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よよぼう ~あの世とこの世の冒険譚  作者: 真鶴あさみ
ゲーム部を目指して
4/112

◇3 西原詩音

●ご注意

 この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。

 既存部分の掲載に引き続き、新作部分を連作小説形式で公開していきます。



●主な登場人物

 □女性/■男性


西原にしはら 詩音うたね

 担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。


白岡しらおか 彩乃あやの

 詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。


香坂こうさか 夢莉ゆうり

 詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部に所属。


神楽かぐら 樟葉くずは

 図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。


佐伯さえき

 詩音と彩乃の担任の国語教師。


涼太りょうた

 詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。


鷹取たかとり 謙佑けんすけ

 ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。


水野みずの

 夢莉の担任の体育教師。


◇3 西原詩音


 ―どうしてこんなことになっちゃったんだろう―

 かれこれ一時間近く、詩音はお風呂の湯に浸りながら考え込んでいた。

 確かにいろいろと明日のことは、詩音にとってもチャンスではある。

 佐伯先生と個人的に話ができれば、何か一歩でも前に進めるかもしれないという淡い期待と、もちろん本題のゲーム部の創設に関しても、顧問をお願いできれば願ったり叶ったりだ。

 しかし、どうにもこうにも物事の展開がいきなり過ぎて、何処かあの二人にいいように乗せられたといえなくもない。

 嬉しさ半分、悔しさ半分…というより、まさに詩音の心の殆どすべてが、不安に占められているといっても過言ではなかった。

 湯の中で体を動かすたびに、水面に立った僅かな波音が詩音の耳に届く。

 何度目かの溜息をつきながら、詩音はそっと目を閉じた。



 すべては昨年、詩音の兄が亡くなったことに始まる。

 念願の高校へと進学したばかりのごく普通の学生だった兄は、帰宅途中に巻き込まれた突然の交通事故によって、帰らぬ人になった。

 あまりに唐突な出来事過ぎて、詩音たち遺された家族は茫然自失で対応に追われた。すべてが非現実的で、悪い夢を見ているようだった。

 詩音の心にも何処かぽっかりと穴が開いてしまったようで、なんとなく違和感を覚える日常がしばらく続くことになった。

 そんな詩音の生活にようやく転機が訪れたのは、今から数か月前、兄が亡くなってからも数か月が過ぎた頃のことだ。

 いつもと同じように中学校から帰宅した詩音は、自宅の前で何処かそわそわと落ち着きがなく周囲の様子を伺っている、同じ制服姿の女子生徒を見かけた。

 暫しの間を置いた後、詩音は思い切って女子生徒に声をかけると、ひぅっ、と声にならない驚きの叫びをあげて、彼女はまじまじと詩音の顔を見つめ返してきた。

 それは同じクラスで隣の席の白岡彩乃だった。

 「白岡さん? どうして…」

 幾つかの疑問を詩音が口にするより早く、彩乃はぺこりとお辞儀をすると、脱兎のごとく逃走を始めた。

 呆気にとられて取り残された詩音は、翌日の教室で、唐突に彩乃に声をかけられたのだった。

 放課後に少し付き合ってほしい、というどうとでも解釈できる言い回しで、果たしてそれがどういう意味なのか、詩音の想像は斜め上に加速するばかりだった。

 隣席のクラスメイトとはいえ、特にそれまで深く話す機会があったわけでもないし、もしかしたら何か気づかぬうちに、彼女に迷惑をかけるようなことをしてしまっていたのかもしれない。

 不安に駆られた詩音が、昼休みに隣のクラスの幼馴染み、香坂夢莉を訪ねて相談すると、返ってきたのは「女同士でも、たまによくある」などという意味不明な言葉だけだった。

 緊張のピークで放課後を迎えた詩音は、彩乃に促されるように一緒に下校しながら、その途中でいろいろと話をした。

 詩音が杞憂していたような斜め上の展開には当然ならず、当たり障りのない自己紹介のような話題から始まって、彩乃は様々なことを話してくれた。

 その中で詩音は、今まで知らずに過ごしてきた様々な事実を知ったのだった。

 彩乃の家がホビーショップを経営していること。

 詩音の兄が生前、頻繁にホビーショップを訪れていたこと。

 注文したものが届くたびに、兄に連絡するのが彩乃の役目だったこと。

 幾度かやり取りを重ねるうちに、次第に二人は仲良くなっていったこと。

 だが突然、店のすぐ近くで交通事故が起きて、兄が巻き込まれたこと。

 彩乃自身も目撃者の一人で、偶然その場に居合わせたこと。

 そして…

 兄が亡くなる数日前に、彩乃が最後の注文を受けていたこと。

 それが先日になってようやく店に届いたこと。

 すべてを聞き終えた頃には、詩音の頬に一筋の涙が伝い落ちていた。

 まさかクラスメイトから兄のことを聞くことになろうとは、予想外の展開過ぎて彩乃の話についていくだけで精いっぱいだった。

 今更の話でごめんなさい、と涙声でしゃくりあげる彩乃も、滲んだ涙が大きな瞳に溢れていた。

 やっとのことで感謝の言葉を紡ぎつつ、詩音が彩乃をそっと抱きしめると、彩乃は堰を切ったようにぽろぽろと大粒の涙を零し始めた。

 「大丈夫、わかるから、わかってるから、白岡さんの気持ち…」

 その詩音の言葉がとどめになったのだろうか、彩乃は詩音の肩に顔を押し付けるように、わんわんと声をあげて泣き始めた。

 駅へと続く通学路の途中で、制服姿の女の子が大声をあげて泣いているのだ。周囲の注目を一身に集めながら、それでも構わず彩乃は泣き続けた。

 たぶんその時の彼女にはそうすることしかできなかったのだろう、と詩音は思う。

 詩音はそっと彩乃の肩を支えるように、再びゆっくりと最寄り駅への道を歩み始めた。

 ―そう、きっと私たちは立ち止まってちゃいけないんだ―



 お風呂の湯に、まるで潜水艦のように口元を半分沈め、詩音はゆっくりと目を開ける。

 だからきっとあれも運命の一部ってものなんだろう。

 その後、彩乃とは親友と呼べる関係になったし、兄の代わりに詩音がホビーショップを訪れることも増えていった。

 やがて、兄が最後に注文していたという例の本を足掛かりに、店員の謙佑さんという大学生にあれこれ尋ねながら、試行錯誤の手探りを繰り返し、なんとか漠然とRPGというものを理解した。

 怪我の治療中だった夢莉を、これ幸いと半ば強引に巻き込んで、とりあえず三人でRPGのプレイを続けて今に至るというわけだ。

 そう考えると、兄にももう少し感謝しなくちゃいけないのかもしれない、と詩音は思う。

 「だからって、なんで私が部長なんて…」

 半分水の中にいるのを忘れたまま、そう抗議の声を上げようとした詩音が、危ういところで溺れそうになる。

 まぁ、考えればそうなるであろうことは、詩音にも理解はできる。いわゆる消去法というやつだ。

 彩乃には大事な店番があるし、夢莉は怪我が治れば体操部に復帰することになるだろう。他に誰か目ぼしい部員勧誘の当てがない以上、詩音が部長を務めるのが妥当というものだ。

 そもそも、部活として認められる最低人数の確保さえ怪しい現状で、部長に祭り上げられたとして、詩音にいったい何ができるのか。自分でも疑問に思う。

 しかも、強引に顧問を押し付けようとしているのが、あの佐伯先生なのだ。

 佐伯先生がゲーム好きっていうのはわかった、それは良しとしよう。

 だからといって、「ゲームが好きなら当然、顧問になってくれますよね?」とはいかないだろう。物事はそんなに単純じゃないはずだ。

 まぁ百歩譲って、部長は詩音で良いとする。顧問を依頼する役目も、まぁ良いだろう、そのくらいは引き受けてみせよう。

 だが、肝心の交渉相手がよりにもよって、あの佐伯先生なのだ。

 考えてみれば、この春から佐伯先生が赴任してきて、偶然か必然かクラスの担任になり、毎日のように顔を合わせてはいるものの、詩音の側から声をかけた覚えなどあっただろうか?

 きっかけが何もなかったといえばその通りなのだが、では、今回のこれを突破口にして、詩音が積極的な一大反攻作戦に転じるのか、と聞かれれば、答えはイエスという状況にはほど遠い。

 「さぁ、勇者詩音よ、覚悟を決めるのだ…」

 夢莉の演じる剣士の声が、詩音の頭に響き渡る。

 まぁ実際にファンタジーの世界で魔王討伐を任じられた勇者の心境なんて、こんなものなのかもしれない。

 現実の世界だって、危険な戦場に派兵された兵士だったり、ヤバい会社の危ない仕事だったり、いろいろあるだろう。

 それらに比べたら、別に命を落とすわけでもないし、手足の一本も失うわけでもない。今回の詩音に課せられた試練…とさえ呼べない何かは、そういう程度のものだと理解もしている。

 「でも、やっぱり結局、魔王佐伯に行き着くわけだし…」

 それは避けることのできない固定イベントだ。あとはこれが敗戦確定イベントでないことを祈るしかない。

 詩音にとってはまさに正念場、明日は一大決戦である。誰が何と言おうと、詩音の将来を左右するかもしれない戦いになるのだ。

 「えぇい! よし、もう考えるのはなしっ! 無心こそ必勝の計なり、ってことで…」

 覚悟を決めたのか、思考を放棄したのか、はたまたすべてを諦めたのか、それとも運を天に任せることにしたのか。

 詩音はざぶんと音を立てながら、勢い良く立ち上がると、湯船の中で小さくファイティングポーズを決めた。

 浴室の鏡に映った自分に向けて、自らを鼓舞するように、詩音は大きく息を吸い込み胸を張る。

 「やるぞー、やってやるぞー!」

 浴室特有の効果的なエコーに強調されて、詩音の決意の雄叫びが抜群の響きを轟かせる。

 未だ霞み続ける湯煙の中、堂々と胸を張り、両の拳を握りしめ、鏡に向かって固まっている全裸の女子中学生の姿が、そこにはあった。




◇4 もうひとつの想いに続く

●ご注意

 この連作小説は、2023/4/1より当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。

 2023/4/8より毎朝10:00に各章を順次公開しますが、分割にあたって変更した部分はありません。

 既存部分の掲載に引き続き、新作部分を連作小説形式で公開していきます。新作部分のスケジュールは現在検討中です。


 作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。

 画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。


 ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。

 よろしければ、短いもので構いませんので、ご意見ご感想をお寄せいただけると励みになります。

 是非ご支援よろしくお願いします。

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