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よよぼう ~あの世とこの世の冒険譚  作者: 真鶴あさみ
ゲーム部を目指して
7/112

◇6 バーガーショップ

●ご注意

 この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。

 既存部分の掲載に引き続き、新作部分を連作小説形式で公開していきます。



●主な登場人物

 □女性/■男性


西原にしはら 詩音うたね

 担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。


白岡しらおか 彩乃あやの

 詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。


香坂こうさか 夢莉ゆうり

 詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部に所属。


神楽かぐら 樟葉くずは

 図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。


佐伯さえき

 詩音と彩乃の担任の国語教師。


涼太りょうた

 詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。


鷹取たかとり 謙佑けんすけ

 ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。


水野みずの

 夢莉の担任の体育教師。


◇6 バーガーショップ


 駅前公園の片隅のバーガーショップは、今日も制服姿の学生や子供連れの買い物客で賑わっていた。

 こぢんまりした駅のホームに列車が時折発着するのがうかがえる、窓際の一角で彩乃と夢莉はテーブルを囲んでいた。

 「メール、何だって?」

 食いつくような勢いで彩乃が夢莉に尋ねる。スマホ片手の夢莉は横目でちらりと視線を送ったものの、椅子に横座りの姿勢を変えようとはしない。

 「話自体は終わったみたいだけど、週明けにもう一度集まるらしい」

 「はー、忙しいね、部長ともなると」

 彩乃の他人事のような発言を遮って、夢莉はようやく顔を向ける。

 「あたしらも一緒だってば。もちろんあんたもね」

 「えー」

 細いポテトをつまみながら、さもめんどくさそうに彩乃は抗議の声を上げる。

 「文句があるなら、もうじき本人が来るからゆっくり言いなって」

 「うー」

 果たして詩音と佐伯を二人きりにして良かったものか、と夢莉は思う。

 確かに、詩音の恋を少しでも進展させるという意味では、恐らく悪くない判断だっただろう。

 理由はどうあれ、話をするきっかけさえあれば、いくら引っ込み思案の詩音だって覚悟を決めるというか、言いたいことの何割かは口にできるだろう。結果的にゲーム部云々の話だけに留まったとしても、それはそれで今後の展開への布石となるには十分だ。

 しかし一方で、舞い上がった詩音が我を忘れて妙な真似をしでかさないか、という疑問も残った。

 幼稚園に通う当時から詩音を傍で見続けてきた夢莉だからこそ、そういう笑うに笑えないエピソードには事欠かず、それこそ嫌というほど経験してきた。

 時には流れ弾跳弾というか、不発弾処理というか、地雷撤去というか、機雷掃海というか…そんなとばっちりを夢莉自身が身をもって体験したこともある。

 仲良しゆえの連帯責任という些か横暴な理屈によるものだが、それでも夢莉にとってはさほど嫌な思い出でもなかった。新しい笑い話のネタや、詩音の黒歴史の日記帳代わり程度に思えていたわけだ。

 いうなれば、ドジっ子気質の妹分がいるようなものである。

 もちろん夢莉が詩音を下に見ているというわけではない。いわゆる助け合い、困ったときはお互い様の精神というやつで、もし詩音が何か困っていたら、それは夢莉が助けて然るべき事態に他ならなかった。

 むしろ他の誰かが夢莉を差し置いて詩音を助けてしまったりすると、どうにもこうにも収まりが悪いと感じるようにさえなっていた。

 我ながら、ちょっと過保護なのかもしれないな、と夢莉は思う。そう考えると自然と夢莉の口元にうっすらと笑みが浮かんだ。

 「どーしたの夢莉、急ににやにや笑って」

 彩乃がそんな夢莉の表情に目ざとく気がついた。

 「あ、いや、詩音のやつ、佐伯と上手くいったのかな、ってさ」

 「あー、むしろそっちが本題って話もあるからね」

 ポテトを口に運ぶ手は止めずに彩乃は答える。

 「ま、それは本人にきっちり聞くことにしよう」

 そう言ってゆっくりと立ち上がった夢莉は、店の出入り口できょろきょろと店内の様子を伺う挙動不審な制服姿に向けて、大きく手を振った。



 「まったく! 魔王討伐を前にして、勇者一人をほっぽり出して退却するパーティーメンバーがいるぅ?」

 腹いせにてりやきバーガーをパクつきながら、詩音は恨めしそうに抗議する。

 「いや、なんというかその、一騎打ちの名場面ってやつを演出…」

 「ほんとに討ち死にしてたらどうする気だったのよ?」

 夢莉の言い訳じみた反論に、詩音の正論が返ってくる。

 「まー、それはそれで、なんというか、世の大勢に変化なし、っていう感じ?」

 彩乃が正直にそう本音を漏らす。

 確かに詩音にとっては一大決戦ではあるのだが、ゲーム部の件にしろ、恋の行方にしろ、他の二人にとってはどっちに転んでも所詮他人事でしかないだろう。

 「もしこの度の勇者が力及ばず倒れても、まだ見ぬ新たな勇者が必ず魔王を討伐することになるだろう」

 「ちょっと待ってよ、夢莉! それじゃあ、私が玉砕したら別の誰かが佐伯先生を射止めるってことになるじゃない!」

 詩音にしては珍しく、掴みかからんばかりに身を乗り出して抗議する。声も普段の詩音からは想像もできないほど大きなものだ。

 「まぁ、そうなるんだろうなぁ…」

 あくまで客観的に冷静な今後の展開を予想し、否定の言葉のひとつも返さない夢莉は、詩音にとって敵か味方かわからない。

 「っていうか詩音。その気迫と勢いがあるなら、魔王討伐も楽勝ってもんだろうに…」

 「ぐっ…」

 夢莉のもっともすぎる発言が、ぐさりと詩音の心に突き刺さる。

 魔王を前に勇者は武者震いが止まりませんでしたとか、さすがにカッコ良すぎて泣けてくる。前口上ひとつ碌に言えず噛みまくりでしどろもどろ、戦う前から防戦一方でしたなんて、我ながら恥ずかしくて顔から火が出るってものだ。

 「思わぬ邪魔が入ったというか、その…」

 あの場所に樟葉先輩がいなかったら、という言い訳が詩音の脳裏をかすめる。もちろんそれが大した影響をもたらしたとも思えないのだが、釈明の余地はその辺りにしか転がっていない。

 「あー樟葉先輩かぁ、そういえば、どうしてあそこに居たんだろ?」

 シェイクをすすりながら、僅かに首を傾げた彩乃が察し良く反応する。

 「それで、運命の対決は来週に持ち越しと…」

 夢莉の言葉に促され、二人の顔を交互に見ながら、詩音は祈るように手を合わせて念を押す。 

 「うん、月曜の放課後、また集まることになったから、二人ともよろしくっ!」



 その日の列車はどういうわけか大きく遅延していた。駅のホームの前方に佇んで、暮れゆく夕陽を一人ぼんやり眺めていた夢莉は、ふと数人の見知らぬ高校生らしき男たちからの視線を感じて振り返った。

 お世辞にも真面目とは言い難い着崩したシャツに、鮮やかに染め上げた謎の髪型と数多の輝くピアス…。どこからどう見ても真っ当な学生生活を送っているとは思えない連中だ。

 夢莉が気づいたことに反応したのか、仲間内での無言の作戦会議でもしているのか、互いの顔を見合わせては、時折夢莉のほうへと視線を戻す。

 暫くの後、ようやく決断したのか、一人の小柄な茶髪がとってつけた偶然を装って夢莉の許へと近づく。ちらりちらりと夢莉の表情を窺っては、口元に薄ら笑いを張り付ける。

 不穏な空気の緊迫感が辺りを包み、いくら普段は強気な夢莉といえど、いつもの剣士のような凛々しさは影を潜め、気のせいか僅かに指先も震えてしまう。

 「よぉ、わりぃわりぃ、遅れたわ…」

 しかし唐突に夢莉に声をかけたのは、二人の間に割って入った涼太だった。

 「…遅いわ、このポンコツ涼太ぁ!」

 廻し蹴りまで炸裂させる勢いの夢莉のすらりとした脚が、予定通りに空を切って不発に終わる。 

 もはや何処までが芝居なのかわからぬ男女のやり取りに、呆気に取られて撤退するしかない茶髪は、すごすごと仲間たちのところへと戻っていった。

 やがて遅れに遅れたいつもの列車がやってくる。

 疲れた様子の降車客と入れ替わり、些か混みあった車内へ強引に乗り込むと、再び列車の扉が閉まった。

 「ふぅ、いいタイミングで良かったなぁ、夢莉」

 「そうね、でもどっちの話?」

 涼太の言葉の意味するところを図りかねて、夢莉は尋ねる。

 「しかしまぁ、何で今日はこんなに遅いかね」

 「だから、どっちの話よ?」

 少し苛立ってきた声音の夢莉の問いかけに、涼太は視線を向けないままで呟く。

 「正直、お前にまた何かあったら…とか思うと、俺、ほんと、今度こそ寿命が縮まるわ」

 「そう、ありがとうね、いちおう感謝は伝えとく。でも怪我ならもうだいぶ良くなったから、心配無用よ」

 おぅ、とそう一言だけ答えた涼太は、揺れる列車に暫く身を任せたのち、再びぽつりと呟いた。

 「でもな、怖がってちゃ何もできないで終わっちまうぜ?」

 「誰が、何を怖がって…」

 夢莉は怪訝な表情を浮かべて、視線だけを涼太に投げかける。

 「体操…な。当然、怪我の再発が怖いのはわかるけどよ、いつかは自分で決断しないと…進めないぜ?」

 「涼太は何でもお見通し、ってことね…」

 心の底から感心したように、夢莉は少し物憂げな表情で呟く。

 「当たり前だっての! 何年お前と一緒にいると思ってんだ…。伊達に毎日お前の顔を眺めてるわけじゃ…」

 「だね…」

 列車の揺れでごまかすように、夢莉はこつんと頭を預けて、涼太にもたれかかりながら静かに背中を震わせる。

 「それから、もうひとつの、アレだ…。夢莉のほんとの気持ちってのも、いつかはきちんと怖がらずに伝えないと…だぜ?」

 「それはもういい、って何度も言ってるじゃない…意地悪のポンコツ涼太…」

 どうにかそれだけを絞り出すと、夢莉は涼太に再び軽い頭突きを食らわせる。

 それから暫く、気まずい沈黙だけが二人の周囲を支配した。

 これだけ大勢の乗客がいながら、列車という特殊な閉鎖空間の中では、それは単なる背景に過ぎない。線路の独特のリズム音も、妙な強迫観念を煽るようだ。

 さすがの夢莉も涼太も、重苦しい空気に限界を迎えようとしたころ、ようやく列車が次の停車駅に到着する。

 「それじゃ…」

 列車の扉が開くと同時に、夢莉は逃げるようにホームへ駆け出した。




◇7 初めての経験に続く

●ご注意

 この連作小説は、2023/4/1より当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。

 2023/4/8より毎朝10:00に各章を順次公開しますが、分割にあたって変更した部分はありません。

 既存部分の掲載に引き続き、新作部分を連作小説形式で公開していきます。新作部分のスケジュールは現在検討中です。


 作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。

 画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。


 ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。

 よろしければ、短いもので構いませんので、ご意見ご感想をお寄せいただけると励みになります。

 是非ご支援よろしくお願いします。

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