表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よよぼう ~あの世とこの世の冒険譚  作者: 真鶴あさみ
ゲーム部を目指して
8/112

◇7 初めての経験

●ご注意

 この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。

 既存部分の掲載に引き続き、新作部分を連作小説形式で公開していきます。



●主な登場人物

 □女性/■男性


西原にしはら 詩音うたね

 担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。


白岡しらおか 彩乃あやの

 詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。


香坂こうさか 夢莉ゆうり

 詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部に所属。


神楽かぐら 樟葉くずは

 図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。


佐伯さえき

 詩音と彩乃の担任の国語教師。


涼太りょうた

 詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。


鷹取たかとり 謙佑けんすけ

 ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。


水野みずの

 夢莉の担任の体育教師。


◇7 初めての経験


 「突然だが、今、君たちは小さな洋館に取り残されている。楽しみにしていた小旅行だというのに、窓の外は生憎の大嵐。たとえ館の外に出たとしても、ここは四方を海に囲まれた小島だ。時刻は間もなく夜の7時。夕食のために皆は食堂に集まって、思い思いの話題に花を咲かせていると、激しい雷鳴の合間合間に、誰かの叫びのような女性の声が、遠く微かに耳に届いた…」

 佐伯先生が静かな声でそっと語り始める。

 まぁ、いわゆるゲーム序盤の展開あるある、といった趣の内容だが、詩音にとってこの出だしはとても違和感のあるものだった。

 RPGの冒頭といえば、昔話が「昔々あるところに…」から始まるのがお約束のように、詩音たちプレイヤーの演じるキャラクターそれぞれに、依頼とか募集とかの形で何かがもたらされるのが普通だろう。

 それらを請けるかどうかは、そのキャラクターの、つまりはそのプレイヤーの気分次第ではあるものの、物語の展開として、依頼を請けなければそれ以降の話に加わるのはかなり困難だ。場合によっては、物語の舞台から一方的な退場を余儀なくされる。

 だから当然のように、多少の不自然さを承知で、強引に目の前の餌に食いつくしかない。

 確かに、傍から見ればあまりにも無理矢理な流れであり、過去に何度か詩音自身がゲームマスター、つまり進行役を引き受けた際にも、さすがにこの展開は…と首を捻った覚えがある。

 そんな詩音の心のもやもやを、佐伯先生は僅か数分の冒頭陳述で解消してみせた。

 ―そんなのもアリなのか―

 まさに目から鱗というやつである。

 「センセ、まだボクたちキャラ作ってないんだけど…」

 彩乃がそう言うのも無理はない。

 放課後、詩音たちいつもの三人組と、なぜか樟葉先輩までもが研修室に集まるや否や、佐伯先生は唐突に皆を席へと座らせ、あの長い冒頭陳述を始めたのだった。

 大抵のRPGにはゲームの前の下準備というものがある。これがまた少しばかり面倒なもので、数々のダイス、つまりサイコロを振ってランダムにキャラクターの能力値を決めたり、得られる技能や魔法の種類を選んだりする。

 慣れてくればそうでもないが、初心者のうちは、このメイキングの作業だけで半日ものだったりする。RPGがとっつきにくいといわれる原因でもあり、反対にここまでで力尽きて、冒険に出る前に満足してしまうプレイヤーも多いらしい。

 「よし、それではキャラメイクを始めてもらおうか。前に使ったことのあるキャラがいれば、それでもいいぞ」

 ことも無げに佐伯先生はそう続ける。

 「あの、佐伯先生、どうしてキャラメイクが導入のあとなんですか?」

 詩音はふと頭に浮かんだ疑問をぶつけてみた。

 詩音本人も、ルールブックにサンプルとして掲載されているこのシナリオは読んだことがある。もちろん冒頭は先ほど述べたお約束の導入から始まっており、すでにキャラメイクを終えたプレイヤーが、それを了解するかどうかという流れのはずだ。

 あえて佐伯先生がこうした逆の手順を踏むからには、それ相応の理由があるのだろう。

 「孤島の館で大嵐、こんな状況で「飛行船操縦」技能とか、「スケートの達人」技能とか、必要か?」

 「そりゃあ、…いらないですね」

 そう詩音が答えると、佐伯先生が続ける。

 「だったら、今回はこんな感じですよ、ってのを先に提示して、必要そうな技能に絞ってポイントを使ったほうが良いだろう?」

 「確かに…」

 考えてみれば、それもそれでご都合主義ではある。

 ごく普通の人間が当たり前に持っている技能なんて、死霊や悪魔に対抗するような圧倒的な力であるはずがない。駅前の占い小屋のお姉さんに、いきなり悪魔祓いをしろというようなものだ。

 だが、ゲームの中のキャラクターはヒーローだ。ヒーローならばそれなりの心得というものがあって然るべきだとも思う。どんな時でも難題に対処できる、強靭な体力と精神力を持ち合わせてナンボだ。どんなに優秀な料理人を極めても、悪魔の前では赤子同然だろう、何処かのハリウッド映画でもあるまいに。

 「すみません、先生。私はどうすればいいのですか? 全然理解が追いついていかないのですけれど…」 

 戸惑いに満ちた樟葉先輩の言葉が、縋るように佐伯先生に向けられる。

 「あーそっか、とりあえずキャラを作るんですよ、樟葉先輩」

 隣に座る彩乃が、ルールブックとチャート集を見せながら、おもむろに説明を始める。もともと頭の回転が速い樟葉先輩は、ふむふむと逐一頷きながら彩乃の指示に従った。

 「なんとなくゲームの説明はわかりましたけれど、そうではなくてですね、どうして私がこの場にいる必要があるのか、ということです」

 樟葉先輩の疑問も至極当然ごもっともである。確かに場違いこの上ない雰囲気の真っ只中に、まったく関係がないはずの樟葉先輩の不思議な存在感が、燦然と輝いているのだ。

 「やっぱり結局、そこに行き着きますよねぇ…」

 夢莉が、ほら見たことかという口調で返答する。

 「当然でしょう? あなたたちが佐伯先生と何をしようと構いませんし、研修室を使いたいというなら別に、騒がず静かにしてくれさえすれば問題ないわけで…」

 「そこなんだが、神楽、ひとつ提案があってだな…」

 佐伯先生が続きを言う前に、ひくりと樟葉先輩の目元が反応する。まぁ、この展開なら誰であっても凡その察しはつくということなのだろう。

 「それは、何というか…、別に却下しても構わない提案なのですか? それとも決定済みの既定路線というわけですか?」

 言外に戸惑いを隠しきれない樟葉先輩の発言に、さすがの佐伯先生も咄嗟に言葉を返すことができず、暫しの沈黙が研修室を支配した。

 やがて、沈黙を破り、詩音が口を開いた。

 「あのぅ、樟葉先輩。とりあえず一度プレイしてみて、どう思ったか聞かせてください。それでもし、合わないなって思ったら、ごめんなさい。でも、もし何か興味を持ってもらえたら、その…」

 卑怯とはこのことだろう。上目遣いでうるうるさせた瞳で見据えられると、さすがの樟葉先輩も無下にはできまい。

 「も、もぅ…わかったわ。わかったけれど、今回だけよ…」



 その後の展開は恐ろしく速かった。

 いつも三人でプレイすると、決まって何時間もかかる内容だったが、佐伯先生の手慣れた好判断で、大胆かつ確実に要点だけを汲み取って進んだシナリオは、僅か二時間足らずに圧縮されて大団円を迎えた。  

 もちろん、初心者にして初体験の樟葉先輩にとっても、非常にわかりやすく感慨深い展開になったことだろう。

 シナリオ開始当初の無理矢理付き合わされているといった雰囲気は微塵もなくなり、終盤に至っては薄っすらと涙さえ浮かべて感情移入しまくりの台詞を連発していた樟葉先輩の様子は、詩音たちにとっても新たな発見でもあった。

 「…こうして君たちは、再びこの街に戻ってきたわけだが、これからの君たちがどうなっていくのか、あの館の出来事は果たして現実だったのか、それは君たちのみぞ知る…。ということで終了です、お疲れ様」

 佐伯先生がそう締めると、安堵ともいえる溜息が研修室にいた皆の口から一斉に漏れた。

 正直言って、詩音は全身脱力感に包まれていた。たかが二時間程度のゲームをプレイしただけで、ここまでへとへとに疲れ切ってしまうなんて、完全に予想外のことだった。

 彩乃は椅子の背もたれにそっくり返って、あぁー、と力ない声を上げているし、夢莉も珍しく机に突っ伏して力尽きていた。

 樟葉先輩は半ば放心状態でひっくひっくとしゃくりあげており、この状況を他の誰かに見られたら、明らかに妙な誤解を生じてしまうだろうと思えた。

 「どうしたんだ三人とも。お前ら、何度か経験あるんだろう? 初めての神楽はともかく、何でお前らが力尽きてるんだ?」

 「いや、先生、その発言は、また誤解を生みますから…」

 机に張り付いたまま、夢莉がそう口を開く。その傍らには未だに作動中の赤ランプがついたままのボイスレコーダーがあった。先ほどの問題発言もそっくりそのまま記録済みだ。

 「まだ録ってたのか」

 何気なく呟いた佐伯先生の言葉に反応して、彩乃が復活の狼煙を上げる。

 「心配しないでください、センセ。ボク、今日のことは絶対誰にも言いませんから…」

 「あのなぁ、彩乃…」

 まるで漫才でも見ているような掛け合いを横目に、詩音は樟葉先輩にそっと声をかける。

 「大丈夫ですか? 樟葉先輩…」

 その瞬間、はっと我に返ったようにぴくりと反応した樟葉先輩の背中が、大きく震えた。

 「え、えぇ、なんというか、その…」

 言葉にできないもどかしい感情が、樟葉先輩の心の何処かで疼いているのだろうと、詩音はそう察していた。

 「初めての神楽には少々刺激が強すぎたかもしれないな」

 「センセ、わざとやってるでしょ?」

 調子に乗りすぎだよ、という彩乃の指摘ももっともだろう。僅かに睨むような眼になりつつ、彩乃は佐伯先生に抗議の視線を送る。

 「え、と、大丈夫…です。それと…」

 暫し迷うように視線を彷徨わせたのち、躊躇いがちに樟葉先輩が告白する。

 「私のことも、樟葉って呼んでいただいて構いません」




◇8 神楽樟葉に続く

●ご注意

 この連作小説は、2023/4/1より当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。

 2023/4/8より毎朝10:00に各章を順次公開しますが、分割にあたって変更した部分はありません。

 既存部分の掲載に引き続き、新作部分を連作小説形式で公開していきます。新作部分のスケジュールは現在検討中です。


 作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。

 画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。


 ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。

 よろしければ、短いもので構いませんので、ご意見ご感想をお寄せいただけると励みになります。

 是非ご支援よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ