◇12 毎日ひとつだけの挑戦
●ご注意
この連作小説は、当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。
既存部分の掲載に引き続き、新作部分を連作小説形式で公開していきます。
●主な登場人物
□女性/■男性
□西原 詩音
担任の佐伯先生に恋する、RPGが趣味の中等部二年生。
□白岡 彩乃
詩音のクラスメイトで、ホビーショップの看板娘。
□香坂 夢莉
詩音の幼馴染みで、隣のクラス。体操部に所属。
□神楽 樟葉
図書委員の中等部三年生。地元名家の一人娘。
■佐伯
詩音と彩乃の担任の国語教師。
■涼太
詩音と夢莉の幼馴染み。夢莉のクラスメイトでお隣さん。
■鷹取 謙佑
ホビーショップのアルバイトの大学生。彩乃の従兄。
■水野
夢莉の担任の体育教師。
◇12 毎日ひとつだけの挑戦
「あー、それは何というか、アレだな…」
目を逸らしたままで、ぽそりと夢莉が呟く。
バーガーショップはいつもと同じ賑わい。樟葉先輩と別れ、遅れて合流した詩音は、浮かない表情のまま、ぽつりぽつりと一同に成り行きを説明した。
「あたしが強引に樟葉先輩を誘ったりしたから、こんなことに…。考えなしでほんとにごめん…」
「そんなこと…」
詩音はその言葉を否定しようとして、そこから先が出てこない。
「それにしても、これまた驚きの展開になってきたねぇ。ボクは何があっても絶対詩音の味方だけど、ライバル出現ってのは予想外だねぇ…」
さすがの彩乃も、下手なことを口走らずにこの場は自重せざるを得ないだろう。
「けどよぉ、それって要するに、神楽先輩も佐伯のことを狙ってました、ってことになるわけ? なんでまたどいつもこいつも佐伯なんだ? そんなに良いんかねぇ、俺にゃあさっぱりだわ…」
彩乃に続いて涼太までが同じようなことを言い出す。まぁ状況的にはそうとしかいえない展開なので致し方ないのだが。
「そんじゃ訊くけど、涼太、確実に佐伯に勝るあんたのセールスポイントっていったい何だっていうのよ?」
「そりゃあ、いろいろあるだろうが…例えば…」
そう言ったまま、長き沈黙に包まれる涼太のポンコツな自己診断プログラムが、延々と空しい検索を繰り返す。
「とりあえず、たぶん夢莉は悪くない…と思う。もちろん涼ちゃんも、ね」
暫しの躊躇いの後、詩音はゆっくりと口を開く。
「皆とこうしてこの場にいるのも運命だと思うんだ。樟葉先輩が参加してくれたのもたぶん運命。だからきっと、運命にもいろいろあるんだよ、良いことも悪いことも…」
詩音はそう自分に言い聞かせるように呟く。
そう、まだ何も始まっていない。失ったのは先制攻撃の機会だけだ。過ぎてしまった時間を悔やむより、今は何かひとつでも先のものを掴み取るしかない。
「しっかし、こいつは前途多難過ぎる船出だろ、この展開は」
涼太が呆れたように溜息をつく。皆も返事代わりに溜息で答える。
「出航どころか、進水式も艤装もまだの新造艦だけどね。浸水式にならないことを祈るしかないのかも?」
彩乃が真顔で笑う。
「新造艦なら何もかも初めて、私たちと同じで、すべてはこれからなんだよ、きっと大丈夫! とにかく、もう開き直って頑張るしかないよ」
詩音はそう言うと、弱気な自分を心の奥にしまい込んで、気迫のこもった表情で皆の顔を見る。
「運命っていっても、別に変えられないわけじゃない。やりようは幾らでもあるはずだから、きっとまだまだやれる…んじゃないかなぁ、と思う」
鼻息荒く一大決心の演説をぶち上げた詩音だったが、その声は次第に霞んで小さくなっていく。
やる気のない疎らな拍手で応えた夢莉は、複雑な表情で素直な感想を述べる。
「なんだかなぁ…、あたしと彩乃がこの数か月、散々叩いて効果がなかった詩音の尻を、樟葉先輩が鞭一発でその気にさせた、ってのが、どうにもなぁ…」
「あぁー、確かにそれはちょっとボクも納得がいかないかも…」
街の景色がすっかり紫のベールに包まれてしまった頃、ようやく詩音は自宅へとたどり着き、そのままの制服姿でベッドへと倒れこんだ。
自分でも情けないくらいに危なっかしい足取りで、よくも事故に遭わず帰り着いたものだとさえ思う。きっと今の格好も表情も、できれば人に見られたくないくらい酷い有様なことだろう。
あまりにも予想外過ぎることの成り行きに、詩音の頭と心が悲鳴を上げていた。
静かに目を閉じ、数時間前の出来事を思い返す。
「私、決めました。西原さん…いえ、詩音さん、あなたと勝負をします、私」
樟葉先輩の突然の宣戦布告が、詩音の心にずきりと突き刺さる。
考えようによっては、樟葉先輩は、佐伯先生に告白する前に、前座代わりに詩音に告白したようなものである。今までひたすら告白する側の緊張感だけに想いを巡らせ続けてきた詩音だったが、今日は思いがけず告白される側に回ってしまったわけだ。
―なんだかなぁ、これって夢…じゃないんだよねぇ―
大きな溜め息を漏らして、詩音は仰向けに見慣れた天井を眺める。
何はともあれ、これで完全に退路を断たれ、あとは前進するしか道はなくなったということだろう。だからといって、ここで白旗を掲げるという選択肢は詩音にはない。
樟葉先輩が正々堂々という言葉を口にしたからには、詩音が一方的に撤退や降参することは認めません、ということなのだろう。もちろん今のところ、詩音にそんな気はないのだが。
ならばまず当面の間は、目の前の自分にできることを淡々とこなしていくしかない。
まず手始めに、ゲーム部の顧問の依頼を改めて佐伯先生にお願いすることになるだろう。もちろんそれは当初からの筋書き通りなのだから、何も問題ないはずだ。
―そう、あとは私の、勇者詩音の頑張り次第なんだから―
詩音の思い切りのなさは昔から変わらない。
いや、幼少の頃はむしろ夢莉や涼太が止めるのも構わずに、詩音が率先して危ない橋を渡っていた気もする。というよりも、当時の詩音にとっては、目につく危ない橋が揃いも揃ってとても魅力的に思えたのだろう。
いったい何故、何がきっかけで詩音が無意識に危ない橋を避けるようになったのか、心当たりはない。普通に考えれば、危ない橋に自ら進んで挑む必要性がないという、極めて当然な事実にようやく気づいたというだけだろう。
とかく冒険にはリスクがつきものだ。幼い頃は、毎日一緒だった夢莉や涼太が相当にその巻き添えを食っていたように思う。しかしそれでも、今回の一連の騒動のように、詩音自身が動かないことで逆に周囲が被る皺寄せも、またあるのだ。
どちらにせよ問題が発生するのが避けられないなら、いっそ開き直るのもありかもしれない。詩音が動かず周囲が動いて一歩前進するなら、詩音が動いて周囲も動けば二歩前に進めるかもしれない。
時に躓くことがあっても、それが致命的なことでないなら、多少の問題は後で皆と一緒に考えてもいいだろう。
「勇者詩音よ、ここは潔く、とっとと吶喊するしか道がないぞ?」
「平気平気、勇者詩音はここ一番の度胸の人だからね」
夢莉と彩乃の言葉が浮かんでは消えていく。
今はただ盲目に、己を信じて勇者詩音を演じ貫いていくしかない。そう、空想の世界も現実の世界も変わらない。まずは仲間を集めて旅立つことから始めよう。
そしてもうひとつ、詩音に課せられた新たなる試練。
「自分から最初の一歩を踏み出そうとしなければ、誰にも道は拓けません。自らが歩もうとして、初めてそこに道ができるのですから。だから私は、私自身の新しい一歩に挑む決意をしました」
樟葉先輩のあの言葉は、目前の詩音に重ねたもう一人の樟葉先輩に投げかけたものかもしれない。
自分自身に対する決意表明の宣戦布告。その儀式めいた方法をあえて選んだというのは、きっと他の誰かに聞いて貰うことによって、後戻りできない状況に自分を追い込もうとしたのだろう。
そうでなければ、詩音に黙って粛々とことを運べばいいだけで、それこそ家柄も容姿も成績も、詩音とは天と地ほどの差がある樟葉先輩にとって、障害になることは何もないはずなのだから。
本気の樟葉先輩がいったいどのような戦略で魔王佐伯攻略に挑むのか、詩音には皆目見当がつかない。もしかしたら圧倒的な大攻勢を毎日のように見せつけられ、さすがの勇者詩音も心が折れてしまうかもしれない。
しかしそれでも、勇者詩音は負けるわけにはいかない。
となれば、詩音に残された唯一の作戦は、持てるすべてを集中させた正面一点突破しかない。あとは野となれ山となれの精神だ。何かがあったら、その時はその時になってから考えよう。
「なぁんだ、結局悩みの本質なんて、ちっとも変わってないじゃない」
詩音は声に出して再確認する。
己の状況を知りひと安心した途端、詩音は相当にお腹が空いていることに気がついた。思えば、さっきのバーガーショップでは何も口にする気力が起きなかったというのに、人間とはなんとも現金なものである。
―とりあえず、毎日ひとつだけ、前向きに挑戦してみよう―
詩音は決意とともに勢いよく起き上がり、ベッドを降りてキッチンへと走る。
「お母さん、今日の晩御飯は何?」
◇13 はじまりのはじまりに続く
●ご注意
この連作小説は、2023/4/1より当サイトで公開中の「あの世とこの世の冒険譚」本編を各章ごとに分割したものです。
2023/4/8より毎朝10:00に各章を順次公開しますが、分割にあたって変更した部分はありません。
既存部分の掲載に引き続き、新作部分を連作小説形式で公開していきます。新作部分のスケジュールは現在検討中です。
作中の登場人物のイメージ画像を「COM3D2」というアレ系のゲームで撮影しました。
画像そのものは健全なので問題ないのですが、今後のことも考えて、イラストを描いてくださる絵師さんを募集しています。ぜひよろしくお願いします。
ここまでのお付き合いありがとうございます。この作品の印象が、少しでも皆様の心に残ってくれたら嬉しいです。
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