◇104 迷走に次ぐ迷走
まえがき
「よよぼう_~あの世とこの世の冒険譚」は、原則的に毎週月曜日の朝10:00に更新予定の、連載形式の小説作品です。
2025/1/13より、現在の第八章を掲載中です。今のところ、この章で完結となる予定となっています。
「よよぼう」第七章までのあらすじ &登場人物
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◇104 迷走に次ぐ迷走
詩音が挑戦するファンタジーRPGのテーブルは、シナリオ上の大きな分岐点に差し掛かっていた。
王宮と民衆を人質に双子王女の身柄を要求する闇の皇帝に対し、プレイヤーたちが演じる双子姫護衛隊は果たして如何なる決断を下すのか、という状況である。
故郷である辺境の小王国の国境を僅かに超えて潜入した密林に、一同は息を潜めて束の間の休息を取りつつ、今後の方針についての議論を重ね続けているが、信用の欠片もない交渉相手に対して、皆の意見はその態度を決めかねていた。
「はっはっは、愛だと! まったく青臭いことよ…。お主は寧ろ、闇皇帝なんぞに姫様をくれてやるくらいなら、自ら姉姫殿下に引導を渡すことも厭わぬと申すか…。まぁ、それも若さ故というやつであろうな…」
姉姫を愛している、などという戯言をほざく双子王女の従者。そのプレイヤーである越谷に向かって、老魔導士として仰々しい物言いで一言述べてから、佐伯先生は手元に視線を落として、唐突に何やらこそこそとメモを書き始める。
「何れにしろ、このままじゃ、王宮まで俺たちが助けに戻るにしても、敵中突破ってことになるんだろ? だったらいっそのこと、派手にぶちかまさねぇか?」
元盗賊の楽天的な意見が上がるが、即座に同意する者はいない。この状況では無理もない。いわゆる多勢に無勢という話である。
そこは所詮ゲームなんだから、主人公補正やゲームマスターの裁量で、やろうと思えばどうとでもできてしまう話、ではあるのだが、自然な話の流れとしては些か腑に落ちない。キャラクターに思い入れが強ければ、結果ありきの無謀突撃は到底受け入れられないだろう。
「賊民よ、それはあまりにも楽観的というものではないか? この少人数では救える者も救えまい…」
女騎士がそう言って元盗賊を諫めるが、彼女とてこれといった名案などありはしない。
「では、ここは一旦、我が国に友好的な中立国に身を潜め、次善の策を練り直しては如何ですか? 幸い姫殿下は二人とも御無事ですし、闇の者どもはこちらの所在を、恐らく正確には掴めていないはず…」
争いを好まない温厚な性格の賢者は、やや消極的な、それでいて相応に現実的な案を述べる。いわゆる亡命政府、自由ナントカ暫定政府というやつだ。
「そうも上手くは行かないんだよなぁ…。仮に将来、闇皇帝を打倒して王国に凱旋できたとして、一度は民衆も父王陛下も見捨てて国外に逃れた恥晒しの腰抜け双子王女に対して、再び民衆の支持が戻る事なんてありえない、と思う…。そこが議会民主制の国と専制君主制の国の大きな違い、ってやつなんだろうなぁ…」
素に戻った佐伯先生が反対意見を述べる。いきなりの社会科授業開始の様相だ。
確かに、王家と国民の間に長年にわたって築かれてきた、御恩と奉公のような関係性が最重視されるのだとしたら、亡命政府はまさに「民を見捨ててのうのうと生き延びた外道王家の残党」というイメージを、市民の感情に刻みかねないだろう。
「せんせい…くんしゅせい…? あー、こくおうへいか、さえきじゅうさんせい…?」
頭の悪い曲解をいきなり口にする詩音に対して、佐伯先生は担任教師として諭すような教育的発言で反応する。
「あのなぁ、西原…。そうじゃないからな? もし自分が国王だったら、お前のような粗相者は、真っ先に国外追放して島送りにしているところだぞ?」
「えぇーっ、私、忠誠心だけは人一倍あるのにぃ…?」
そして、佐伯先生の大きな掌が詩音の頭に伸び、それを手荒くぽんぽんと叩きながら、まるで中身の状態確認でもするように、時折力を込めて粗雑に撫でていく。
「あー、そっか…。そう言えば、君たちって、佐伯さんの生徒たちなのか…。せっかくの日曜なのに、担任教師の妙な趣味に付き合わされるなんて、とんだ災難ってやつだよなぁ。ついでに彼氏彼女も連れてきちゃえばいいのに…」
「あははは…はぁっ…」
全く事情を知らない元盗賊役の青年が、詩音と佐伯先生の漫才じみたやり取りを笑い飛ばしながら言う。
だが、そのテーブルの下の見えない空間では、隣に座る女騎士役の女性のお行儀の悪い足によって、元盗賊青年の足が「偶然」にも強烈に踏みつけられてしまう。
詩音がこのイベントに初参加となった際、環のマスターの元で同卓となった彼女は、詩音に要らぬ個人的な詮索を繰り返す環のおかげで、若干ではあるが、詩音の恋愛事情を察していたのだ。もっとも、その相手の担任教師とやらと、直接こうして卓を囲んで面識を持とうとは、恐らく予想もしていなかったことだろうが。
「ちょ、痛いって!」
「あら、ゴメンなさい…」
悪びれる様子もなく誠意のない謝罪の言葉を囁いて、彼女は詩音だけに見えるようにこっそりと小さくウインクする。
「あ、あぁ…」
せっかく気を回してくれたのに大変申し訳ないのだが、詩音としては、皆の前で公然と感謝の意を表すわけにもいかず、返答代わりの曖昧な苦笑いを引き攣らせながら、どうにかこの場を穏便にやり過ごすしかない。
だが、詩音のそんな思いも何処吹く風、想像の遥か上を行く、超のついた大戯けの存在が、詩音のすぐ傍にいたのである。
「あ、西原さんの彼氏…なら、立候補者が…ここに、一緒に…ね」
「え、えぇーっ! ちょっ…」
おいおい、あんた、正気か? 気は確かか? 今ここで、皆の前でそれをぶっちゃけるのか? …というのが、詩音の心に最初に浮かんだ率直な感想だった。
まるで何かの魔法で、或いは超常現象的な未知の力で、このテーブルの周囲だけ時が止まってしまったかのような静寂に包まれる。皆が各々口を噤んだままで、一斉に視線だけを越谷に向ける。当然、佐伯先生も然り、詩音自身もまた然りである。
「おおぅ! こいつは予想外な展開、って感じですね…。さて、どうしたもんでしょうかね、佐伯先生? 教師としては見過ごせない話じゃないですか?」
賢者役の青年が目を輝かせて興味津々の視線を佐伯先生に送ると、再びテーブルの下で女騎士の強烈なローキックが、賢者の無防備な向う脛めがけて炸裂する。
「痛ぁ! えっ…とぉ? いったいどうしたって言うんです、騎士殿? あっ、あぁ! お姉さん、もしかして、彼のこと、興味…っていうか、お気に入…がぁ、マジ痛ぇし! っていうか、こっちに当たらないで欲しいんですけど?」
賢者の余計な詮索を封じるように、今度はあからさまに鈍い音を立てた女騎士の痛恨の一撃、容赦のない脛蹴りが幾度も繰り返される。
それでも、これだけ暴力交じりの場外乱闘を演じておきながら、本気の喧嘩にならないところを見ると、このイベントに参加している人たちの温厚な人間性が窺えるというものだ。
「はぁーい! 皆楽しんでるかなー? お楽しみのところ、水を差して悪いんだけどー、残り時間が一時間切ったしー、GMさんはそろそろー、ガンガン巻いて進めてお願いねー!」
大混乱及び大脱線を極めたこのテーブルの状況を察したように、間の良いスタッフの天の声―このノリは恐らく環だろう―が、さっさと話を戻して決着をつけろと急かしてくる。
切っ掛けはゲームマスター自らが招いた逸脱であっても、当然このまま放置することはできない。詩音はコホンと小さく咳払いして、脳内の軌道修正スイッチを切り替える。
「えー、さて、そろそろ時間も無くなってきたっぽいので、これからどうするか決めて欲しいんですけど…。もちろん、双子姫は姉妹揃って『私たちなら気にしないで大丈夫です。ご心配は無用です』なんて健気なことを言ってますが…」
何もかも全てを有耶無耶にして、一気に流し去ろうという勢いで、そう語りかけるゲームマスター詩音の切り替えの唐突さに、皆は一瞬戸惑いながらも、ようやく元のシナリオに話を戻していく。
「では、話を戻すとして…。『うむ、やはりここは双子姫様たちにも、一肌脱いでいただく必要があるやも知れんのう…』」
「相手の要求を呑むということですか? 夢想家の世話焼き従者の件はひとまず置いておくとして、とりあえず私はその意見には同意しかねます…」
ゲームマスターの詩音と同じく、心情としてはこの微妙な空気を一掃したい佐伯先生は、率先して話を纏めにかかる。
そんな老魔導士の発言を受けて、賢者が自分の意見を続けた。まぁ当然の展開である。プレイヤーたちが結託して、NPCの双子姫を差し出すような真似は、ゲーム的な損得勘定を抜きにすればお薦めできない。
「あの、差し出がましい意見ではありますが…、その、もし、もしも、姫様たちを闇皇帝に差し出すというのであれば、僕もお二人と共に参ります」
「ほう、若造め、よう言った! その心意気や天晴、見上げた根性だ、…と褒めてやりたいところではあるが、王女の世話係の坊主に…それも王家とはまったく縁も所縁もない者には、闇皇帝とて興味は無かろうな…」
健気な忠義を誓う従者に対して、全く容赦のない老魔導士の発言が、せっかく自ら見せ場を切り開こうと挑む恋する若人の決意をぶち壊しにする。
「あら? いいんじゃない、それ! どっちかの王女の代わりに従者くんが成り済ますとか…、いっそのこと三人で?…とか」
「この中に一人、ハズレが混じってますが、気にせずどうぞお納めください、ってか?」
女騎士の肯定意見に、元盗賊が真顔でツッコむ。
「確かに姫様の替えの衣装はあると思いますが…、ただでさえ瓜二つの双子王女に合わせるとなると、相当無理が無いですかね?」
「そこはそれ、我が幻覚の秘法にかかれば容易いことよ…。ほれっ!」
当然の疑問を賢者が口にするも、間髪入れぬ老魔導士の無責任発言に、あっさりと流されていってしまう。
「え? 僕、今、王女様になってる…って感じなんですか?」
「はっはっは! 左様、今から貴様は第三の王女殿下だ。心して振舞え! まずはその威厳の欠片もない物言いから改めねばなるまいのう…」
唐突の佐伯先生の無茶ぶりに、越谷はあからさまに狼狽える。当然、向こうの空想世界の従者も、かなり戸惑っていることだろう。
「あ、えー、うーん…。っていうか、いきなり王女様って言われても、滅茶苦茶難しいじゃないですか…」
「そうじゃない!」
「え? ひ、姫君に相応しい立ち振る舞いというのは、やはり粗忽者の私には、少々荷が重いと申しますか…」
「ふむ、まぁ良かろう、その調子だ!」
完全に佐伯先生は越谷を玩具にして遊んでいるようだ。周りも越谷のなりきり演技に大笑いで反応する。
「試しに念のため、真贋判定するぜ? あ、おぉ! 『なんてこった! これじゃあ俺たちも、いったい誰を護ればいいか迷っちまうぜ…』」
「それは貴様の目が節穴なだけかも知れんぞ…」
いきなり自発的にサイコロを振り始める元盗賊だったが、すぐに納得の表情で驚きの声を上げる。冷静な女騎士の煽り言葉もシーンの演出を盛り上げる。
「じゃ、コッシー姫を加えて闇皇帝と直接交渉する、ってことで良いのかな?」
詩音がさらりとそう言って、咄嗟に思いついた越谷姫への破滅的なネームセンスを披露すると、卓を囲む一同の笑いをさらに加速させた。
「あー、マスター、ついでにこれもよろしく頼む…」
そう小声で詩音に囁きかけた佐伯先生は、小さく折りたたんだメモ用紙を手渡してくる。
まるで中等部の教室で時折授業中に回ってくる、意味不明の怪文書さながらの代物だ。担任教師からそんな怪しげなものを手渡されるなど、普通ならあり得ない光景である。
できることなら、こういうものは二人きりの時に渡して欲しいものだと考えながら、どうせ詩音が期待するような内容ではないことも理解していた。
他のプレイヤーに見られないように、こっそりとメモを広げて詩音は素早く目を通す。
「え? あの…佐伯先生、これホントに本気ですか?」
「うん、お前のマスタリングの手腕を信頼してるからな。頼むぞ、西原…」
手渡されたメモに書かれていたあまりにも無茶な内容に、びっくりを通り越して呆れかえる詩音だったが、佐伯先生は意にも介さずやり過ごす。
「ねぇねぇ、魔導士の爺様ぁ? いっそのことさ、全員で王女様に化けて…っていうのはどうかしら? あら、無理なのかしら…? 偉大なる老魔導士様なら、きっとそのくらい、朝飯前ってもんよね?」
「はぁ? 俺たちもこの老いぼれ爺ィも、まとめて王女にするってことか? 何考えていやがるんだ? どう考えても一発でバレんに決まってんじゃねえか!」
さらに突拍子もないことを思いつく女騎士に対して、元盗賊は呆れて猛抗議の反発姿勢を示す。
「いや、まぁ、やってやれんこともないがのう…。本気でやる気なのかのう…」
このゲームのルールブックによれば、不可能だという記述は特に見受けられないので、それに従えば、ルール上はいちおう可能ではある、ということになるのだろう。というより、そもそもプレイヤーたちがそんな馬鹿げたことを思いつくとは想定していなかった、と言ったほうが正解なのだろうが。
とにかく、出来るということさえ判明すれば、後は実際に、やるか、やらないか、という問題だけである。
「うーん、この話って、どっちかっていうとシリアスな感じで、ギャグ系のつもりじゃなかったんだけどなぁ…」
詩音は会場の市民ホールの高い天井を見上げて、ぽつりと呟いた。
◇105 七人の双子姫 に続く
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あとがき
初めまして&こんにちは、真鶴あさみです。
行き当たりばったりで始めたこの「よよぼう」の週刊連載も、ようやく最終章(予定)の第八章となりました。
定期的に読んでいただいている皆様、ありがとうございます。
TRPGという趣味は些かマニアックでニッチな趣味なので、取っ掛かりが難しいと敬遠している方も多いと思いますが、実は予想以上に簡単で、寧ろ問題は「己の羞恥心との闘い」だったりします。
役者や声優を目指している人ならともかく、一般の…いえ、多少その手のオタク初心者からすれば、カッコいいけど小恥ずかしい台詞を「さぁ言ってみろ」とばかりに促されても、躊躇してしまうのは良くわかります。
ですが、一度そこを乗り越えれてしまえば、後は爽快感溢れる夢の世界が待っているという寸法です。
皆様も是非、一度は挑戦してみてください。
いつも校正チェックでお世話になっている鳥ことトットさん、アイディアを頂くことも多い蛹ことハセベさん、諸々感謝しています。ありがとうございます。
それでは、最後のエピソードまでもう暫く、詩音の迷走物語にお付き合いをお願いします。
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