◇73 荊姫の純なる願い
「よよぼう」第五章までのあらすじ
突然の思いつきでRPG同好会を立ち上げた、中等部二年の西原詩音は、様々な伝手で強烈な個性の仲間たちを集めていく。しかし、その隠されたもうひとつの目的は、憧れの担任教師佐伯十三との縁を深めることにあった。
波乱の夏が過ぎ、秋も半ばを迎えるころ、RPG雑誌編集者の道脇環が、かつての佐伯先生の教え子であり、詩音同様の想いを抱いていたことが判明する。過去の環を継いで決意を新たにした詩音は、もうひとつの将来の夢を胸に抱き始める。
同じころ、後輩の山科美雅は、複雑な家庭事情を巡って悩んだ末に、ついに実父と暮らすことを決意し、笹嶋美雅となる。
秋の終わりが近づく中、それぞれの想いと願いが次第に明らかになっていく。と同時に、その入り組んだモザイク模様のパズルはより一層複雑さを増していく…。
主な登場人物
□女性/■男性
《RPG同好会の面々》
□西原 詩音
担任の佐伯先生に想いを寄せる中等部二年生。RPG同好会の会長だが、威厳の欠片もない引っ込み思案娘。
何故かトラブルに好かれる体質で、意地と気合で難題に立ち向かう、出たとこ勝負の精神的ハリボテ勇者。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップ『Colline Blanche』の看板娘。明るくマイペースなボクっ娘で、根っからの商売人気質。
店に集う年下の子供たちからは人気の高い姉貴分だが、従姉弟の謙佑に初恋のリベンジを誓う乙女でもある。天邪鬼な鉄砲玉トラブルメーカー。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで隣のクラス。体操部の期待の星でもあり、男女問わず人気の高いスタイリッシュ女子。
毒舌系百合剣士といったクールな雰囲気ながら、人情に脆い苦労人。実質的な詩音たちのストッパー兼防波堤。
■島本 涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトで家もお向かいさん。夢莉にあからさまな挑戦を続ける残念トリックスター。
夢莉にいいように使われつつ、思慮深く陰ながら支える縁の下の力持ち。自称、ジョナサンの兄貴分。
□山科 美雅
中等部一年の体操部員。夢莉を目標に鍛錬を欠かさぬ努力家。気分屋で周囲から孤立しがちな人見知りツンデレハリネズミ娘。
複雑な家庭環境のせいでかなり達観した言動も窺える。戸籍上は新たに笹嶋姓となったが、学校内では山科で通している。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生で、地元名家の一人娘。完璧主義で融通の利かない修道女的性格も、詩音たちの影響で丸くなりつつあり。
実際は、次期当主としての境遇と自分自身の目標に悩む年相応の少女であり、渾名の「鋼鉄の冷嬢」とは程遠い温和な性格。詩音のライバル?を公言中。
■ジョナサン ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪男子。美雅のクラスメイト。明るく陽気な爽やか系男子で、編入早々から女子の注目度も高い。涼太とは凸凹コンビの間柄。
偶然か必然か、詩音の遭遇するトラブルの救世主的な存在で、詩音にとっては微妙に気になる存在。
《その他の人物たち》
□メアリー ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪女子。初等部六年生の快活児童。ジョナサンの妹で、かなり偏りまくった日本文化に憧れている。
次世代RPG同好会の予備軍として、詩音たちに帯同することも多い。容姿も年齢以上に早熟可憐で、詩音や彩乃のコンプレックスの源になることも。
■佐伯 十三
詩音と彩乃のクラス担任の国語教師。RPGの造詣も高く、心理描写重視の演劇スタイルが得意。なし崩しにRPG同好会の責任者となる。
詩音の憧れの存在であり、生徒からの評判も良好の好青年だが、環との経緯から生徒との距離感に戸惑いを感じる一面も。
■鷹取 謙佑
ホビーショップ『Colline Blanche』のアルバイトの大学生。彩乃の従兄。RPGのほか、様々な玩具に詳しい。
相応にイケメンだが、かなりアバウトな性格で、一見掴みどころがない存在。彩乃の良き相談相手であり、目下の攻略目標。
□道脇 環
RPG雑誌『月刊TTM』の編集部員で、謙佑の先輩。気さくなゴスロリ美女。本名は「大路 円」。
過去の自分に似た境遇の詩音に、分不相応な過大な期待を抱いているようで、半ば世話焼きのお節介お姉さんと化している。
◇73 荊姫の純なる願い
研修室の緊張の空気は俄かに膨らんでいった。誰もが固唾をのんで美雅の発言に注意を向けている。そんな空気を嫌ったのか、美雅は曖昧な苦笑いを浮かべて、僅かにお茶を濁しにかかった。
「い、いやだなぁ、皆、何でそんなに食いついてくるんですか? 別に大した話じゃないですよ?」
ことの発端はこの場にいない樟葉のデート宣言だった。佐伯先生とのデートを止めたければ、体育祭で赤軍に勝ってみせろと、詩音に果し状を突きつけたのだという。
話は実にシンプルだが、何故に、どうしてといった感の否めない展開だった。
だが、どうやら美雅には思い当たる節があるらしい。そこで一同は、樟葉の代理の証言者として、美雅を尋問することにした、という顛末だ。
「で? いったいどういうことよ?」
やはり先陣を切るのは夢莉の役目である。皆の視線を一身に受けながら、美雅はやけくそ気味に話しはじめる。
「私と樟葉先輩って、大雑把に言うと、まったく正反対な家庭環境っていう気がするんですけど、本人同士の性格としては、実はとても似ているのかな、とも思うわけですよ」
「まぁ、美雅の家庭事情はいろいろと複雑みたいだし、片や深窓の御令嬢という感じだしね…」
彩乃がさり気なくライバルの事情を察して、遠回しに理解を示す。
「やまし…美雅ちゃんの…」
「あー、別に『山科』で構いませんよ。学年途中で名前が変わるとか、混乱しかしないですし、学校ではずっと『山科』名義で通していますので…」
何かを言いかけた詩音を遮って、美雅は個人的な状況を説明する。大事なのはどう呼ばれるかではない。山科だろうが、笹嶋だろうが、美雅だろうが構わないのだと、美雅は理解していた。
「ほぉー、じゃ俺は当面『山科』呼びで行くぜ?」
「涼ちゃん、もともと人の名前覚えるの苦手だしね…。で、樟葉先輩と美雅ちゃんが似ているって、どういうこと?」
改めて詩音が話の核心に踏み込む。皆の視線が再び美雅に突き刺さる。事情を知らない第三者が見れば、まさに虐め、吊るし上げの構図である。
「私の個人的な直感なんで、根拠なんか全然ないんだけど、私が、正直ぶっちゃけた話、クラス…というより学校の生徒たち全員に、もちろんRPG同好会の人も含めてなんですが、抱いているもやもやした感情というか…、なんとも具体的な言葉にし難いんですけど、その感覚って、恐らく樟葉先輩が心に抱えている何か? に近いのかな、と…」
「うーん、わかんねぇ…わかんねぇなぁ…。わかるか、兄弟?」
あまりにも抽象的で雲を掴むような話であるがゆえ、涼太は早々にギブアップ宣言を発して戦線離脱を図る。話の矛先を向けられたジョナサンンも、困惑の表情でお手上げのポーズをするだけだった。
「例えるなら、何かあるかな?」
詩音はめげずに真相究明に向けて挑戦を続ける。この不屈の精神、悪く言えばしつこさでもあるが、それも詩音の長所なのだろう。
「そうですね…。そう、私、最初は会長先輩が大嫌いでした…」
「うわぁ…」
美雅の語る新たな切り口が、抉るような鋭さで詩音を突きさす。が、詩音の代わりに奇妙な悲鳴を上げたのは彩乃のほうだった。
「持っている素質はいろいろあるのに、頑張れば手に入るかもしれない様々なことに、挑もうとせずに立ち竦む…。しかも常に他の誰かを当てにし続ける。正直なところ、私の立場では望んでも得られない素質というか、機会というか、環境みたいなものが一通り全部揃っているのに、どうしてこの人は何もしないんだろう? もしかしたら、この人は相当のお馬鹿なんじゃないか? と…」
「うわぁうわぁ、痛い痛い!」
辛辣な言葉の続く美雅の意見が淡々と響く中、重苦しさを中和するようにおどけて転げまわる仕種の彩乃が救いになっていた。
「別に会長先輩だけじゃなくて、クラスメイトの子たちも、先生たちの中にだってそういう人が山ほどいて、何で誰も最初の一歩を踏み出そうとしないのかと、関係ない私のほうが苛々を募らせちゃったって感じですかね…」
「で、どうしてそれが樟葉先輩と同じ、ってことになるの?」
ここぞとばかりに夢莉が話を詰める。いよいよ迫った話の核心が、ついに美雅の口から語られていくはずだ。
「恐らく、ですけど、樟葉先輩も周りからずっと、やっかみ半分の羨望の視線を受け続けてきて、何でこの人たちは、他人に愚痴をこぼす前に目の前の掴めるチャンスに挑まないのだろう、と考えていたはずだと…。きっと本人が思っている以上に、チャンスなんてそこら中に転がっているし、上手く嵌る素質だってあるはずだろうと思うから、手をこまねいてその場に立ち止まっちゃう人には、私と同じくらいモヤモヤして…。むしろ自分を妬んでくる人がいるぶん、私よりムカムカ度は大きいのかもしれないですね…」
「美雅、あんた毎日、そんなこと考えて暮らしてるってわけ? めんどくさい性格してるわね、今更だけど」
呆れ顔の夢莉が、美雅を理解しつつも困惑の表情を浮かべて溜息をつく。
「ブルジョワにも、プロレタリアートにも、それぞれの悩みがありますね」
若干のピントのずれた理解力のジョナサンが、微妙な言い回しで美雅の意見に理解を示す。
「樟葉先輩だって、何から何まで生まれついて自然に手に入れたものばかりじゃないだろうし、努力で手に入れたものも沢山、逆にお嬢様ゆえにできないこともいろいろあったはず。なのに、勝手に逆恨みで文句を言ってくるなら、そりゃあキレるってもんでしょ?」
「努力をしない怠惰なやつは許せない、と…」
夢莉がちらりと詩音の姿を横目に見ながら、ぼそりと呟く。
「怠惰…」
「努力なんて別に必要ないと思います。ただ、愚痴を零して不平を言う前に、目の前に転がるチャンスに手を伸ばせ、と。端っから諦めるなら、そもそもその程度の願いや望みだってこと…」
自分を内省にかかる詩音の呟きを遮って、美雅は言葉を続けた。
言っていることは良くわかる。それでも人は、二の足を踏んで立ち止まってしまうことも多いだろう、と詩音は思う。
「でもさ、それにしても樟葉先輩のやり方は回りくどくない? 詩音がはっきりしないのが気に入らないなら、それこそ『鋼鉄の冷嬢』らしくガツンと一言…」
彩乃がもっともなことを問い質そうとするも、美雅は想定内だったのかあっさりと斬って捨てた。
「私が周囲と壁を作っていたのも、心のどこかで『こいつらには言っても無駄だから』って投げていたから。言われるほうにしても、私みたいな貧乏人風情に説教されたくはないでしょうよ…」
「いや、そうかもだけどよ? なんつーか、ひねくれ過ぎてねぇか、それ?」
涼太が自己肯定感の低い美雅を気遣うように複雑な表情を浮かべる。だが、美雅は寂しく自嘲気味の笑顔を浮かべて話を進める。
「あぁ、まぁ、そう…、素直じゃないわね、我ながら。でも、樟葉先輩は私とは立場が逆。親切心からの言葉も『お前みたいな恵まれたやつが偉そうに語るな』と反感を買いかねないのよ。『鋼鉄の冷嬢』っていうのは、まさにそういうことの積み重ねが生んだ二つ名じゃないかと思う…」
「だから、相手をその気にさせるために、あえて樟葉先輩は仇役を演じてみせている、ってこと?」
「本人に何処まで自覚があるかはわからないけど、たぶんね…」
詩音の感想に答えて、美雅は首を縦に振る。その瞬間、皆の息を合わせたような大きな溜め息が研修室に広がっていく。
確かに美雅の言うとおり、樟葉が詩音をけしかけたところで、詩音の性格からして、のらりくらりとはっきりせずにかわし続ける千日手状態になるのは明白だ。そのうち何とかなるだろう、いつか適当に上手く行くだろう、そんな希望的観測だけを頼りに日々は進んでいく。
それは一見、待ちの姿勢ではあるものの、見かねた周囲の仲間たちが勝手に、自発的に援助せざるを得ないような状況を作り出す構造でもある。恐らく樟葉が気に食わないのはその点だろう。
詩音自身は少しずつ変わってきていると思う。それでも樟葉からすればまだまだに映るのだろう。
だが、果たしてそれだけなのだろうか。
「うん、だいたいわかってきたけど、それだけかな…?」
「どういうこと?」
噛みしめるような詩音の発言に、夢莉が反応する。
「樟葉先輩、佐伯先生のこと、本当はどう思っているのかな…って」
「あー、結局最終的にそこだよねぇ…。ボクからすれば、正直執着心ありありだと思うけど、どうなんだろうねぇ…」
詩音の疑問に素直な感想を述べる彩乃だが、はっきりと何かを断言できる根拠は全くない。
皆は再び大きな溜め息をついて、どんよりとした研修室の空気が更に重さを増していった。
詩音たちが研修室で本来の活動そっちのけの迷問答を繰り広げている頃、もう一方の当事者である樟葉は中等部の職員室を訪れていた。もちろんお目当ては佐伯先生である。
樟葉自身は正直なところ、恋愛感情の何たるかというものについては、さしたる理解も知識もありはしない。当然ながらそれは、頭で理解してどうこうという筋のものではないことはわかっているが、かといって、言外の感情的な衝動に突き動かされるという経験も未だありはしなかった。
両親や親族の勧めから、半ば割り切った縁談の幾つかを受けてみたものの、どれもこれも樟葉本人の意向に即していない、中途半端な代物ばかりだった。
だからどうしてもそこに運命的なものを感じることはなかったし、恋愛感情の欠片も持つことはなかった。強いて抱く感情といえば、相手に対する尊敬の念くらいなものだ。
しかし、僅か数か月前、偶然たまたま半ば強制的に参加するはめになった、RPG同好会の発起を巡るゲームシナリオで、佐伯先生が示したとある物語と、樟葉の心を虜にした語り口、というか絶妙な表現方法。
そしてそこで示された、樟葉自身も気づいていなかった自分の知られざる可能性と、秘められた熱い衝動…。その僅か数時間の体験が、樟葉を大きく変えてしまったように思えてならなかった。
だから、それが愛とか恋とかじゃないと薄っすらと理解しつつも、樟葉の中の佐伯先生の存在は次第に大きくなり、常に気になる存在へと変わっていった。
誰が誰を好いているとか、そんなことは些細なことに過ぎない。とりあえず樟葉にとっての目下の最大の関心事が、佐伯先生という存在なのだ。だからよりそれを深く知りたい、より近くにいて観察したい、というだけなのだ。
それこそが恋なのだ、と他の者は思うかもしれない。が、少なくとも樟葉自身にとっては、まだ恋と呼べる域のものではないと理解していた。
「佐伯先生、お時間少々よろしいでしょうか?」
自分の担任の元を訪ねるならともかく、あまり縁の無い佐伯先生に声をかけ、もともとが真面目な表情を一段と澄まして、樟葉は返答を待った。
「ん? 珍しいな、西原かと思ったら神楽か。何か今日は予定あったか?」
「今日は別に予定はありませんが…」
いつもと変わらず素っ気ない態度の反応を示す佐伯先生は、恐らく相手が詩音であろうとも、樟葉であろうとも、似たような対応なのだろう、と樟葉はそう理解する。
「今月末の週末、個人的に、お時間を頂いてもよろしいですか?」
「今月末…、それは学校外で、ということか? 悪いんだが、一生徒と校外で、というのは…」
それはそうだろう。常識的に考えて、倫理的にもよろしくはない。部活動や補習などならいざ知らず、個人的な用件で生徒と教師が校外で接触するとなれば、それ相応の理屈が必要になる。
「佐伯先生に、ぜひ一度、会っていただきたい方がおりますので、時間をとっていただけないでしょうか?」
「会っていただきたい方? 先生に紹介したい人がいるってことか?」
樟葉の真剣な物言いに気圧されながら、佐伯先生が質問を返す。樟葉は大きく深呼吸して、澄んだ声で宣言する。
「はい。佐伯先生の将来を左右する、極めて大切な人物です」
◇74 騎馬民族の戦い に続く
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●ご注意
この連作小説は、原則的に毎週月曜日の10:00に更新掲載しています。
第一章は別途掲載中の「あの世とこの世の冒険譚」を分割したもので、第二章以降はその続編部分となります。
現在、第六章を2024/7/1より掲載中となります。
真鶴あさみです。初めまして&毎度どうもです。
完全に長期週刊連載となってしまった「よよぼう」ですが、お陰様で少数ながらも固定の読者様にご支援いただけて、大変感謝しています。
今後ともよろしくお願いしますね。
一見、学園ラブコメ風のこの作品ですが、いわゆる『RPGあるある』を軸にした趣味物語でもあります。懐かしのテーブルトークRPGの世界を、少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います。
もちろん、本題である詩音たちの恋の行方にも忘れずに注目してくださいね。
挿絵用のイメージ画像は、KISSの「カスタムオーダーメイド3D2(COM3D2)」にて作成しています。知識と能力の不足で、再現精度があまり高くないですが、ご容赦ください。
それではこれからも、詩音たちRPG同好会のお馬鹿な冒険の数々を、お楽しみいただけると嬉しいです。
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