◇100 魔王からの頼み事
まえがき
「よよぼう_~あの世とこの世の冒険譚」は、原則的に毎週月曜日の朝10:00に更新予定の、連載形式の小説作品です。
2025/1/13より、現在の第八章を掲載中です。今のところ、この章で完結となる予定となっています。
「よよぼう」第七章までのあらすじ &登場人物
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◇100 魔王からの頼み事
結局、翌日の学校に佐伯先生の姿はなかった。まぁ十分すぎるほどに予想できた展開だったこともあって、詩音たちクラスの生徒たちの間ではそれほど大きな混乱も見られなかった。
しかし、むしろ詩音にとって想定外の出来事が降りかかってきたのである。普通なら降りかかる火の粉は振り払うのが鉄則だが、そこは恋する魔王佐伯からのたっての願いとあらば、詩音には断るなどという選択肢はあるはずもない。
わかりやすく言えば、魔王佐伯の貴重な手駒として、自称勇者の詩音がいいように使われている、ということなのだが、そこは全て承知の上での話である。ここは素直に魔王のお願いに耳を傾け、存分に恩を売っておくことにしよう、などと勝手に打算的な作戦を練っているお便利勇者の詩音だった。
依頼の内容は思いの外シンプルなものだった。環と協力して、退院する佐伯先生の母を病院から実家へと送り届ける、というものだ。
何故に環さん?とも思った詩音だったが、よくよく考えれば、詩音は佐伯先生の実家はおろか、独り暮らしの安アパートにさえ行ったことはないのだ。
そんな事情から、かつて佐伯先生の実家を毎日のように訪れていたという環に、白羽の矢が立ったというわけだ。あの当時からかなりの年月を経ているとはいえ、きっと問題なく辿りつくことができるだろう。それに車という便利な移動手段も利用できるはずだ。
しかし、いきなり唐突に、遥か昔の元教え子が恩師の母を迎えに来ました、と言ったところで、病院側は勿論、当の佐伯先生の母本人が混乱するだろうことは明白だった。
だからこその詩音である。環と母親の双方に面識があり、病院にもそれなりに縁がある、願ってもない立ち位置の人物だった。
おまけに、佐伯先生から見れば、恐らく二つ返事で引き受けるであろうチョロ…いや、十分に信頼のおける生徒なのだ。
結果的に、新旧の恋する教え子がタッグを組んで、憧れの先生の母をエスコートするという話に落ち着いたことになる。
特に詩音にとっては、将来の可能性として、義母…姑になるかもしれない人物であるのだから、誠意をもって丁重に応対する必要があるだろう。もっとも、あくまで可能性の話に過ぎない、といえばその通りなのだが。
夏休み明け、詩音はたまたま訪れていた病院で偶然にも佐伯先生と出会い、成り行き的に先生の入院中の母を紹介されたのだった。
初めはドキドキおどおどと挙動不審を極めていた詩音だったが、これは千載一遇のチャンス到来だということに気がつくと、その後も何だかんだと足繁くその病室に通い詰め、次第に詩音の知らない佐伯先生の一面、過去の四方山話や、教育実習中に通い妻状態だったとある女子生徒の存在―環こと円の話なのだが―についても聞くことができた。
そして詩音は、その母に「いつかお嫁に来られるように頑張りなさい」とまで応援して貰えるようになったのである。
当然ながら、それは社交辞令というか、「まぁせいぜい頑張ってみろや…」くらいの感覚で発せられた言葉なのだろうが、チキンハートな詩音にとって大きな後押しになったのも事実である。
そんな佐伯先生の母が、ようやく腰のリハビリを終えて退院するというその日に、よりにもよって一人息子が風邪に倒れるという展開なのは、まるで出来過ぎの喜劇みたいな間の悪さだった。
もっとも、手っ取り早く樟葉に頼みこめば、全て円滑に進むだろうことは、佐伯先生も重々承知していた。
佐伯先生を一人娘の結婚相手として吟味する過程で、当主の墨染は恐らく佐伯家の実家の場所や環境も熟知していることだろう。樟葉のお目付け役ともいえる藤堂という青年に頼めるなら、環の車より格段に乗り心地の良い車で迎えに言ってくれるだろう。
だが、ここで神楽本家には勿論のこと、樟葉本人にも借りを作るわけにはいかないという、佐伯先生の個人的な事情もある。
仮にも佐伯先生は、樟葉の将来のかかった申し出を断ろうとしている身である。プロポーズ同然の告白をされていながら、それを払い除ける無礼を働くのだから、自分勝手な虫の良い頼みごとを持ちかけるわけにはいかなかった。
恐らく樟葉なら二つ返事で了承してくれるだろう、とわかっていても、である。
そんな佐伯先生の心の内など何処吹く風、大人の事情なんて察しようもないお気楽女子中学生の詩音は、思わずこみ上げてくる例えようのない喜びの感情に胸を躍らせていた。
お陰で気分は極限までの上の空、集中力の欠片も窺えない姿勢で、どうにか授業時間をやり過ごした詩音だった。そして、放課後の訪れを告げるチャイムが鳴り響くと、もう一度改めて気合を入れなおすかの如く、深呼吸に続いて大きく伸びをして、これからの重要クエストのウォーミングアップを始める。
「詩音、何で今日はそんなにご機嫌なの? 佐伯センセ、休みじゃん?」
あまりにも気色の悪すぎる、もはや不気味といっても差し支えのない微笑みを浮かべた詩音を見かねてか、彩乃が恐る恐る声をかける。
「ふふーん、今日は病院に行くんだよ!」
「何で病院が楽しみ…ま、まさか詩音、人生二階級特進状態ってやつ?」
あまりにも幸せそうな詩音の答えになっていない答えに、彩乃が訝しげに斜め上の想像を巡らせる。
彩乃の脳内では、詩音と佐伯先生の熱い夜戦の攻防劇が繰り広げられているのだろうが、そんな既成事実はあるはずもなく、詩音には想像することも不可能な話である。
「二階級特進? 良くわからないけど、退院のお手伝いだよ? 私は何処も悪くないし…」
「とりあえず、気味が悪い…」
彩乃は半眼になりながら素直な感想を漏らす。
「先生のお母さんが前から入院してたんだけど、今日退院です、っていうタイミングで、先生のほうが寝込んじゃった、と…。だから私と環さんの二人でお迎えに行くことになってるんだよね…」
「ふぅーん、なるほど。まずは馬から射ることにしたわけか…。詩音も意外と策士だねぇ…」
詩音の後ろの席から風歌も首を突っこんでくる。この風歌のお祭り好きな性格は、言外に、一枚噛ませろと言っているようにも思えてくる。
「そういうんじゃないよ、別に…。佐伯先生もあまり大袈裟にしたくないらしいんだよ…」
「だから『特別信頼できる』詩音だけに…って話かぁ…。何だかんだすっかり信頼されてるんじゃん、羨ましいよ…」
彩乃は寂しそうにそう言いながら少し目を伏せるような仕種をみせる。
詩音は、その彩乃の雰囲気から、恐らく謙佑との間に何かがあったのだろうと察した。
環が謙佑と付き合うと宣言した事実を知る詩音は、いずれ遠くないうちに、彩乃と美雅がどん底の心理状態に陥るだろうことは予想していた。問題なのは、何処でどう話が二人に伝えられるか、である。
「そういえば、彩乃の狙ってるイケメン兄ちゃん…あ、従兄だっけ? その大学生とはどうなってるの? あんまり上手く行ってない、って感じ? あたしで良ければさ、話くらい聞くよ? っていうか、むしろ聞かせろ?」
風歌は彩乃の心の地雷原を遠慮なしに駆け抜けていく。らしいといえばそれまでだが、少なくとも詩音には恐ろしくて絶対に真似のできない行動だ。
「いや、別に…、特に何かあったっていうわけじゃないんだけど、最近何だか怪しげな実験を始めたみたいで、その実験にボクも付き合ってくれないか、って言われててさ…」
「何それ、わくわくのラッキーチャンス、ポイント倍増ってやつじゃん!」
「だといいけど、案外、そうでもないっぽいんだよねぇ…」
詩音にも初耳な内容である。そもそも怪しげな実験とは何のことなのか、詩音には想像もつかない。
そういえば、謙佑はいったい大学で何を専攻しているのだろうか。考えたこともなかったという事実に、詩音は今さらながら思い至る。
「おまけに近所のクソガキは、何か勝手に春になってるし…。しかも、いちいち店まで状況報告しに来るし…」
「あー、そういえばうちの弟も最近、『彼女できたー』とか浮かれてたわ…。小学生の分際で、許すまじ!十年早いわ!って感じよ…」
風歌がおどけながら笑い飛ばす。もっとも風歌はそういう恋愛系の話題にはあまり執着を持っていないようではあるが。
「あー、もういっそのこと、永遠に春なんて来なければいいのに…」
「おおぅ! 彩乃ってば、ちょおネガティブじゃん! 何ならあたしが、適当にイイ男、紹介してあげよっか?」
「うー、とりあえず、越谷だけは勘弁だよ…」
自分の関与していないところで語られてしまうとは、越谷にとっては極めて傍迷惑な話であろう。
「それじゃ、私行くから、皆によろしくね」
未だ深く沈んだままの彩乃の様子を僅かに気にしながら、手短に帰り支度を整えると、ちらりと教室の時計を一瞥し、そう彩乃に一言だけ言い残して、足早に教室を後にする。その様子はまるで、ゲートから飛び出る競走馬か、ドラッグレースのスタートか、といった趣である。
「うぇーい…」
背後からかけられる全くやる気のない彩乃の声が届いているのかいないのか、詩音は脱兎のごとく校門を目指して駆けだしていった。
「何ていうかさぁ、何だか詩音も最近、結構変わってきたよねぇ…。うーん、やっぱりこれが、『恋する乙女の底力』ってやつなのねぇ…」
去り行く詩音の背中を見送って、風歌は感慨深げに呟いた。
校門前で詩音を待っていたのは、クリーム色の可愛らしい軽自動車に乗った環だった。
流石の環もTPOというものを弁えたのか、今日のいで立ちは真冬の若い女性のごくありふれた格好で、普段のゴスロリブラックとは大きく印象を違えていた。真っ白な病院の院内風景に真っ黒なゴスロリ衣装では、周囲の要らぬ注目を集めかねないのだから、当然といえば当然の配慮ではある。
「やぁ、エルザ西原、お勤めご苦労様でした。それじゃ早速だけど、次の任務に動いて貰うとしようかしら…」
「お勤め…って、私がいったい何をやらかしたって言うんです? 捕まるような悪いことなんて、まだ何もしてませんよ? っていうか、いい加減にエルザは卒業しましょうよ…」
助手席のドアを開けて詩音を誘いながら、環は相変わらずの軽口で詩音と挨拶を交わす。
エルザというのは、以前に詩音がプレイしたRPGのキャラクター名である。環はかつての女子中学生の頃の自分自身に重なる詩音を、素直に名前で呼ぶのが気恥ずかしいのか、常にエルザ呼びで語りかけていた。
「それじゃ、勇者詩音?」
「それも何ていうか…。改めて人前でそう呼ばれると、滅茶苦茶恥ずかしいですよねぇ…」
「自分で名乗ってたくせに…」
環は揶揄うように笑い飛ばす。そのまま運転席のシートへと身を戻して、詩音にシートベルトの再確認をさせた。
「中二病罹患者の戯言を本気にしちゃダメなんですぅ…」
「はて? 何処までが戯言で、何処からが本気なのか、お姉さんにはさっぱりわからないわ…」
そう言って悪戯っぽく微笑んだ環は、ゆっくりと車を発進させていった。
◇101 お嬢様の三つの難題 に続く
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あとがき
初めまして&こんにちは、真鶴あさみです。
行き当たりばったりで始めたこの「よよぼう」の週刊連載も、ようやく最終章(予定)の第八章となりました。
定期的に読んでいただいている皆様、ありがとうございます。
TRPGという趣味は些かマニアックでニッチな趣味なので、取っ掛かりが難しいと敬遠している方も多いと思いますが、実は予想以上に簡単で、寧ろ問題は「己の羞恥心との闘い」だったりします。
役者や声優を目指している人ならともかく、一般の…いえ、多少その手のオタク初心者からすれば、カッコいいけど小恥ずかしい台詞を「さぁ言ってみろ」とばかりに促されても、躊躇してしまうのは良くわかります。
ですが、一度そこを乗り越えれてしまえば、後は爽快感溢れる夢の世界が待っているという寸法です。
皆様も是非、一度は挑戦してみてください。
いつも校正チェックでお世話になっている鳥ことトットさん、アイディアを頂くことも多い蛹ことハセベさん、諸々感謝しています。ありがとうございます。
それでは、最後のエピソードまでもう暫く、詩音の迷走物語にお付き合いをお願いします。
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