◇14 廻り始めた歯車
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したもの、及びその続編となる各章のショートショート連作です。
新作部分は2023/5/1より、毎週月曜日の10:00に掲載していく予定です。
●主な登場人物
□女性/■男性
□西原 詩音
担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。RPG同好会の会長。精神的ハリボテ勇者の引っ込み思案娘。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。明るくマイペースなボクっ娘トラブルメーカー。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部にも所属。毒舌系百合剣士な雰囲気ながら、情に脆い苦労人。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。完璧主義で融通の利かない修道女的性格。詩音のライバル?
■佐伯 十三
詩音と彩乃の担任の国語教師。RPGの造詣も高く、心理描写重視の演劇スタイルが得意。生徒の評判も良好。
■島本 涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。夢莉にあからさまな挑戦を続けるトリックスター。
■鷹取 謙佑
ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。RPGのほか、玩具系に詳しい。イケメンだが、かなりアバウトな性格。
■水野
夢莉の担任の体育教師で、体操部の顧問。親身な熱血指導が誤解と不評を受ける不運な境遇。
◇14 廻り始めた歯車
西原詩音はかなりそわそわした様子で午後の授業を受けていた。
中等部二年の教室は、いまだ昼休みの延長のような気だるい微睡みに包まれて、暖かな昼下がりの陽光も相まって、絶好のお昼寝気分を醸し出している。
しかも、この時間は居眠りには最適な国語の授業だ。よりにもよって子守唄にはもってこいの、女子生徒の柔らかな声が淡々と朗読を続けている。
おまけにクラス担任の佐伯先生が教壇に立つとなれば、弛みきった生徒たちの集中力に輪をかけて、妙な安堵感が眠気を誘発してしまうのも無理はない。
案の定、隣の席の親友、白岡彩乃もうつらうつらと舟を漕いでは、はっとして前を窺うことを幾度も繰り返している。
そんな平和極まりない午後の授業を、詩音だけが妙に落ち着かない様子で受けている。傍から見れば、恐らくトイレかな、と察するであろう光景だ。
「西原、ちゃんと聞いているか? お前、寝てるやつより目立つな、どうした、トイレなら行ってこい!」
「あ、いえ、大丈夫、です…」
それなりに真面目に授業を受けていた生徒たちが、どっと笑う。気恥ずかしさを覚える詩音だったが、それ以上に妙な興奮と満足感がその心に広がっていく。
―先生が私を気にしてくれた。目立ってるって言ってくれた―
些か斜め上のずれまくった発想だが、それでも詩音は幸福感を感じていた。
もちろんそんなことは、当の佐伯先生には微塵も想像できないことだ。
先日の一件まで、クラスでも目立たないおとなしい小動物的な存在であった西原詩音が、ある日唐突に奇行を始めたかと思えば、程なくして妙な存在感を訴えかける一人の女子生徒として周囲に認知され始めたのだ。
これはいわゆる「春が来た」というやつだろう、とまでは容易に想像できる状況だったが、まさかその矛先がこちらを向いていようとは、担任教師でも、いや担任教師だからこそ、思いもつかないことだ。
仮に察しよく思い至ったとしても、それは極めて対処の難しい問題である。
だが、恋する少女の詩音からすれば、そんな先生側の事情に配慮する余裕はない理由があった。
中等部一の才媛と噂される三年生、鋼鉄の冷嬢こと神楽樟葉が、詩音に挑戦状を叩きつけてきたのだから。
果たして何に対する挑戦状なのか、はっきりとは断言できないが、とりあえず詩音にとって思いつくことといえば、佐伯先生に関することだけだ。要するに恋敵の登場ということだろう。
樟葉先輩は容姿端麗、成績優秀のうえ、地元の名家の一人娘で影響力も絶大だ。もちろん樟葉先輩自身には、そういった影の影響力をどうこうするつもりはないだろうが、周囲の環境が雰囲気を推し量って流されてしまうことは想像できる。
限りなく一般庶民の詩音とは対照的な存在が、大きな壁として立ちはだかるかもしれないわけで、詩音の心は気が気ではなかった。
とりあえずの策として、何か普段とは違うことをしようと心掛けて半月ほど、詩音の壮大な空回りが、思いもかけず周囲に詩音の存在を再確認させていったわけである。
それは佐伯先生に対しても例外ではなく、受け持ちクラスのありきたりの女子生徒の一人という認識から、落ち着きのない目の離せない危なっかしい女子生徒へと微妙にランクアップを果たしているらしい。
「それじゃあ、今日はここまで。さっきのところは重要だから、たぶんテストに出すぞ!」
佐伯先生の言葉に続いて、日直の号令でクラスの皆が反射的に礼をする。
詩音がはっと我に返ると、既に佐伯先生は教室の扉越しに後ろ姿になっていた。
「詩音ぇー、さすがに今日は挙動不審すぎだよ、通報もんだよ」
隣の席から呆れ顔の彩乃の声がかかる。まぁ無理もない、詩音自身が自分でもそう思うのだから、傍から見れば変質者の素養十分な光景だろう。
「なんだかなぁー、ついこの前まで半ベソで佐伯センセから逃げ回ってたなんて思えないよ、まったく」
「に、逃げ回ってなんてないよ、全然変わってないよ、私は…」
それはさすがに嘘だ、と自分でも思う。逆に、我ながら何たる変貌ぶりだろうとさえ思うくらいだ。
「あー、ボクにも来ないかなぁ、春…」
季節は既に初夏を迎えつつあり、春なんてとうの昔に過ぎてしまったわけだが、彩乃の言う春はそういうことではない。
「彩乃だっているんでしょ、内緒の好きな人が」
「うーん、好きな人っていうのかなぁ、あれは…最近よくわかんないや」
例の騒動の渦中で、彩乃はぽつりと新しい恋の存在をほのめかした。
相手が誰かはわからないが、彩乃ももう一度新たな挑戦を始めたようで、詩音もひと安心といった感じだ。
きっと兄もどこかで温かく見守っていてくれるだろう。そう、詩音は思う。
柔らかな日差しを孕んだ午後のそよ風が、開け放たれた教室の窓から入りこみ、二人の髪を優しく揺らす。
ありふれた中学生の日常の光景かもしれないが、少し気恥ずかしさの混じった、とても綺麗で純粋な一瞬が、そこにはあった。
「へぇー、それが例の願掛けダイスっていうやつか。意外と綺麗なもんじゃない」
放課後のいつもの研修室、詩音のお幼馴染み、隣のクラスの香坂夢莉が率直な感想を述べる。
詩音たち三人の目の前には、小さな青い巾着袋を座布団代わりに鎮座する幾つかの小さなダイス、つまりサイコロがあった。
ゲーム用語でD10ダイスと呼ばれる菱形断面の十面体のものを筆頭に、何種類ものダイスが綺麗な光沢のある様々な彩りのクリスタルに輝く様は、どこか貴重な宝石を思わせる高級感があった。
詩音が我儘なおねだりをして、佐伯先生から強引に借り受けた、というよりもはや恐らく無期限貸与になるだろう代物である。
「たぶんだけど、英国のクリスタルなんとかってとこの製品じゃないかな。うちでも扱ってはいるんだけど、年に数セットかしか入荷しないレアなやつで、ボクも青い袋のやつは初めて見たような気がするよ」
「貴重品なんだ、確かに高そうかも…」
彩乃の解説を聞きながら、詩音も目を輝かせる。
借り物とはいえ、あの佐伯先生の、魔王佐伯からの賜りものだ。何らかの魔力や呪力が込められていてもおかしくはない、とさえ思う。
「まぁ、値段は輸入物だからその時によって違うけど、このいろいろクリスタルセットだと、安くても一万円くらいはするんじゃないかなぁ」
「へぇー、私のお小遣いじゃ全然手が出せないよ」
詩音が感心したようにそう呟くと、彩乃もうんうんと首を振って同意する。
「普通の人なら、それだけ手持ちがあったら、新しいゲームに手を出すか、そうじゃなきゃ飲みにでも行っちゃうと思うよね」
ホビーショップの看板娘である彩乃は、実際に何人もの客から似たような話を聞いていた。必死に貯めた趣味の予算が、気がつくと飲み代に消えたり、デート代に消えたりで、全然目的のものに手が届かない、というのは、どの趣味にでもありがちな話である。
「つまり、佐伯には一緒に飲みにいく彼女もいない、ゲーム三昧ってことなんだろうなぁ…」
夢莉が呆れ気味に呟く。もっともそのほうが詩音にとってはありがたいわけだが、素直に喜ぶのも気が引ける。
「それはちょっと複雑…喜んでいいのかな、私」
「どっちにしろ、貴重なものを預けてくれたんだから、それ相応の信頼はあるってことじゃない? それにしても、これが一万円ねぇ、理解できないわね」
確かに一万円札を渡されて、これ買うか?と問われたら、うーん、ちょっと待ってもらえるかな、というのが率直なところである。
綺麗な代物には違いないが、普通の女子中学生が一万円を出してこれを選ぶとは到底思えない。お洒落でかわいい小物なら他に幾らでもあるだろうに。
「あー、クリスタルのやつは、イカサマ製法ができないから、信頼性があるんだよ。だからちょっと高くても好きな人が多いんだと思うよ」
そう言われればそうだ、と詩音は思う。
中が見えない普通のサイコロなら、何を仕込んでようが外からはわからない。逆にいえば、特定のダイス目を出しやすいものを作ることもわりと容易だ。
しかしクリスタルになれば、中の様子は一目瞭然だ。何かが仕込まれていたり、中に空洞があったりすれば、手に取るようにわかってしまう。隠し事なんてできるわけがない。
「なるほどねぇ、隠し事のできないダイスか。まるであんたみたいだねぇ、詩音」
「へ?」
唐突な夢莉の妙な発想に、まるで理解が追いつかない詩音は不思議そうな表情で応える。
「意外と佐伯のやつに見透かされてんじゃないのか、って話よ。あんたは隠し事、超がつくほど下手くそだし」
「わー、それは言っちゃダメなやつだよ。本人が一番気にしてるやつだよ、酷いよ夢莉…」
詩音は抗議の声を上げつつも、否定しきれない。
「いいじゃん、別に! ボクはそんな身も蓋も…じゃない、表も裏もない詩音が大好きだから、応援するよ」
「身も蓋もないんだ、私…」
「あ、あはは…ごめんごめん」
もしかしたら、ううん、それは詩音の希望的観測、いわゆる願望にしか過ぎないのかもしれない。それでもきっと…。
詩音の勝手な我儘から出たこととはいえ、佐伯先生はこの宝石箱のような巾着袋を詩音に託したのだ。きっと何か意味があるはずだ。
いや、たとえ何もなくても勝手にあれこれ想像の翼を広げてしまえ。もうひとつの夢を叶えるその日まで、こっちの世界でも大冒険は続くのだから。
◇15 果てしない難題 に続く
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したもの、及びその続編となる各章のショートショート連作です。
新作部分は2023/5/1より、毎週月曜日の10:00に掲載していく予定です。
作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。
画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。
ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。
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