◇20 小さな混乱、大きな障害
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したもの、及びその続編となる各章のショートショート連作です。
新作部分は2023/5/1より、毎週月曜日の10:00に掲載していく予定です。
主な登場人物
□女性/■男性
□西原 詩音
担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。RPG同好会の会長。精神的ハリボテ勇者の引っ込み思案娘。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。明るくマイペースなボクっ娘トラブルメーカー。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部にも所属。毒舌系百合剣士な雰囲気ながら、情に脆い苦労人。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。完璧主義で融通の利かない修道女的性格。詩音のライバル?
■佐伯 十三
詩音と彩乃の担任の国語教師。RPGの造詣も高く、心理描写重視の演劇スタイルが得意。生徒の評判も良好。
■島本 涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。夢莉にあからさまな挑戦を続けるトリックスター。
■鷹取 謙佑
ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。RPGのほか、玩具系に詳しい。イケメンだが、かなりアバウトな性格。
■水野
夢莉の担任の体育教師で、体操部の顧問。親身な熱血指導が誤解と不評を受ける不運な境遇。
■ジョナサン ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪男子。明るく陽気な爽やか系。
□メアリー ウェリントン
樟葉の遠縁の金髪女子。ジョンの妹で、日本文化に憧れている。
■太秦 ウェリントン
樟葉の遠縁の実業家。ジョナサンとメアリーの継父。
◇20 小さな混乱、大きな障害
混乱の始まり、それはほんの些細な出来事だった。
いつものように神楽本家の一室、来客用に宛がわれた客間のテーブルで、母国から持参したノートPCをおもむろに開くと、ジョナサンは「その手」の趣味グッズを求めて、ネット界隈のオークションやフリーマーケットのサイトを眺めていく。
母国ではあまり手に入らない、いまいち微妙な注目度のコンテンツや、どう考えても輸送費のほうが嵩むだろう商品が、まさに洪水のようにサイト上に溢れかえっていて、眺めているだけでも幸せな気分だ。
もっとも、このようなサイトを発見した偉大なる先駆者はメアリーのほうで、試しに自作のオリジナルイラストを出品してみたところ、本人もびっくりの高値がついたらしい。
よほど嬉しかったのか、それとも味をしめたのか、最近のメアリーは暇をみつけるとお絵描きばかりしている。
暫くフリーマーケットのサイトを行ったり来たりしていると、やがてジョナサンはとある興味深い出品物のベージに辿りついて、マウスを握る手を止めた。
そこには、あの少女剣士ユーリのポスターが、ジョナサンの小遣いでも手の届く金額で出品されていた。
謙佑の話によると、あのポスターの在庫はもう無くなったらしく、手に入れるのは難しいという話だった。ということは、恐らくRPG同好会の誰かの私物が流出したのだろう。何かの事情があって、手放してしまったに違いない。
ジョナサンは、暫しも迷うことなく購入希望のボタンをクリックして、受け取り先の住所を神楽本家に指定した。
まさに即決である。値引き交渉などという慣れないことを始めて、ぐだぐだと没交渉になってしまうのは是非とも避けたい。
一度掲示していました、と注意書きはあるものの、特に鋲の跡があるようにも見えない美品だ。金額以上の価値はある。なにより、もう手に入らないといわれた代物なのだ。ここは覚悟を決めて購入一択しかないだろう。
ふと、母国のカードで決済できるのかな? と一抹の不安を覚えたが、まぁなんとかなるだろう。
「おぅけぇぃーーーーーーーいゃあ!」
Okay! Yeah!
誰もいない室内で、ジョナサンは小躍りしながら歓喜の雄叫びを上げた。
「…で、転売サイトにこいつが出品されていたと?」
毎度お馴染みの研修室。彩乃の手元のノートPCを覗き込みながら、夢莉が溜息をつく。
「もう既に何枚か販売終了になっちゃってはいるけど、出品者は全部同じ人みたいだねぇ…。出処は確かめようがないけど、プリントショップは結構信用できるところだし、残るのは…」
「盗品売るたぁ、ふてぇ野郎だ! 絶対許さん!」
彩乃の言葉に涼太が真っ先に反応する。
「涼ちゃん、ほんと夢莉のことだと凄いよねぇ…」
詩音の感心したのか呆れたのか、どちらともいえないニュアンスの感想が的確過ぎる。
「そ、そうじゃなくてだな、なんつーか、その…、そう、同好会の予算とか俺たちの手間とか、そんなもん勝手に売っ払われたらムカつくってもんだろがぁ!」
まぁそうだろう。当初の想定通り、校内の誰かが趣味?で持ち帰って、個人的にお楽しみなのであれば、所詮は中学生のしたこと、としてしぶしぶながらも納得もしようものだが、ことここに至り、校内の関係者に留まらず、不特定多数の誰かに転売され、さらに金銭の不当なやり取りが発生するとなると、問題を仲間内で、いや、学校内で収めておくには無理が生じてくる。
「どっちにしろ、これで放置はできなくなったってことね。正直、なんかあたしも滅茶苦茶気分が悪いわ…」
夢莉も一番の当事者だけに表情が曇りがちだ。むしろ涼太と一緒になって暴れだしてもおかしくはないだろう。
「そう思って、昨日のうちに樟葉先輩と佐伯センセには連絡しといた。たぶん今頃、職員室でひと騒動起きてるんじゃないかなぁ…」
彩乃はあっさり気味にそう話を続けた。
「はぁ? そんじゃあ、俺たちもここでのんびりしてる場合じゃないだろ?」
あくまで血気盛んに吠えまくる狂犬のごとき涼太に、呆れて肩を竦めて夢莉が話を引き継ぐ。
「だぁーかぁーらぁー、あんたみたいなのが鉄砲玉やらかしたら、収まる話も収まらないから、あたしたちの監視付きでここで留守番してなさい、ってことなんでしょうが! あんたって、ほんとに頭悪いわね」
「いや、おまっ、えぇええ? 俺、蚊帳の外?」
涼太が抗議の声を上げるが、夢莉は意に介さず落ち着いたままだ。
「だから、詩音がここにいるんでしょうが。会長の詩音がいるってことは、平常運転してなさい、っていう佐伯からのメッセージよ」
それでも不満そうな表情を浮かべる涼太だったが、それ以上に驚きの表情を見せたのは、他でもない、詩音だった。
「え、そういうことなんだ、いつも通りに平常運転か、なるほど…」
「あぁー、詩音本人が全然わかってなかった、ってやつ?」
彩乃に改めて指摘されると、詩音は図星だけに返答に困る。あははは、と曖昧な表情と乾いた笑いで誤魔化しつつ、「平常運転」の準備を始める。
「まぁ、こんな頼りない責任者、あたしだったら修羅場の最前線には連れてはいけないよなぁ」
「あー、夢莉、酷いよぉ!」
結局、いつも通りの異世界に樟葉先輩以外の面々で挑んだわけだが、どうも盛り上がりに欠ける感じで、まったく皆の集中力が持続しない。
無理もないことなのだが、ここで他にやることといっても、図書館だけに予習復習ぐらいしか思いつかない。
というより、本来の研修室の使用目的は、そういった自発的で幅広い、学術的なセミナーなどであるべきで、「異世界生物の多様性の研究」や「実践的な神話の世界の体験」などではないはずだ。
「うーん、やめです! 本日の営業は只今をもちまして終了いたします!」
シナリオの開始からかれこれ一時間を過ぎた頃、ついにゲームマスターの詩音が音を上げ、一気に卓袱台をひっくり返す勢いで終了宣言する。
「あぁー、だよねー。ボクもそれが良いと思うー」
机に突っ伏した彩乃もぐったりとした声で同意する。
「まったく、だらしがないわね、二人とも。本物の戦場なら、とっくの昔に全滅してるわよ? 気合が足りないわよ…」
どこの歴戦の鬼軍曹なのか、とツッコミたくなる夢莉の台詞だが、誰も反論の言葉を口にできるほど余裕はなかった。
「…あ、あぁ? 売れてるぅ?」
唐突に、彩乃が妙なテンションの雄叫びを上げて、ノートPCを指さした。
「あぁ?」
訝しげな表情を浮かべた涼太が、彩乃の手元の画面をのぞき込むと、確かに先ほどのサイトの例のアレが、どこかの誰かに購入された後だった。
「誰だよ、まったくよぉ! 盗んで売るヤツもアレだが、別にアイドルでも何でもない普通の女子中学生のポスターに金払うって、いったいどんなヤバいオッサンなんだよ」
再び怒りの導火線に火がつく涼太を、困り顔の詩音が宥めにかかる。
「まぁ、別に買った人がオジサンだとは限らないし、そもそも男の人かどうかもわからないし…」
「そうそう、夢莉って結構女子に、特に一年生には人気あるからね。案外、憧れのお姉様を独り占めっ! ってコトかもしれないよ?」
彩乃も詩音に同意する。
「そうなの? あたし自身はあまり気にしたこともなかったけど、まぁそれはそれで、なんだか複雑な心境ってトコね…悪い気はしないけど…」
夢莉本人も微妙な表情を浮かべて二人の話を聞いている。だが、涼太はまだまだお怒り継続中だった。
「いや、絶対に男だ! 夢莉に惚れた身の程知らずの勘違い野郎に違いない!」
「涼太、あんた自分のこと言ってるって気づいてるの? そもそもあんたにその気があるなら、さっさと自分で買い占めれば良かったんじゃない?」
「はっ! そ、その手があったか! 俺としたことが…」
夢莉の冷静なツッコミに、涼太は真顔でショックを受けている。少しばかり夢莉の指摘したいところとは焦点がずれていたが、これで少しはおとなしくなってくれるだろう。
「でもさ、佐伯先生たちが頑張ってくれたら、この人に届く前に、発送される前に回収できるんじゃない?」
詩音が咄嗟に思いついたことを口にすると、皆がいっせいに頷いた。
「まぁ確かに、そうしてもらえれば丸く収まるって感じね。あたしとしても助かるし。ここはひとつ、魔王佐伯の電撃作戦に期待して待つしかないわね」
「購入ボタンをポチッた人には気の毒だけどね。いつまでたっても届かないわけだし…」
夢莉に同意して彩乃もそう続ける。頼んだ品が届かないというのは、商売に携わっている彩乃にとっては、心より同情を禁じ得ない思いだった。
ようやく暫しの沈黙に包まれた研修室で、誰もが皆力なく座ったまま、半ば呆然と時が過ぎるのを待っている。
と、その静寂を破るように、極めて場違いな熱血ロボアニメの能天気すぎるテーマソングが響き渡った。
「あはは、ごめんごめん、電話…あ、樟葉先輩から」
彩乃はそう言って電話に出る。
「はい、彩乃…あ、えぇ、皆いますよ? ちょっと一部で燃え盛ってましたけど、先ほど鎮火したんで大丈夫かも?」
相手が樟葉先輩だということもあって、彩乃のお馬鹿な例え話も察してもらえたようだ。
「そうだったんですか。おぉ、良かった良かった、安心です。お疲れさまでしたね。あ、はい、詩音ですね。ちょっと待ってくださいね」
彩乃は少々樟葉先輩とやり取りした後に、一度会話を区切って、おもむろに詩音を振り返る。
「…会長、お電話です」
いつものおちゃらけトークから数段低いシリアス声で、執事のような物腰の彩乃が、自分のスマートフォンを大事そうに両手で捧げ、詩音へと差し出す。
いきなりこんな場面で演技しなくても、と思い困惑する詩音だったが、とにかく差し出された電話に代わりに出ないことには始まらない。
「もしもし、詩音です、お電話代わりました。はい、そうですか、とりあえず良かったです。あー、佐伯先生にとっては、あまり良くないのかな?」
彩乃と夢莉の二人がハイタッチで先ほどの執事プレイを讃えている様子が、詩音の視界の端をかすめる。
「やっぱり生徒なんですね…ちょっと残念です。えぇ、そっちの対応は先生方にお任せしたほうが、はい。なんていうか学校全体の問題ですし…。はい、じゃ、こっちは解散して、また明日ということで。え? はぁ、ちょっ! それは問題ですねぇ、少し…いや、かなり?」
詩音と樟葉先輩の会話の様子に疑問を抱いたのか、彩乃と夢莉も詩音の傍に近づいてくる。詩音はスピーカーに切り替えて会話を続けることにした。
『とにかく、事件は解決しても、皆の成績次第で夏休みは補習になるので、心しておくように、とのことです。合宿に行きたければ学業も頑張りなさい、ということかしらね。佐伯先生から、それだけは確実に伝えるように言われたので、確かに伝えましたよ?』
「補習ぅ?」
裏返った声をあげて真っ先に反応したのは、詩音から一番離れていた涼太だった。
「はぁ、聞かなかったことには…できませんよねぇ…」
『どちらにせよ、事実は変わらないと思うのだけれど?』
はぁ、と詩音はしぶしぶ納得の言葉を返すしかない。
『では、また明日、顔を出すことにするわね。お疲れ様でした』
通話が切れた後も暫く、皆の間に先ほどとは一味違った静寂が訪れた。
ポスター窃盗転売事件は無事に解決したらしい。それは良いだろう。
それに関しては、こちらが一方的な被害者なわけで、好き放題犯人を糾弾できる立場にいたのだから、どう転んでも責任の所在はこちら側にはないはずだ。
しかし、次なる試練は追試である。しかも補習となれば、合宿の日程にも影響が出かねない。さらに問題なのは、いわゆる連帯責任というもので、誰か一人の脱落が同好会の全員に影響を及ぼしかねないのだ。
「なぁ、今、補習とか言ってたよな?」
沈黙に耐えられず、涼太が自ら口を開く。なにしろ最も危険度の高い「要注意人物」の筆頭だ。他人事ではないのだろう。
実際問題、樟葉先輩は論外としても、夢莉もまたそれほど深刻に考えるような必要はないだろう。英語など苦手な教科もあるが、壊滅的というほどでもない。
残りの三人に関しては…お察しである。コールドゲームはなんとか免れました、というような有様では、さすがに楽観視することはできない。
「こりゃ、ゲーム合宿の前にスパルタ指導が必要かもなぁ…。樟葉先輩に相談してみるか…」
夢莉はあからさまに挙動不審な三人を一望してそう呟いた。
◇21 魔界の扉の向こう側 に続く
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したもの、及びその続編となる各章のショートショート連作です。
新作部分は2023/5/1より、毎週月曜日の10:00に掲載していく予定です。
作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。
画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。
ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。
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