表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よよぼう ~あの世とこの世の冒険譚  作者: 真鶴あさみ
小径を覆う落葉の夢
70/112

◇69 新たな道の第一歩

「よよぼう」第四章までのあらすじ



 とあるきっかけからRPGに興味をもった中等部二年の西原詩音にしはらうたねは、憧れのクラス担任の国語教師、佐伯十三さえきじゅうぞう先生を巻き込んで、念願のRPG同好会を設立する。


 早速会長に祭り上げられた詩音の弱気で引っ込み思案な性格とは対照的な、あまりにも個性的な問題生徒すれすれの仲間たちを従えて、波乱万丈のリアル人生RPG状態の活動は続いていく。


 時に中二女子には手に余る人生の難題にぶつかり、時に入り組んだお互いの人間関係に一喜一憂し、それぞれの夢と願いを叶えるために奮闘しつつ、早半年が過ぎようとした頃、次第に詩音は未来の自分の進むべき本当の道を探しはじめる。


 親友の白岡彩乃しらおかあやの、幼馴染みの香坂夢莉こうさかゆうり島本涼太しまもとりょうた、後輩の山科美雅やましなみみや、転校生の外国人ジョナサン・ウェリントン、先輩にして宿敵のお嬢様神楽樟葉かぐらくずは…彼女たちいったい何処に辿りつくのか。


 本格的な秋の訪れとともに、詩音たちの運命は大きく変化をみせつつあった。




主な登場人物

□女性/■男性


《RPG同好会の面々》


西原にしはら 詩音うたね

 担任の佐伯先生に想いを寄せる中等部二年生。RPG同好会の会長だが、威厳の欠片もない引っ込み思案娘。

 何故かトラブルに好かれる体質で、意地と気合で難題に立ち向かう、出たとこ勝負の精神的ハリボテ勇者。


白岡しらおか 彩乃あやの

 詩音のクラスメイトで、ホビーショップ『Colline Blancheコリンブロンシュ』の看板娘。明るくマイペースなボクっ娘で、根っからの商売人気質。

 年下の子供たちからの人気が高い姉貴分だが、従姉弟の謙佑に初恋のリベンジを誓う乙女でもある。天邪鬼な鉄砲玉トラブルメーカー。


香坂こうさか 夢莉ゆうり

 詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部の期待の星でもあり、男女問わず人気が高いスタイリッシュ女子。

 毒舌系百合剣士といったクールな雰囲気ながら、人情に脆い苦労人。実質的な詩音たちのストッパー役。


島本しまもと 涼太りょうた

 詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトで家もお隣さん。夢莉にあからさまな挑戦を続けるトリックスター。

 夢莉にいいように使われつつ、思慮深く陰ながら支える縁の下の力持ち。自称、ジョナサンの兄貴分。


山科やましな 美雅みみや

 中等部一年の体操部員。先輩の夢莉を目標に鍛錬を欠かさぬ努力家。些か情緒不安定な面もあり、周囲から孤立しがちな一匹狼。

 複雑な家庭環境で育ったゆえか、年齢に似合わない達観した言動も垣間見える、人見知りツンデレハリネズミ娘。


神楽かぐら 樟葉くずは

 図書委員の中等部三年生で、地元名家の一人娘。完璧主義で融通の利かない修道女的性格。

 実際は、次期当主としての境遇と自分自身の目標に悩む年相応の少女であり、渾名の「鋼鉄の冷嬢」とは程遠い温和な性格。詩音のライバル?を公言中。


■ジョナサン ウェリントン

 樟葉の遠縁の金髪男子。明るく陽気な爽やか系男子で、編入早々から女子の注目度も高い。涼太とは凸凹コンビの間柄。

 偶然か必然か、詩音の遭遇するトラブルに関わる救世主的存在となることも多く、詩音にとっては微妙に気になる存在。



《その他の人物たち》


□メアリー ウェリントン

 樟葉の遠縁の金髪女子。初等部六年生の快活児童。ジョナサンの妹で、かなり偏りまくった日本文化に憧れている。

 次世代RPG同好会の予備軍として、詩音たちに帯同することも多い。容姿も年齢以上に可憐で、詩音や彩乃のコンプレックスの源になることも。


佐伯さえき 十三じゅうぞう

 詩音と彩乃のクラス担任の国語教師。RPGの造詣も高く、心理描写重視の演劇スタイルが得意。なし崩しにRPG同好会の責任者となる。

 詩音の憧れの存在であり、生徒からの評判も良好の好青年だが、生徒との距離感に戸惑いを感じる一面も。


鷹取たかとり 謙佑けんすけ

 ホビーショップ『Colline Blancheコリンブロンシュ』のアルバイトの大学生。彩乃の従兄。RPGのほか、様々な玩具に詳しい。

 相応にイケメンだが、かなりアバウトな性格で、一見掴みどころがない存在。彩乃の良き相談相手であり、目下の攻略目標。


道脇みちわき たまき

 RPG雑誌『月刊TTMテーブルトーク・マンスリー』の編集部員で、謙佑の先輩。気さくなゴスロリ美女だが、実態は謎の多き人物。本名は「大路おおじ まどか」。

 過去の自分に似た境遇の詩音に、分不相応な過大な期待を抱いているようで、半ば世話焼きのお節介お姉さんと化している。


◇69 新たな道の第一歩




 夢莉は大きく深く息を吸い込んで、勢いよく床演技の舞台に走りこんでいく。


 この最初の一歩を踏み出す瞬間が、夢莉は大好きだった。


 もちろん緊張はある。どれほど回数を重ねても、その度に異なる張りつめた空気は、常に容赦なく夢莉を包んでいく。さすがの夢莉といえども、正直な話、時には逃げ出したくなることすらあるはずだ。


 それでも、勇気を振り絞って、最初の一歩を踏み出した瞬間に、目の前に広がる世界の全てが変わっていく。もう後戻りすることの許されない、真剣勝負の聖域がそこから先には広がっているのだ。


 矢のように、銃弾のように、ひとたび放たれた以上、泣こうが喚こうが、あとは自分にできる全てを曝け出しながら、一直線に突き進むしかない。


 当然、そこはたった一人だけの聖域である。他の誰にも邪魔されることなく、もちろん他の誰の手も借りることもなく、その瞬間、唯一自分だけが舞うことを許される舞台なのだ。


 だから心置きなく、遠慮なく、躊躇うことなく無心のまま突き進めばいい。


 それは恋愛にも似ているかもしれない、と夢莉は想像する。


 目先の結果を気にするあまり、その場に立ち竦んでいても、心の奥に秘めた想いは、いつまでも成就することはない。虎穴に入らずんば虎子を得ず、ではないけれど、時には頭の中を空っぽにして、ただひたすらに真っ直ぐ進むことも必要なのだろう。


 そう、結果なんて、いずれ後からついてくるものだ。


 何度かの捻り跳躍を披露した後、胸を逸らし全身を大きく伸ばして着地する。そしてすぐさま、次の動作に向けての助走へと駆けだしていく。


 中学二年の女子にしては、かなりはっきりとした女性的な曲線美。その繊細なシルエットを包みこんだレオタード姿が、リズミカルな躍動を繰り返して舞い踊るたびに、観客たちの注目が集まっていく。


 同じ体操部のレオタード姿であっても、そしてそれなりの優雅さと可憐さを持ち合わせている美雅と比べても、やはり背の高い夢莉のしなやかな全身が表現するものは、どこか格の違いを感じさせる。


 持って生まれた才能、と言ってしまえばそれまでの話ではある。だが、それを活かすも殺すも心掛けひとつ。それこそが彼女の、香坂夢莉という少女の、本来的な資質そのものなのだろう。


 最後に連続の後方宙返りを決めて、たんっ!という印象的な着地音を響かせると同時に、緊張に満ちた鋭く真剣な表情が、一瞬にして明るい微笑みへと変わっていく。


 この瞬間も、夢莉が大好きなもうひとつの時間だった。


 会場全体に溢れかえった鈴なりの観客たちから、一斉に拍手と歓声が夢莉めがけて降り注ぐ。


 果たして納得できる演技だったのか、後悔するような反省点はないのか、そういったことは些細な問題だ。


 とにかく今は、やり切ったことへの達成感と、観客に喜んでもらえたことへの安堵感、そして何とも言えない幸福感に包まれて、夢莉は心の中でほっと胸を撫で下ろす。


 拍手の止まない観客席に大きく手を振って、その中にいるだろう大切なあの人に精一杯の笑顔を投げかける。


 そう、願いはまだ届かなくてもいい、と夢莉は思う。この秘かな想いは、もう誰にも止めることはできないのだから…。


 たとえそれが当の夢莉自身であっても、そしてあのお調子者の幼馴染みであっても…。






 出場選手の控室に一人戻ってきた夢莉が、熱く火照った全身を、少しずつ時間をかけて冷ましていく。


 演技の緊張感から解放されると、身体中の筋肉が一気に緩んで、心地よい疲労感と倦怠感に包まれていく。


 簡素な造りの椅子にもたれたまま、夢莉はそっと静かに目を閉じた。


 ふと、脳裏に幼い頃の思い出が、懐かしくも鮮明に思い出される。


 そもそもの始まりは、あの幼稚園時代の夏の日の、何気ない日常だった。


 お向かいさんの涼太の家の庭に設置した、めちゃくちゃ大きな―といっても幼稚園児にとっての印象だから、今にして思えば、さほどでもないのかもしれないが―ビニールプールで、夢莉と詩音と涼太は無邪気にはしゃいでいた。


 幼児特有の支離滅裂なやり取りを繰り返しているうちに、「三人の中で誰がいちばん、他の二人を大好きか?」という話題になっていった。


 当時の話である。男とか女とか、お互いの家庭環境とか、そんなことには微塵も想像が及ばないのは当然だった。目の前に広がる全てが平等であり、偽りのない世界だったのだ。


 それに、恐らく『好き』という言葉の意味すらも、きっと良くわかっていなかったのだろう。


 パパが好き、ママが好き、ハンバーグが大好き、ワンちゃんが好き、ネコさんも好き、クマさんもゾウさんもすっごく好き…。そんな気分の延長線上にあったのが、詩音が好き、夢莉が好き、涼太が好き、という純粋な感情なのだ。


 夢莉自身にしても、ハンバーグとクマさんと同列に、詩音や涼太が位置づけられていたのだから、ぶっちゃけ、ありとあらゆるものが大好きだったのである。


 むしろ、何かを嫌うという感情には、あまり関心がなかった気もする。


 結局、三人が三人ともお互いを大好きである、という無難な結論に至って、大好きな人はキッスで好きな気持ちを伝えるんだ、とかなんとか…。


 そんな、今考えれば本当に単純で、極めて馬鹿馬鹿しい流れから、三人はお互いに意識などしないまま、ファーストキッスを交わしあう羽目になった。


 その晩は成り行きで、涼太の家でのお泊り会となり、三人は再びお風呂で大騒ぎを繰り返した。


 そこで今度は、「この三人の中で、いったい誰が一番強いのか?」という謎展開のやりとりが始まった。


 湯船での激しい水上格闘戦の末、勝者となったのは夢莉だったが、負け惜しみのつもりなのか、涼太が咄嗟にあることを言い放った。


 「でも、父ちゃん言ってた! 強い子は大好きな子をお嫁さんにして、ずっと大切にするんだ、って」


 その言葉を聞いた夢莉は、あっさりとその場で高らかに宣言してみせた。


 「なら、あたしが詩音と涼太を両方お嫁さんにすればいいじゃん! 詩音もそれでいいでしょ?」


 「別にいいけど、いいのかなぁ…」


 この頃から歯切れの悪い詩音は、その表情に半分疑問を浮かべたままで、ぼそりとそう答える。


 「良くないし! 好きな子をお嫁さんにできるのは、ちんちんついてるやつだけなんだ、って父ちゃん言ってたし! ちんちんは強いやつの印だ、って」


 今にして思えば、あからさま過ぎる身も蓋もない表現だが、涼太が言っていることは、ある意味正解ではある。


 しかし、ここでおめおめと引き下がる夢莉ではない。


 「え? あ、それなら涼太はあたしに負けたんだから、それ、そのちんちん、あたしにちょうだいよ!」


 「はぁ? ちょ、ちょい、やめ…」


 「ゆ、ゆーりぃ!」


 再び勃発した水上格闘戦が、水中格闘戦になってさらに激しさを増していく。詩音はあたふたと見守ることしかできない。


 「ちょ、もげる、もげちゃうから引っ張るなぁ! 掴むなぁ! うぁ、うぃ、うぇっ…」


 「りょ、涼ちゃん? あー泣いちゃダメ! こらっ、ゆーりぃ! 涼ちゃん泣かせちゃダメ!」


 詩音は慌てふためきながらも、勇者の片鱗を見せて、夢莉の頭に思いっきりのグーパンチを炸裂させる。


 「ふ、ふぇえええーーーー!」


 突如として、けたたましくお風呂場に響き渡る夢莉の泣き声。まさに阿鼻叫喚の地獄絵図である。


 夢莉にとっては、もはや笑い話にもしたくない最悪級の思い出である。いや、それ以上に涼太にとってのほうが、よりトラウマ級の出来事なのかもしれない。


 もし当時に戻れるのなら、ひたすら涼太に謝り倒すしかない、と夢莉は思った。


 その数日後、久々に仕事を終えて帰宅した父に、盛大に笑い飛ばされながらのお説教を食らった夢莉は、ついにとある決意の瞬間を迎える。


 「涼太くんは男の子だから、もし夢莉より喧嘩が弱くても、逃げないで二人を護らなきゃいけない時もあるんだよ…。それにいつかずっと遠い未来に、涼太くんは大事なお嫁さんを一人だけ、たった一人だけ、選ぶことになるんだ…」


 「ひとり…だけ? 三人一緒じゃ、ダメなの?」


 父親の噛み砕いた説明に、幼い夢莉は少し寂しそうに問い返す。


 「残念だけど、一人だけなんだよ。夢莉のパパとママも一人だけだろう? だから家族に、パパとママは一人ずつ…」


 「ふーん」


 不満げに唸る愛娘に、父はとある妥協案を示す。それが娘の人生を大きく変えてしまうとは、これっぽっちも思っていなかっただろう。


 「でも、もし夢莉が誰よりも強い子なら、きっと皆を護る騎士様、そう、ナイトにはなれるんじゃないかな?」


 「きし…さまぁ? ないとぉ? うん! あたし、なる! 絶対なる!」


 もちろん、その頃はまだ騎士の何たるかなんて知る由もない、他愛ない幼女の戯言である。ただ単純に、仲の良い皆を護れるのなら、それになろう!…という、たったそれだけの話である。


 本来ならここからは、剣道なりフェンシングなりに興味を持っていくのが自然な流れなのだが、どういうわけか、幼い夢莉が興味を持ったのは、周囲の誰もが予想していなかった、体操という競技だった。


 しかも、優雅な曲に合わせて舞う姿が女の子に大人気の新体操ではなく、リボンもフラフープもないシンプルな体操競技である。


 たまたま偶然にも、当時テレビで放送されていたオリンピックの体操競技を見た瞬間、夢莉の頭の中に言葉にできない衝撃が走った。


 画面の中で外国の小柄な少女が、リズミカルなステップで舞い、驚くような高さで跳び、目の覚めるような回転を繰り返す。


 そしてフィニッシュの瞬間、これでもか!とばかりに胸を張って、最高の笑顔で決めポーズを披露する。


 割れんばかりの拍手と星の輝きのようなフラッシュを浴びて、皆に手を振り返す天使のような少女…。その姿は一瞬にして夢莉の心を鷲掴みにした。


 そうなれば、もはや夢莉の選択肢はそのキラキラした笑顔の少女を目指す以外にはない。


 その日以来、夢莉は、幼稚園の園庭でジャンプとでんぐり返しを繰り返し、呆然と見つめる他の園児たちの注目を浴びながら、どちらかというとこちらがメインの決めポーズとドヤ顔の練習にも余念がなかった。


 なかでも詩音と涼太の二人は、夢莉の体操の最初のファンとなって、拍手と声援を送ってくれた。その二人の拙い声援を真に受けて、より得意満面に演技に熱が入る小さな夢莉であった。


 結局、心と頭は二人のための騎士様を目指しつつ、身体的には体操競技に臨むという、かなり不可解で魅力的な、凛々しい少女が生まれていったのである。


 ―あたしが一番強いんだから、一番弱っちい詩音を護ってあげなくちゃ!―


 幼い夢莉の純粋な想いが、微妙にその形を変え始めていくのは、それからかなり後になってからのことである。もっとも、真っ先にそれに気づいたのは、当の夢莉本人ではなかったが…。



挿絵(By みてみん)



 「あれ? 夢莉先輩、何でこんなところで寝て…。って言うか、風邪ひくし、まだ出番が残っているんじゃないですか? 早く起きないと、私が代わりに出ちゃいますよ?」


 ぼんやりとした夢莉の意識に、聞き覚えのある声が飛びこんでくる。


 「あー、詩音ぇー、今起き…」


 「あぁもう、まったく! 詩音ぇ、じゃありませんよ…。会長先輩はここには入れません! 私です、わ・た・しっ! 美雅です、み・み・やっ! や・ま…」


 そこまで言いかけた美雅は、ふと僅かな躊躇いを窺わせて、続きの台詞を飲みこんでしまう。


 美雅にとって、今日という日は、単に体操競技会の決勝というだけではない、大きな人生の分岐点なのである。


 今までの何処か鬱屈とした自分、何となくの自暴自棄と一匹狼的な思想から解放されて、もっと自由な、今までなりたくてもなれなかった素直な自分に戻るための第一歩。その記念すべき門出の日なのである。


 だからここで今、そう、今さら「山科」を名乗るのは、何か違うのではないかと、美雅は思った。せっかく今日から生まれ変わったのだ。ならば、名乗るべきは「山科」ではないはずだ。


 やがて、意を決した美雅は、少しはにかんだような微妙に複雑な笑顔を浮かべながら、沈黙を破って再度その口を開く。


 「『さ・さ・し・まっ!』み・み・やっ!」


 美雅は少し照れ臭そうに、新たな自分の名前を夢莉に囁きかける。


 まだ当の美雅ですらしっくりこない、違和感だらけのその名前に、徐々に慣れ親しむことができるようになるころには、きっと目の前の憧れの先輩のように、素敵な体操選手になれるはずだと信じて…。


 「みみ…。いつの間にお嫁に行っ…」


 「お嫁?…って、違いますよ! ほら、起きないと本当に私が出るはめになりますよ!」


 いったい何処まで夢莉の意識がはっきりしているのか疑わしいが、どうやら妙な勘違いをしているらしい。そもそも、美雅がお嫁に行くなどという展開は、当面の間は起こりそうもない。


 「あたし、も…いつかお嫁に…。りょ…」


 ―うわぁ! ちょっ…っていうか、なんですか、それは…―


 これは聞かないほうが良かったかな、とりあえず黙っているしかないかな、と美雅は要らぬ気を回す算段を始める。


 なんだかんだ言っても、結局収まるところには収まるのか? と思うと、それはそれで馬鹿馬鹿しくもあった。


 「そろそろマジに起きないと、涼ちゃん先輩、私が貰っちゃいますよ? 知りませんよ?」


 「ダメ! それは絶対ダメ! もう起きたから、たった今、ばっちり起きたから!」


 「ちょ!」


 唐突に跳び上がるように身を起こした夢莉は、美雅の顔をまじまじと見据え、必死の形相で訴えかけてくる。


 「へぇー、ふぅーん、夢莉先輩も意外に素直なんですね…」


 一瞬怯んだ美雅だったが、すぐに揶揄うような笑顔で反撃に転じる。


 「いや、まぁ、その、っていうか、そうじゃなくて、あれよあれ…」


 「今さら誤魔化さなくても良いですよ。私、いろいろ聞いちゃいましたし…」


 目覚めたばかりなのに、早速石のように固まってしまう夢莉。酸素不足の金魚のように、口をパクパクさせて狼狽えている。


 「でも意外だなぁ…。あのクールで凛々しい夢莉先輩がねぇ…」


 「お願い、山科! 皆には内緒にして…」


 悪戯心に満ちた美雅の言葉に反応して、夢莉は土下座でも始めそうな勢いで拝み倒す。その必死の形相はやはり、あのクールないつもの夢莉からは想像できない。


 夢莉からしてみれば、果たして何を何処まで自分が暴露してしまったのか殆ど記憶にない以上、ここは不本意ながら美雅にひれ伏してでも、要らぬ情報漏洩は防がねばならない。


 「さぁて、どうしようかなぁ…。あー、それから、今日から私は、『山科』じゃなくて『笹嶋』になったので、改めてよろしくお願いしますね!」


 「え? 何があったのよ?」


 「別に何もないですよ? 少し自分自身に素直になっただけ、ってところですかね…」


 理解の追いつかない夢莉に当たり障りのない回答を述べながら、美雅は言葉を選びつつその想いを伝える。


 「そうですねぇ…、夢莉先輩も、内緒事は程々にして、自分自身にもうちょっと素直になって、いい加減そろそろぶっちゃけちゃっても良いんじゃないか…、って、そう私は思いますよ?」


 「自分に…素直に…ぶっちゃける…」


 夢莉は繰り返しぼそぼそと呟きながら、目の前の見違えるほどにすっきりとした表情の美雅を見つめる。


 「夢莉先輩にその覚悟ができるまで、暫くは黙っていてあげます! でも、なるべく早く決断してくださいね。私、誰かに話したくて我慢できなくなっちゃいますから…」


 悪戯っぽくウインクして、美雅は夢莉の決意を促す。もちろん即断は要求していない。美雅だって相当の迷走を繰り返したのだから。


 ただ、間接的とはいえ、環や詩音が何となく一歩を踏み出したように、そして美雅が一歩を踏み出したように、夢莉にもまた、その機会があっても悪くはないはずだ、と美雅は思う。


 「ほら、まずは出番ですよ! 夢莉先輩の大切な誰かさんに、最高の演技を見せてあげなくちゃ! とりあえずそこからですよ!」






 「夢莉のやつ、もうすぐ出番だってのに、出てこねぇじゃねぇか…」


 涼太が視線を演技会場に向けたまま、僅かな苛立ちを交えてぽそりと呟く。


 次の跳馬の種目に出場する選手たちが、次々と会場に姿を現し、念入りの準備運動を始め、コーチ役の顧問との最終確認を進める中、一向に夢莉が現れる気配はない。


 詩音たちの中等部からは、選手がもう一人出場しているようだが、エース格と目されている夢莉が欠けては、迫力半減である。


 「何かあったのかなぁ…。さすがに怪我はもう大丈夫だと思うけど…」


 「案外余裕こいて、真打登場のタイミングを狙ってたりして?」


 心配性の詩音に能天気な彩乃が答える。


 「それにしても、あのしっかり者の夢莉のやつが遅刻寸前、ってよ…」


 嫌な予感に表情を曇らせる涼太の目の前に、突然、ジャージ姿の小柄な少女が現れる。


 「大丈夫ですよ、涼ちゃん先輩は本当に、夢莉先輩の事になると、まるで心配性のお父さんみたいですよね…」


 「おと…」


 珍しいこともあるものだ。あの美雅が満面の笑みで、じっと涼太を見つめながら語りかけている。


 「ほら、最後の演技なんだから、しっかり見ないと後悔しますよ?」


 「お、おう! って、なんじゃありゃ…」


 大物の余裕の証なのか、欠伸を噛み殺しながら現れた夢莉の姿に、手を振りかけた涼太の動きがぴたりと止まる。


 「うわー、これは予想外過ぎ…」


 その異様な夢莉の雰囲気に、さすがの彩乃もドン引きである。


 「おー、ゆーりぃーはオツカレサマ、べりーすりぃぴー、ですね…」


 それはもしかすると、夢莉が初めてジョナサンに見せた、凛々しくないありのままの姿だったのかもしれない。


 「まぁ、どんな逆境でも負けないのが夢莉だからね…。私はいつだって夢莉を信じてるし、多分…ううん、絶対! やってくれるよ、大丈夫大丈夫!」


 詩音はそう言いながら、さらにひと際大きな声で夢莉に呼びかける。


 「おーい、夢莉ぃー、起きてぇー! 早く目を覚ましてこっち見てぇー! 私も涼ちゃんもちゃんと応援してるんだから、ばっちりカッコいいとこ見せなきゃダメだよぉー!」


 唐突に上がった少女の叫びに、驚いた周囲の観客たちの視線が、何事かとばかりに詩音に降り注ぐ。


 「おいおい、お前のほうが目立ってどうするよ…」


 周囲の空気を代弁するように、涼太が呆れた声で呟く。


 それでも詩音は怯むことなく、ただ一人、声の限り全身で応援を続ける。


 そう、夢莉は詩音と涼太の期待を絶対に裏切らない。


 何故なら夢莉は、詩音と涼太の二人にとって、永遠に憧れの存在なのだから…。




◇第五章「小径を覆う落葉の夢」 終◇



挿絵(By みてみん)



第六章 聖なる鐘が響く夜に

◇70 秋空の真剣勝負 に続く


ご意見ご感想イラスト等もぜひお寄せください



●ご注意

 この連作小説は、毎週月曜日の10:00に更新掲載していく予定です。

 第一章(0~13)は掲載中の「あの世とこの世の冒険譚」を分割したもの、

 第二/三/四章(14~27/28~42/43~56)は続編部分で、2024/3/25に終了、

 引き続き現在の第五章(57~)を、2024/4/1より掲載中です。



 初めましてorこんにちは。真鶴あさみです。

 早いもので、初の毎週連載作品「よよぼう」も開始から一年が経ちました。

 他の多くの作者さんのようなスピード感や勢い、ノリや旬の味覚みたいな魅力には乏しい本作ですが、少数ながらも定期的に読んでくださる読者様に恵まれて、作者としては幸せに感じています。

 今後とも細く長くおつきあいいただけると嬉しいです。


 この作品は、いわゆる『RPGあるある』といった内容を、主人公詩音の中二女子の目線で追っていくものです。とはいえ、いわゆるレトロな古典である対面会話形式のRPG、テーブルトーク型RPGというものについてですが。

 多少の取っつきにくさはありますが、極めて奥深い素敵な世界ですので、ぜひ興味を持っていただけると嬉しいです。


 挿絵の代わりのイメージ画像は、KISS社製のPCゲーム「カスタムオーダーメイド3D2(COM3D2)」で作成しています。

 3Dモデルをいろいろ独自に弄れるみたいですが、あいにく知識がなく、基本的な本体仕様の範疇を出ません。ご容赦ください。


 それでは引き続き、ずれまくりの季節の少女たちの、現実と空想の冒険譚をお楽しみください。

 ご意見ご感想、AIイラストなどもお待ちしています。



■HPサイト「かれいどすこーぷ」(https://asami-m.jimdofree.com/)を公開中ですが、只今、絶賛放置中です。

■Twitterもあります(@manazuru7)。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ