◇2 帰り道
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。
既存部分の掲載に引き続き、新作部分を連作小説形式で公開していきます。
●主な登場人物
□女性/■男性
□西原 詩音
担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部に所属。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。
■佐伯
詩音と彩乃の担任の国語教師。
■涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。
■鷹取 謙佑
ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。
■水野
夢莉の担任の体育教師。
◇2 帰り道
いつもと同じ放課後の帰り道を、いつもと同じ顔ぶれで歩く。
当たり前のたったそれだけのことが、なんとなく楽しく嬉しいのは、この年頃の誰もが経験する、不思議な、それでいて恐らくとても貴重な体験なのだろう。
「…というわけで、あともうひと押し!って感じかなぁ」
彩乃が一連の騒動を、大事な部分をはぐらかしながら、掻い摘んで語り終える頃、三人は学校最寄りの駅前広場に辿りついていた。ここからは立ち話という名のエンドレスなロスタイムに突入するのが、この年頃のお約束というものだ。
「でも、噂によると、佐伯は女にまったく興味がない、って話なんだろう? まぁ、水野みたいに見境のないスケベ教師よりはマシかもだけど、攻略するならそっちのほうがよっぽど楽だしなぁ…」
「噂…」
「そのことなんだけど、たぶん誤解だと思うよ」
不安げな詩音の表情を察したのか、彩乃が自身の推測を交えて意見を述べる。
一通り彩乃が話し終えると、夢莉がその要旨をまとめ上げる。
「えー、つまり、佐伯はゲームが趣味で、自宅に男連中をとっかえひっかえ引っ張り込んでたってのは、仲間たちとゲームをするためで、週末は朝までお楽しみだった、ってわけか」
「ちょっ、言い方ってものが…」
要点だけを的確にまとめた夢莉のストレートな発言に、詩音が動揺する。
「とにかく、佐伯をゲーム部の顧問として引っ張り込めば、すべての問題が一挙に解決する、ってことになるわなぁ…」
「そうそう」
「そんな上手くいくのかなぁ。それに、きっと迷惑じゃないかなぁ」
積極的に悪巧みを計画する彩乃と夢莉とは対照的な、あからさまに消極的な詩音の様子が手に取るようにわかる。
「何言ってんのさ、あんただって満更でもないくせに」
あくまで強気な夢莉の勢いに、流されまいと懸命に抵抗してみせる詩音ではあったが、所詮は二対一、圧倒的に不利な情勢だ。
というより、きっと詩音の心には打算的な思いがあったのだろう。
ことがうまく運んでくれたら何よりで、ゲーム部の問題はもちろん、個人的な恋も少しばかり進展するかもしれない、という淡い期待が持てるのである。
また、作戦が失敗に終わり、佐伯先生に顧問を断られたとしても、詩音自身が反対していたという事実さえあれば、どうにか自分に対しての言い訳が立つような気がした。
「あーんっ! だから、もう!」
よほど揶揄い甲斐があるのだろう。詩音の絵に描いたような狼狽えぶりに、二人は暖かくも残酷な微笑みを浮かべるばかりだ。
「さぁ、勇者詩音よ、覚悟を決めるのだ…」
「ゲーム部のことはともかく、ボクは詩音の恋を応援したいよ」
恐るべき圧力の前に、詩音の空しい抵抗が続くわけもなかった。
「あー、わかったわよ! もう二人の思うようにしてよ!」
詩音は半泣きでそう言うと、二人は小さくガッツポーズをしてみせた。
「それじゃ、ボク、明日の放課後、さっそくセッティングするね。いつもの研修室に集合で…」
「…ということで、明日までに佐伯の口説き文句を考えておきなよ、ゲーム部長さん!」
ハイテンションな二人は、さらに満面の笑みを浮かべると、まじまじと詩音の顔を見つめる。
「はい? 私? え?」
「勇者詩音よ、ここは潔く、とっとと吶喊するしか道がないぞ?」
何度目かの剣士の言葉で、夢莉は唆すように囁く。
「はぁ? とっとととっかん…って、吶喊って何よ、どういう意味?」
聞きなれない単語に反応して、詩音が疑問とも反論ともつかない声を上げる。
「あぁ、突撃前に気合の雄叫びを上げつつ、一気呵成にそのままの勢いってやつで…」
彩乃がわかりやすく解説するが、夢莉はそれをさらなる一言で上書きする。
「バンザイ突撃…」
「それって、結局、玉砕ってことじゃない!」
ひと際大きな声を上げて詩音が拒否する。
「それにしても、いったい佐伯の何処が良いんだかねぇ…」
詩音の狼狽えっぷりを堪能するように、夢莉はそんな疑問を投げかける。
「えっ? 何処が…って、そりゃあ、いろいろと…」
駅前で詩音たちと別れた夢莉は、駅のホームで次の列車が来るのを待っていた。
この街自体が、都会とも田舎とも言い難い微妙な位置にあるおかげで、待たずに乗れるほどではないが、散々待たされるということもない。むしろ、それなりの本数の優等列車が停まってくれるだけ恵まれてはいるのだろう。
ホームには夢莉と同じ制服の生徒たち。もちろん男子生徒の姿もあるが、どういうわけか騒がしいのは殆ど女子のほうである。
幼児を連れた買い物帰りの母親や、病院通いのお年寄り、ランドセルを背負った小学生、スマホ片手に商談するスーツ姿の青年、そう、ここには様々な人が集っていた。
ホームの先頭部分、ちょうど列車の一両目が停まる位置に立って、夢莉はぼんやりとその光景を眺めていた。
「よぉ、夢莉、今帰りか? 随分遅ぇなぁ」
いつの間にかすぐ近くに歩み寄ってきていた男子生徒が夢莉に声をかける。
「馴れ馴れしく呼ぶな、って言ってるでしょ、涼太!」
この涼太は夢莉にとって、詩音と同じく幼馴染みの間柄だ。幼稚園に通う以前から、そう、まさに物心がついた頃からずっと一緒の、気の置けない関係である。
中学二年の今となっても、同じ学校の同じクラスの隣の席、おまけに家までお向かいさんともなれば、これは腐れ縁以外の何物でもない。
「まぁ、エンドレス移動相談室、って感じよ。別に今に始まったことじゃないんだけど」
「あー詩音のやつかぁ…。あいつ、国語の佐伯に惚れてるって話だろ? 大丈夫なのかね」
「そんなに心配なら、直接本人に聞いてみなさいって。早くしないと手遅れになるかもしれないんだからね」
昔はよく三人で暴れまわったものだ。涼太がなんとなく詩音のことを気にするのも極めて自然な成り行きだろう。
「いや、俺が心配してるのは、お前のほうだし」
「はぁ?」
夢莉が大きな声で疑問を口にする。
「詩音のやつ、もう信じられんくらいとことん鈍いからなぁ…。自分のことさえ見えてないし、ましてや夢莉や周りの連中が何を考えてるかなんて、これっぽっちも…」
「それは、別に、いい…うん、いいんだよ」
涼太はさすがに鋭い。だから嫌いだ。それが夢莉の素直な感想だ。だから夢莉は反撃に打って出ることにした。
「ところで、あんたこそ、なんで帰宅部なのにこの時間なのよ?」
「まぁいわゆる、視聴覚室でビデオ鑑賞会、ってあれだ」
ぴくっと可愛く反応してしまった夢莉は、冷めた視線で涼太を睨みつつ、一段と低い声で曖昧な返事をする。
「そいつは良ぉござんした。新人の推し女優でも発掘したの?」
「いや、いるっちゃいるんだけど、なんつーか…」
妙に歯切れの悪い涼太の物言いに苛立ちを覚え、夢莉が追い打ちをかける。
「何なのよ? はっきりしないやつね…」
「俺としちゃ、やっぱり夢莉みたいな感じのだな…」
「あー、涼太は微妙に発展途上の未完成体形がお好みだと、そういうことね」
呆れたようにそう言いながら、夢莉は涼太を氷のような冷たい視線で見つめる。
「いや、そうじゃなくてだな…」
必死に弁解しようと試みる涼太を揶揄うように、さらに夢莉は畳みかけた。
「でも、未完成体形っていうなら詩音のほうが良いんじゃない? あたし、最近胸が目立ってきちゃったし…」
その夢莉の一言に吸い寄せられるように、自然と涼太の視線が夢莉の胸元へと誘われる。
「スケベ…」
「いや、おまっ、そりゃ、ぬぅぅ…」
顔を赤くして咄嗟に目を逸らす涼太の様子がおかしくて、夢莉の表情も緩んでしまう。
「あんた、昔からよく幼稚園の頃のアルバム見てたもんね。浮き輪から手足が生えたようなのばっか見てたら、そりゃ目覚めるってもんじゃない?」
「だから、違うって…」
けらけらと笑う夢莉の声に導かれるように、二人の目前にゆっくりと列車が滑りこんできた。
◇3 西原詩音に続く
●ご注意
この連作小説は、2023/4/1より当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。
2023/4/8より毎朝10:00に各章を順次公開しますが、分割にあたって変更した部分はありません。
既存部分の掲載に引き続き、新作部分を連作小説形式で公開していきます。新作部分のスケジュールは現在検討中です。
作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。
画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。
ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。
よろしければ、短いもので構いませんので、ご意見ご感想をお寄せいただけると励みになります。
是非ご支援よろしくお願いします。