◇13 はじまりのはじまり
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。
今回で既存部分の掲載が終了となり、引き続き新作部分を連作形式で公開していきます。
●主な登場人物
□女性/■男性
□西原 詩音
担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部に所属。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。
■佐伯
詩音と彩乃の担任の国語教師。
■涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。
■鷹取 謙佑
ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。
■水野
夢莉の担任の体育教師。
◇13 はじまりのはじまり
終末の金曜日、夕暮れの迫る放課後の職員室。生徒の姿どころか教師の姿すら疎らとなった頃合いに、詩音と佐伯先生の二人は同好会設立の申請書類と格闘していた。
校則の定めによると、新たな部活動の創部には少なくとも十人以上の生徒の登録が必要になるとのこと。ただし、その活動目的に賛同する生徒が最低五人集まっている場合には、同好会としての活動を認める、という一節がある。
部活の顧問と同様の責任者の役職を佐伯先生に引き受けてもらえたことで、とりあえずRPG同好会としての活動を公式に学校に認めてもらえて、一安心だ。
表向きすべてが順調そうに見えたが、残念な結果となってしまったのが、部室と予算についてだった。
部室は、部活動として認められて初めて与えられるものだから、結局、今までと同じあの研修室か、責任者の佐伯先生の受け持ちクラス、つまり詩音と彩乃の教室を使うことになるだろう。
予算についても、部活動の平均的な割り当ての僅か約十分の一程度という厳しい経費しか認められない。不足分は仲間たちで会費を集めて頑張ってくれ、ということだ。
実のところ、RPGというのはとてもお財布に優しい趣味で、個人的に必要なものといえば、筆記用具と幾つかのダイス、つまりサイコロと、各種のシートやチャート類のコピー代くらいなものだ。むしろ、飲み物とお茶菓子にかかる費用のほうが大きいくらいである。
もちろんルールブックは必要だが、これは一つのテーブルにつき一冊でいいわけだし、現状のこの人数で複数のテーブルが並ぶことはないだろう。
多少なら予算を寄付しても、と樟葉先輩が申し出てくれたが、それは丁重にお断りすることにした。まぁ、半分は詩音の女の意地もあったかもしれない。
あの日を境にして、詩音の心境は大きく変化していた。
自分で決めたルールに従い、詩音は毎日ひとつだけ何かに挑戦することにした。
もちろん無謀な試みをしようというわけではない。それに、別に成功する必要はまったくない。ただ、ふと目についた、気がついた何かに前向きに対応していくだけだ。
何気ない雑用を引き受けたり、クラスメイトに進んで挨拶したり、晩御飯の料理に挑戦したり、少し早起きして違った街の風景を眺めたり。
数日もしないうちに、後ろ向きな心のフィルターで覆い隠されていた日常が、本来の明瞭さを取り戻し光り輝いていった。
まさに世界が変わった気がしたが、実際には、ほんの僅かに詩音の意識が変わったに過ぎない。
まるで別人のように何事にも積極さを見せ始めた詩音は、以前のような目立たなくて影の薄い存在ではなくなり、その影響は周囲のクラスメイトたちにも徐々に浸透していった。
詩音に気軽に声をかけてくる友人も少しずつ増え、自然と笑顔を浮かべる機会も多くなっていった。そのおかげか、何気ない普段の表情も随分と和らいできたと感じる。
それは果たして、樟葉先輩の思いがけない宣戦布告のせいなのか、それとも自発的な自身の意識改革の結果なのか、詩音本人でさえも良くわからない。
「よし、これで全部だ、お疲れ様」
最後の書類を確認し終えると、佐伯先生がゆっくりと詩音に顔を向ける。
「ありがとうございます、佐伯先生。これからもお世話になります。よろしくお願いします」
詩音は心からの感謝を込めて丁寧に礼を述べると、ぺこりと頭を下げた。
「まぁあれだ、何というか、所詮は同好会だしな、そんな気張らなくてもいいんじゃないか?」
「はいっ」
詩音はにっこりと微笑んだ。別に意識したわけではないが、こうしてひとつ夢が叶ったのだ。自然と表情が緩んでしまうのも無理はない。
もちろんこの先も何かと難題は多いことだろう。でも、きっとみんなと一緒に頑張っていける、何の根拠もないが詩音はそう思えた。
「西原もそんな可愛い顔、するんだな…」
「えっ!」
確かに詩音自身、佐伯先生の前だと緊張のあまりへろへろな表情ばかりになっていた気がする。むしろ自然な表情や言動というものを、かえって意識してしまうくらいだ。
「RPGに集中しているときの自分ってのが、どっちかっていうと、その人本来の性格なんだ、っていう説もあるくらいだから、西原も、現実はゲームだ、くらい開き直ってもいいんじゃないか?」
―可愛いって言ってくれた。佐伯先生が自分のことを可愛いって言ってくれた―
詩音の頭がぽーっとして、そこから先の佐伯先生の言葉、極めて重要な部分を聞き漏らしていく。
「まぁ、小動物みたいにちょろちょろしている姿も見ていて飽きないんだが…」
詩音はばっと勢いよく立ち上がると、佐伯先生の腕を引いた。
「佐伯先生!」
「どうした、急に?」
「帰りましょう! 一緒に帰りましょう! もうやること全部終わりましたよね? ね?」
「あぁ、終わってはいるんだが…本当にどうした、西原?」
詩音にしては意外ともいえる問答無用の強引さで、根負けした佐伯先生を引っ張るように校門を抜けると、傾いた夕陽は茜色に西の空を染めていた。
いつもと同じ通学路のはずなのに、今日の詩音の瞳に映る風景は、何かが大きく違っていた。
「実は意外と強引なんだな、お前ってやつは…」
正直自分でもそう思う。なんで今日はこんなに大胆なんだろうか。詩音自身にもわからなかった。
「そうですね、きっとたぶん、とっても我儘なんですよ、私ってば」
今までの何処か自信のない自分。進むことより避けることの言い訳を探し続けた自分。それらすべての詩音の意識が、ぐるりと回れ右をして、この先に続く何かに向けて駆け出していく。
「我儘ついでに、実は私、RPG同好会以外にもうひとつ、とっても大切な夢があるんです」
佐伯先生の半歩先を進みながら、時折振り向いて笑顔を見せる。通学路をこうして二人きりで歩くなんて、それだけでも夢莉の願いは僅かにひとつ叶ってはいるのだろう。
「若いうちはたくさんの夢を持つのは良いことだと思うが、いったい何なんだ、詩音の夢って」
「あ、先生、今私のこと詩音って呼んでくれた」
今一度確認するように、佐伯先生の顔を見つめながら、夢莉は顔を綻ばせる。
「ま、職員室じゃないからな。他の先生…水野先生とかの前で、もし詩音だの彩乃だのって呼んだりしたら、即職員会議でお叱りの展開だ」
「えぇーっ、でも水野先生のほうが危ない噂、多いですよ? 女子生徒に妙に馴れ馴れしいとか…」
確かにその手の噂はある。もっとも半分は、女性に無関心な佐伯先生との対比のような感じだが、火のないところに煙は…というのも事実だろう。現に夢莉も怪我にかこつけてセクハラされそうになった、とか言っていた記憶がある。
「真剣な教師ほど生徒には誤解されやすいものだからなぁ…。良かったなぁ、詩音」
「はい? 何が、ですか?」
疑問符の浮かんだ詩音の顔を見つめ返しながら、佐伯先生は珍しく薄っすらと笑顔を見せた。
「担任の教師がいまいち真面目じゃない変わり者でさ。お前たちもそのほうが気が楽だろ?」
「いいえ、そんなことないですよ。気が楽どころか、私は毎日がドキドキの大冒険ものなんですから…」
えへへ、とばかりに満面の笑顔で微笑みかけると、詩音はくるりと佐伯先生に背を向けた。
「でも、そうですね、佐伯先生が私たちの…私の担任で良かったなぁ、とは思いますね。ほんとに運命に感謝しなきゃ、ですね」
「詩音、お前の場合は、感謝しなきゃならんやつが多すぎるだろう…」
心底呆れたような声音の佐伯先生の言葉が、詩音の背中に投げかけられる。
それは何より詩音自身が痛感していることだ。
「先生、今度お気に入りのダイス、ひとつくださいよ」
「なんだ唐突に…」
「お守りですよ、お守り。私のもう一つの夢が叶うように…」
再び詩音は佐伯先生を振り返って微笑む。
「もし、願いを叶えられたら、その時はきっと返します。その日が来ることを信じて、その願掛けダイスを大事にしますから!」
「呪いのダイスにならなきゃいいがなぁ…」
まったく、なんて不吉なことを言うんだろう、と心の中で抗議した詩音は、むーっと不満げな視線を送る。
「はぁ…お前って、ほんと表情豊かなんだなぁ。そのままの詩音のほうがきっと男子にもてるぞ? せいぜい頑張って夢を叶えるんだな、何年先になるか知らんけど…」
詩音の心を知ってか知らずか、無責任すぎる佐伯先生の何気ない言葉が、嬉しくも少し痛い。
「ありがとうございます、先生。絶対に夢、叶えてみせますねっ」
詩音が小躍りしながらウインクしてみせると、佐伯先生は戸惑いがちに目を逸らした。
「通学路ではしゃぐな、恥ずかしい…」
これから始まる物語、すべてはまだこれからだ。
彩乃も、夢莉も、樟葉先輩も、涼ちゃんも、そして佐伯先生も、皆が皆、これから未来の新しいページを記していく。
その幾つかのページの片隅に、恐らく詩音の未来も記されていくことになるのだろう。
それがいったいどのような物語になるのか、今の詩音には見当もつかない。
願わくば、この世界のゲームマスターが、素晴らしいワクワクする冒険譚を用意してくれてることを信じて…。
今、まさに詩音の心にはお約束のフレーズが駆け巡っていた。
―そう、私たちの冒険は、これからだ!―
◇14 廻り始めた歯車に続く
●ご注意
この連作小説は、2023/4/1より当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。
2023/4/8より毎朝10:00に各章を順次公開しますが、分割にあたって変更した部分はありません。
今回で既存部分の掲載が終了となり、引き続き新作部分を連作形式で公開していきます。
作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。
画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。
ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。
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