◆84 忘却という名の輪舞
「よよぼう」第六章までのあらすじ
RPG同好会を設立した中等部二年の西原詩音は、個性的な仲間たちと親交を深めていく。そして、もうひとつの詩音の願いは、担任教師の佐伯十三との恋の成就だった。
季節は巡り、晩秋の体育祭で先輩の神楽楠葉との勝負に負けた詩音は、それでも気丈に自身の努力を続けるが、その裏で樟葉の計画が着々と佐伯先生を追い詰めつつあった。
一方、詩音に想いを寄せるクラスメイト、越谷漣の存在も明らかになり、詩音の周囲の恋模様はさらに混迷を極めていく。
クリスマスを目指して、詩音たちRPG同好会の仲間たちは、各自の胸に秘めた想いの実現に向けて、いよいよ本格的に行動を開始する…。
主な登場人物
□女性/■男性
《RPG同好会の面々》
□西原 詩音
担任の佐伯先生に想いを寄せる中等部二年生。RPG同好会の会長だが、威厳の欠片もない引っ込み思案娘。
何故かトラブルに好かれる体質で、意地と気合で難題に立ち向かう、出たとこ勝負の精神的ハリボテ勇者。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップ『Colline Blanche』の看板娘。明るくマイペースなボクっ娘で、根っからの商売人気質。
店に集う年下の子供たちからは人気の高い姉貴分だが、従兄の謙佑に初恋のリベンジを誓う乙女でもある。天邪鬼な鉄砲玉トラブルメーカー。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで隣のクラス。体操部の期待の星でもあり、男女問わず人気の高いスタイリッシュ女子。
毒舌系百合剣士といったクールな雰囲気ながら、人情に脆い苦労人。実質的な詩音たちのストッパー兼防波堤。
■島本 涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトで家もお向かいさん。夢莉にあからさまな挑戦を続ける残念トリックスター。
夢莉にいいように使われつつ、思慮深く陰ながら支える縁の下の力持ち。自称、ジョナサンの兄貴分。
□山科 美雅
中等部一年の体操部員。夢莉を目標に鍛錬を欠かさぬ努力家。気分屋で周囲から孤立しがちな人見知りツンデレハリネズミ娘。
複雑な家庭環境のせいでかなり達観した言動も多い。戸籍上は笹嶋姓となったが、学校内では山科で通している。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生で、地元名家の一人娘。完璧主義で融通の利かない修道女的性格も、詩音たちの影響で丸くなりつつあり。
実際は、次期当主としての境遇と自分自身の目標に悩む年相応の少女であり、渾名の「鋼鉄の冷嬢」とは程遠い温和な性格。詩音のライバル?を公言中。
■ジョナサン ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪男子。美雅のクラスメイト。明るく陽気な爽やか系男子で、編入早々から女子の注目度も高い。涼太とは凸凹コンビの間柄。
偶然か必然か、詩音の遭遇するトラブルの救世主的な存在で、詩音にとっては微妙に気になる存在。
《その他の人物たち》
□メアリー ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪女子。初等部六年生の快活児童。ジョナサンの妹で、かなり偏りまくった日本文化に憧れている。
次世代RPG同好会の予備軍として、詩音たちに帯同することも多い。容姿も年齢以上に早熟可憐で、詩音や彩乃のコンプレックスの源になることも。
■佐伯 十三
詩音と彩乃のクラス担任の国語教師。RPGの造詣も高く、心理描写重視の演劇スタイルが得意。なし崩しにRPG同好会の責任者となる。
詩音の憧れの存在であり、生徒からの評判も良好の好青年だが、環との経緯から生徒との距離感に戸惑いを感じる一面も。
■鷹取 謙佑
ホビーショップ『Colline Blanche』のアルバイトの大学生。彩乃の従兄。RPGのほか、様々な玩具に詳しい。
相応にイケメンだが、かなりアバウトな性格で、一見掴みどころがない存在。彩乃の良き相談相手であり、目下の攻略目標。
□道脇 環
RPG雑誌『月刊TTM』の編集部員で、謙佑の先輩。気さくなゴスロリ美女。本名は「大路 円」。
過去の自分に似た境遇の詩音に、分不相応な過大な期待を抱いているようで、半ば世話焼きのお節介お姉さんと化している。
□宮津 綺夏
美雅のクラスメイトの明朗少女。クラスで孤立しがちな美雅を気にかけ、様々な変化のきっかけを作る。やがて美雅にとってかけがえのない親友となる。
美味しいものと可愛いものに目がない現代っ子で、アクティブな行動派のわりに細部はかなり大雑把な性格。躊躇する人の背中をそっと押すのが得意。
■越谷 漣
詩音のクラスメイト。突然詩音に大胆告白をした、もう一人の勇者。
落ち着いた穏やかな性格だが、詩音に関してはかなりの情熱家で、涼太やジョナサンを仮想敵に考えている模様。
洞察力に優れ、佐伯先生より早く詩音の長所に気付くなど侮れない存在。
■吉川 響
詩音のクラスメイトで、越谷の友人。詩音の事になると見境のない越谷の手綱を握る役目。口調は荒いが常識人で善人ではある。
小学生の妹のおかげで、女子に対する希望的感情は希薄。風歌とも仲間感覚でのフランクな友人関係にある。
□赤木 風歌
詩音のクラスメイトで。クラスを引っ張るまとめ役的なさっぱり系。小麦色が健康的な姉御肌。お祭りやイベントが大好きでとことん楽しみ尽くすタイプ。
体育祭の男女混合騎馬戦で詩音や越谷、吉川と組んだことで、思いがけず詩音と越谷の、というより詩音の相談相手になっていく。
◆84 忘却という名の輪舞
神楽本家の屋敷、応接室での会談はなおも続いていた。
樟葉の父にして当主の威厳溢れる紳士、墨染の口が再び開かれると、佐伯先生にとって決定的ともいえる言葉を冷静な声音で紡ぎ出す。
「失礼を承知で言わせて貰うのだが、君の最大の問題は、常に過去を過去にし続ける事であると、私はそう考えているのだが、どうだろうか? 君自身、何か思い当たる節はあるのではないかな?」
「過去を過去にし続ける…? お父様、それはどういう意味なのですか?」
墨染の言葉に佐伯先生が反応するより早く、その隣に座った樟葉が疑問を口にする。
「そうだね、佐伯先生の経歴を追っていくうちに、個人的にふと気付いた事なのだが、佐伯先生が何故、中学校教師という職を選んだのか、という点にも少なからず絡んでくる問題だと、私はそう睨んでいる…」
「どういう事なのか、わかりやすく説明して、お父様!」
樟葉からしてみれば、目の前で佐伯先生の過去や育成環境に対してのあらぬ疑惑というか、否定的な発言が自分の父親から為されているわけで、不愉快極まりない状況ではある。
「まぁ、樟葉、少し落ち着きなさい。別に佐伯先生の生き方を全面的に否定しようという訳ではないのだからね。ただ凡そ、人生の過ごし方とその覚悟の問題ではあるだろう」
佐伯先生は何か思うところがあるのだろう。真剣な表情のままで墨染の言葉を聞いている。
「先生のお父様は産業化学系の技術者さんだったようだね。そしてお母様は小学校の教員をされていたと…」
「はい…」
大きく頷いて佐伯先生は肯定した。樟葉にとってその情報は初耳だったが、さほど驚くべき内容でもない。
「幼稚園、小学校、そして中学校からは私立に進んで…その度に身の周りの交友関係が変化しているね。つまり、人間関係の継続性が殆どない…」
「自宅が丁度学区の境にありましたから、通っていた幼稚園は隣の学区で、小学校には殆ど引き続きの友達もおらず、また、当時は中学受験をする者も少なくて、その学校に私の小学校から進学したのは、どうやら私を含めて二人だけのようでした…」
佐伯先生は当時を振り返るように説明する。
樟葉は初等部から今の学校に通っているので、佐伯先生の育ってきた環境については、あまり具体的な想像ができない。
長らく同じ顔ぶれの友人と接しながら、エレベータ式に進学を果たした樟葉の周りには、良くも悪くも一種固定的な人の縁、簡単に言えば親しい友人グループというべきものが自然と形成されてくる。
しかし、佐伯先生のように節目節目で友人関係がシャッフルされるような環境ならば、その都度、何もかもを一から再構築していかねばならない。
「その事を踏まえての私の勝手な想像なのだがね、佐伯先生…。そう、例えば、先程の話の君に好意を寄せていた二人の女性だが、両方とも手放してしまった事に対して、いわゆる後悔というものは無いのかな?」
「後悔…ですか…。そうですね、今にして思えば出来ることはいろいろあったと思いますし、もっと良い解決策があったとは考えています。もし、それをその時の自分が行えていたら、選んでいたら、きっと今の生活は大きく変わっていただろうとは感じています。それを果たして後悔と呼んで良いものかどうかは、判断に困りますが…」
それが現在の佐伯先生の嘘偽らざる心境なのだろう。真っ直ぐに墨染の目を見つめ返しながら、佐伯先生の迷いのない返答が続いた。
「私の推察では…君は常にリセットできる人間関係の中での生活を、意識的にか無意識的にかは判らないが、どうも自ら望んでいるように感じられるのだが、どうだろうか?」
「リセット…」
「お父様、それはどういう…」
困惑を始めた佐伯先生を庇うように、慈悲の女神、慈愛の修道女的な樟葉の一面が表面化していく。
「例えば、小学校の先生ならば、凡そ六年間に渡って同じ児童の顔を見ていることになる。直接担任になるのは一年あるかどうかかもしれないが、とある児童側の視点では六年もの間、縁のある先生という事になる」
「それが何だというのですか? ごく当たり前の話でしょう?」
佐伯先生の代わりに、少々興奮気味の樟葉が矢面に立って、墨染の言葉を受け流す。
「高校というのも複雑で、僅か三年ではあるが、大学受験や就職活動など人生の岐路となる時期ゆえに、場合によっては、ある教師がその生徒の最後の恩師になり得る。つまり、永遠の先生として深く記憶に刻まれてしまう可能性がある…」
「それは確かにそうですね。仰る通りだと思います」
佐伯先生は話の流れが掴めないままに同意を示す。
「その間の中学生というのは、これまた微妙な年頃ではあるが、大人でも子供でもない…ある意味で将来の基盤を創りあげる潜在的な影響力のある時期であり、また同時に、一種の通過点、すぐに新たな経験で上塗りされてしまう、言わば人生という絵画の下絵や下塗りのようなものだと思えるが、どうだろうね…」
「それでは、お父様は中学の教師は簡単な、楽な仕事だと言うのですか? それは佐伯先生に対してあまりにも失礼だし、非常識だと思います!」
さすがに『鋼鉄の冷嬢』という頑なさを象徴するような二つ名を持つ樟葉である。自分の信念の正当性を疑いもせず、父親に対しても真っ向から自分の意見を堂々と胸を張って主張する。
「まぁ、話を聞きなさい。別に私は中学校の先生を馬鹿にする意図はないよ。それでも、過去でも未来でもない、とある現在という名の一瞬…僅か三年間を延々と繰り返すことが、佐伯先生自身にとっても、また様々な態度で接してくる生徒たちにとっても、幸せな…ある種の永遠の通過点、刹那の理想的共有世界…とでも言うようなものだと、私は思うに至ったのだよ。些か深く考え過ぎているのかもしれないがね…」
「ぴぃたぁぱんしんどろぉむ?」
ファンタジーRPGの冒険譚も佳境に入った頃、とある小国の姫君役の詩音はそんな言葉を呟いた。
妖精の世界に招かれた姫君は、そこで不思議な少年に出逢う。時の止まった世界だというその場所で、自分と一緒に永遠の幸せの中で暮らしていかないか、と魅惑的なプロポーズ?をされた瞬間の発言である。
詩音だって、時には漠然とそんなことを考えたりもする。そう、時間の止まった世界…というより、このままずっと永遠に笑顔のまま、何も変わらなければいいのになぁ…などという、他愛もない夢物語の妄想である。
いわゆる「大人になりたくない症候群」というものの、心理学的な用語である。
もちろん、そこに至る経緯や理由は様々あるわけだが、例えば信頼や尊敬に値する大人がいないとか、逆に自分に悪影響を与え得る大人が多いとか、或いはぶっちゃけた話、今までの手厚い庇護や援助を失いたくない、つまり自立したくないという困ったものまで、まさに十人十色なのだ。
詩音自身、将来の夢は朧気に描きつつあるし、叶うかどうかはさて置いて、好意を寄せる相手もできた。まぁ些か一方的な話ではあるが…。
それを実現するためには、遅かれ早かれ成長していかねばならないこともわかっている。
大人になるということがどういう事なのか、具体的なイメージこそ掴めてはいないが、蛹が蝶になるように、ある日突然生まれ変わって、別人のように振舞えるわけではないということだけは理解していた。
「そうそう、この妖精の世界では時間という概念がないので、歳をとって老いていくこともないし、勿論亡くなってしまうこともない」
ゲームマスターの男性がそう説明をしてくれる。
「ボクと契約して、永遠の命を…」
その場にいないはずの姫君の親友役の青年が茶々を入れてくる。
「まぁ、そういう事にはなるね」
ゲームマスターの男性は、特に影響を受けるでもなくそう言いながら、詩音の顔をじっと窺った。
ちょうど佐伯先生と同じ歳くらいだろうか、僅かに太めのどっしりとした体格ながら、人当たりの良さそうな優し気な視線が詩音に注がれている。
よくよく考えてみれば、詩音はRPGという趣味に嵌りこむ以前には、超がつくほどの人見知りというか、引っ込み思案でおどおどするばかりの、自分でも呆れかえるような性格だったはずなのに、今となってはすっかり社交的な、普通の女子中学生らしくはなってきている。
いつから変わったのかなんて、思い返してみても思い当たる節はない。ただ日々自然にRPG同好会の仲間たちと活動をするうちに、気がついたらこうなっていた、というのが実態である。
「あたしはここに残るよ! いいじゃないか、永遠に終わらない舞踏会なんてさ、ほんとまさに夢のようだね…。今から貧民街に戻って延々とその日暮らしを続けるなんて、あたしゃ御免被りたいね…」
姫君の詩音と同じように妖精の世界に招かれた「踊り子」夢莉がそう言って寂しく微笑む。
「私は…、変わっていきたいな…。失敗もするし、嫌なことも悲しいこともいっぱいあるとは思うけど、これから先も、私は変わっていきたい、と思う…」
姫君詩音は踊り子夢莉と真逆の答えを導き出した。それは姫君の決意であると同時に詩音自身の決意でもあった。
「そうか、君は帰るんだね、あの刻の川の向こうに…」
妖精世界の少年は何処か寂し気な微笑みで姫君を見つめていた。
「それじゃあ、残念だけどこれでお別れだね。でもこれだけは忘れないで…。時間は薬でもあり毒でもあるんだ、そしていつか最後に何もかも全部が消えてしまうんだ。とても哀しいことだけどね…」
◆85 迷う事なき決断 に続く
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この小説は、原則的に毎週月曜日の10:00に更新する、連載形式の作品です。
現在は、第七章を2024/9/30より掲載中となります。
初めまして&こんにちは、真鶴あさみです。
ずるずると続いているこの作品もついに七章まできました。もう暫くは続きますので、これからも是非よろしくお願いします。
近頃は、少しずつTRPGという趣味も復活しつつあるようで、様々な趣向を凝らしたシステムをショップで見かけるようになりました。
奥が深く、一見とっ付きにくい世界ではありますが、見ているより体験するほうが簡単なものなので、ご興味を持っていただければ嬉しいです。
挿絵画像は相変わらずの、KISS「カスタムオーダーメイド3D2(COM3D2)」で作成しています。シーン適合率が低いのはお許しください。
AIイラストも現在試行錯誤中ですが、なかなか絵柄とキャラが安定しないので困っています。
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■「ちちぷい」(https://www.chichi-pui.com/users/user_uX43mFCS2n/)にてAIイラストを試験公開中。「よよぼう」関連以外もあります。
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