◇23 袋小路の迷える魂
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したもの、及びその続編となる各章のショートショート連作です。
新作部分は2023/5/1より、毎週月曜日の10:00に掲載していく予定です。
主な登場人物
□女性/■男性
□西原 詩音
担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。RPG同好会の会長。精神的ハリボテ勇者の引っ込み思案娘。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。明るくマイペースなボクっ娘トラブルメーカー。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部にも所属。毒舌系百合剣士な雰囲気ながら、情に脆い苦労人。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。完璧主義で融通の利かない修道女的性格。詩音のライバル?
■佐伯 十三
詩音と彩乃の担任の国語教師。RPGの造詣も高く、心理描写重視の演劇スタイルが得意。生徒の評判も良好。
■島本 涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。夢莉にあからさまな挑戦を続けるトリックスター。
■鷹取 謙佑
ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。RPGのほか、玩具系に詳しい。イケメンだが、かなりアバウトな性格。
■水野
夢莉の担任の体育教師で、体操部の顧問。親身な熱血指導が誤解と不評を受ける不運な境遇。
□山科 美雅
中等部一年の体操部員。先輩の夢莉を目標に、自己鍛錬を欠かさない努力家。些か情緒不安定な面もあり、周囲から孤立しがちな一匹狼。
■ジョナサン ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪男子。明るく陽気な爽やか系。
□メアリー ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪女子。ジョナサンの妹で、日本文化に憧れている。
■太秦 ウェリントン(うずまさ)
樟葉の遠縁の実業家。ジョナサンとメアリーの継父。
◇23 袋小路の迷える魂
夢莉たちいつもの面々と母が立ち去って、再び病室に静かな時間が戻ってくると、やはりというかなんというか、狸寝入りを決めこんでいた隣の少女が、ゆっくりとこちらに寝返りをうって詩音に向き直る。
何となく、そうだろうなぁ、という予感はあった。病室では考えられないほどに好き放題騒いでいたのだ。お前は関係ないから寝てろ、というほうが無理な話だろう。
改めて詩音はその少女の様子を窺う。その容姿にはまったく見覚えこそないものの、少々やつれている以外には特に変わったところのない、目の大きな愛らしい少女だった。
「…まったく、呆れるほど騒々しいのね。でもまぁ、とりあえず、あなたには感謝をしておくべきね」
少女はベッドから起き上がって、その端にきちんと座りなおす。
「あー…ありがとう、ございました」
少女はどこかぎこちなく詩音に頭を下げる。
寝起きのせいなのか、その声にはあまり抑揚がない。悪く言えば、それは気持ちの込められていない形だけのものに感じられた。
「いいよ、気にしなくても、結局お互い無事だったんだし。あ、煩くしたのは、ほんとにごめん…」
少女の様子に若干の違和感を覚えつつも、詩音はそう言って僅かに微笑み返す。
「当然、ありがたくは思うけど、どうして私なんかを助けようと思ったの? あなたも私と一緒に死ぬかもしれないのに…」
詩音に問いかける少女の眼光は、挑むように鋭い。感謝の言葉こそ口にしているものの、どちらかといえば、その瞳は怒りと苛立ちに満ちていた。
「どうして、って言われても、うーん、自分でもよくわからないんだけど…」
詩音自身、どうしてあのような危険な真似をしたのか、その理由に合理的な説明ができない。
普段なら、あのような場面で必ずと言っていいほど足が竦んで動けなくなることに絶対的自信のある詩音だったが、今日の詩音はまるで本物の勇者のように、無我夢中で踏切へと突っ込んでいったのだ。
「私にはもう、何も残ってなんかないのに…。生きていてもたぶん何も…。なのにどうして、よりにもよって、あなたなんかに…」
少女の口から紡がれる、落ち着いてはいるが怒気と苛立ちを交えた言葉を、詩音は殆ど理解することができない。
とりあえず、目の前の少女が死にたい、そうでなくても、もうどうでもいいと思ったからには、それ相応のわけがあるのだろう。ふと衝動的にそう考えてしまうこともないとはいえないが、ならばここまで詩音に恨み節を炸裂させることもないはずだ。
「何でだろうねぇ…。咄嗟に自然と身体が動いちゃったっていうか。なんかこう、やらなくちゃだめだ!って感じで…」
詩音のあまりにも漠然とした説明を冷めた視線で眺めながら、少女は僅かに首を傾げる。
ぼんやりとした頭で、詩音がさらにぐるぐると自身の考えを纏めていくと、薄っすらと僅かに断片的な理由に思い至る。
「たぶん、あなたを助けられたのは、きっとお兄ちゃんのお陰…かも?」
詩音は昨年、兄を交通事故で亡くしていた。それなりに仲のよかった兄妹だったから、詩音の心の喪失感は大きかったが、同時に何もできない場所で大切な人がいなくなる、という無力感にも苛まれた。
もちろん目の前に自分がいたからといって、詩音にいったい何ができたのか、というのは疑問だ。
彩乃のように初恋の人を目前で失うよりは、何ひとつ目に入らないところにいた詩音のほうが、ある意味で幸せにすら思えた。
ただ、今回は事情が違う。
確かに自分とは縁も所縁もない少女、強いて言えば同じ制服を身に纏った同じ中等部の生徒というだけの関係だ。
あの場にいた大多数がそうしたように、たとえ気がつかなくても、気づいたうえで見ない振りを決めこんだとしても、自身の良心が痛みこそすれ、第三者の他人にどうこう言われる筋合いはないはずだ。
それでも詩音は馬鹿げた賭けに出た。少女と一緒に自分も命を落としていた可能性すらある危険な賭けだ。
いつもの空想世界とは全然違う。もし空想世界の出来事なら、相手が死のうが、自身が死のうが、最悪「あははー!」とか「てへっ!」とか笑い飛ばせば、明日にはいつもと変わらぬ日常に戻ってこられるはずだ。それはある意味、保証された平穏な日常だ。
「…お兄ちゃん?」
少女は怪訝そうに呟く。
「うん、私には結構仲のいいお兄ちゃんがいたんだけど、昨年事故で死んじゃったんだ。私、その場にいなかったから、どうして傍にいてあげられなかったんだろう、ってずっと思ってて…」
「…そ、そうなんだ…」
少し意外そうな表情を浮かべて、少女は戸惑い気味に曖昧な相槌をうった。
「だからかな…、困ってる人をいつか助けたい、って思うようになって…。だから、別にあなたのことを助けたわけじゃなくて、たぶん、目の前に困ってる人がいたから…」
詩音は自身の行動を分析するように一語一語を絞り出して繋いでいく。納得できる理由はそれくらいしか思い浮かばない。
「とんだお人好しね、あなた…」
「あー、詩音、西原詩音だよ。同じ中等部の二年生」
あなた呼ばわりはいまいち嬉しくないと感じた詩音が、そう自身の名前を明かすと、少女はゆっくりと再びベッドに横になり、今度は詩音に背を向けると、一言だけぽつりと呟いた。
「うん、知ってる…」
「そう、なんだ…」
会話がどうにも噛み合わない。もちろん、少女の事情にどこまで踏み込んでよいものかと、詩音のほうもが手探りなのだから、仕方がない。
きっと話したくない事情、触れられたくないこともあるだろう。詩音がいうのも何だが、この年頃の少女はいろいろと傷つきやすいものだと思う。
二人の話が途切れた頃合いを狙ったのか、それとも単なる偶然か、病室のドアがノックされると、佐伯先生と樟葉先輩が顔を覗かせた。
「お邪魔します、詩音さん。お加減は如何ですか?」
詩音のベッドに近づきながら、樟葉先輩が優しく声をかけてくる。
「まぁ、多少あちこち痛いですけど、軽い打撲みたいですね。ご心配おかけしました。明日には帰れるみたいです」
うんうんと微笑みながら頷く樟葉先輩と、隣で呆れたような表情を浮かべる佐伯先生の対照的な姿が、なんだかおもしろいなぁ、と詩音は思う。
「お前は本当に、なんというか、その、危なっかしいやつだなぁ。こっちの寿命まで縮まる気分だ。でも、お手柄だったな、今回は」
佐伯先生の大きな手で、頭をくしゃくしゃと撫でられると、詩音はちくりと痛みを感じたが、それ以上に嬉しく思った。
「嬉しいですけど、痛いです、仮にも怪我人ですよ?」
「痛いのは生きている証拠だろう? 無事だったことに感謝しないとな。無鉄砲な真似したんだから、ちゃんと反省もしておけよ?」
そう言って、佐伯先生は僅かに笑顔になった。
「ところで詩音、お前、何処まで事情を知っているんだ?」
一転、真顔に戻って佐伯先生が問う。
「事情、ですか? どこまでって、何が…」
理解が追いつかず、ベッドの上で困惑の表情を浮かべたままの詩音が、戸惑いの表情のままで、佐伯先生の顔を見つめ返した。
「あー、それはだな…」
言い淀みながら、言葉を選んで説明を始めようとする佐伯先生を遮って、隣のベッドから唐突に声が上がった。
「私なのよ、今回の騒動は、全部。ごめんなさい…って言っても、もう遅すぎよね…」
「えっ?」
詩音は佐伯先生から隣のベッドの少女へと視線を移して、目を丸くする。
少女は相変わらずこちらに背中を向けたままだった。
「いや、山科のせいばかりじゃないだろう。お前はなにも知らなかったって、そう先生たちに説明してくれたじゃないか」
状況はよくわからないが、何か複雑な事情があるのだろうということは、詩音にも察しがつく。
「でも、最初のきっかけは私だから。私が夢莉先輩を逆恨みしたから。本当に悪かったと思って…ごめんなさい」
「はぁ…」
さっぱり訳がわからない、と詩音の顔に書いてあることを理解して、樟葉先輩が説明をしてくれる。
「詩音さんが助けたこの子、山科美雅さんは、体操部の一年生で、つまり、あの件の関係者なのよ」
あの件、といわれれば、思い当たるのはひとつしかない。昨日の今日でどうしてこうなるのか、なんという運命的な展開だろう。
「でも、山科は三年の男子に話を聞いて貰っただけで、その後の事件には一切関わっていない。相手の生徒もそれは認めている」
話を引き継いで、佐伯先生が説明を続ける。
「それじゃ、どうしてあんな危ないことを?」
詩音のもっともな疑問に、美雅本人が口を開いた。
「先輩が私の知らないところでいろいろ騒動を起こして、私は全然気づかなくて…。結局全部バレてしまって、先輩は暫く自宅待機?たぶん停学?になって…」
美雅はそこまで言うと、僅かに背中を震わせた。
「それで昨日、先輩から突然、全部お前のせいだからな!って言われて、もうお前とは付き合わない、顔も見たくないって…」
最後のほうは嗚咽交じりで声にならない様子で、美雅は涙交じりで話を続けた。
「信じられなかった。だって、納得いくわけないじゃない。私はそんなことを頼んだわけじゃないのに…」
「そんな勝手な話…」
他人事ながら、詩音は若干の憤りを感じてそう呟いた。
「私も体操部に居づらくなって、夢莉先輩の代役の話も無くなって…。せっかく巡ってきたチャンスだったのに…。まぁ、これならもうどうでもいいのかな、って…」
「どうでもよくないよ! 山科さん、だっけ? 全然よくないよ! 山科さんはちっとも悪くないじゃない! そんなの、その三年生が間違ってるよ。そうですよね、佐伯先生!」
涙声で言葉にならない美雅の代わりに、ものすごい勢いで詩音が憤慨して抗議の声を上げる。
「確かにその男子は身勝手な言い種ではあるんだけどな、個人の人間関係、特に恋愛関係っていうのは、あまり他人にどうこう言えるもんじゃない」
「でも…」
詩音は納得できない。頭ではわかっているものの、心ではそれを頑なに否定している。
「別に教師だから言っているわけじゃない。中学生の男女交際だって、端っから頭ごなしに全てを否定する気はない。でも、一度拗れてしまった関係は、本人たち以外にはどうすることもできないんだ。詩音だってわかっているだろう?」
「そりゃあ、わかります、けど…」
誰にだって出来ることと出来ないことがある。それは仕方のないことだ。
詩音は確かに、今日、目の前の少女の命を救った。まさに英雄的行動だ。それでも結局、その心までは救うことはできなかったのかもしれない。
むしろ、美雅の心が望んだ結末とは違う結末に、強引に送り出すことになってしまったともいえる。
少し前、まだ同好会をどうこうしようと皆で騒いでいた頃、佐伯先生とプレイしたRPGのシナリオを思い出す。
あの気弱な悪魔は、本当に死を望んでいたのか? それは納得のいく命の終焉だったのか?
もし詩音が、あの時の樟葉先輩の立場だったら、果たしてどうしていただろう。
別に、詩音は美雅の事情を知ったうえで助けたわけではない。ならば、事情を知った今、詩音はどうするべきなのだろうか?
「何はともあれ、山科さん。せっかく助かった命なのだから、あまり悲観的に物事を考えないほうがいいと思うわ。少なくとも、ここにいる三人はあなたの事情を理解しているから、きっと力になれると思うのよ」
ここまで黙って話を聞いていた樟葉先輩がそう声をかけると、はい、と美雅は小さく頷いて返事をする。
「それに、さっきまでここで騒いでいた連中も、ね」
「あー」
さすが樟葉先輩、よく騒いでいたことがわかったな、と感心する詩音が、呆れた嘆息で応える。
事情を話せばきっと夢莉たちもわかってくれる。たぶん詩音と一緒になって、美雅のことを考えてくれる。そう詩音は反射的に確信する。
「うん、きっと大丈夫だよ、山科さん」
詩音はにっこりと美雅に微笑みかけた。
結局、朝の通学路から直行するかたちで、詩音の運び込まれた病院へと赴いた夢莉たちは、過呼吸を起こしかけていた彩乃の診察を兼ねて、暫くの間、病院内に留まっていたことになる。
いろいろとやらかした彩乃がなんとか無事に落ち着きを取り戻しても、詩音の意識は戻らないままだった。 担当の医師からは、眠っているだけだから心配ないと告げられたが、待たされる身としては、もどかしく長い時間が過ぎていった。
夢莉の緊急電話で詩音の母に事情は知らせたものの、こちらに到着するまで少々時間がかかりそうだ。
話ができるまで落ち着いた彩乃が、樟葉先輩と佐伯先生に連絡して、ついでに強引に欠席する旨を伝えておいた。
そしてようやく先ほどの展開になったということで、結局学校はサボったまま、病院からいつものバーガーショップに場所を変えて。皆で入り浸っているわけだ。
普段の下校時間よりもだいぶ早い時間帯だからか、学生より子供連れやビジネス客の遅いお昼といった感じだろうか、いつもとかなり雰囲気が違う。
「はぁー、とりあえず良かったよー。ボク、どうなっちゃうかと思ったよ…」
病院のランドリーですっかり復活した制服姿に戻って、彩乃がナゲットを口に放り込む。
「別にジャージで良かっただろうに、なんでまた制服…」
次はアイスティーに口をつけて、彩乃が涼太の疑問に答える。
「まぁ、そこはプライドの問題、ってやつ? 乙女心を察してほしいなぁ…」
「乙女ねぇ…」
涼太が小首を傾げて呟く。どう見ても少年といった体形の彩乃である。そう思われるのも無理はない。
「しっかし、もうちょっとで人身事故だぜ。ふらふら突っ込むほうもアレだけどよ、毎日顔を合わせてる仲間内が巻き込まれたとあっちゃあ、寝覚めが悪いなんてもんじゃないぜ、まったくよぉ…」
列車の車内にいた身からすれば、どうにも避けようのない状況ではある。避けようがないからこそ、ひと際後味が悪いのも事実であろう。
「だいたいあの女子は、何考えて踏切なんかで、その、アレなんだ…」
「うーん、まぁ、たぶんお察しのとおり、ってやつね」
「はぁ? なんだそれ、どういうことなんだよ?」
夢莉の返答に、理解の追いつかない涼太が疑問を呈する。
「山科美雅、体操部の一年生、後輩よ。早い話が、恐らく例の騒動の初めの一歩…」
「あぁー、それってつまり、詩音は犯人を助けちゃいました、ってこと?」
彩乃が呆れたように溜息交じりに反応する。
三人がそれぞれ狙ったように息を合わせて、タイミングよくひと際大きな溜め息をついた。
◇24 雨の日の贈り物 に続く
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したもの、及びその続編となる各章のショートショート連作です。
新作部分は2023/5/1より、毎週月曜日の10:00に掲載していく予定です。
作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。
画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。
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