◇64 嵐の後に残るもの
「よよぼう」第四章までのあらすじ
とあるきっかけからRPGに興味をもった中等部二年の西原詩音は、憧れのクラス担任の国語教師、佐伯十三先生を巻き込んで、念願のRPG同好会を設立する。
早速会長に祭り上げられた詩音の弱気で引っ込み思案な性格とは対照的な、あまりにも個性的な問題生徒すれすれの仲間たちを従えて、波乱万丈のリアル人生RPG状態の活動は続いていく。
時に中二女子には手に余る人生の難題にぶつかり、時に入り組んだお互いの人間関係に一喜一憂し、それぞれの夢と願いを叶えるために奮闘しつつ、早半年が過ぎようとした頃、次第に詩音は未来の自分の進むべき本当の道を探しはじめる。
親友の白岡彩乃、幼馴染みの香坂夢莉と島本涼太、後輩の山科美雅、転校生の外国人ジョナサン・ウェリントン、先輩にして宿敵のお嬢様神楽樟葉…彼女たちいったい何処に辿りつくのか。
本格的な秋の訪れとともに、詩音たちの運命は大きく変化をみせつつあった。
主な登場人物
□女性/■男性
《RPG同好会の面々》
□西原 詩音
担任の佐伯先生に想いを寄せる中等部二年生。RPG同好会の会長だが、威厳の欠片もない引っ込み思案娘。
何故かトラブルに好かれる体質で、意地と気合で難題に立ち向かう、出たとこ勝負の精神的ハリボテ勇者。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップ『Colline Blanche』の看板娘。明るくマイペースなボクっ娘で、根っからの商売人気質。
年下の子供たちからの人気が高い姉貴分だが、従姉弟の謙佑に初恋のリベンジを誓う乙女でもある。天邪鬼な鉄砲玉トラブルメーカー。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部の期待の星でもあり、男女問わず人気が高いスタイリッシュ女子。
毒舌系百合剣士といったクールな雰囲気ながら、人情に脆い苦労人。実質的な詩音たちのストッパー役。
■島本 涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトで家もお隣さん。夢莉にあからさまな挑戦を続けるトリックスター。
夢莉にいいように使われつつ、思慮深く陰ながら支える縁の下の力持ち。自称、ジョナサンの兄貴分。
□山科 美雅
中等部一年の体操部員。先輩の夢莉を目標に鍛錬を欠かさぬ努力家。些か情緒不安定な面もあり、周囲から孤立しがちな一匹狼。
複雑な家庭環境で育ったゆえか、年齢に似合わない達観した言動も垣間見える、人見知りツンデレハリネズミ娘。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生で、地元名家の一人娘。完璧主義で融通の利かない修道女的性格。
実際は、次期当主としての境遇と自分自身の目標に悩む年相応の少女であり、渾名の「鋼鉄の冷嬢」とは程遠い温和な性格。詩音のライバル?を公言中。
■ジョナサン ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪男子。明るく陽気な爽やか系男子で、編入早々から女子の注目度も高い。涼太とは凸凹コンビの間柄。
偶然か必然か、詩音の遭遇するトラブルに関わる救世主的存在となることも多く、詩音にとっては微妙に気になる存在。
《その他の人物たち》
□メアリー ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪女子。初等部六年生の快活児童。ジョナサンの妹で、かなり偏りまくった日本文化に憧れている。
次世代RPG同好会の予備軍として、詩音たちに帯同することも多い。容姿も年齢以上に可憐で、詩音や彩乃のコンプレックスの源になることも。
■佐伯 十三
詩音と彩乃のクラス担任の国語教師。RPGの造詣も高く、心理描写重視の演劇スタイルが得意。なし崩しにRPG同好会の責任者となる。
詩音の憧れの存在であり、生徒からの評判も良好の好青年だが、生徒との距離感に戸惑いを感じる一面も。
■鷹取 謙佑
ホビーショップ『Colline Blanche』のアルバイトの大学生。彩乃の従兄。RPGのほか、様々な玩具に詳しい。
相応にイケメンだが、かなりアバウトな性格で、一見掴みどころがない存在。彩乃の良き相談相手であり、目下の攻略目標。
□道脇 環
RPG雑誌『月刊TTM』の編集部員で、謙佑の先輩。気さくなゴスロリ美女だが、実態は謎の多き人物。
過去の自分に似た境遇の詩音に、分不相応な過大な期待を抱いているようで、半ば世話焼きのお節介お姉さんと化している。
◇64 嵐の後に残るもの
迂闊にも詩音は、誰もいないRPG同好会の出展会場、というより本来の自分の教室で居眠りをしてしまった。まぁ、そこまではありがちな展開だった。
しかし、夢現で半分あっち側に行っていた詩音の意識を揺るがすように、ひと際明るく元気な大きな声が教室の空気を震わせた。
「たっだいまぁー! 彩乃、戻りましたぁー! って、あれ、誰もいないの? ん? なんだぁ、詩音、いるじゃん!」
どかーん、という効果音が似合いそうな勢いで扉を開け放ち、詩音のいるRPG同好会の出展会場に彩乃が戻ってくる。
「いるよぉー、いるけどぉ、いないよぉー…」
「何それ? お疲れ戦力外モード? 私はいないものとして扱え、ってこと?」
「いやぁ、何ていうか、なんだろうねぇ…」
彩乃の質問に曖昧過ぎる返答をしつつ、詩音は机に突っ伏したままで、もぞもぞと楽な体勢を探るように蠢く。
「お腹、空いたぁ…」
いつ如何なる時でも、容赦なく乙女の腹は減るものだ。詩音は訴えの声を上げる自分の腹の虫を恨みがましく思いながら、ぽつりと呟く。
「え、詩音、お昼も食べずに寝てたの? うーん、その場合、牛じゃなくて何になるんだろう…」
「獏…」
「あー、なるほど…」
彩乃の妙な問いかけに咄嗟の思いつきで答える。
その瞬間、ふと何気なく伸ばした指先に、小さな何かが触れた。、
むくりと面倒くさそうに身を起こした詩音が確認すると、それは一冊のオレンジ色の手帳だった。
その微妙なオレンジ色の彩りは、詩音にとって、どこか以前に見覚えのあるものだった。
そう、夏休みが終わる直前、病院からの帰り道に乗せてもらった、佐伯先生の軽自動車のボディカラーに似ている。初めて佐伯先生の家庭事情の一端を知ることになった、あのお墓参りの時だ。
だから反射的無条件に、詩音はその手帳が佐伯先生のものだと確信して疑わなかった。
そうと判れば、あとでゆっくり返しに行けばいいだろうし、もし急いで必要なものならきっと取りに戻ってくるだろう。
自然と成り行きのまま、無意識に手に取った手帳から、ひらりと一枚の写真が床の上に滑り落ちる。
「ありゃりゃ…」
思わず咄嗟に拾い上げ、見る気もなしに視線を向けたその写真には、詩音の知らない何処かの教室で、詩音の知らない違う制服を着た、詩音の知らない女子生徒と照れくさそうに腕を組んだ、今よりちょっとだけ若い佐伯先生の姿が写っていた。
その女子生徒も、殆ど詩音と同じくらいの年齢に見えるので、恐らくは中学生なのだろうと推測できた。
佐伯先生が前に勤めていた学校の生徒かな、などと思いながら、何の気なしに写真の裏側を見ると、そこにはメモのような一文が記されていた。
―やっと撮れた大切な宝物、念願の二人きりのツーショット―
詩音は自分でもびっくりするほど、全身から冷汗が噴き出ているのがわかった。
あぁ、これは見ないほうが良かったやつだ、などと今さら思ったところで、全ては後の祭りというものだ。
佐伯先生の手帳に挟まっていた写真、そこに映る詩音の知らない女子生徒。その写真は、どうやらずっと撮影を心待ちにしてやっと念願が叶った、とても大切なものらしい。
―うー…―
小さく唸り声をあげながら、詩音は再び机の上に崩れ落ちる。そっと閉じた瞼の裏に、写真の少女がくっきりと写し出される。まるで詩音のことを嘲笑うかのように、にっこりと微笑みを浮かべながら。
「ん、どうかした、詩音ぇ?」
「べ、別に異常なしっ!」
過剰過ぎる詩音の反応に、彩乃はゆっくりと首を傾げた。
その後、つまり文化祭最終日である日曜の午後、詩音の様子は誰が見てもあからさまに挙動不審で、いつにも増して落ち着きのない雰囲気を醸し出していた。
幸いにして、以後は詩音がゲームマスターをする予定はなく、他の部外者に迷惑をかけることはないと思われたが、傍から見ているRPG同好会のメンバーからすれば、毎度のことながら何か思うところはあるのだろう。
当然、何かそれ相応のトラブルがあったのではないか、と容易に推測できた。
怪訝に思った通りすがりのジョナサンや美雅が、何気なく詩音に声をかけるも、適当にはぐらかされ、謎はますます深まるばかりだった。
「絶対何かあったよ、あれ…。しかも、基本的に良くないやつ…」
彩乃が傍らの夢莉に囁きかけると、夢莉も半ば呆れ顔のままで反応を返す。
「あれで本人はあくまで平常運転のつもりなんだから、困ったもんよね。周りで見てるこっちのほうが、先にポカをやらかしそうになるわ…」
小さく肩を竦めた夢莉は、ふらふらと漂うように会場の教室内をうろついている詩音に視線を送る。
「おい、詩音。お前、午後の予定ないなら、他のところ見てこいや!」
他の展示巡りからちょうど戻ってきた涼太が、目ざとく詩音の様子に気づいて声をかける。
「あー、でも…」
渋るような曖昧な言葉を返そうとする詩音を遮って、涼太は悪戯気味に追い打ちの言葉で尻を叩く。
「これからの午後は、俺と夢莉のラブラブマスタータイムだぜ? たまには幼馴染みらしく、ちょっとは気を利かせてみろや…」
「あー、うん、そっか、そうだねぇ…わかったよ…」
詩音は心ここに在らずの返答をしながら、小さなハンディポーチを手に取ると、例のオレンジ色の手帳を悟られぬようにしまい込んで、ぎこちない怪しげな足取りで再び歩みだす。
「それじゃ、彩乃、あとはよろしくね」
詩音の後ろ姿が見えなくなったのを確認すると、彩乃は僅かに表情を曇らせて呟く。
「何もあからさまに追い出さなくても良かったんじゃ…」
「いや、あんな顔を見せられるこっちのほうが気が滅入ってくるってもんだろうが…。いったい何があったんだ? また佐伯のやつとトラブルか?」
彩乃の疑問に答えながら涼太が問いかけるも、二人とも首を横に振って否定の仕種を見せる。
「さあ、としか言いようがないわ。詩音のシナリオ自体は、まぁちょっと時間オーバーはあったけど、無事に終わったみたいだし、特に問題があったようには思えないけど…」
「さっきボクがここに帰ってきたら、詩音がひとりでプレイ卓で寝ててさ、寝惚け眼で起き上がったと思ったら、いきなり様子がおかしいんだよ」
夢莉と彩乃の証言から推測しても、誰一人、詩音の異変の決定的な理由には思い至らす、ますます混迷を極めるばかりである。
「また寝惚けて妙な夢でも見たんかな? 詩音らしいっちゃ、らしいんだが…」
「昨晩はあまり寝てないみたいだからねぇ…」
涼太の素朴な思いつきに、夢莉が同意する。お祭りの前日に興奮して眠れないのは、詩音あるあるの典型例だ。
「そういえば、詩音、何か持ってたような気も…」
彩乃が、むくりと起き上がった時の詩音を思い出しながら、首を傾げる。
「あ? 誰かプレイヤーの忘れ物でもあったか?」
「さぁ…。でもさすがに詩音でも、たかが忘れ物のひとつくらいで、あそこまでおかしな雰囲気にはならないでしょ…」
もっとも自然な成り行きを考えつく涼太に、夢莉が冷静な分析を試みる。
「それよりも…、あんた、ラブラブマスタータイムとか適当なこと言ってるんじゃないわよ! いったい誰と誰がラブラブだって?」
「あー? 俺とお前以外に誰がいるんだ? 夢莉、お前、俺が他の女子とラブラブだったら困るだろ? っていうか嫌だろ?」
「はぁ? 何寝言言ってんのよ? 涼太がどうなろうと、あたしの知ったこっちゃないわよ! 第一、あたしら以外にあんたをちやほやしてくれる奇特な女子なんていないでしょ?」
「うわー、夢莉、辛辣ぅー」
夢莉と涼太の掛け合い、というよりもはや、どつき合いの漫才を見せられて、彩乃は呆気にとられて思わず素直な感想を漏らす。
「そうは言うけどな、こう見えても、俺もなかなか捨てたもんじゃないんだぜ?」
「ほう、世の中にはとんだ物好きもいるってことね…。っていうか、誰よ? あんた騙されてるんじゃない?」
「ほれほれ、なんだかんだ気になってるじゃねぇか。夢莉、まったくお前も素直じゃねぇなぁ…。ま、そこが可愛いところって言うかだな…」
「はぁ?」
終わりのない夫婦漫才を見せつけられて、彩乃は口を挟むタイミングを逸して困惑の表情を浮かべる。
「別にゲームマスター関係なくラブラブじゃん…」
その頃、詩音は特に行く当てもなく、半分惰性の店仕舞いモードに突入しつつある校内をうろついていた。
「はぁっ…」
馬鹿みたいに大きな溜め息を漏らしながら、注意力散漫の視線を泳がせて、とぼとぼと頼りない足取りで、在校生と外部の来訪客で賑わい続ける廊下を進んでいく。
今詩音の周囲に起こっている出来事は、つまり客観的に冷静に捉えれば、さほど大袈裟なものではない、はずである。
担任の教師が以前の赴任先で撮った記念写真、そこに一緒に写っている女子生徒は、当然ながら詩音の知る由もない素性の人物だ。もちろん、その写真の生徒からしても、詩音の存在などわかるはずもない。
すべては過去の話。仮に現在まで継続中の何らかの関係があるとして、ならばすっぱり諦められるのか、という問いには断固拒否を示すだろう。
自分の目標と針路が決まっている以上、詩音にとって何も悩む必要はないはずなのだ。
それでも、年頃の乙女は一度気になったものはそうそう忘れられない。
あの少女は誰なのか、佐伯先生とはどういう関係なのか。意味が無いとはわかっていても、もやもやと晴れない気分のままではいたくない。
―よし、決めた! 手帳を返すついでに、さり気なく訊いてみよう―
詩音がそう決心し、果たしてさり気なく訊きだせるほどの器量が詩音にあるかどうかは置いておいて、気分を整えた瞬間を狙うかのように、背後から声がかけられた。
「会長先輩、寄っていきませんか?」
立ち止まり、振り返った視線の先にいたのは、先ほどまでのお姫様衣装から一変し、丈の短い軽快な和装になった美雅だった。
◇65 想い出少女の終着点 に続く
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●ご注意
この連作小説は、毎週月曜日の10:00に更新掲載していく予定です。
第一章(0~13)は掲載中の「あの世とこの世の冒険譚」を分割したもの、
第二/三/四章(14~27/28~42/43~56)は続編部分で、2024/3/25に終了、
引き続き現在の第五章(57~)を、2024/4/1より掲載中です。
初めましてorこんにちは。真鶴あさみです。
早いもので、初の毎週連載作品「よよぼう」も開始から一年が経ちました。
他の多くの作者さんのようなスピード感や勢い、ノリや旬の味覚みたいな魅力には乏しい本作ですが、少数ながらも定期的に読んでくださる読者様に恵まれて、作者としては幸せに感じています。
今後とも細く長くおつきあいいただけると嬉しいです。
この作品は、いわゆる『RPGあるある』といった内容を、主人公詩音の中二女子の目線で追っていくものです。とはいえ、いわゆるレトロな古典である対面会話形式のRPG、テーブルトーク型RPGというものについてですが。
多少の取っつきにくさはありますが、極めて奥深い素敵な世界ですので、ぜひ興味を持っていただけると嬉しいです。
挿絵の代わりのイメージ画像は、KISS社製のPCゲーム「カスタムオーダーメイド3D2(COM3D2)」で作成しています。
3Dモデルをいろいろ独自に弄れるみたいですが、あいにく知識がなく、基本的な本体仕様の範疇を出ません。ご容赦ください。
それでは引き続き、ずれまくりの季節の少女たちの、現実と空想の冒険譚をお楽しみください。
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