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よよぼう ~あの世とこの世の冒険譚  作者: 真鶴あさみ
雨と出逢いとハプニング
19/112

◆18 憧れの穏やかな街角

●ご注意

 この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したもの、及びその続編となる各章のショートショート連作です。

 新作部分は2023/5/1より、毎週月曜日の10:00に掲載していく予定です。



主な登場人物

□女性/■男性


西原にしはら 詩音うたね

 担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。RPG同好会の会長。精神的ハリボテ勇者の引っ込み思案娘。


白岡しらおか 彩乃あやの

 詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。明るくマイペースなボクっ娘トラブルメーカー。


香坂こうさか 夢莉ゆうり

 詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部にも所属。毒舌系百合剣士な雰囲気ながら、情に脆い苦労人。


神楽かぐら 樟葉くずは

 図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。完璧主義で融通の利かない修道女的性格。詩音のライバル?



佐伯さえき 十三じゅうぞう

 詩音と彩乃の担任の国語教師。RPGの造詣も高く、心理描写重視の演劇スタイルが得意。生徒の評判も良好。


島本しまもと 涼太りょうた

 詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。夢莉にあからさまな挑戦を続けるトリックスター。


鷹取たかとり 謙佑けんすけ

 ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。RPGのほか、玩具系に詳しい。イケメンだが、かなりアバウトな性格。


水野みずの

 夢莉の担任の体育教師で、体操部の顧問。親身な熱血指導が誤解と不評を受ける不運な境遇。



■ジョナサン ウェリントン

 樟葉の遠縁の金髪男子。明るく陽気な爽やか系。


□メアリー ウェリントン

 樟葉の遠縁の金髪女子。ジョンの妹で、日本文化に憧れている。



◆18 憧れの穏やかな街角




 時間は少々遡る。


 その日の夕刻、何事もなく学校から帰った樟葉は、いつもと変わらぬ黄昏時を過ごしていた。


 ひとり自室で制服から身軽な部屋着に着替え終わると、程なくして自室のドアがノックされた。


 来客の予定もないはずだと訝しく思いながら、樟葉は「どうぞ」と返事をする。


 次の瞬間、ばんっ!と勢いよく開け放たれたドアを潜って、何者かが素早く樟葉の傍らへと走りこんでくる。


 「ひっ! ちょ…」


 樟葉の声にならない声を無視して、走りこんできた何者かは樟葉に盛大に体当たりをぶちかます。


 勢い余ってもつれあうように、樟葉は尻餅をついて倒れこむと、すかさずその何者かが樟葉の上に馬乗りになって、部屋の照明を背後にした金色のシルエットを浮かび上がらせる。


 「いや、ちょっ、やめなさい、やめ…お願い…」


 身の危険を感じた樟葉が力の限り両脚をばたつかせ、必死の形相でもがき叫びながら、自分を見下ろす何者かの説得を試みる。その表情は驚きと恐怖に引き攣って今にも泣きだしそう、いや、むしろ泣いていることさえ自覚できないほどの切迫感だ。


 樟葉の美しく整った顔立ちが哀れに青ざめて乱れる様子は、きっとその手の趣味を持った一部の連中には、この上なく極上な一品となって絶賛されることだろう。今、樟葉の目の前にいる輩も、恐らくはその…。


 「くぅずはー! はっろぉー、ぐっいぶにん! ゆー、そー、きゅー、とぅないっ!」

 Kuzuha! Hello good evening! You so qute tonight!


 樟葉を組み敷いた人影が、微妙な響きの少女の声で歓声を上げる。と同時に、樟葉の身体にぴったりと覆いかぶさるように力いっぱい抱きしめてくる。


 「は? はぁあああ?」


 ひと際甲高い悲鳴を上げて、樟葉はその人影を振り払おうと身を捩じらせた。だが、しがみついた人影はそう簡単に離れてはくれない。


 間もなく樟葉の悲鳴を聞きつけた両親や使用人、そして後を追うように金髪の少年がばたばたと駆けつけてくる。


 「樟葉、いったい何の騒ぎですか? そんな大きな声を出し…」


 樟葉の母がそう一人娘に声をかけようとして、言葉を失い、暫しの間の後、大声を上げて笑い出した。


 「ちょ、ちょっ! お母様? いいから笑っていないで助けて…」






 その日の晩、仏頂面で夕食のテーブルについた樟葉と、その向かいに座る喜色満面、天真爛漫といった表情の金髪少女が対照的な情景を見せていた。


 二人は食事の間じゅう互いに無言を貫き、視線だけを牽制のようにちらりちらりと交わしながら、ひたすら黙々と食事を進める。


 同じテーブルで気まずい食事をとる家族と金髪少年が、半ば呆れ顔で苦笑いを浮かべていた。


 皆がそれぞれ食事をひと通り終えると、大きな溜息をひとつついて、母がようやく口を開いた。


 「樟葉、いい加減に機嫌を直しなさい」


 「はい…」


 母にそう窘められても、樟葉は未だ先ほどの衝撃から立ち直ってはいなかった。


 唐突に襲いかかってきたのがたまたま年下の従妹―まぁ、とりあえず従妹ということにしておこう―だったから良かったものの、正体不明の暴漢であった可能性もなくはない。


 そうなれば、貞操の危機もさることながら、命まで失いかねないのだ。思い出しただけでも心臓がバクバクしてくる。


 殊に最近は、詩音たちにつきあって様々な世界の冒険譚を繰り広げてきただけに、いわゆる「迂闊な冒険者たちの末路」というものを数多く経験してきた。


 もちろんそれは架空の出来事、妄想の産物ではあるのだが、樟葉にしろ詩音たちにしろ、まったく無縁というものでもないだろう。とりわけ年頃の女子中学生ともなれば、身近な危険も相応にあって然りだ。


 「でも、せめて事前に知らせて…」


 「あら、話しましたよ? 夕食のときに、何度も」


 「え?」


 母の言葉にはまったく思い当たる節が…ないでもない。


 先月辺りから、議員選挙がどうのとか、新規事業がどうのとか、そういった話題に挟まれるように、海外暮らしの遠縁が戻ってくる、とかいう話を聞いていたような気もする。


 もっともその頃の樟葉は、詩音たち図書館の迷惑な利用者の対応に追われ、詩音たちのゲーム体験会に一方的につきあわされ、詩音たちに拝み倒され名義貸しのような半幽霊会員となり、多忙過ぎる状況にあったわけで、正直他人様の事情などに構っている余裕はなかった。


 そう考えると、このところはすっかり詩音たちに振り回されっぱなしだ。


 「ともかく、ジョナサンとメアリーには暫くここで暮らして貰うことになるんですから、樟葉もそのつもりでいて頂戴ね」


 「はぁ…、あ、えっ!」


 樟葉は確認と救いを求めるように父の様子を窺うが、父は黙って頷きティーカップに口をつけただけだった。


 「よろしくお願いしまーす、クズハお姉様」


 金髪少女の隣で、今まで黙ってことの成り行きを見守っていた金髪少年が、樟葉に屈託のない爽やかな笑顔を見せる。


 「ジョナサン、その樟葉お姉様、というのは絶対に止めて…」


 はぁ…、と改めて気のない返事を溜息にのせる樟葉を眺めながら、金髪少女はにこにこと微笑みを返してくる。


 「…美味いな、さすがに本場の葉は違う」


 奇妙な空気を察してか、父がそう言ってカップの紅茶を飲み干すと、樟葉も自分の手元の少し冷めたカップに口をつけた。


 「はうずいっ、てぇいすてぃ?」

 How is it tasty?


 「そうね、とっても美味しいわね…」


 樟葉はまたも溜息交じりにそう答えた。






 そんな出来事のあった翌日、樟葉がいつも通りに学校へと出かけるのを見送ると、メアリーはこっそりと樟葉の後をつけて、自分も街へと繰り出していった。


 いくら治安の確かな日本であるとはいえ、お子様が女子ひとりで街に出かけるのもどうなのだろうか、とジョナサンは思った。


 見るからに怪しげな外国人の少女である。犯罪に巻き込まれなくとも、警察官に善意の職務質問をされかねない。


 幸いにして樟葉の通う中学校は、この屋敷からさほど遠くない。


 街の中心駅から僅かに外れた一角、桜の並木の小川のほとりに学校の正門があり、そこから広々とした丘の新興住宅街を突っ切って、一本道をひたすら行った先、その丘の反対側の斜面に神楽本家の古風な和洋折衷の屋敷が建っている。


 時代を遡れば、もともとは学校の敷地も新興住宅街の丘も、まるごと全部が神楽家の土地だったという話を聞いたことがあるが、まぁ母国の牧場ひとつ分くらいはあるのかもしれない。


 それはともかく、いくらメアリーでも学校の中までは入ることはないだろう。とすれば、すぐに戻ってくるか、駅前をぶらぶらしているか、概ねそんな予測に行き着くものだ。


 だからこうして、鉄砲玉のような妹の捜索を兼ねて、ジョナサンはとりあえず駅前の商店街へと散策を進めることになった。


 静かな時間の流れる穏やかな日常の風景は、取り立てて特筆すべきことこそないものの、それ自体が優しく温かく、ジョナサンの好奇心を満たしていった。


 ゆったりとしたジョナサンの散策の足取りは、初夏の風に誘われるようにとても軽やかだ。


 ジョナサンはその昔、両親と一緒に日本で暮らしていた。


 とはいえ、なにぶんまだ赤ん坊の頃の話なので、記憶に残っているかどうかすら疑わしい。


 日本で暮らしていた理由は、地質学者だった父の仕事の都合という話だが、今となっては詳細について尋ねることも叶わない。


 あることをきっかけにして、突如としてジョナサンは、身重の母と二人で母国へ戻らざるを得なくなったのだ。


 日本全土を襲った未曽有の大災害。大多数の日本国民を震えあがらせた自然の驚異を目の当たりにして、遠い異国育ちの両親はさぞ恐怖を感じたことだろう。


 調査の関係でまさに被災地域に赴いていた父とは、災害発生直後からどうしても連絡が取れず、当時母のお腹にいたメアリーの安全を最優先に考えた末の、苦渋の決断を下しての帰国となった。


 その帰国の際の手続きで便宜を図ってくれたのが、神楽家の遠縁にあたる若き青年実業家だった。父の研究や調査の協力者でもあった彼は、ジョナサンたち家族の帰国準備と並行して、引き続き父の捜索にも手を尽くしてくれた。


 後ろ髪を引かれる想いでようやく帰り着いた母国で、母が無事にメアリーを出産した頃、ほぼ時を同じくして悲しい知らせも一家の元に届くことになった。


 その後も神楽家の遠縁の実業家とは親交が続き、やがて国際的遠距離恋愛に発展した母とは再婚の運びとなって、今日に至るというわけだ。


 もっとも、神楽本家では国際結婚、しかも子連れでの再婚ということで揉めに揉めたらしいが、半ば強硬策として青年実業家、つまりジョナサンの新しい父が、母との海外での新婚生活に踏み切ったことで、些か強引な幕引きとなったようだ。


 まぁ、その殆ど全てが後になって聞いた本人たちの証言なので、真実がどうであるかまではわからないが、ジョナサンたちウェリントン家が幸せな生活を送れている以上、取り立てて現状に不満があるわけでもない。


 そんな経緯があったがゆえに、ジョナサンとメアリー、樟葉の関係は血の繋がっていない従姉弟ということになる。と同時に、神楽本家にとってウェリントン家は微妙に扱いにくい一家でもあるわけだ。


 ジョナサン自身、恐らく樟葉と何度か会ったことがあるのだろうが、まさに赤ん坊の記憶なので、殆どあてにはならない。


 だから、お互いが最初に意識して話を交わしたのは、ジョナサンとメアリーが小学校に通い始めた頃、神楽本家の先代当主、つまり樟葉の祖父の葬儀に伴い、再来日を果たした時だった。


 いつか映画の中で見た、有力マフィアのボスが亡くなった時の葬儀のように、殆どが日本人に置き換わっていたとはいえ、様々な地元の有力者たちが押し寄せ、しめやかながらも盛大な葬儀であることは間違いなかった。


 その中で、絶えず来客から声をかけられている自分と同じくらいの年頃の少女の存在に、ジョナサンはすぐに気がついた。


 あれがこのファミリーのお嬢様なのか、とジョナサンはぼんやり考えながら、きっと自分たちとは住む世界が違うのだろうな、とも考えた。


 葬儀を終えたその晩、かなりオマケな立場に置かれているジョナサンとメアリーは、身勝手な大人の事情とやらを理解できるはずもなく、言いようのない疎外感に苛まれながら、神楽本家自慢の月夜の日本庭園を眺めつつ、縁側に佇んでいた。


 周囲の会話の言葉がわからない、というだけでも大きな問題だ。誰がどこでどんな内容を喋っているのか、まったく理解できないというのは辛い。たとえそれが自分たちへの悪口や陰口であっても、自己弁護と反論の余地がないのでは、文字通り話にはならない。


 そんな二人の様子に気づいたのか、誰かが小さく声をかけてきた。


 突然思いがけず声をかけられた二人が、いっせいに驚いて振り返ると、先ほど見かけたファミリーのお嬢様が、涼やかな和服姿で月夜の庭園をこちらに向かってくる。


 「ぐっど、いぶにんぐ! まい、ねーむ、いず、くーずはー! さんきゅー、ふぉー、かみんぐ、まい、はうす…」

 Good evening! My name is Kuzuha! Thank you for Coming my house…


 たどたどしい舌っ足らずな発音だったが、樟葉というそのお嬢様は必死に慣れない異国の言葉を紡ぎつつ、その表情は戸惑い交じりのはにかんだ笑顔を見せていた。


 「アリガト…ゴザイマス」


 ジョナサンは後々になって、どうしてその時の自分は、咄嗟に英語ではなく日本語で答えてしまったのだろうと疑問に思う。


 ただその時は極めて自然にそう、ジョナサンの口が言葉を紡いでいたのだ。たぶんきっと、必死に英語を紡ぐ少女の想いに応えるには、自分も同じように日本語で応えるべきなのだろう。


 「くぅずはー!」

 Kuzuha!


 メアリーも何となく目の前の少女、樟葉の意図を察したのだろう。そう名前を呼び返すと、縁側から駆けだして、素足のままで和服の少女に飛びついた。


 そう、この頃からメアリーのダイビングハグの癖は始まっていたのだろう。


 「ちょ、あの、え、えぇええ…」


 改めて、今になってジョナサンは思う。あの晩もし自分に日本語と日本文化にそれなりの理解があったなら、きっとこう言っていただろうと。


 ―月がとてもキレイですね―


 しかし、たぶん言えなかったからこそ、ジョナサンもメアリーも、父が亡くなったこの遠い異国のことを、樟葉と同じ日本人のことを、心から知りたいと願い、憧れにも似た感情を持ったのだろう。


 母国に帰るや否や、二人の兄妹は競うようにして日本の文化に―まぁ、極めて偏った側面の文化ではあるのだが―興味を持ち、語り合い、いわゆる「その道」を突き進んできたのだ。


 とりわけ、幼少期にあまり身体が丈夫ではなかったメアリーは、ベッドの中でひたすら日本のアニメやコミック、ゲームなどを貪るように楽しみ尽くし、ある意味では過剰過ぎるほど「その道」の造詣を深めていった。


 今回の来日が決まったとき、メアリーが両親に先行してでもいち早くこの国を訪れたいと願ったのも、そんな憧れの場所を、空気を、全身全霊で感じたかったからかもしれない。


 ぼんやりとした回想とともに散策を続けたジョナサンは、やがて辿りついた商店街の端の、とある商店の前でその歩みを止めた。


 そこは赤と青のスターマークの看板が掲げられた、小さなホビーショップのようだった。


 ウインドウには数多くのロボットやフィギュア、ぬいぐるみが並んで道行く人々を見送っている。店内の壁にはダーツやバックギャモンなどのボードも張り付けてあるのが見えた。


 だが、それらのありがちな商品たちを置き去りにして、真っ先にジョナサンの目に飛び込んできたのは、綺麗な黒髪のすらりとした少女が凛々しく剣を携えて、はにかんだ笑顔を浮かべる一枚のポスターだった。


 ジョナサンが暫し呆然とポスターの前で立ち止まり、食い入るように少女剣士の姿を脳裏に焼き付けようとしていると、不意に後ろから声をかけられた。


 「いらっしゃい、何か目ぼしいものでも見つけたかい? 少年、暇なら少し寄っていかないかい?」


 「あ、いえ、その…」


 「なにもいきなり何か買えっていうわけじゃないよ、暇つぶしの話し相手がほしいだけさ」


 大学生くらいだろうか、日本のアニメやドラマでよく見る感じの、こざっぱりした好青年だ。


 「あの、この子…、ピンナップの…何のオシラセですか?」


 ジョナサンは渡りに船とばかりに情報収集を試みて、目の前の青年に質問を投げかける。


 「あぁ、これは…。まぁ、とにかく入った入った!」


 青年は一瞬だけ意外そうな表情を浮かべて、ジョナサンを半ば強引に店内へと促した。


挿絵(By みてみん)



◇19 伝説を引き継ぐ者 に続く

●ご注意

 この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したもの、及びその続編となる各章のショートショート連作です。

 新作部分は2023/5/1より、毎週月曜日の10:00に掲載していく予定です。


 作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。

 画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。


 ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。

 よろしければ、短いもので構いませんので、ご意見ご感想をお寄せいただけると励みになります。

 是非ご支援よろしくお願いします。


■HPサイト「かれいどすこーぷ」(https://asami-m.jimdofree.com/)を公開中ですが、只今、絶賛放置中です。

■Twitterもあります(@manazuru7)。

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