◇109 太陽の陰と月の陽
まえがき
「よよぼう_~あの世とこの世の冒険譚」は、原則的に毎週月曜日の朝10:00に更新予定の、連載形式の小説作品です。
2025/1/13より、現在の第八章を掲載中です。今のところ、この章で完結となる予定となっています。
「よよぼう」第七章までのあらすじ &登場人物
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◇109 太陽の陰と月の陽
小一時間ほどの後、佐伯先生の姿は神楽本家の樟葉の私室にあった。勿論その傍には樟葉も一緒である。
さすがに親が半ば公認しているとはいえ、女子生徒の私室に男性教師と二人きりというのは、相当な問題ありの状況である。それでも、樟葉は有無を言わさぬ強引さで佐伯先生を自室に招き入れたのだった。
考えてみれば、来春からこのような形でひとつ屋根の下、同棲…とまでは言わずとも、二人一緒に共同生活を送る算段だったのだから、その代わりに…という事なのかもしれない。
「何と言っていいか…、神楽も随分と大胆になったもんだなぁ…」
上品な造りの大きなベッドに樟葉と並んで座っている佐伯先生は、少し意外そうな表情を浮かべながら語りかけた。
「そうでしょうか…いえ、そうかもしれませんね…。これも詩音さんの影響なのかもしれませんが…」
「あいつの場合は、大胆というより、考えなしと言ったほうが正しいかもしれないがなぁ…」
僅かに嬉しそうな笑顔を浮かべて、そう詩音について語る佐伯先生の横顔を、樟葉はじっと見つめながら少し寂しく感じてしまう。
「神楽、いろいろ済まなかったな。暫く迷惑かけることになって、悪かったと思っている」
「それはまぁ、先生自身が決めた事ですから、私がどうこう言える話では…」
本音でいえば、樟葉は縋ってでも佐伯先生に翻意して欲しいと思っているが、それは野暮というものだろう、とも考えていた。
「神楽は、さ…、周囲の人たちにとって、ちょっとばかり眩しすぎる、いわば太陽みたいな存在なんじゃないか、と思う…。だから、その光目当てで群がってくる者もいれば、目が眩んで遠ざかっていく者もいる…」
佐伯先生が言いたい内容は樟葉にも理解できる。物心ついてからずっと、他人の一方的な羨望と妬みに晒され続けてきたのだから。もちろんその大部分は「神楽の家柄」の恩恵で、樟葉本人がどうこうという問題ではない。
「それに比べると、そうだな…。神楽が太陽なら、詩音は月みたいなものかもしれないな…」
「それはちょっとわかりません…。私よりずっと、詩音さんのほうが輝いていると思いますが…?」
樟葉は半ば本気でそう思っていた。
自分にはない大胆さと無鉄砲さ、いじいじと悩むくせに、いざ決断すれば即行動という迅速さ…。どれも樟葉にはないものばかりだと感じて、それこそ樟葉のほうが嫉妬に駆られてしまう事さえあった。
「神楽は、いつ如何なる時も『神楽の家名』から逃れられない運命だよな。太陽が自分でその輝きを消すことができないように…」
そう、それは祝福であり呪いでもある。名家という伝統と重圧は、長年にわたって代々受け継がれてきた、避けることのできない宿命である。それは別に樟葉一人に限った話ではない。
「神楽が留学の話に乗り気なのも、そんな家名の呪縛が及ばない場所で、自分自身を見つめ直したいと思ったから…だと そう思ったんだが、違うか?」
「はい、多分、そういう考えもある…と思います。だからこそ、先生と生徒という関係ではなく、一人の男性と一人の女性…、神楽樟葉という何処にでもいる普通の少女として、互いの想いを確かめていけたら…と考えてはいました」
「それは、ちょっとばかり先を急ぎすぎだ。中三にしては思い切りが良すぎるってものだろう…」
大胆過ぎる樟葉の発言に戸惑いを隠せなくなる佐伯先生は、思いつめた表情の樟葉の顔色を窺いながらそう答える。
「何でしたら、今からでも私は構いませんが…。当に覚悟はできていますし、相手が佐伯先生なら、私は…」
「おいおい、ちょっと待て、神楽…」
「私さえ黙っていれば、誰にも知られることはないですし、多分、お父様も今更それを咎めることはないでしょうから…」
樟葉はそう言いながら身体全体で佐伯先生に向き直ると、潤んだ瞳をそっと静かに閉ざした。
今まで何人かの男子生徒たち―先輩も後輩も含めて―から交際を申し込まれ、また何人かの年上男性との縁談話もあった。それらの男子、男性の中には、手っ取り早く樟葉とのそういった関係を望む者は少なくなかった。欲望を隠そうとすればするほど、それはあからさまに窺い知れるものだ。
「なぁ、神楽…。そういうのは先々の楽しみにとっておけ…。だから今はこれだけで勘弁しろ…」
そう言って佐伯先生は樟葉の前髪を静かに払い除けると、真っ白な素肌が露わになったおでこに、唇でそっと優しく触れた。
波乱万丈の週末が過ぎ去った月曜日の中等部では、詩音たちの状況はさらなる変化と混迷に包まれていた。
例によって、遅刻ギリギリに詩音が自分の教室に到着すると、既に早速注目の的となった彩乃の周りに集まったクラスメイト達の賑わう様子が、その視界に嫌でも飛びこんでくる。
詩音と彩乃は隣の席なのだから、気にするなというほうが無理な相談だろう。人見知り気味の詩音に比べ、彩乃は元々からかなり社交的なのだが、こうもあからさまに皆にもて囃されている親友の姿を目の当たりにするのは、少し居心地が悪い。
「おはよう、西原さん。今日の白岡さん、本当に大人気だね!」
そんな詩音の胸中など微塵も察することなく、相変わらずのマイペース、いや無神経な越谷が声をかけてくる。その言外には、「僕は西原さん一筋だけどね…」という態度が滲み出ていた。
「おはよ…」
詩音は全くやる気のない沈んだ声で返事をしながら、ゆっくりと自分の机に突っ伏した。
しかし、冷静に考えてみれば、周囲の状況がどれほど変わっても、普段通り詩音に声をかけてくる越谷という男子は、ある意味で貴重な存在だろう。イベント当日にやり残した宿題、未完シナリオの完結編を文章に纏めていく作業でも、越谷は喜んで協力を申し出てくれるはずだ。
こういう言い方は良くないかもしれないが、独りで物事に当たるよりは、道連れがいたほうが心強いのは確かだ。当然、後々何らかの形でお礼をするべきだろうが、残念ながら詩音の心は佐伯先生一筋だから、それだけは譲れない。
「おー、あやのん、大人気じゃん! 同じヘアデザイナーが担当なのに、何であたしには誰も群がってこないのぉー?」
「パリピギャルはお呼びじゃねぇってさ…」
風歌と吉川の二人は、詩音以上に際どいタイミングで教室に入ってくると、第一声から早速、彩乃を揶揄う。
「あやのん…?」
「うん、そう、『あやのん』! 勿論あたし命名よ、いい感じっしょ? ちなみに先週までは、『あやのすけ』だったよ…」
「あやのすけ…」
どういうセンスなんだ、とツッコみたくはなるが、風歌らしいといえばその通りである。その上、「あやのすけ」という響きが如何にもボーイッシュな彩乃にぴったりで、まさに言い得て妙というやつだ。詩音は思わず苦笑いを浮かべて噴き出してしまう。
「それじゃ、お次は詩音を大改造しなきゃね! ちょっとでも大人の魅力に近づいておかないと、まぁ何ていうか、その…相手が相手、だしねぇ…」
「改造…って、せめて変身くらいにしてよ? っていうか、いいよ、私はこのままで…」
風歌の無邪気な悪戯心の視線が、値踏みをするように詩音の全身をなぞりながら上下する。
「まずは、そうねぇ…。そのツインテールをどうにかしたいよねぇ…」
「ええっ! 待って待って! これ結構、私、気に入ってるんだよぅ…」
今にも鋏を手に迫ってきそうな表情の風歌から逃げるように身を捩り、頭の両側の二つの大きな髪の束を必死に両腕で覆い隠す。
「やめてあげなよ、西原さん、泣いちゃいそうじゃないか…」
話の成り行きを見守っていた越谷が、迫りくる風歌を押し留めるようにそう声をかける。
そういえば、越谷は以前、「西原さんは変わらなくていい、そのままで十分素敵だから…」などと言っていたことを、詩音はぼんやりと思い出す。
変わらなくてもいい、という言葉と、変わらないで欲しい、という言葉は、勿論違うはずだろう。いつか詩音が自発的に「誰か」のために変わっていく決意を固めたとしたら、それでも越谷はそれを否定するのだろうか?
「うん、私、今は変わらなくていいよ…。将来、自分自身で、変わりたい…とか、変わらなくちゃ…とか思う日が来たら、その時はきっと、彩乃なんか目じゃないくらい徹底的に、電撃的な大変身をする…んじゃないかなぁ…と思う…っていうか、そんな気がする…」
詩音はそう呟きながら、風歌と越谷の二人を交互に見つめて微笑みかける。
だが、その言葉は誰よりも、詩音自身に向けられたものだと、本人が自覚もしていた。
いつの間にか少女は変わっていくものだ。それが自分のためなのか、或いは他の誰か大切な人のためなのか、それはいったい誰なのか…。そんなことは今はわからない。でも焦ることは何もないはずだ。
「…そっかぁ、詩音の断髪式はナシかぁ、残念…」
「断髪…」
風歌が言い放った言葉に、再び詩音は言いようのない恐怖を感じ、小柄なその身を震えあがらせた。
その日の放課後、詩音はいつものように図書館研修室に一番乗りを決める。ここは既に詩音たちRPG同好会によって、部室代わりに占有されつつあった。
会長である詩音は、さも手慣れた様子で、図書館の事務室兼司書室で研修室の鍵を借り、そそくさと室内に入るなり、少しだけ窓を開けて換気を始める。
勿論、外は真冬の寒さだが、これから始まるだろう馬鹿騒ぎのことを考えれば、新鮮な空気の確保は重要な作業だ。
鼻歌交じりの浮かれ気分で、本日のマスタリング用具の準備に取り掛かる。テーブルの上には、小さな青い巾着袋に入れられた、大事な大事な「願掛けダイス」が置かれている。詩音が佐伯先生にせがんで借り受けた、魔力溢れるクリスタルダイスたちだ。
RPGは所詮ゲームなのだから、賽の目次第でどうとでも転がる代物だ。ダイスを振る者の執念と集中力が奇跡を呼んで、或いは時に破滅的な結末を招いて、物語は進んでいく。
だから詩音の手にこのダイスがある限り、常にその展開は詩音と佐伯先生の精神的共同作業がもたらす運命なのだ。…そう勝手ながら詩音は思うことにしていた。
緑色の十面ダイスのひとつ、そのエメラルドのような小さな菱形の輝きを手に取って、その透き通った視界越しに、詩音は何気なく世界を眺めてみる。いつもとは違うもうひとつの世界が見えるかもしれない…と、そんなお馬鹿な空想を巡らせながら、詩音は目を凝らしていた。
その視界の向こうに、一人の制服姿の可憐な少女が現れる。
「詩音さん、ちょっと良いかしら? 皆が来る前に、詩音さんに話しておきたいことがあって…」
「樟葉先輩…?」
それは例の宿敵、詩音の恋のライバル、神楽本家の一人娘のお嬢様、神楽楠葉だった。
「佐伯先生との件、あなたにも伝えておくべきだと思って…」
「はぁ…」
詩音の向かいの席に当然のように腰を下ろして、樟葉はそっと静かに両眼を閉ざした。
◇110 あなたとわたしの冒険譚【暫定最終話】 に続く
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あとがき
初めまして&こんにちは、真鶴あさみです。
行き当たりばったりで始めたこの「よよぼう」の週刊連載も、ようやく最終章(予定)の第八章となりました。
定期的に読んでいただいている皆様、ありがとうございます。
TRPGという趣味は些かマニアックでニッチな趣味なので、取っ掛かりが難しいと敬遠している方も多いと思いますが、実は予想以上に簡単で、寧ろ問題は「己の羞恥心との闘い」だったりします。
役者や声優を目指している人ならともかく、一般の…いえ、多少その手のオタク初心者からすれば、カッコいいけど小恥ずかしい台詞を「さぁ言ってみろ」とばかりに促されても、躊躇してしまうのは良くわかります。
ですが、一度そこを乗り越えれてしまえば、後は爽快感溢れる夢の世界が待っているという寸法です。
皆様も是非、一度は挑戦してみてください。
いつも校正チェックでお世話になっている鳥ことトットさん、アイディアを頂くことも多い蛹ことハセベさん、諸々感謝しています。ありがとうございます。
それでは、最後のエピソードまでもう暫く、詩音の迷走物語にお付き合いをお願いします。
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