◇101 お嬢様の三つの難題
まえがき
「よよぼう_~あの世とこの世の冒険譚」は、原則的に毎週月曜日の朝10:00に更新予定の、連載形式の小説作品です。
2025/1/13より、現在の第八章を掲載中です。今のところ、この章で完結となる予定となっています。
「よよぼう」第七章までのあらすじ &登場人物
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◇101 お嬢様の三つの難題
佐伯先生と病院の担当者の間できちんと話はついていたのか、病室に二人が迎えに参上した時には、すっかり帰宅の準備を整えた佐伯先生の母が、ベッドに腰かけながら待ち構えていた。
「こんにちは、お母さん。佐伯先生の代わりにお迎えに来ました。そして…」
「お久しぶりです、お母様。大変長らくご無沙汰でした、って言っても…、覚えていらっしゃいますかねぇ、私のこと…?」
詩音と環が交互に言葉をかけると、佐伯先生の母は驚いたようにじっとこちらを見つめた。
「あらまぁ、詩音さんが迎えに来るっていう話は聞いていたけれど、まさか、こんなサプライズまで用意していたなんて…。十三にしては随分と粋な退院祝いだこと…」
柔らかな微笑みを浮かべて環の顔をしげしげと見つめている佐伯先生の母は、うんうんと頷きながら言葉をかけた。
「大路円です。あの頃は若気のナントカって言いますか、お母様にも大変ご迷惑をおかけしました。またこうやってお会いできて、とても嬉しいです」
「そうそう、円ちゃん! 懐かしいわね…。何だかとっても素敵な美人さんになっちゃってて、ちょっと驚いたわ…」
二人は詩音をそっちのけで、当時の教育実習生の母親と毎朝家まで押しかけてくる健気な女子中学生に戻って話を弾ませる。
「いやいや…なんか、詩音ちゃんを見てると、変な所がムズムズしちゃって困ってるんですよ…」
「そうよね、私にもわかるわよ、その感覚…」
「私の分も上乗せ倍掛けでキャリーオーバー発生中なんで、折角だからここら辺りで、詩音ちゃんに一攫千金して貰おうかなって思ってて…」
「私も、十三にはこういう積極的な娘がお嫁に来てくれたらいいんじゃないか…なんて、そう思っているのよね。まぁ、あの子はとことん察しが悪いから、時々詩音さんが可哀想に思えて来ちゃうけれど…」
「わ、私は…、十分先生にわかってもらえてる…って思います…けど…」
詩音が何とか会話に割って入ろうとするが、二人の大人の女性にとって詩音の存在は、丁度良い具合に手頃な弄りやすい玩具のようなものだ。
「まだまだよ、詩音ちゃん! 手を緩めずにどんどん追い詰めないと、私みたいにゲームオーバーになっちゃうわよ?」
「あぁ、それは大丈夫よ、円ちゃん。あ、ごめんなさい、もう円『さん』と呼ばないと失礼よね…。あの子の周りで浮かれた話なんて、私が知る限り、あれ以来とんと聞いたことがないんだから…」
「別に私は『ちゃん』でも構いませんよ? それにしても、佐伯先生ったら、相変わらず非モテ人生まっしぐらって感じだったのかしら? それなら、今の詩音ちゃんは先生の救世主ね…。救いの女神様だわ…」
勝手に詩音をネタにして盛り上がる二人に、何とも言えない居心地の悪さと、対照的な嬉し恥ずかしなこそばゆい心境との板挟みになって、詩音の大きく丸い瞳からは戸惑いの視線が送られていた。
「あの…、もうそろそろ行きませんか?」
「そうね、いつまでも病室じゃ何だし、久しぶりの我が家でゆっくりお茶でも飲みながら、じっくり円さんと詩音さんのお話を聞きたいわね…」
「承知しました、お母様っ!」
環はおどけた仕草で、メイドのように頭を下げた。
佐伯先生の母の調子は相当良くなっている様子で、詩音から見る限りでは特に違和感なく歩行もできているようだった。
しかし、腰の怪我は油断大敵であると何処かで聞いたこともある。慢性化しやすい部位という話で、じっくりと静養することが大事ということのようだ。
滞りなく病院を後にして、意気揚々と車を走らせた環だったが、次第にその表情が強張ってきていた。
環にとっては、良く知った、いや、知り尽くしたといっても差し支えのない佐伯先生の実家のはずなのだが、どうも何かが違うと奇妙な感覚を悟り始めていたのである。
何度か曲がり角を曲がりつつ、環は誰にともなく呟いた。
「おっかしいなぁ、この辺にガソリンスタンドが…。その先に駐車場が…」
「え? まさか…」
「うん、迷っちゃった…かも?」
詩音の不安げな反応に、あっさりと環は白旗を掲げる準備を始める。
「あぁ、そういえば、さっきのコンビニ…。前はガソリンスタンドだったかしらね…」
「おおぅ! イッツ浦島状態ってやつ?」
後部座席の佐伯先生の母は、久々のドライブ気分であまり深く気にしていないようだ。体調も殆ど変化がないようで、何よりではある。
「お、交番発見! ここだけは何年経っても変わらないわね、流石に…」
どうにか軌道修正に成功した環は、最終的にご町内をぐるぐると二周程走ったのち、ようやく目的地に到着することになった。
「ありがとう、助かったわ。それに何だか久しぶりに街じゅうぐるぐるして、いろいろ見られて楽しかったわ。いつもの通勤ルート以外って、案外通らないし、たまに通っても、周りの様子なんてあまり見ていないものよねぇ…」
「はぁ、大変長らくのご乗車、お疲れさまでした…。詩音ちゃんもお待たせね。ここが佐伯先生の実家…っていうか、若かりし頃の私の、日々日課の襲撃先よ…」
ぐったりした様子の環は、まるで自分の実家に着いたかのように、助手席の詩音を案内しながら、ようやく深い安堵の溜め息をついた。
「ここが、佐伯先生の実家…」
一方、独り病の床に臥せっている佐伯先生は、ぼんやりした頭の中でこれからの自分の行動予定をに想いを巡らせる。
昨日、樟葉から突きつけられた条件は、とりあえず三つあった。
最初の一つは、「佐伯先生自身の口から、神楽家当主の墨染…というより樟葉の父に対して状況を説明し、了解を得ること」である。
これは至極真っ当な要求であった。今回の留学話が、単なる樟葉の思いつきではなく、墨染からの直々の申し出である以上、通すべき筋は通しておくのが人の道というものだろう。
問題は、どうやって墨染を納得させるか、という点に尽きる。
神楽本家の跡取りである大事な一人娘を、豪華絢爛の熨斗紙を付けてまで送りだそうというのに、それをこちらの一方的な都合で勝手に保留にするというのだから、旧名家の当主としての、また娘の父親としての体面を保たせつつ、説き伏せるのは相当に困難な話だった。
ともあれ、佐伯先生は自身の体調が回復次第、神楽本家に説明に赴くつもりではあった。
二つめの課題は、一年間の猶予中も欠かさず樟葉と連絡を取り続けるというものである。これまた至極真っ当な条件と言えた。
樟葉にしてみれば、当初の予定では、卒業後も親密に二人の距離感を縮めていけるという算段だったはずである。年の差も含めて、一気に物事が進展することはないにせよ、ゆっくりと時間をかけて過ごす二人だけの時間が多ければ多いほど、互いの理解は進んでいくというものだ。
それが白紙に戻るというのなら、佐伯先生の傍にぴったりと張り付くことになるだろう詩音並みに、とは行かずとも、せめて週に一度くらいは定期的な会話の機会を維持したいと考えるのも、もっともな話だろう。
これについては別に、時差を考慮しなければ、さほど大きな問題にはならないだろうと佐伯先生は考えていた。今の時代、地球上の何処にいても、常に連絡を取る手段はあるものだ。
そして、とりあえず最後となる三つ目の願いは、卒業から一年後に必ず樟葉に会いに来ること、であった。
佐伯先生の心境がどう変化しようとも、また、詩音か或いはその他の誰かかもしれないが、佐伯先生が樟葉とは違う別の誰かとの将来を望むことになったのだとしても、改めてもう一度、樟葉と面と向かって状況説明をする機会を設ける、という内容である。
これも避けて通ることのできない重要な内容であった。要するに、いくら離れているとはいえ、フェードアウトは許さない、ということだ。
もっとも、そんな不義理を働こうものなら、樟葉の両親、つまり神楽本家から何を言われるかわかったものではない。少なくともこの街に居づらくなるだろうことは明白だ。下手をすると、詩音までその影響が及びかねない。
結果的に、樟葉の要求は正当かつ無難な内容のものだった。
かぐや姫の話ではないが、もっとこう、中学生の少女らしい我儘放題の難題を吹っ掛けられるものだと覚悟していた佐伯先生にとっては、正直拍子抜けといった感もある。
だが、それこそ神楽樟葉という少女が如何に聡明で、地に足がついた思考ができているかという証でもある。比較するのも何だが、もし詩音が何か条件を出してくるのだとすれば、より子供っぽい、良くいえば純真な無理難題になっていたことだろう。
そういう意味では、佐伯先生は救われていたともいえるのかもしれない。
ともかく、今は樟葉に誠意を見せつつ、当面の自身の身の振り方を模索していくことになるだろう。まずは体調を回復させることが先決ではあるが。
佐伯先生の考え事がひと段落を迎えた頃、そのタイミングを見計らったような着信音が、傍らのスマートフォンから響いてくる。
静かにそっとそれを手に取ると、佐伯先生はその着信相手を確認して、通話を開始する。
「もしも…」
「はぁーい、先生ぇ! 今、ご実家に、無事?到着しましたよぉ! お母様もお元気ですよぉ!」
病人の耳元に飛びこんできたのは、馬鹿みたいに明るく騒々しい環の声だった。
「何で疑問形が混じってるんだ? 事故ったりしてないだろうな?」
「大丈夫でっす! ちょっくらご町内をぐるぐるしただけでぇ、事故らず到着しましたよぉ!」
「迷ったのか…。円の方向音痴は相変わらずなんだな…」
少し鼻声になりながら、佐伯先生は呆れたように応える。
その昔、円つまり環を最初にRPGのイベントに連れて行った時のことを懐かしく思い出す。
当時のイベント会場だった公民館からの帰り際、皆の先陣を切って屋外に飛び出した円は、行きに来た方向とは正反対の、明後日の方角に向かって駆け出し始めたのだ。
朝と夕で陽の差し方が違っているとはいえ、つい数時間前に来た道すら忘れてしまうほどゲームに熱中していたのかと思うと、思わず呆れてしまう大学生当時の佐伯先生だった。
「大丈夫大丈夫、心配ご無用! 今はスマホもあるし、迷子になっても全っ然、平気なんだもんねぇー」
「迷うこと前提か…。詩音もちゃんと元気か? 学校行けなくてすまん、と伝えてくれるか…」
「あー、本人に代わるから待ってて…」
環は一方的にそう言うと、電話の向こうで何やらやり取りがあったのち、ようやく電話口に詩音が現れる。
「あ、あの…こんにちは、西原です、詩音です。お加減…如何ですか?」
通話の音声からでも、馬鹿みたいに緊張している詩音の様子が手に取るように窺える。そういえば、詩音と電話でやり取りするのは初めてのことか、と今さらの事実に思い至る。
「あー、心配かけて悪いな…。お前たちにうつすのは避けたかったから、大事を取って休んだまでだ。大切な教え子がクリスマスに寝込んでるんじゃ、申し訳ないからな…。それから、そう緊張するな…。いつものお前らしくでいい…」
「良かったぁ! 安心しましたよ。雪の中で長話しちゃったから、私のせいかもしれないなぁ…って、ちょっぴり責任感じてたんですよぅ…」
緊張のほぐれた詩音が安堵の溜め息をついて、普段の口調に戻っていく。
「まぁ、お前はナントカだから風邪をひくことはないだろうがな…」
「あーっ、ひっどぉーい! 心配して損したぁ! 純真な乙女心を返してくださいよぉ!」
「そうだな、ゆっくり卒業まで一年かけて返して行けたらいいかもな…」
「えっ? 何ですか、それ…」
電話の向こうの詩音が戸惑うのを確認してから、佐伯先生は意地悪げに通話終了の操作をして、一方的に会話を打ち切る。
「さて、これからいったい、どうしたものかなぁ…」
◇102 少年魂のシンデレラ に続く
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あとがき
初めまして&こんにちは、真鶴あさみです。
行き当たりばったりで始めたこの「よよぼう」の週刊連載も、ようやく最終章(予定)の第八章となりました。
定期的に読んでいただいている皆様、ありがとうございます。
TRPGという趣味は些かマニアックでニッチな趣味なので、取っ掛かりが難しいと敬遠している方も多いと思いますが、実は予想以上に簡単で、寧ろ問題は「己の羞恥心との闘い」だったりします。
役者や声優を目指している人ならともかく、一般の…いえ、多少その手のオタク初心者からすれば、カッコいいけど小恥ずかしい台詞を「さぁ言ってみろ」とばかりに促されても、躊躇してしまうのは良くわかります。
ですが、一度そこを乗り越えれてしまえば、後は爽快感溢れる夢の世界が待っているという寸法です。
皆様も是非、一度は挑戦してみてください。
いつも校正チェックでお世話になっている鳥ことトットさん、アイディアを頂くことも多い蛹ことハセベさん、諸々感謝しています。ありがとうございます。
それでは、最後のエピソードまでもう暫く、詩音の迷走物語にお付き合いをお願いします。
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