◇25 激動のお屋敷訪問
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したもの、及びその続編となる各章のショートショート連作です。
新作部分は2023/5/1より、毎週月曜日の10:00に掲載していく予定です。
主な登場人物
□女性/■男性
□西原 詩音
担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。RPG同好会の会長。精神的ハリボテ勇者の引っ込み思案娘。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。明るくマイペースなボクっ娘トラブルメーカー。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部にも所属。毒舌系百合剣士な雰囲気ながら、情に脆い苦労人。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。完璧主義で融通の利かない修道女的性格。詩音のライバル?
■佐伯 十三
詩音と彩乃の担任の国語教師。RPGの造詣も高く、心理描写重視の演劇スタイルが得意。生徒の評判も良好。
■島本 涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。夢莉にあからさまな挑戦を続けるトリックスター。
■鷹取 謙佑
ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。RPGのほか、玩具系に詳しい。イケメンだが、かなりアバウトな性格。
■水野
夢莉の担任の体育教師で、体操部の顧問。親身な熱血指導が誤解と不評を受ける不運な境遇。
□山科 美雅
中等部一年の体操部員。先輩の夢莉を目標に、自己鍛錬を欠かさない努力家。些か情緒不安定な面もあり、周囲から孤立しがちな一匹狼。
■ジョナサン ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪男子。明るく陽気な爽やか系。
□メアリー ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪女子。ジョナサンの妹で、日本文化に憧れている。
■太秦 ウェリントン(うずまさ)
樟葉の遠縁の実業家。ジョナサンとメアリーの継父。
◇25 激動のお屋敷訪問
週末の金曜日の放課後、詩音たちいつもの面々は、ひときわ目立つワゴン車、俗にいう痛車というやつに乗って、最寄り駅とは真逆の方向へと向かっていた。
いくら詩音の知らぬところで進んでいた計画だとはいえ、まさか送迎手段があの「魔女っ娘ミミリン」のド派手なラッピングに包まれた痛ワゴン車だとは、遥か想像の斜め上だった。
校門近くの路上で皆が慌ただしく乗り込む際も、下校中の他の生徒たちからの視線が矢のように降り注ぎ、痛かった。まさに痛車である。
これでは誰も、詩音たちがこれから勉強会に向かうとは思うまい。むしろ、地方のアニメイベントか同人誌の即売会にでも遠征する勢いだ。
ミミリンがでかでかと笑顔を見せている車体側面には、いちおう「MIMIRINE」の目立つロゴの下に、小さめな「Colline Blanche」の文字が見えるが、果たして誰がそこまで見ているのかと疑問に思う。
痛ワゴンはゆっくりと午後の街並みを走り続け、やがて僅かな田園地帯に差し掛かると、傍らの食品スーパーの駐車場へと停車する。
「いやぁー、なんかこう、神輿に乗ってる気分って感じだなぁ。これじゃさすがに落ち着かない…」
車を降りるなり、夢莉はそう感想を漏らした。恐らくその場の全員が―彩乃と謙佑さん以外は―同じような意見だっただろう。
「おい、さっさと食材買い込んじまおうぜ! ここに停まってるだけでも視線がアレなんだからよ!」
涼太の指摘どおり、興味津々にこちらに駆け出そうとする我が子と悪戦苦闘しているお母さん方の姿が、ここからでもよく見える。
「いっそこの前みたいに、詩音がミミリンになって手を振ってあげればいいんじゃないかなぁ?」
彩乃は悪戯っぽい笑顔で詩音に声をかける。河川敷ならともかく、こんな目立つ場所での羞恥プレイは絶対に願い下げだ、と詩音は視線で抗議する。
「ほら、馬鹿なこと言ってないで、さっさと買い出し済ますわよ!」
夢莉の一喝で、謙佑さん以外のメンバーはぞろぞろとスーパーの入り口へと向かい歩き出した。
一行の姿が店内に消えたのを確認すると、謙佑は再び運転席に戻り、後ろを振り向かずに声をかける。
「さて、君は行かなくて大丈夫なのかな? せっかくだから一緒に行けば良かったのに…」
バックミラー越しに視線を向けると、三列目のシートからちらりと美雅の上目遣いの視線が返ってくる。
「私は、その…なんとか同好会の人間じゃないし、成り行きで一緒になっただけだから…」
それだけを呟いて美雅はまた視線を伏せる。
謙佑は彩乃から一連の事情を掻い摘んで聞いていたものの、完全な部外者という立場もあって、細かい状況を逐一把握しているとは言い難かった。
「でも、こういっちゃなんだけど、彩ちゃんも詩ちゃんも、他の皆もたぶんいい子たちばかりだから、君だけ一人を仲間外れにしたりはしないと思うけどね…」
「それは、わかってます」
どちらかといえば、今の美雅にとってはむしろその逆、できれば放っておいてほしいという気分なのだが、あの連中ときたら勝手に一方的に話を進めて、有無を言わさずこちらを混乱させる。まったく、お節介集団にも程があるというものだ。
「きっと皆、君と友達になりたいと思っているんじゃないかな。ほんのちょっと前まで、彩ちゃんと詩ちゃんと、あと…夢ちゃんだっけ? あの三人だけで頑張ってたみたいだから、仲間が増えるのが嬉しいんだと思うよ?」
それは美雅にも容易に想像ができる。
あのお馬鹿な二人組と、凛々しいけれどお人好しな夢莉先輩のことである。さらにもう一人、今度は一年生を引き込むことができれば、なんとか同好会の未来も明るいというものだろう。
「私は、独りで構わないんです。当分の間は、特に…」
寂しげにそう呟く美雅に、再び投げかけられた謙佑の言葉は、美雅の完全に予想外のものだった。
「そっかぁ…。でも、いいね、その心意気! 一匹狼ってやつも、滅茶苦茶大変だけど、かっこいい生きざまだよね」
「え?」
美雅は戸惑いのあまり、怪訝そうな表情を浮かべて謙佑の言葉に耳を傾ける。
「誰にも頼らず、自分だけを信じて、ただ一直線に我が道を行く…。簡単じゃないけど、けっして悪い生き方じゃないと思うよ?」
「あ、うん…」
謙佑の言葉に躊躇いがちに返事をしながら、美雅は少しばかり自分自身の過去を振り返る。
「私、小さい頃からずっと、自分以外は信じるな! 特に男は絶対に信用するな!って、お母さんに…」
なんで初対面のよく知りもしない男の人に、こんな個人的なことを話しているのだろう。そう思った美雅は、自分でも気づかぬうちに薄っすらと目に涙を浮かべて、それが次第に大粒の雫に変わっていく。
「そうだなぁ…、君のお母さんも恐らくきっと強い人だったんだね。だから娘の君にも、これからの人生、そう強くあって欲しかったんじゃないかな? どこかでそう感じていたから、君も今まで頑張って来られたんだと思うよ?」
それは美雅にとって、意外過ぎる言葉だった。
美雅の母親の言葉も、美雅自身のこれまでの人生も、どちらも否定しないでただ受け止めてくれる。それは今までにない体験で、美雅の心の中のもやもやとした霧が、すぅーっと音もなく晴れていく感覚がした。
この前まで付き合っていた例の三年生、といっても交際期間はほんの僅かだったが、その彼にも母親のことは何度か話した記憶がある。
その時の彼の反応は、今聞いた言葉とは正反対の、母親を中傷するような、代わりに美雅に同情するような、そんな内容だった。
その時の美雅は、それが彼なりの優しさだと思っていた。
育児放棄とか、保護者義務違反とか、難しい言葉はよくわからないけれど、とにかくぎくしゃくしたまままったく上手くいかない家庭環境から、少しの間だけでも解放されたいと思っていた美雅にとっては、その言葉は待ち焦がれた愛の囁きだとさえ思えたのだ。
だから、美雅の心に寄り添うような彼の言葉は、とても居心地の良い甘美な色に満ち溢れていた。そして二人は交際を始めたわけだが、当然ながらそれは、美雅の母親には絶対内緒の関係だった。
でも、今、短期間のうちに様々な出来事に翻弄され、あらゆるものがリセットされてしまった美雅には、もはや何も残っていない。残っていないからこそ、無心になったからこそ、目の前のよく知らない男の人が口にした言葉こそが、真実なのだろうと、すんなり受け止められる気がした。
自分以外は信じるな、という母親の言葉は、裏を返せば、自分だけを信じろということでもある。ならば、当の母親の言葉ですらも、美雅自身が信じるか否かを判断して構わないということではないだろうか?
まさに目から鱗である。あまりにも近くにあり過ぎて、それ故いつの間にか見えなくなっていたものが、この人の言葉のお陰ではっきりと形になりつつあった。
「なん、なんだかな…、あれ? よくわかんないや…。でも、ありがとう、お兄さん。なんか、うん、すっきりした…かも?」
大きな瞳からぽろぽろと涙を零し、途切れ途切れの言葉を紡いで、美雅は謙佑に感謝の気持ちを伝える。
「謙佑、鷹取謙佑ね。駅前商店街の『Colline Blanche』っていう店に大抵いるから、なんかモヤモヤしたら気晴らしに話しに来ればいいと思うよ」
「…うん、ありがとう。けんすけ…たかとり、けんすけ…コリンブロンシュ…コリン、ブロンシュ…。カフェ? ケーキ屋さん? あっ、パン屋さんだ!」
美雅を振り返って、めいいっぱい身をのり出した謙佑の腕からティッシュの箱を受け取りながら、美雅はたった今聞いたばかりの店の名前をぼそぼそと繰り返し、ふと浮かんだ疑問を口にする。
美雅からの意外な疑問に、思わず謙佑が吹き出してしまう。
「あぁ、ごめんごめん。ご期待を裏切って悪いんだけど、ホビーショップ…っていうか、彩ちゃんの家って言ったほうが良かったかな?」
「そっか、うん、大丈夫…。今度寄ってみる…」
あの詮索好きな連中が戻ってくるまでに、この泣き腫らした顔をどうにかしないといけないと、必死に美雅は涙を拭き、盛大に鼻をかみながら、謙佑にそう答える。
この男の人になら、謙佑さんになら、きっと素直な自分のままで何もかも打ち明けられるかもしれない。美雅は心のどこかで漠然とそんなことを考える。
大量の食材を買い込んだ一行を乗せて、再び走り出した痛車ミミリン号がゆっくりと新興住宅街の丘を登っていく。
この先、だらだら続く上り坂と、ぐだぐだ続く下り坂を過ぎ、丘になった住宅街を抜ける頃合いで、道の左手に小さな森のような自然公園が見えてくる。
一行の目的地はそのさらに先、森の裏側にひっそり佇む和洋折衷のお屋敷、神楽本家である。
学校の最寄駅、つまり例のあの踏切から、歩けば概ね三十分以上はかかるだろうか。途中の新興住宅街まではそれなりの本数のバスが出ているはずだし、けっして不便というわけではないのだが、この辺りまで来るとさすがにかなり交通量も減り、閑静で緑豊かな郊外の風景が広がっている。
―毎日、この道を歩いて通うのかぁ―
窓から見える樟葉先輩の通学路を眺めながら、詩音は感心したようにそんなことを考える。
距離的には、恐らく線路の反対側に住んでいる詩音たちとたいした差はないかもしれないが、あの延々と続く小高い丘を越えて歩くとなると、体感距離は随分長く感じそうな気がする。
もっとも、慣れというのも大きいだろうから、通い慣れてしまえば案外気にならないのかもしれない。それに、その気になれば、毎日車で送り迎えする程度は何の問題もない家柄でもある。
―私なら、うーん、自転車通学かなぁ―
雨が降らないことを前提で考えれば、それも良いだろう。ただ、少しばかり坂道の上り下りはついてまわるが。
などと詩音が勝手な考えを巡らせていると、案の定、ぽつりぽつりと小さな雫が灰色の空から降ってくる。
―あー、やっぱり歩くしかないかぁ―
樟葉の通学事情を思い描いていた詩音の視界に、やっと見えてきたお屋敷の生垣と、少し先の大きな門が飛びこんできた。
門の前で停車したミミリン号の窓越しに見上げる樟葉本家のお屋敷は、小さく纏まりながらも威風堂々とした佇まいで、歴史と品格がその姿からも感じられた。
「はい、到着ですよ、お疲れ様。皆、忘れ物はしないでね。この後、商品の受け取りに行っちゃうから、暫く戻って来られないからね」
「謙ちゃん、どうもありがとう。ほんと助かったよ」
皆を代表して、彩乃が謙佑に感謝の気持ちを伝えた。
「それじゃ、日曜の夕方また迎えに来るから、時間が決まったら連絡してね」
いったい何を持ってきたのやら、勉強会と思えぬ物量の大きな荷物を下ろしながら、全員がミミリン号から降り立つと、謙佑は再び笑顔で運転席へと戻っていった。
美雅はその大きな背中に向けて、皆に気取られないようにバイバイと小さく手を振った。
出迎えてくれた使用人の老紳士に案内され、立派な玄関扉を潜り抜けると、真っ先に詩音たちを歓迎してくれたのは、予想もしていなかった人物だった。
「はっろぉー、うたぁねぃ! あん、えぶりぃわん! うぇるかまん、さぁんくす、ふぉーかみん!」
Hello Utane! And everyone! Welcome and thanks for coming!
一目散に詩音を目指して駆け寄ってきた金髪の少女が、そのままの勢いで詩音に飛びつき歓迎の言葉を口にする。
「はぁっ! え? メアリーちゃん? 何でここに?」
「あぁ、うたぁねぃは知らなかったですか? 私たちはクズハお姉様のところに厄介?でいいのかな? あ、居候? そんな感じですね」
疑問だらけの詩音に答えたのは、廊下の奥から現れたもう一人の金髪の少年、ジョナサンだった。
「え、えええーっ!」
詩音と彩乃が声を揃えて驚き叫ぶ。
「じゃあ、つまり、私たちに英語を教える外国人の先生って…」
「そういうことよ。この子たちがあなたたちの勉強を見てくれるわ。その代わり、二人の勉強も見てあげて貰えないかしら?」
次に詩音の質問に答えたのは、樟葉先輩の声だった。
「あっ、樟葉先輩、お邪魔します。今日はお招きあり…が…」
詩音たち一行がその視線を声の主である樟葉先輩に向けた途端、お礼を述べ始めた詩音だけではなく、皆が一様にあんぐりと大きく口を開け、次に紡ぐべき言葉を失った。
「樟葉…先輩?」
そこには普段の見慣れた制服姿とはまるで違った、息をのむほどの綺麗なお嬢様が立っていた。
洒落てはいるもののさほど豪華ともいえない仕立てのワンピース姿ではあったが、例の「鋼鉄の冷嬢」の二つ名からは程遠い、むしろ正反対の優しげな聖母のような慈愛を感じる美しさだった。
「樟葉先輩、ありがとうございます! もう、最っ高です! 勉強会、来て良かったです、俺!」
皆の感想を代弁して、思いっきり煩悩全開にぶっちゃけながら、涼太が樟葉先輩へと声をかける。
「いえ、何? 喜んでくれるのは嬉しいけれど、いったいどうしたの? 私が何か…」
戸惑いと恥じらいを見せる樟葉先輩の仕種に、涼太でなくともすっかり惚れ惚れとしてしまう。
これが生まれ持った格の違いというものか…。勇者詩音は己の身の程を思い知らされつつ、修道女改め聖母樟葉のライバル宣言を再び思い出す。
―勝てるわけないよ、この勝負。瞬殺でゲームオーバーだよ―
◇26 梅雨空の晴れるころ に続く
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したもの、及びその続編となる各章のショートショート連作です。
新作部分は2023/5/1より、毎週月曜日の10:00に掲載していく予定です。
作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。
画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。
ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。
よろしければ、短いもので構いませんので、ご意見ご感想をお寄せいただけると励みになります。
是非ご支援よろしくお願いします。
■HPサイト「かれいどすこーぷ」(https://asami-m.jimdofree.com/)を公開中ですが、只今、絶賛放置中です。
■Twitterもあります(@manazuru7)。




