いを寄せるクラスメイト、越谷漣の存在も明らかになり、詩音の周囲の恋模様はさらに混迷を極めていく。
クリスマスを目指して、詩音たちRPG同好会の仲間たちは、各自の胸に秘めた想いの実現に向けて、いよいよ本格的に行動を開始する…。
主な登場人物
□女性/■男性
《RPG同好会の面々》
□西原 詩音
担任の佐伯先生に想いを寄せる中等部二年生。RPG同好会の会長だが、威厳の欠片もない引っ込み思案娘。
何故かトラブルに好かれる体質で、意地と気合で難題に立ち向かう、出たとこ勝負の精神的ハリボテ勇者。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップ『Colline Blanche』の看板娘。明るくマイペースなボクっ娘で、根っからの商売人気質。
店に集う年下の子供たちからは人気の高い姉貴分だが、従兄の謙佑に初恋のリベンジを誓う乙女でもある。天邪鬼な鉄砲玉トラブルメーカー。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで隣のクラス。体操部の期待の星でもあり、男女問わず人気の高いスタイリッシュ女子。
毒舌系百合剣士といったクールな雰囲気ながら、人情に脆い苦労人。実質的な詩音たちのストッパー兼防波堤。
■島本 涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトで家もお向かいさん。夢莉にあからさまな挑戦を続ける残念トリックスター。
夢莉にいいように使われつつ、思慮深く陰ながら支える縁の下の力持ち。自称、ジョナサンの兄貴分。
□山科 美雅
中等部一年の体操部員。夢莉を目標に鍛錬を欠かさぬ努力家。気分屋で周囲から孤立しがちな人見知りツンデレハリネズミ娘。
複雑な家庭環境のせいでかなり達観した言動も多い。戸籍上は笹嶋姓となったが、学校内では山科で通している。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生で、地元名家の一人娘。完璧主義で融通の利かない修道女的性格も、詩音たちの影響で丸くなりつつあり。
実際は、次期当主としての境遇と自分自身の目標に悩む年相応の少女であり、渾名の「鋼鉄の冷嬢」とは程遠い温和な性格。詩音のライバル?を公言中。
■ジョナサン ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪男子。美雅のクラスメイト。明るく陽気な爽やか系男子で、編入早々から女子の注目度も高い。涼太とは凸凹コンビの間柄。
偶然か必然か、詩音の遭遇するトラブルの救世主的な存在で、詩音にとっては微妙に気になる存在。
《その他の人物たち》
□メアリー ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪女子。初等部六年生の快活児童。ジョナサンの妹で、かなり偏りまくった日本文化に憧れている。
次世代RPG同好会の予備軍として、詩音たちに帯同することも多い。容姿も年齢以上に早熟可憐で、詩音や彩乃のコンプレックスの源になることも。
■佐伯 十三
詩音と彩乃のクラス担任の国語教師。RPGの造詣も高く、心理描写重視の演劇スタイルが得意。なし崩しにRPG同好会の責任者となる。
詩音の憧れの存在であり、生徒からの評判も良好の好青年だが、環との経緯から生徒との距離感に戸惑いを感じる一面も。
■鷹取 謙佑
ホビーショップ『Colline Blanche』のアルバイトの大学生。彩乃の従兄。RPGのほか、様々な玩具に詳しい。
相応にイケメンだが、かなりアバウトな性格で、一見掴みどころがない存在。彩乃の良き相談相手であり、目下の攻略目標。
□道脇 環
RPG雑誌『月刊TTM』の編集部員で、謙佑の先輩。気さくなゴスロリ美女。本名は「大路 円」。
過去の自分に似た境遇の詩音に、分不相応な過大な期待を抱いているようで、半ば世話焼きのお節介お姉さんと化している。
□宮津 綺夏
美雅のクラスメイトの明朗少女。クラスで孤立しがちな美雅を気にかけ、様々な変化のきっかけを作る。やがて美雅にとってかけがえのない親友となる。
美味しいものと可愛いものに目がない現代っ子で、アクティブな行動派のわりに細部はかなり大雑把な性格。躊躇する人の背中をそっと押すのが得意。
■越谷 漣
詩音のクラスメイト。突然詩音に大胆告白をした、もう一人の勇者。
落ち着いた穏やかな性格だが、詩音に関してはかなりの情熱家で、涼太やジョナサンを仮想敵に考えている模様。
洞察力に優れ、佐伯先生より早く詩音の長所に気付くなど侮れない存在。
■吉川 響
詩音のクラスメイトで、越谷の友人。詩音の事になると見境のない越谷の手綱を握る役目。口調は荒いが常識人で善人ではある。
小学生の妹のおかげで、女子に対する希望的感情は希薄。風歌とも仲間感覚でのフランクな友人関係にある。
□赤木 風歌
詩音のクラスメイトで。クラスを引っ張るまとめ役的なさっぱり系。小麦色が健康的な姉御肌。お祭りやイベントが大好きでとことん楽しみ尽くすタイプ。
体育祭の男女混合騎馬戦で詩音や越谷、吉川と組んだことで、思いがけず詩音と越谷の、というより詩音の相談相手になっていく。
□ヴィスラーン(bi slàn)
駅前広場に時折出没する謎の占い師。道脇 環こと大路 円の双子の姉を自称している。
環以上に謎が深く、よく似た性格ながら更に掴みどころがない。環と対照的な白系のドレスが好み。本名「大路 満」。
◇94 籠城世界の終わり
「大丈夫ですよ、佐伯先生…。無力な普通の凡人なんて、世界中に掃いて捨てるほど沢山いるんです。そんな皆が何処かで誰かの支えになって、お互いに支え合って生きているんですから、佐伯先生も『夢の国』の外に出ても、堂々と誰かの力になってあげてください」
佐伯先生の心中を察したかのような励ましの言葉をかけながら、ヴィスラーンは更に優しい声で語り続ける。
「もし佐伯先生を必要としている人が近くにいるのなら、応えてあげても良いと、私は思いますよ? 恐らくですが、きっと『大路』というあなたの教え子さんなら、そう言ってくれると私は思いますよ?」
その言葉に打たれたように、はっと息をのんで、佐伯先生がヴィスラーンの顔を見上げる。
「君は、やっぱり円…なのか?」
困惑の頂点を極めた表情で、佐伯先生はヴィスラーンの微笑みから視線を離すことができずにいた。
「いいえ、残念ながら、私は『円』という名ではありません。寧ろ私はあなたにとって、かつて天罰を下した断罪者、とでも言うべき存在かもしれませんが…」
せっかくの綺麗な天使の笑顔を曇らせて、ヴィスラーンは何処か寂し気にそう呟いた。
「私は、大路満。円の双子の姉です。そして、あなたと当時の彼女さんの破局の糸口を先導した張本人です…」
唐突に予想外の言葉がヴィスラーンの口から飛び出した瞬間、佐伯先生の脳裏には、まさに走馬灯のように、過去の忌まわしき出来事が鮮明に浮かび上がっては流れ去っていった。
「何を言い出すんだ、君…。やはり君は円本人なんだろう? 双子って…、それもいつもの『設定』じゃないのか? 確かあの頃もそんな話を…、双子のお姉さんの話を聞かせてくれていたよな?」
どうにかこうにか、そんなことを口にしながら、佐伯先生は自分の今いる状況が音をたてて崩れていくような感覚に包まれていく。
まるで信じられないものを見るように、青白い顔になっていく佐伯先生は、縋るように円本人だと信じたいヴィスラーンの次の言葉を待ち続けていた。
「まったく、今日は設定マニアのお客人の多い日ですね…。確かに妹の、円の語っていた過去の武勇伝の…そう、だいたい半分くらいは、いろいろと物事に大袈裟な尾鰭が幾つも付いた、誇大妄想というか、空想の産物ばかりだったかもしれないけれど、あの子は…あなたにだけは、絶対に嘘は言っていなかったと、私はそう信じています…。それだけあなたを…佐伯先生を、心より慕って、信じて、その背中について行くんだ、って心より願っていたはずだから…」
ヴィスラーンこと大路満を名乗る占い師は、曇らせた表情のままでそう答える。それは何より、誰よりも近くで妹の円の姿を見続けてきた者だからこその、確信的な響きと説得力に満ちていた。
「だから、今もあの子は、あなたが帰るべき場所を護り続けているのよ。憧れの人と結ばれるという、ひとつの理想の未来、その可能性への道が無くなってしまったとしても、あの子は、主の去った『もうひとつの楽園』を護っている…。そこから生まれる新たな可能性も信じながら、ね…」
「もうひとつの、楽園?」
佐伯先生は頭の中でその言葉を幾度も繰り返すように巡らせながら、そう言葉にして絞り出す。
「私は、そう、当時の私はもちろん、円と同じ中学生だった。私は身体が弱くて病気がちだったから、いつも円が話してくれていた、明るく眩い学校生活の話に心を躍らせて、羨望と憧れと、そして僅かな妬みをもって、夢中になっていたのよ」
何処か遥かな遠くの情景を見るようにして、ヴィスラーンは昔の女子中学生だった自分、満という一人の少女に戻ったかの如く、砕けた口調で話を進めていく。
「そんなある日、大好きな人ができた、ってあの子が照れながら言い出して、それが教育実習生の…つまり、あなただと知ったときは流石に私も驚いたわ」
もちろん佐伯先生、というより当時は大学生であった佐伯十三青年も、確信はないものの薄々は勘づいていた。ただ、大路円という自分を慕ってくれる一人の女子中学生の存在は、教育実習という僅かな間だけの、束の間の教え子に過ぎず、どう転んでも将来を考えるような関係ではなかった。
円が果たして何処まで真剣に自分を想っているのかなど、考えも及ばないことだったし、そもそも教育実習生とはいえ、仮にも教師と生徒の関係である。夢のようなロマンスへの進展など、そうそうあってはならない不祥事、大問題になるはずなのだから。
おまけに当時の佐伯先生には、つき合い始めたばかりの後輩の存在もあった。もし真剣に将来の展望を語るのだとしたら、そちらが優先されて然るべき関係といえただろう。
ただ、佐伯先生にとって、自分を慕ってくれた一人の無茶な女子生徒の存在は大きく、思い返せば後々の人生に影響を及ぼしているともいえる。そうでなければ、現在の佐伯先生自身が取り続けている詩音に対する接し方にも説明がつかない。
「だから、それから暫くして、あんなに意気揚々と毎日笑顔で張り切っていた眩しすぎるあの子が、泣き腫らした真っ赤な目で自宅に帰ってきたときは、私の怒りの矛先が当然のようにあなたに向いてしまったのよ」
自嘲気味に寂しく微笑むと、ヴィスラーンは佐伯先生をじっと見つめながら、僅かに小さく頭を下げた。
「今になって冷静に考えてみれば、何て馬鹿げた真似を、とは思うわね。でも当時の私は、必死に円の友人たちを扇動しながら、あなたへの反撃と報復を画策したわ。結果的に予想外の過激な終着を迎えることになってしまったのは、本当に申し開きもできないし、あなたに責められても仕方のないことだとは思う。結果的に私は、あなたの人生を変えてしまった…。そこは素直に反省よ…。ごめんなさい、佐伯先生…」
「あ、いや、こっちとしては、そもそも何が何だかわからないうちに騒動が大きくなって、犯人探しとか首謀者がどうとかいうのは思いもしなかった。ただ、あの時の女子生徒、大路…円には、申し訳ない事をしたな、とだけ…」
占い小屋のテントで語られる二人の過去の因縁。誰も知らない話だからこそ、二人だけにしかわからない複雑な想いがあるはずだ。
「正直、双子の姉云々の話からして、当時は円の妄想の産物だと思っていたんだ。そして今でも、ぶっちゃけ、君が円本人である可能性を捨てきれないでいる…。君に謝ることで全てを無かったことにできるとは到底思えないが、円には心の底からすまないと思っている…」
佐伯先生は、まるでかつての教え子に語りかけるように、ヴィスラーンの目を見つめながらそう告げる。
「それは本人に…、円に言ってあげて欲しい言葉ね…。勿論、私とあの子が別人の、正真正銘、双子の姉妹だって信じてくれるなら、ということになるけれどね…」
佐伯先生は、目の前の満という記憶の中の円に瓜二つの少女が、ヴィスラーンという女占い師の姿に変化して、成長していったように錯覚していた。
「あぁ、そう言えば、突然最初の話に戻ってしまって悪いんだけど…。ピーターパンっているでしょ? 童話の中の、夢の国の王子様?みたいな…?」
「ピーターパン…?」
論点の跳びまくるヴィスラーンの話についていけず、佐伯先生は首を捻りながら呟く。
「私はね、ピーターパンっていうのは『永遠の国の王子様』なんかじゃないと思うのよ…。寧ろその逆ね…」
「逆?」
「そう、ピーターパンは自ら『永遠の国』を創りあげて、そこから出てこない…うーん、あ! 引き籠り?って感じだと思うの…。子供たちを永遠の時に導きたいんじゃなくて、永遠を繰り返す自分は独りぼっちで寂しいから、誰かに傍にいて欲しいんじゃないか、って…」
ヴィスラーンの言いたい結論に先回りするように辿りついた佐伯先生は、自虐的な微笑みを浮かべながら口を開いた。
「それが佐伯十三という人間だ、という話なのかな…? それじゃ寧ろ、ピーターパンじゃなくて、ハーメルンの笛吹きだろう…」
「さぁどうかしらね? それはともかく、夢の国の籠城戦は少しお休みして、外の世界の流れに身を委ねてみるのも悪い話じゃないのかもね…っていう気がしただけよ…。だから…さ…」
そこで一度言葉を切ると、ヴィスラーンの澄んだ瞳が優しい光を孕みながら、きらりとその輝きを増していった。
「延々繰り返される『時の牢獄』を抜け出して、あなたの忘れていた『もうひとつの楽園』を訪ねてみたら、少しは世界が変わるのかも…? できればクリスマスまでに、ね!」
どのくらいの時間が過ぎたのだろうか、佐伯先生がヴィスラーンの占い小屋を後にする頃には、周囲の空気はすっかり冷え切って、駅前広場のロータリーにも人通りは疎らだった。
通勤通学の人たちが背中を丸めて、白い息を吐きながら足早に過ぎ去っていく様子を、佐伯先生はただぼんやりとした気持ちで見送っていた。
ヴィスラーンと名乗る占い師の言葉を信じるならば、彼女はあの時自分を慕ってくれていた女子生徒、大路円の双子の姉ということになる。
それが事実かどうかは、たいした問題ではない。
仮にヴィスラーンが円本人だったとしても、ひと通りの思いは伝えることができたのだから。
そう、考えようによっては、佐伯先生の心を縛りつけていた鎖の一本が砕かれたといえるのかもしれない。
そうやって何本もの鎖で自らを縛りつけて、過去を悔いている誠実な人間を演じていたのかもしれないと、佐伯先生は思う。
全ては、中学校の教師として相応しい聖人君子たる自分の理想、その幻想を追いかけて、そこからはみ出した言動は絶対にしてはならないと、自分を律し続けていたのだろう。
それを繰り返し続けて成り立っていた佐伯先生の心象世界は、ヴィスラーンの語るような『夢の国』なんていう憧れと称賛の対象などではなく、あまりにも無味乾燥で脆弱な、砂上の楼閣のように朧げな存在なのだろう。
佐伯先生は、駅前広場の手近なベンチに力なく腰を下ろして、ふと灰色に曇った空を見上げながら、これからの自分の選ぶべき道に思いを巡らせる。
いきなり真剣に悩み始めた罪深き者の心境になって、あれこれと頭の中で考えたとて、そう簡単に結論に辿りつけはしないだろうと、佐伯先生は理解していた。
やがて灰色の空からは、悩める中学校教師の存在などお構いなしに、白く穢れを知らない妖精たちが舞い踊り始めていた。
―まったく、雪まで降ってくるなんて、出来過ぎにも程があるだろう―
粋な演出を次から次へと用意し続けるこの世界のゲームマスター、そう、言うなれば神様とでもいう存在なのだろうが、それに対する感心とも呆れとも取れる呟きを漏らす。
暫くそのままじっとしていると、まるで妖精たちが誰かに構って貰いたくて仕方がない様子で、佐伯先生の頭や肩に寄り添っては、少しずつ積もり始めていた。
駅前の踏切を通り過ぎていく列車の窓の明かりを幾度となく見送りながら、なおも佐伯先生は様々なことを考え続けていた。
そのうちに、自分自身でも、いったい何をそんなに真剣に考えこんでいるのだろうか、と理解ができなくなるくらいに、長いのか短いのか、ただ刻々と時間だけは過ぎ去っていった。
「あれ? 先生、何やってるんですか、こんなところで…? 風邪ひいちゃうじゃないですか! 悩みがあるなら、私で良ければ聞きますよ? 頼りないかもしれませんが、話してくださいよ…」
唐突に少女の声に話しかけられて、ぱっと反射的に顔を上げた佐伯先生の視界に飛びこんできたのは、完全防寒の重装備で元の華奢な身体を覆い隠した、元気そうなツインテールだった。
「何だ、お前か…」
せっかく声をかけた詩音にとって、その拍子抜け過ぎる佐伯先生の第一声は、さぞかし不満が募るものだっただろう。頬を膨らませた詩音の可愛らしい睨み顔が、すぐに抗議の声を上げる。
「何だ、じゃないですよ! せっかくこうやって可愛い教え子が、黄昏ている担任教師を心配して声をかけてあげてるんですから、ちょっとは喜んでくれても良いんじゃないですか?」
拗ねる詩音が言葉を紡ぐたびに、まるで漫画の吹き出しのように、吐き出した息が真っ白な塊になって、佐伯先生のほうへと流れてくる。
「お前は本当に元気だな…。っていうか、見てて飽きないやつだよな…。たぶんきっと、何年経ってもお前といれば飽きない人生を過ごせるんだろうな…」
「それじゃ、永遠に私が馬鹿なままみたいじゃないですか! 私だって、いつか先生に追いつけるように、追いこせるように頑張ってみせるんだから!」
「それじゃ、暫くお前のお手並みを拝見、ってことにしようか…」
佐伯先生は詩音の顔から眼を逸らすと、ちょうど詩音の小さな胸元からお腹の辺りをぼんやりと見つめながら、そんな言葉を呟いた。
「でも…先生は外国へ行っちゃうんでしょ? 私の手の届かない場所に行っちゃうんでしょ?」
「何も決めちゃいないさ。いや、決められないんだよ、情けないことに、な…」
寂しげな佐伯先生の呟きを黙って聞いていた詩音は、何を思ったか、唐突にダッフルコートの大きなフロントボタンを外して、ベンチに座ったままの佐伯先生の上半身を抱き寄せた。
冷え切った佐伯先生の身体は、頭と肩に白い小雪を乗せたまま、小柄な詩音にもたれかかるように、コートの下の詩音の温もりと胸の鼓動を感じて、不思議な癒しの力に包まれていく。
「私だって悩んでばかりで結論なんてちっとも出せないし、それはきっと大人の世界でも一緒でしょ? そのうちきっと納得できる妥協案?が浮かびますよ…」
「そこまで悩んで、結局妥協なのか…。お前らしいな、詩音…」
呆れたような口振りだが、ほんの少しだけ、佐伯先生は元気を取り戻したような気がする。
「あったかいなぁ、お前…」
「暖かいのは私じゃなくてダッフルコートですよ。それから、せっかく詩音って呼んでくれたのに、お前に戻っちゃったから、もう終わりです、終了です!」
「冷たいやつだなぁ、詩音は…」
「今さら遅いです! っていうか、どっちなんですかね、それ…」
「そんなのどっちでも、お前には違いないだろ?」
佐伯先生はそう言いながら、詩音のコートから身体を離し、ふと思いついた疑問を口にする。
「で、何でお前がこんな時間にここにいるんだ? 夜遊びは認めないぞ?」
「あぁ、夜遊びなんかじゃないですよ? いきなり環さんに『急いで駅前に来て欲しい』って呼び出されて…」
そう告げる詩音は、不思議そうに小首を傾げて、改めてじっと佐伯先生を見つめなおした。
「あれ…? まさか、騙された…のかな、私…?」
◇95 再会は雪の街角 に続く
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●ご注意
この小説は、原則的に毎週月曜日の10:00に更新する、連載形式の作品です。
現在は、第七章を2024/9/30より掲載中となります。
初めまして&こんにちは、真鶴あさみです。
ずるずると続いているこの作品もついに七章まできました。もう暫くは続きますので、これからも是非よろしくお願いします。
近頃は、少しずつTRPGという趣味も復活しつつあるようで、様々な趣向を凝らしたシステムをショップで見かけるようになりました。
奥が深く、一見とっ付きにくい世界ではありますが、見ているより体験するほうが簡単なものなので、ご興味を持っていただければ嬉しいです。
挿絵画像は相変わらずの、KISS「カスタムオーダーメイド3D2(COM3D2)」で作成しています。シーン適合率が低いのはお許しください。
AIイラストも現在試行錯誤中ですが、なかなか絵柄とキャラが安定しないので困っています。
ご意見ご感想、AIイラスト他、お寄せくださると嬉しいです。
■「ちちぷい」(https://www.chichi-pui.com/users/user_uX43mFCS2n/)にてAIイラストを試験公開中。「よよぼう」関連以外もあります。
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